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『「お嬢さんを俺にください」 』
リンド=エル・ベルンフォーヘンjb4728)&矢野 古代jb1679)&草薙jc0787


「だが断る、貴様のような者に大事な娘をくれてやるものか!」
 がっしゃーん!

 派手な音を立ててひっくり返される、丸いちゃぶ台。
 年頃の娘を持つ家庭では、恐らく一度は繰り広げられるであろう光景のひとつだ。
 それは内心にある思いの如何に関わらず、父親として必ず口にしなければならない台詞であり、そこにちゃぶ台返しを加えるスタイルは、もはや様式美と言っていい。
 父親から大事な娘を奪って行こうとする者にとって、それは最後にして最大の試練だった。
 しかし、そこへ至る道もまた平坦ではない。

 ここで彼――リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)の、これまでの戦いを振り返ってみよう。


 まず、このミッションを始めるにあたって必要なものは何か。
 それはもちろん、プロポーズである。
 しかしリンドは色々とわかっていなかった。

「ねえリンド、何か忘れていることはないかしら?」
 ある日、痺れを切らしたメル=ティーナ・ウィルナ(jc0787)はそう問いかけた。
 二人が恋人同士の関係となってから、もうかなりの時間が経っている。
 もうそろそろ次の段階へ進むべきではないのか。
「あなたまさか、ずっとこのままが良い、なんて言うつもりではないわよね?」
 しかしリンドの答えは案の定、的を外した感が否めないものだった。
「このままでは、いけないのだろうか。俺は充分に、幸せだぞ」
 メルは幸せではないのだろうかと、かくりと首を傾げる。
「そうね、幸せかそうでないかと訊かれたら……幸せよ」
 でもね、とメルは続ける。
「貴方は大事なことを忘れているわ」
「大事なこと?」
「そう、女にとってはとても大事な、決して譲れないことよ」
「それは……俺にはわからないぞ。俺は、男だからな」
 予想通りの答えに、メルは諦めたように溜息を吐いた。
「わからないなら教えてあげるわ。私達、そろそろ結婚しても良い頃合いではないかしら、ということよ」
 ああ、何故それを女である自分が言わねばならぬのか。
 普通なら男のほうから言ってくれるのを今か今かと待ち焦がれつつも、いざとなったら一度くらいは首を振って焦らしてみたり、そんな幸せな駆け引きを楽しむのが女の特権であるはずなのに。
 わかっている、この男に惚れたのが運の尽きなのだ。
 もう随分と長く待たされたが、これ以上待っても彼のほうから言ってくることはないだろう――きっと何年待っても、いや、何十年、何百年と待ったとしても。
 その気があるのはバレバレなのだから、こうなったら自分がリードして、さっさと決着を付けるのが利口なやり方というものだ。
 夢と浪漫は諦めた(くっ
「結婚……そうか、メルは俺と番になりたいのか。うん、俺もメルと番いたいぞ!」
「鳥や動物でもあるまいし、その言い方はどうなの」
 いや、この際それでも構わない。
 夢と浪漫は諦めたのだから。
「でも、その為には儀式が必要なの」
「それが結婚式だな、俺だってそれくらい知っているのだぞ」
 人間の世界には人間のルールがある。
 これからも人間界で生きていくつもりなら、そして花嫁の父に殺されたくないならば、そのルールは守らねばならない。
「式を挙げる前に、まず必要なのは古代お父さんへの挨拶ね」
「挨拶か、うん、挨拶は大事だな! 任せておけ!」
 と、リンドは胸を張るけれど。
 この人、本当にわかっているのだろうか。
 一抹の……いや、一抹どころではない不安がメルの胸中をよぎる。
 しかし、とりあえずそれは封印して先を続けた。
「式場と日取りも決めないと。それに衣装選びもあるわね」
 何故だろう、とても夢のある話をしているはずなのに、口調がとても事務的になっている。
 いやいや、夢と浪漫は諦めたのだった。

 きっと父親への挨拶が最大の難関になるだろう。
 ならば厄介なそれを先に済ませてしまうか、それとも最後に持ってくるべきか。
 いや、最大の難関だからこそ、先に式場と日取りを決めて退路を塞ぐ必要があるだろう――と、だから何故、こんなに冷静かつ事務的に分析しているのか。
 普通、結婚を目前に控えた女性というものは、もっとこう、夢と浪漫……ああ、そうだった。
「そうと決まれば、さっそく式場の下見に行くわよ」
「そうだな! メルはどんなのが良いんだ? 和式か? 洋式か?」
「だから言い方。トイレの話をしてるんじゃないのよ?」
 しかしそれも仕方がない、だってリンドですもの。
(「私、どうしてこの人を好きになったのかしら」)
 今更ながら考えてみる。
 そして気付いた。
(「ああ、これが所謂『馬鹿な男ほど愛おしい』という、あれね……」)
 辛辣である。
 でも事実なのだから仕方がない。
 それに馬鹿と言うと聞こえが悪いが、言い換えればそれは一途であるということ。
 一途に想うあまりに他の事に気が回らなくなる不器用さもまた愛おしい。
 要するに、メルのほうもベタ惚れなのだ。
 だからこそ夢も浪漫もなく冷静にツッコミを入れまくっているこの状況にも、幸せを感じられるのだろう。
 いや、ツッコミを入れまくる事こそが無上の幸せなのかもしれないという結論に至ってしまった。
 この、結婚後の上下関係が既に確定している感。
 おかしい。

 そして式は大安吉日、小さな教会のチャペルにて行われることとなった。
 衣装は……今、選んでいる。
「メルにはどんなドレスが似合うだろうな」
 夢見る瞳でドレスを見繕うリンド、しかしメルはあくまで冷静だった。
「ドレス? 正直どうでもいいわ」
「え……」
 それが夢見る乙女としてのあるまじき反応であることくらいは、流石のリンドにもわかる。
 しかしメルは彼の瞳に浮かんだ複雑な色に気付かないふりをして、先を続けた。
「それよりリンドが着られるタキシードあるの。尻尾穴どうするの」
「俺も、自分の服はどうでもいい……穴は、そうだな、後ろ前を反対に穿けば」
「よくない」
 そんな案は却下に決まっている。
 いや、わかっているのだ……彼が大真面目に答えていることは。
 大真面目だからこそ頭が痛いと言うか付ける薬がないと言うか、何をどこから突っ込めばいいの。
「いつもは、どうしてるの」
「特注、だな」
 ああ、よかった、適当に切って出してるとか言われたらどうしようかと思った。
「ならタキシードもレンタルは無理ね」
 丁度良い機会だし、一着作っておこうか。
 そうなるとドレスにかける予算は圧迫されるが、元々どうでもいいのだから、どうでも――
「よくない」
 今度はリンドが異議を唱える番だった。
「メルのドレス、俺が選んでもいいか? メルが一番綺麗に見えるドレス……そのままでも充分綺麗だが、もっと綺麗になるドレス、俺が見付ける」
「いいけど……どうでも」
 とか言いつつ、内心ではとろけて崩れ落ちそうなほどに嬉しい乙女心。
 しかし何とかすました表情を保ちつつ、メルは答える。
 よく考えたら今更クールを装う必要はないのだが、デレたら負けな気がした。
 だってリンドがデレッデレの顔でこっち見て来るんですもの、これで自分までデレたらただのバカップルじゃないですかー。
 え、結婚式の衣装選びに来るような人達は大抵バカップルですって?
 そうかもしれないけれど、何と言うか、このクールな仮面は一度割れたら永久に失われてしまいそうな気がするから!
「言っておくけど、予算は厳しいわよ」
 何しろタキシードがオーダーメイドなのだから、ドレスはレンタルで、しかも型落ちした古いデザインか、シンプルなものを選ぶしかないだろう。
 しかし、リンドは胸を張って言った。
「大丈夫だ、メルの為なら一年くらい、たい焼きを我慢するぞ」
 たい焼きか。
「千たい焼きくらいあれば、ドレスも選び放題だろう?」
 貴方の価値基準はたい焼きなのか、知ってたけど!
「ええ、ありがとう……」
 無類のたい焼きスキーであるリンドにとって、一年のたい焼き断ちは断食にも等しい苦行。
 つまりはそれだけ愛されているということで。
「でも、たい焼きは食べていいわよ?」
 でないと、見ているほうが苦しくなりそうだから。

 そして、いよいよ最終決戦。

 何故か息を弾ませ、頬を上気させて玄関先に立つリンドと、彼に手を引かれてこちらも同様に息が上がった様子の娘とを見比べる古代の目尻が、すっと細められる。
 嫌な予感。
 何か自分にとって好ましからざる事態が起きようとしている、そんな気がしてつい声が険を含んだ。
「リンドさんか。メルまで一緒にそんなに慌てて、何かあったのか」
 しかしリンドは息を弾ませながら、笑顔でこう言うではないか。
「おはよう、古代殿。今日は良い天気だな!」
「お、おう……」
 なんだろう、嫌な予感は気のせいだったのか。
 戸惑う古代の目の前に突き出される、ほかほかと湯気を立てる包み。
 中身はもちろん、たい焼きだ。
「これを冷めないうちに届けようと思ってな」
 なるほど、それで二人とも息を弾ませているわけか。
「それは……ご苦労だったな。ありがたく頂いておくとしよう」
 このためにわざわざ訪ねて来たのだろうかと内心で首を傾げつつ、古代は立ち話も何だからと上がるように勧める。
 しかしリンドはそれを辞した。
「いや、今日は挨拶に来たのだ。それは手土産というものだ……挨拶をするのに手ぶらで訪ねる愚を犯すことはない。俺もそれくらいは弁えているから、古代殿も安心してメルを手放すがいい」
「待て、話が見えない」
 手放すとは何だ。
 挨拶とはどういう意味だ。
「遠慮せずに、上がって行きなさい」
 もうこれで使命は果たしたとばかりに踵を返そうとしたリンドの腕を掴み、古代はその目を見据える。
 ここに至って漸く、リンドも自分が何かヘマをしでかしたらしいと気付き始めたが、それが何なのかは……さっぱり、見当も付かなかった。

 茶の間に上がったリンドは、畳の上に膝を揃えて座る。
 お茶が出て来る気配もなければ、座布団を勧められもしない。
 ちゃぶ台の上では、せっかく熱いうちに持って来たたい焼きが冷めるままに放置されていた。
「改めて訊こう、今日は何をしに来た?」
 上座でどっかりと胡座をかき、腕を組んだ古代の声音は堅く鋭い。
 迸る覇気に思わず気圧されつつも、リンドは目を逸らさず真っ直ぐにその目を見返した。
「挨拶に」
「何の挨拶だ」
「何の……と言われても。挨拶は、挨拶ではないのか」

 それまで黙ってなりゆきを見守っていたメルが、ここでようやく口を挟んだ。
「ごめんなさい古代お父さん。悪い人ではないけれどこの人馬鹿なのよ」
 一切の甘さを排した辛辣な言葉。
「わかっている」
 それに対する答えも辛辣だった。
「わかった上で、友人としての付き合いを続け……それなりに、好ましく思う点もある」
 だがしかし、ここは譲れない。
 馬鹿でも何でも、追及の手を緩めるつもりは微塵もなかった。
「古代お父さん、それなら彼にもわかるように話してあげて。そうすれば、望む答えが得られるわ」
 多分、きっと。
「わかった」
 ともすれば荒い鼻息となって迸る呼吸を整え、古代は再び口を開いた。
「その挨拶は、何の為だ。まさか挨拶だけをしに来たわけでもあるまい」
「いや、俺はただ挨拶をしに来ただけだ」
 平行線、未だ交わらず。
「古代お父さん」
「メルは口を出すな。俺はこの男に訊いている」
 娘を制し、古代はリンドに視線を据えた。
 その視線は彼の少しばかりズレた配線を繋ぎ直し、本来あるべき場所に電流を流すことに成功したようだ。
 ややあって、リンドが口を開く。
「人間の世界では女性を娶る際に、父親に挨拶をする必要があると聞いた」
「ならば他に言うことがあるだろう」
 いや、もう答えは待たない。
 じれったくて怒髪が天井を突き破りそうだ。
「素直に『娘さんを俺に下され』とでも言えば――」
「ああ、そう言えば良いのか」
 それならそうと、早く言ってくれれば良いのに。

 そして、冒頭のちゃぶ台返しである。
「駄目、なのか?」
「当たり前だ」
 古代にとって、メルは彼女がまだ生まれる前から慈しみ、育て、見守ってきた大切な存在だ。
 それを何処の馬の骨、いや龍の骨ともわからない男においそれとくれてやることなど、出来るはずがない。
 いや、リンドは素性もわかっているし、友人でもある。
 真面目な好青年であることは理解している。
 メルとの今後の人生を真剣に考えているであろうこともわかっている。
 理性では。
 理性ではなッ!
 しかし、ここは理性よりも感情の領域だ。
 つまりは情を動かさない限り、その首が縦に振られることはない。
「さあッ、貴様の覚悟の程を見せてみろッ!」
「覚悟……古代殿と戦って、その屍を超えて行けばいいのか」
 ちがうそうじゃない。
「いいかリンド、俺は貴様と共に天を擁く気はないが、言う事を言えば共に天を仰ぐことも吝かではない」
「メル、古代殿が俺の知らない言葉で話し始めた。通訳を頼む」
「リンド、今のは日本語よ。古代お父さん、この人は……」
「ああ、そうだったな」
 ひとつ深呼吸をして、古代は再び口を開いた。
「一度断られたくらいで諦めてどうする、貴様の想いはその程度か!」
 さあ、もう一度!

「お嬢さんを俺にください!」
「断る!」
「お嬢さんを俺にください!」
「ならん!」
「お嬢さんを俺にください!」
「やり直し!」
「お嬢さんを俺にください!」
「まだまだ!」
「お嬢さんを俺にください!」
「なんの!」
「お嬢さんを俺にくだ――」
 以下エンドレス。

「二人とも、そろそろ気が済んだかしら」
 いつの間にか自分の分だけお茶を淹れて、たい焼きをmgmgしていたメルが尋ねる。
 ほんと、男って馬鹿なんだから――口には出さないが、その赤い瞳が雄弁に語っていた。
「……ああ……正直、ここまで粘るとは思っていなかった」
 額に滲む汗と、いくばくかの悔しさ、そして一抹の寂しさを拭い、古代は頷いた。
 渋々、渋々々々々々々ッ!
「ありがとう、お義父上……!」
「誰がお義父上だ、まだ早いわぁッ!!」

 がっしゃーん!

 一度は直されたちゃぶ台が、再びひっくり返される。
 そこからひらりと飛び立った一枚の紙切れ。
 そこには式場の案内と式の日取り、そして花嫁の父として期待される当日の行動などが、こと細かに記されていた――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb4728/リンド=エル・ベルンフォーヘン/男性/21歳/愛すべき残念勇者】
【jb1679/矢野 古代/男性/外見年齢39歳/ラスボス(仮)】
【jc0787/メル=ティーナ・ウィルナ/女性/18歳/真のラスボス】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
この度はご結婚おめでとうございます。
果たしてどんなドレスが選ばれたのか、それは当日のお楽しみということで!

口調や内容の齟齬など気になるところがありましたら、ご遠慮なくリテイクをお願いします。
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エリュシオン
2016年08月24日

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