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『守り人のいる洞穴 』
ファルス・ティレイラ3733)&瀬名・雫(NPCA003)
「薄暗い洞窟……いかにも、って感じね」
 人けのない森の奥。まるで木々の間に隠れるようにひっそりと佇んでいた洞窟の中を覗き込み、ファルス・ティレイラは何かを思案するように顎に指を当てながら呟いた。薄暗い洞窟はどこか不気味な雰囲気を醸し出しており、いったいどこまで続いているのかすらも分からなかったが、彼女の赤色の瞳は好奇心に満ちキラキラと輝いている。
 なにせ、確かにその奥からは気配を感じるのだ。不思議な、魔力の気配を。
「この場所が魔力の溜まり場であるという情報は、デマじゃなかったみたいね」
 洞窟の中に足を踏み入れた途端魔力の気配がいっきに濃くなり、ティレイラは笑みを深めた。
 いつもお世話になってるティレイラに特別に、という言葉と共に知人から貰った情報を信じてみたのは正解だったようだ。情報源は、瀬名・雫。とあるホームページを運営しており、そこに寄せられてくる数々の怪奇現象を検証し続けている少女だ。今回の情報は、あまり人々には周知されていない……いわゆる雫とっておきの隠れた名所というやつである。
 魔法の光を灯し、ティレイラは迷う事なく奥へ奥へと進んで行く。魔力の気配が強くなるたびに、胸に湧き上がる好奇心も大きくなっていった。
 洞窟内に点在している、蝙蝠や蛇に似た形の鍾乳石もまたティレイラの興味を引く。この形は偶然か、それとも意図的なものだろうか。呪術に使う人形のように、生物の形をしているからこそこの奥にある魔力が強まっているのかもしれない。もしくは、このようなものが点在しているからこそ、この場所が魔力を孕んだ場所になった可能性もある。
「わぁ……!」
 やがて辿り着いた大きく開けた場所に広がっていた光景に、ティレイラは思わず感嘆の声をもらした。そこにあったのは、魔力を帯びた湧き水だ。澄んだその水はキラキラと輝いており美しく、見ているだけでも心が踊り出しそうになる。
「師匠へのお土産にしようっと」
 姉のように慕う師に褒めてもらう未来を想像し、ティレイラはつい頬をゆるめた。
「こら! 何勝手な事しようとしてるのよ!」
 しかし、さて早速と水筒を取り出し水を汲もうとした時、突然知らない声に邪魔をされてしまう。声のしたほうを見ると、いつの間にそこにいたのか、水で出来たような透明の羽を携えた小さな少女が佇んでいた。
「ここの水は神聖なものなのよ! 勝手に持っていく事は許されないわ!」
 どうやら彼女は、この鍾乳洞に住んでいる精霊のようだ。湧き水を守るために、精霊はティレイラの持っている水筒を無理矢理奪おうとしてくる。
「な、何よ! こんなにいっぱいあるんだから、少しくらいいいじゃない! ケチぃ!」
「なんですって!? 精霊である私に対してその言い方は何なの?! 生意気!」
「生意気なのはそっちでしょ!」
 取られそうになった水筒を必死で抱きしめながら死守し、子供のような口論を繰り広げながらもティレイラは相手の隙を伺った。
「隙あり!」
 ようやく見つけたチャンスにティレイラは悪戯っぽく笑うと、精霊の横をすり抜け湧き水へと向かう。
「あ、ちょっと! ……もう、許さないわ!」
 精霊は怒りのままにそう叫べば、小さな手を振りかざすと何かに命令するかのようにそれを勢い良く振り下ろした。
 直後、まるで雨のように降りしきり始めたのは大量の水滴だ。ティレイラを明確に狙っているかのように、自身の上へと降り注ぐそれに黒髪の少女はぎょっとする。しかし、すぐに翼を生やすと、それを自らの体を守る簡易雨避けにしてみせた。
「当たらなければこっちのものなんだから!」
 勝ち誇った笑みを浮かべたティレイラだったが、急激に翼の一部が重くなりバランスを崩してしまう。まるで誰かに引っ張られたかのような感覚。自分の体が自分じゃなくなってしまったかのような、急に襲いかかってきた違和感に彼女は戸惑い始める。
「って、あれ……? う、嘘でしょ!?」
 翼の先を見て、彼女は自分に起こっている変化に気付く。水滴に濡れた箇所が、徐々に鍾乳石へと姿を変えていってしまっているのだ。そこで、はたと気付いた。ここにくるまでに見かけた、蝙蝠や蛇の形をしたいくつもの鍾乳石。あれは、元は生きていたはずのものがこの水によってオブジェに変えられてしまった姿だったのではないか、と。
「や、やだ……ちょっと待って! 待ってよ!」
 鍾乳石と化した翼の重さに、上手く立てずふらふらとし始めた無防備な彼女に無慈悲な雨は降り注ぐ。翼が、尻尾が、その体が……徐々にティレイラは、まるで鍾乳洞と同化するかのように純白の美しい鍾乳石へと変わっていってしまった。その冷たく硬い体は封印の魔力に覆われていて、まだ修行中の身であるティレイラに抗う術はない。きゃはは、と響き渡るは精霊の笑声。
「大事な水を持っていこうとするから悪いのよ!」
 そして、精霊はまるで水へと溶けるように姿を消した。辺りに響くのは、ぴちょんという洞窟内に垂れ下がった鍾乳石の先から水滴が落ちる音のみ。
 こうして、哀れな少女は一人きり、鍾乳洞へと佇むオブジェと化したのだ。

 ◆

「ねぇ、知ってる? 隠れた名所の話」
「何それ? また、例のホームページに載ってるオカルト関連の話?」
「そうそう、不思議な魔力の溜まり場になってる洞窟があるんだけど、洞窟の奥の湧き水の近くには少女のオブジェがあるんだって。まるで湧き水を守るかのように立ち塞がってるの。きっと湧き水を守る女神様の像なのよ!」
 件の洞窟の噂はいつの間にか人々の間に広まり、隠れた名所だと話題になっている。噂には尾ひれが付き、かつて水を取っていこうとした立場であったはずのティレイラは、いつの間にか湧き水を守るオブジェだと人々の間では伝わり始めていた。

 あの場所を教えて以来姿を消してしまったティレイラを心配し洞窟へとやってきた雫は、鍾乳石と化した彼女を見て目を丸くする。こぼれ落ちている涙すら鍾乳石と化し、それを拭う事すら叶わず固まっているティレイラは、まさに湧き水を守る女神のようだ。
「確かに、隠れた名所に相応しい造形だね」
 大丈夫そうか確認する事も忘れ、雫は思わずそう納得してしまうのであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年08月22日

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