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『夜空に流るる 』
ガルー・A・Aaa0076hero001)&木霊・C・リュカaa0068)&オリヴィエ・オドランaa0068hero001)&紫 征四郎aa0076

 季節は夏真っ盛り。
 天気は快晴。見渡せば青い空に白い雲――なんてことはなく、満天の星空。

 時刻は夜。夕飯時も過ぎ、紫 征四郎(aa0076)とその英雄ガルー・A・A(aa0076hero001)が住まう宅のキッチンはもうすっかり皿洗いまで終わった頃合だ。
 いつもならお風呂の時間、だが……今、その家の住人は屋根の上に集合していた。征四郎とガルーだけではない。ご近所さんである木霊・C・リュカ(aa0068)と、その英雄オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)も一緒だ。

 というのも。
 それはまだ空が青かった昼間辺り。自宅の一階である薬屋にて、扇風機を前に店番をしていたガルーのもとへと、征四郎がぱたぱた駆けてくるなりこう言ったのだ。

「天体観測が、したいです!」

 なんでまた。クーラー導入検討と電気代との兼ね合いに思考の大半を持っていかれていたガルーはそう問うた。すると小さな征四郎は身振り手振りでこう語る。それを要約すると、テレビの教育番組だかで天体についてやっていたらしい。それで興味を持ったとのことだ。
 まぁ、却下する理由の方が無い。のでガルーがそれに承諾すると、どこからか話を聞きつけたのか(まぁおおかた征四郎から話を聴いたのだろうが)、リュカが「俺も天体観測したい!」と連絡を寄越してきて。折角だから晩ご飯も一緒に食べよう、そうだオリヴィエも今日は暇だって言ってたから、なんて話になってきて。
 その時、ガルーはこう思った。
(四人か、じゃあそうめんでいいか……作るの楽だし……暑いし……)
 それは日本の夏のお母さんが思うことトップ3にランキングしているやつであろう。おそらくは。

 ――そういうわけで。
 四人でなんだかんだ、他愛もないことを話しつつそうめんを囲んで、夕飯時を過ごして。


 今に至る。


「リュカ、足元に気をつけてくださいね」
「ん、ありがとうせーちゃん」
 征四郎に手を引かれ、最後に屋根に上ったのはリュカだった。そのまま彼女に導かれ、瓦屋根に腰を下ろす。
「バニラ、チョコ、ソーダ、スイカ、どれがいい」
 屋根に上ってきた二人へ、オリヴィエがそう問うた。食後のデザート、夏らしいありきたりな棒アイス。
「スイカをお願いします!」と征四郎。「俺はチョコで」とリュカ。「分かった」とオリヴィエか二人にスイカアイスとチョコアイスを手渡した。
「ガルーは?」
 問いながら振り返り、それからオリヴィエは眉根を寄せる。
「……飲み過ぎて屋根から落ちても知らないぞ」
「折角、屋上に長々居んだから酒くらい良いだろ」
 答えたガルーの手にはなみなみと水面を揺らす杯、傍らには日本酒の一升瓶。「ほどほどにしろよ」とオリヴィエは肩を竦めてみせた。彼は知っているのだ、ガルーは酒を飲むと絡み癖があることを。やれやれ、適度に見張っておかないとな。
「で、ガルー。アイスはどっちがいい」
「余ったやつでいい。リーヴィが好きな方を選べ」
「……」
 好きな方、と言われ眉間のシワを深くするオリヴィエ。バニラとソーダのパッケージを見比べる。「早くしないと溶けちまうぞ〜」と酒気帯びた笑みを浮かべるガルーには沈黙のまま、ソーダの方を酔っ払いに投げ寄越した。

 大人組には日本酒とビール、子供組にはオレンジジュース。
 おつまみに唐揚げや枝豆なんかも用意して、傍らには蚊取り線香も焚いて――さぁ、天体観測の準備はバッチリ。

「夏とはいえ夜になると流石に冷えるね」
 夜空を見上げるリュカの頬を、涼しい夜風が撫でてゆく。昼間はあれだけ暑かったのに、日が沈めばそれも随分とマシになるものだ。アイスを食べたからかもしれない? なんて思いつつ、冷えたビールを流し込む。お酒ならばべらぼうに強い。水のようにどんどん飲める。
「どう、夏の大三角とか流星群、見える?」
 重度弱視であるリュカには、空を見上げても星は見えない。月のような光ならばその明るさを感じ取れるものの。共鳴すればその目に視力を宿すこともできる、が、今宵は共鳴はナシだ。
「えーっと、えーっと……」
 征四郎は手元のタブレット機の星座盤アプリをぐるぐる操作しつつ、夜空と画面を何度も往復する。
「夏の大三角形……あれが、デネブ、アルタイル、ベガ……」
「おい四角形になってんぞ征四郎」
「あれが、は、『あの星が』という意味なのです! 星の名前じゃないです、もう!」
 茶々を入れるガルーにそう言い返しつつ。改めて、征四郎は眩く並ぶ星を見上げる。今日は雲一つない空で、どこまでも星が散りばめられていた。その中にハッキリと見つけた、たった三つ。
「せーちゃん、方向を教えて貰ってもいい?」
 片手を少し上げるリュカの言葉に。「はいっ!」と征四郎は意気込んで、その手をとって、夏の大三角形の方を共に指差した。
 リュカは指された方向をじっと見上げる。細められたその目は、本当に星が見えているかのように輝いていて。
「……オリヴィエ、写真を撮っておいてくれないかい?」
「分かった。後で『一緒に』見よう」
「うん、ありがとう」
 礼の間も星を見ている相棒の横顔。オリヴィエはそれを見つめる。

 ――見えずとも。
 星を胸の内に描き、見えないモノを見に走っていく姿は、一年経っても相変わらずで。そんな一人の相棒に、オリヴィエは安心感を覚えるのだ。

「ベガはこと座、アルタイルはわし座、デネブははくちょう座の星だよ。見える?」
 リュカがそう言う。
「ベガとデネブを軸にしてこの三角形をひっくりかえすと、アルタイルの位置にポラリス――北極星があるよ。同じようにすれば、へびつかい座やペガスス座も見つかるはず」
 古本屋を営むだけあってか、リュカは星の知識なら一般的な者よりも多い。記憶している形や神話を、熱心に耳を傾ける征四郎へと語り始めた。
 征四郎は星よりも目を輝かせつつ、心から楽しそうに――星と、星座盤と、リュカを順番に見比べながら、教えられる星座を一つ一つ探すのであった。

「よくこれだけの数全てに人は名前を付けようと考えたな……」
 そんな話を横で聴きつつ、オリヴィエは漫然と空をみていた。星の知識などほとんどない。せいぜい、あの星が方角を見極めるのに役に立つ、といった夢や浪漫のへったくれもないものだけだ。
 だからこうして改めて空を見ると、星の多さに圧倒される。空にはこんなにも星が多かったのか。そして、それらに名前があったのか。
「結局は燃え落ちた星屑だろ、わざわざ珍しがって見るものかよ」
 征四郎に「ガルーのばか!」と言われない程度の小声で、ガルーが何杯目かの酒を飲み干した。
 そんなガルーの言葉も聞きつつ、オリヴィエはグラスに結露が浮かぶオレンジジュースを一口。
「……珍しいかどうかはさておき、どう見たって……あれが鷲で、琴で、白鳥? 全然そうは見えないぞ……おかしくないか? ガルーにはちゃんと、あれが鷲で、琴で、白鳥に見えるか?」
 甚だ疑問だ、とオリヴィエは星座を睨むようにじっと見ている。「星は星だろ」と答えになっているようでなってない返事が返ってきた。オリヴィエは瞬きをしてから、もう一度しっかと星座を見つめる。やっぱりその形には見えなかった。
 そう思うと……人間とは不思議なものだと改めて思う。ふう。首が疲れたので視線を下に戻した。
 オリヴィエの目には、空ではなく地上が映る。今現在いるガルーと征四郎の家から、リュカとオリヴィエの古本屋はほど近い。あっちの方角だ、と首を回せば、見慣れた屋根がそこにあった。
 そこから更に視線を下にやれば、この家の広い裏庭が見える。三階建てのここから真下を見れば、結構高く感じるものだ。

「星を見に来たんだろ? 地面見てどうする」

 声をかけられ、振り返ればガルーが立っていた。その手にはおつまみのおかわりと、それから小さなガラスの器。いつのまにやら台所に行っていたらしい。
「リーヴィは、ゼリーだったら食べれる?」
 言いながら、オリヴィエの横に腰を下ろしたガルーがガラスの器を少年に手渡す。果物の入った、見るも涼しげな手作りゼリーだった。 
「……いいのか?」
 ゼリーとガルーを交互に見るオリヴィエ。その様を猫のようだと思いながら――ガルーは「食わすために作って持ってきたんだろうが」と晩酌の続きをしつつ答える。
 オリヴィエがあまり量を食べないがゆえに。ガルーなりの気遣いだ。
「……」
 少年はしばし手元の良く冷えたゼリーに視線を落とす。つややかな表面には星の煌き。スプーンで控えめにすくった。ふるりと揺れる半透明。きっと夜空にすかせば朧に星が見えるんだろう。けれどそんな子供っぽいことはしないまま。星を映していたのだろうそれを、オリヴィエは口に運んだ。
「……悪くない」
 生憎、「すごい! おいしい!」だのオーバーに表現するタイプではないのだ。リュカの家にあるような古めかしいラブロマンスの本だったならば、「星の味がする」なんて表現をするんだろう。あと、なんだったか。君の瞳に乾杯。そんなチープでスカした表現も聞いたことがあった。尤も、脳内で思い出しただけだけれど。ゼリーをもう一口。

 ガルーはつまみの枝豆を咀嚼しつつ、そんなオリヴィエの様子を横目に見やった。最近、彼の少し表情が柔らかくなった気がする。それをガルーは密やかにだが嬉しく思っている。
(なんて、お節介かねぇ)
 何かと気にしてしまう、情のような気持ち。ガルーは酒とつまみの手を止め、誰にも聞こえない程度の息を吐いた。
 さてさて、征四郎とリュカちゃんは仲良くやってるかねぇ――オリヴィエの向こう側にいる二人を見やった。聞こえてくるのは、星を見つけたことをリュカに伝える征四郎の声、その星や星座について解説するリュカの声。
「リュカは、なんでも知ってるのですね」
 すごいです。征四郎はキラキラと尊敬の目を物知りリュカに向ける。
「まぁ、読書量は凄いからね!」
 へらりと笑う。そのまま、光を頼りに空を見上げた。
「せーちゃんもいっぱい本を読むといいよ。……本は、俺達を色んな世界に連れて行ってくれる魔法の扉だから」
 しみじみ、瞳を細める。本がこの世界になかったら、きっと今の自分はいない。押し付ける気はないけれど、本が与えてくれる素敵なことを、この少女にも触れて欲しい――と、思っていたその時だ。

「流れ星!!」

 ひときわ大きな征四郎の声。空を示す小さな指。
 つられるように一同が見上げる。まぁ、彼らが見上げたころには流れきってしまっていたのだが。
「流星群が見えるってニュースでやってたねぇ」
 願い事をしたら叶うそうだよ。ほのぼのとリュカが言う。
「流れ星が流れたら教えますから、一緒にお願いしましょう!」
 征四郎はリュカへと声を弾ませ、じっと夜空を見澄ました。瞬きすら惜しいと言わんばかりの凝視だ。
「願い事、なぁ」
 そんな相棒を見つつ、ガルーは顎をさする。
「お前さんは七夕にも願い事してなかったか……?」
「願い事いっぱいあるから問題ないのです!」
 そう答えた征四郎に対し、言葉を次いだのはオリヴィエだ。
「欲張りな奴だな……」
「夢いっぱい、と言って下さい!」
「わかったわかった。夢いっぱい、だな」
 片手をヒラリ、ゼリーを食べ終わったオリヴィエは冷たいガラスを手にしたまま、征四郎と同じ空を見上げた。
「オリヴィエも、流れ星を見つけたら教えてくださいね」
「……しょうがないな。わかった、征四郎」

 そうして星空をつぶさに見つめ。
 ほどなくだった――ひとしずく。

 もうひとしずく、ふたしずく。
 あっちにも、こっちにも。

 流星群。

 リュカにその存在を一生懸命伝えつつ、征四郎は光る雨にお願い事を。

(――早く大人に、立派なレディになれますように!)

 大人になりたい。
 早く大人になりたい。
 子供だからって妙に気遣われたり、過剰に守られたりしたくない。
 子供だからって、馬鹿にされたりしたくない。
 早く大人になって、皆と肩を並べたい。
 皆と同じになりたい。

 大人にこんなことを言うと、「そんなことを言っていられるのは今の内だよ」なんて笑われるし真面目に取り合って貰えないのだ!
 だから少女は星に願う。

 強くて、かっこよくて、立派な大人のレディになりたい――。
 皆に気遣われる必要のない、皆を守れる、そんな存在に――。

(……なれますように)
 と。
 願い終わり、けれど夜空にはまだ星雫。
 だったら……もう少しだけ、欲張っても許されるだろうか。
「……、」
 そっと、隣のリュカを見やった。
 内緒だけれど、内緒のうちに、星に願いを。
(……リュカに釣り合う女の人になりたい、……なんて)
 淡い内緒の恋心。心を許した大事な人。その優しさに、救われた。

 どうか願いが叶いますように。――最後に、そう願った。







 蚊取り線香も小さくなって。
 今日が今日である内に、天体観測はお開きだ。

「今日はとっても楽しかったですね! またやりましょうね!」
 眠たい目をこすりつつ、征四郎は皆へと笑いかけた。
「うん、今日は楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」
 寝る前に歯磨きはするんだよ、とリュカ。最初と同じように征四郎にエスコートされて、屋根から部屋へと戻って行く。

 英雄二人は屋根の上の後片付けをしつつ――彼らにとっては『異世界』である空を見上げた。
「……――」
 オリヴィエは橙金の瞳を夜空に細めた。昔は、何一つ意味を見出せなかった星空が、ただただ、こんなにも、物語に溢れているなんて――世界にはこんなにも物語が散りばめられているとは。
「星の綺麗さってのはイマイチ分からないが」
 片付けの手を止め、ガルーも同じように星を見上げていた。征四郎が見つけた大三角形。ベガ、アルタイル、デネブ。こと座、わし座、はくちょう座。オリヴィエの言った通りだ。どれもこれも、琴にも鷲にも白鳥にも見えやしない。
 けれども。
「……こうして四人で過ごすのは、悪くはないかもしれないな」
「そうだな……」

 最後に一つ、星が落ちた。0時0分0秒。今日が始まる。




『了』




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ガルー・A・A(aa0076hero001)/男/31歳/バトルメディック
木霊・C・リュカ(aa0068)/男/28歳/攻撃適性
オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)/男/10歳/ジャックポット
紫 征四郎(aa0076)/女/8歳/攻撃適性
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2016年08月26日

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