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『星はそこにある 』
不知火 轍aa1641

 夜の砂漠を照らすように太陽が顔を出す。
 方々から歓声が上がる中、不知火 轍(aa1641)は太陽とは別の方角の星を見た。
 特に意味を持った訳ではなく、強いて言うなら、朝だから寝るなと言われるのを予想して朝日を見ようと思わなかっただけだ。

 星の向こうに行きたい。
 自由になりたい。

 ふと、その言葉が頭を過ぎった。
「……星の向こう、か」
 呟いて、何となくそれを手にした。
 紫がかった青に星が入ったような石がある『お守り』──まるで今自分が見ていた空と星を思わせる石だ。
 この『お守り』をくれた人物のことは『今』も『憶えている』。

「あ、このゴミ、裏のゴミ捨て場に捨てて置けよ」
 轍は、掛けられた声に帽子に手をやり会釈してゴミを両手に持って歩き出す。
 何気ない振りをしているが、帽子の下の目は注意深く周囲の状態を見ており、その目を見れば彼がこの家の使用人ではないと判るが、それを見抜かせるようなヘマはしない。
(……使用人はその地位、勤務年数による、か)
 轍にこのゴミを捨ててくるよう指示をした男はまだ半年足らず……何も知らない可能性の方が高い。
 高いだけで、絶対ではない。
 が、広い屋敷だ、ゴミ捨て場に捨てて置けと言うだけで新人らしい使用人へゴミ捨て場の位置を知っているかどうかの確認に至っていない指示ならば、迷う振りをして屋敷を自由に歩くこと位造作もない。遭わなければそれでよく、遭えばこのゴミとその指示で不審を払う。
(大体家の構造は把握したが……)
 轍は何の目的もなくここにはいない。任務だ。
 この屋敷の主は不正によって巨万の富を得てきたという。
 長くそれが不正だと知られていなかったが、この家の主によって自殺に見せかけ殺されたた青年の家族が青年の遺品にあった手帳でそれを知り、依頼をしてきたのだ。
 轍としては依頼人の事情は別にいい。興味ない。
 必要なのは、それを行う為の情報、準備、成し得た後の成功報酬であって、依頼人の個人的事情ではない。極論、依頼人の個人的事情が一般的に同情的なものであろうと、情報も準備も報酬も何もかもないようならば、意味がないもの、受けるに値しない。自分としてもどうでもいいし。
(そういえば……)
 ふと、轍は角に来て足を止めた。
 ここを左に曲がれば、この屋敷の主の1人娘の部屋に至る。
 溺愛されているのか籠の鳥といった状態の彼女は病弱で、ベッドの上の住人であった。
 迷い込んだ振りをして部屋に入った時に、彼女はいたのだ。
 生まれついて目も見えないらしい彼女は自分以外の人間がいる違和感を目が見えないからこそ気づいた。
(……全て見えないのか)
 その事情を本人から聞いた轍は、だから気配を殺している自分に気づいたのだと納得した。
「外の世界を聞かせてくれませんか? 私はこの通り、屋敷の中と、庭、病院位しか詳しく知らないんです。それも……見ることは出来ません」
 轍は人と余り会わないが故に恐れないのかと思いながら、話せる範囲のことを話した。
 と言っても、興味がないから、あくまで客観的な事実のみ、綺麗だとか感動したといった、主観は一切入っているものではなかったのだが。
 また、後に、誓約を交わして赤を知った轍は自分が共鳴をしないと赤を知ることが出来ないことに気づき、この時のことを振り返ったが、今は語る時ではない。
「私の世界はずっと夜みたいなものですね。あなたの言う星もない。……このお守りには星を抱く石があるらしいですが、私はそこに星があるかどうかも判らないです。星を見たこともないですし、それが星と判らないかもしれませんが」
 彼女の枕元には、紫がかった青に星が入ったように見える石が印象的なお守りがあった。
 父親(轍にとってはターゲット)から贈られたらしいそれを、彼女は大切にしているようだ。
 その時だ。
「何をしている!」
 途中で、彼女を見舞いに来た屋敷の主が怒声と共に部屋へ入ってきた。
「お父様、待って。私が呼んだんです。新しい方から、外の話を聞きたくて。この方は、私が知りたいことをとても的確に話してくださるのよ」
 轍はこの口添えにより、お咎めは一切なかった。
 が、この部屋に来ることはもうないだろう。
 そもそも潜入した理由は、この屋敷のセキュリティーがそこそこ頑丈であったからだ。使用人に扮しているが、家人や他の使用人の記憶に留まるようなことは避けておきたい。
 口添えはして貰ったが切り抜けられたことに安堵し、轍は部屋を出る。
 特にあの時間をどうと思った訳ではない。
 外の世界に彼女は興味を持っていたが、轍には興味を持つ理由もよく判らないし、それを知りたいとも思わない。
 いずれ忘れるだろう。
 が、轍の予想に反し──あの日から日数が経過しても彼女が誰であるか認識出来ている。
 自分にはどうでもいいと思える世界を見ることなく、興味を持つお嬢さん。
 未だ他の使用人の顔を憶えられていないし、ターゲットも情報として頭に入れているだけで認識している訳ではないのに。
 どうしているだろうか。
 そうした思いから、何となく観察するようになった。
 最近具合がいいらしく、窓を開けて風を感じているらしいから、部屋に入らずとも彼女を観察すること自体は難しくなかったから。
 使用人同士の噂自体に興味がなかったので、ひとつも憶えていないが、ターゲットや他の家族らしい人間が部屋にいることもあり、籠の鳥であっても捨て置かれていないことは判る。
 不正を暴く為の情報は揃いつつあり、揃えば不正を暴く為の工作に動き、ターゲットの足元は崩れるだろう。
(……?)
 轍は、自分の違和感に眉を顰めた。
 任務が終われば、痕跡を残さずここを去る。
 後のことは知らない。
 知らないが、あのお嬢さんはどうなっているだろうと思う自分がいることに気づいたのだ。
 だが、この時は、その理由が判らなかった。
 後々──全部終わって、月日が経過してから、彼女に感情を覚えていた、初恋だったのだろうと気づいた。
 が、この時は任務優先で頭を切り替え、終わらせるべく動いていった。

 そして、不正は暴かれた。

「そこにいるのは、あなたですね?」
 彼女は、轍が無言で部屋に入ったのに誰が部屋に入ってきたか認識していた。
 部屋の外は暴かれた不正により、大変な騒ぎになっているが、この部屋は別の世界であるかのように暗く、音がない。
「お父様が……私の病気を治す為に多くの人を不幸に陥れたそうですね」
 全て知ってしまったらしい彼女の声は静かで、感情のひとつもない。
 不正で巨万の富を得た背景には、このお嬢さんの難病があった。
 大切な娘に機械化はしたくないと考えたらしい父親は莫大な金で彼女の病気を治療することを選択し、その金を得る為に人々を食い物にしてきた。
「……暴いてくださって、ありがとう」
 彼女はそう言いながら、杖を手に立ち上がった。
 そのもう片方の手には彼女に似つかわしくない刃物がある。
「私は、私が原因で多くの人を不幸にした罪を償わなくては。お父様とお母様、おじい様……今全てを奪われたでしょうが、今までに全て奪われた人達はきっと納得しない。だから」
「……だから、殺す、のか?」
 やっと声を発した轍に彼女は微笑んで答えた。
「……そうした所で、何が変わる、と?」
「変わらないかもしれないですね。でも……私にはその事実を暴く目すら持てなかった。私がこの先生きていても価値などないなら、せめて……」
 彼女は、自棄になっている。
 家族を殺して自分も死ぬつもりなのだろう。
 それは判るが──
「あなたは、私を止めますか?」
「……ああ」
 轍は、彼らが殺されては本当の意味で任務が果たされないことを知っている。
「なら、願いを叶えて貰えませんか? 依頼です。……報酬は、こちらしか渡せませんが」
 彼女が差し出したのは、あの『お守り』だった。
 轍は受け取り、彼女を見る。
 彼女の目は焦点が合っていない。それ故に星のように見えた。
「私に星を見せてください。……そして、その向こうに連れて行ってください」

 星の向こうに行きたい。
 自由になりたい。

 私が、私である内に。

 轍は、無言で依頼を果たした。
 止める為、その願いの為。

「……暗闇の中に星が見えるわ。綺麗ね。私が唯一見られた景色だわ。……名前、聞いていい?」
 初めて景色が見られたと血の海の中で笑う彼女へ、轍は小さく自分の名を告げた。
「……轍、ありがとう」
 轍はそれに答えることなく、闇に紛れて姿を消した。
 後には、暴かれた不正で全てを失う富豪と、星の向こうに旅立った『お嬢さん』。
 轍の手には、依頼の報酬──『お嬢さん』がくれた『お守り』。

 あれから、どの位月日が経ったか、実の所轍にはよく判らない。
 時間の感覚も希薄で、誓約を交わす先日だったかもしれないし、それ以上に前だったかもしれないし──いずれにせよ、興味があるものではない。
 だが、今も『お嬢さん』……資料には星華とあった彼女は憶えており、『お守り』はずっと持っている。
 振り返れば、あれが初恋だったのだろうと話したこともある。

 どうしてるか。

 その答えは言うまでもなく、彼女は星の向こうに行った。自由になった。それしかない。
 ただ──

「……行くか」

 彼女に近い場所、彼女の墓へ。
 星の向こうに行った彼女も、お盆なら里帰りしているだろう。

「     」

 もう1度、朝日にその座を明け渡す星を見て轍は呟いた。
 その呟きは砂塵に紛れ、彼以外の者が耳に拾うことなく、消えていく。

 すべきことは終わり、すべきことは決まった。
 今は──寝よう。
 轍の『オカン』が何か言っているのが聞こえたが、轍は構うことなく眠りに落ちた。

 星は、見えているか。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【不知火 轍(aa1641)/男/21/睡眠は、仕事の後で】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
大切な過去をお任せくださりありがとうございます。
神月大規模作戦、エンディングノベルのラスト時間軸で描写させていただきました。
お守りにある石は、スターサファイアという名の宝石です。
星の向こうにいるお嬢さんとは、お盆の墓参りでお守り共々お会い出来たかと思います。
お守りを大切に。
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2016年08月24日

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