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『『ある日、花咲く森の奥で』 』
大炊御門 菫ja0436

 照りつける夏の太陽。それは当然の如く暑いわけで、剥き出しの腕をじりじりと焼いていく気はするが、そんな事など気にもせず大炊御門 菫は健康的で白い肌を、肩から露出させていた。
 だが肌の焼ける感触はあっても、流れるほど汗が出る気はしない。それほど風も強く、心地好い涼しさがある。
「実に素晴らしく、快適だ」
 いつもの軽装で軽快に道を歩いている菫。
 歩くと言っても、小さく飛び跳ね続けているので、やや足取りとしては早いのだが、ただそれだけのことなのに、追い抜かれた人や時折すれ違う人は皆一様に驚いたような表情を見せる。
 そして声をかけてくる人は皆、口をそろえて「そんな軽装じゃ危ないよ」と、言ってくる。
 そのたびに菫は足を止め、振り返ると小さく笑って「大丈夫だ、問題はない」と返すだけであった。
「なにせこれは、訓練なのだからな」
 さらに何かを言いたげな人にもその言葉を言い残し、再び飛び跳ねて『山頂』を目指す。
 岩から岩へと飛び移り、届きそうな岩がない場合は仕方なく登山道に降りるが、わざわざ、貴重な高山植物を踏まないように避けながら、道の脇を疾走していた。
 時には膝を曲げ、全力疾走からの全力跳躍で枝を掴み、枝から枝へと飛び移っては地上に戻ってくる。崖というほどではないが、岩から岩までの段差が激しい所も、垂らしてあるロープをたぐりながら昇っていく人の邪魔にならないよう、跳躍と手を上手く使ってショートカットする様に昇っていく。
「やはりただ平地を走るより、こちらの方が断然、いい。標高が低くとも、これだけ道が険しい山道はなかなかない。景色もいいから、一日に何往復でもできてしまう――む?」
 少し開けたところの道の脇で、岩に腰を掛けている老夫婦に目を止める。
 ただ腰を掛けているだけならば、挨拶の一つでもしてそのまま通り過ぎ去るつもりだったが、男性の方が足を押さえて辛そうな表情をしているのを見てしまうと、菫は当然と言わんばかりに止まって声をかけた。
「ご老人、もしかして怪我をしてしまったのではないだろうか。
 せっかくの登山だ、山頂を見ずして帰るにも忍びない。私が背負って山頂まで運び、下山も私に任せてくれないか」
 キリッと表情を引き締め申し出るのだが、普通の人からすればそれは場を和ませたりするために放った、親切心からの冗談だと思うものである。
 事実、男性の方も真に受けた様子もなく、痛みに耐えながらも笑みを浮かべて「よろしくしようかねぇ」と、冗談めかしい口調であった――が、無論のこと、菫はこれっぽっちも冗談ではなかった。
「うむ、承知した。私に任せてくれ」
 しゃがんで背を向けると、男性の腕を取り足を取り、有無も言わせず半ば強引に背中へと乗せて、男性の奇妙な声を気にも留めず菫は立ち上がった。
「少々乗り心地は悪いかもしれないが、そこは我慢してくれ。さあ、行こうではないか!」


 山頂の岩場の上で菫は水筒の口を開き、補水液の中に粉状のプロテインを入れて、閉じる。
「やはり動いた後は、まずプロテインの補給だ――どうした、ご老人。顔色が蒼いようだが、足首はそれほど深刻なものなのか」
 水筒を振りながらも声をかけるが、男性は苦笑いを返してくるばかりである。
 栓を外して横に倒し、先端を口に向けながら材質の柔らかい水筒を握りしめて、勢いよく出てくるプロテin補水液を渇いた喉で受け止めていた菫だが、その耳がピクリと動いた。
「……ご老人、すまないが私は少々、用事ができてしまった。また戻ってくるが、それまで待っていただけないだろうか」
「どうせ家内を待つからねぇ……」
「それもそうだったか。では失礼する」
 言うが早いか、菫は登山道ではない傾斜に向かってダイブする。
 後ろでは悲鳴が聞こえた気もしたが、気にせず菫は膝のクッションを利かせて岩の上へ降り立つと、次なる岩に向けて跳躍、それほど勢いのないうちに次の岩を蹴って枝に飛び移り、両手を添えてくるりと一回転。
 枝から手を離して、緑あふれる森の中へと消えていくのであった。


(たぶん、このあたりだと思うのだが――)
 伸びた枝の先が剥き出しの腕に当たるが気にも留めず耳に神経を集中し、人の手入れがなされていない草を落ちていた枝で切り拓き歩いていると、かなり近い所で銃声がはっきりと聞こえた。
 そして恐慌している人の声に混じり、獣の声がする。
「あっちか」
 枝と草をかき分け、声のする方へ走り出す菫。
 薄暗い森が拓け、そこだけに注ぎ込まれている太陽を必死で浴びようとしている、色とりどりの花達が出迎えてくれた。だがいくらか踏み倒された跡があり、さらに大きなものが通った形跡もある。
 そしてそこにはある種の緊張が漂っていると、菫は肌で感じ取っていた。
 わずかに感じる血の臭い――菫は花を蹴散らしながらも、さらに常識を超えた速度で駆け抜けていくと、恐慌してライフルを振り回している男の前に両腕を広げて立ち塞がった。
 そして菫の目の前にいる、倍もないが、相当な身長差のある黒い剛毛に覆われた獣……ヒグマが牙を剥き、菫の細い腕に噛みつくのだった。
 だが、菫は平然とした顔で後ろの男に目を向ける。
「――申し訳ない、私ごとき若輩者がわざわざ言うべき事ではないのかもしれないが、記憶によるとこの時期というのは禁猟なのではないだろうか。
 それにここは登山道が近い。万が一でも流れ弾が届いてしまうような場所での発砲は、果たしてどうなのだろう……教えてくれないか、この私に」
 菫が問いかけるのだが、そのハンターと思わしき男は青ざめ、「ば、化物!」とそんな言葉を残して逃げてしまった。
「化物、か。もっともかもしれないが、失礼な話だ。ただ熊の牙も通さないほど、鍛えられているだけでしかないというのに――やはりプロテインは偉大だ」
 噛まれた腕は白いままで、皮膚すらすでに牙を通さない。
 しばらくは唸っていた熊は何度も噛みつくのだが、だんだんと唸り声も小さくなって、噛む力も弱まっていく。
「前足を撃たれてしまったか。
 申し訳ないが、私にはお前を治してやる手段がない。だからここは大人しく、帰ってはくれないだろうか」
 言葉が通じるとは思ってはいないが、それでも心は通じるだろうとあまり撫で心地の良くないヒグマの頭を撫でると、ヒグマは噛む事を止め、菫に首を垂れるのだった。
 そして菫の手を甘噛みして、舌で舐めてくる。まるで感謝を伝えるかのように――もしくは、平伏したのかもしれないが、菫にとってはどちらでもよい。
 もう一度、ごわつくヒグマの頭を撫でて微笑んだ。
「わかってもらえたなら、何よりだ。さて、ご老人をお待たせしているだろうし、山頂に戻らなければならない――それでは、また会おう」
 来た時と同じように、颯爽と去っていく菫。山頂へ戻ると、何事もなかったように老人へ「さあ、帰るとするか」と告げるだけであったという――



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0436 /  大炊御門 菫  / 女 / 22 / 鋼のプロテイン】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注、ありがとうございました。完全丸投げでしたのでどうしようかと思った結果、チャラ男に囲まれるなんてシチュも考えたのですが、こうなりました。はたしてご満足いただけたでしょうか?
またのご依頼、お待ちしております
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年08月23日

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