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『昔語り、一服の茶と 』
瀬陰ka5599)&センダンka5722

「――雲が、出てきたな」
 ぽつり、瀬陰はそう呟いて窓の外を見る。
 里長の使いという用向きがあって訪れたこの宿、わずかに懐かしく思うのは、己が故郷にも似た風景を感じるからか。
 窓の外に広がるのは、美しい紫陽花に彩られた庭。更に向こう、宿の外には、東方ならどこにでもあるような、ごく普通の田畑がひろがっている。
 自身の額にある角をそっと触り、そして目を伏せる。かつての戦いの名残というか、右目は視力を失って久しいが、それでも世界を見渡すためには片方あれば案外十分なものだ。
 昨今、東方と西方には縁もでき、この東方にも王国や帝国のハンターらが出入りすることが増えてきた。そんな未来があるだなんて、両の眼で世界を見据えていたころには思ってもみなかったこと。
 荷物を置いて一息つき、そんな外の光景をぼんやりと眺めていると、瀬陰はふと見覚えのある人影を見たような気がした。
 小麦色の肌に紫の――楝色の――髪。そしてそこから伸びる二本の角。二メートルに近い巨躯のその壮年、といっても瀬陰よりわずかに若い男は、確かに見覚えがある。懐かしい――というよりも、言葉にしづらい複雑な感情。
 しかし同時に、確かかの男は愛娘の友人でもあったはず。そう考えると縁とは奇妙なもので、そういうこともあるものなのだなと思い、なんだか口元も緩んでしまう。
 ただどちらにしろ、この曇天をひとりで歩くのは危険に違いない。そのうち雨も降り出すだろうに、男はそれらしい仕度の一つも持っていないように見える。鬼らしい大柄な身体が濡れ鼠になってしまうだろうことが、容易に想像できた。
 だからだろうか。気付けば、その男に声をかけていた。
「おい。雨も降りそうななかで歩くのは危ないだろう? 雨宿りがてら、茶でも一服どうだい。話し相手にもなってくれると、いっそう有難いんだが」
 声をかけられた男は一瞬驚いた顔をしたことだろう。そりゃあそうだ、突然茶を飲まないかと誘われたのだから驚かないわけがない。しかしその男はにいっと笑い、
「まあ暇だし、構わん。それにあんたの言うことももっともだしな」
 荒っぽい声で、そう返してきた。
 
 
 男が部屋に入ってきた頃には、しとしとと雨が降り始めていた。
 宿の中に入ってきたその男は、名をセンダンという。
「髪の色からあやかったか」
 以前に瀬陰が尋ねたが、センダンはさてね、と笑うのみだった。
「それにしても変わったやつだな。俺を誘うなんざ」
「いや……その髪、その角、そしてその瞳。センダン殿とは娘が懇意にしていると、そう聞いているからね」
 瀬陰がそう言ってみせると、ほう、とセンダンは声を出す。
「……まあ、それ以外にも縁というものはあるのだろうがね」
 瀬陰はいいながら、心ばかりではあるが、と茶を点てる。湿気を帯びた空気のなか、ふんわりと漂う抹茶の香りに部屋が包まれていく。ひととおりが終わったら、茶菓子にと饅頭を添えて、センダンの前にそっと差し出してやる。
「お、美味そうだな」
 センダンはそう言いながら、茶碗に手をかけると作法など気にせずというかんじでグビリと一口、抹茶を飲む。そしてすぐに饅頭に手を伸ばすところを見ると、彼にとっては少し茶が濃かったのかも知れない。瀬陰はそんないかにも自由人といった風情のセンダンの様子に苦笑を浮かべながら、そっと右の目の傷を触れてみる。
「……こうやってふたりで話すのも、なんだか奇妙な気分だなあ」
「そうか? まあ、面識もそうものすごくある、というわけじゃないしな」
 センダンがそういうと、瀬陰は首を小さく横に振る。
「それだけじゃあ、ない」
 と、センダンは不思議そうにふむ? と首をかしげた。その表情を見て、瀬陰はわずかに口元に笑みを浮かべる。
 ――まあ仕方あるまい。自分も、彼も若かった。若い頃のことなんて、余程がない限り忘れてしまうことも多いのだから。
「そうだな……折角だから、少しばかり、昔話をしようか」
 瀬陰はいいながら、もう一つ饅頭を、センダンに差し出した。
 
 
 しとしとと白糸のごとく降る雨は、一体何を思うのか。
 瀬陰はぼんやりと外に目をやってから、そっと、まるで秘め事を打ち明けるかのように話し始めた。
「……まずはどこからはなすべきか……そうだね。若かりし頃は僕もずいぶんとやんちゃでね。気性ももっと荒々しかったし、まさに修羅ということばがそのまま当てはまるような、そんなやつだったよ。まあ、妻を娶り、愛娘が生まれたら、そんな性分はどこかに置いてきてしまったけれどね」
「ほう。じゃあ。その目の傷も、その『やんちゃ』とやらの名残か?」
 センダンが尋ねると、「まあね」と応じる瀬陰。
「なんだかんだ言って、当時の僕は若かった。若いと言うことは、それだけで世界を全部知っているかのような、そんな慢心すら僕に与えていた。刀を交え、戦うことに血を沸き立たせる、そんな毎日が僕にもあった。世界でかなわないものなんてないと、そう信じるくらいに」
 一口茶をすすり、そしてまた右目の傷をそっと撫でる。
「それが本当に慢心にすぎなかったのだと気付かされたのは、この目を傷つけ、片目の光を失ってからだ。相手はとても強い男だった。けれど、その傷をきっかけに自分を見つめ直すことができたのだから、恨みなどは持っていないよ」
「ふむ。あんたがそんなに言うからには、そいつぁ余程強かったんだろうな。どんな奴だい」
 センダンが問いかけると、瀬陰は一つ瞬きをして、それから笑った。
「……立ち居振る舞いは粗野ながら、純粋という言葉の似合う、飾らぬ男だよ。そう、――それは君の事だ」
 言われてセンダンはなにかを考えるかのように眉をひそめた。
 それからすぐに、
「わりぃな。俺は昔を思い出すような趣味はないから、そんな奴もいたっけか、程度にしか思い出せねぇ。俺は今も昔もこうだからな、誰とどう戦ったなんてはっきりと覚えているわけもないし」
 そう言ってから、センダンはぽつり、と付け加える。
「むかしはむかし、今は今――そういうことだ」
 そう言って、また饅頭をぱくりと平らげた。そんなセンダンの口ぶりや態度に、思わず苦笑いを浮かべる瀬陰。
「……今は護るべきものがあるゆえ、容易に命をくれてやるわけにはいかない。けれど、僕と君が互いに望むときが来れば……いずれ、また――」
 そう言いかけて、ふとセンダンのほうをみる。かの男は、年齢にそぐわないくらいのあどけない寝息を立てて、うつらうつらと眠りに入っていく真っ最中だった。
「……ふふ、こういうところがあるから、君を憎むということはできないのだよね」
 そっと羽織を掛けてやると、そのそばに己もごろり、と横になる。
 穏やかな一時が、二人を包み込む。
 きっと再び太陽が姿を覗かせるころまでの、ほんの僅かな一時だけれども。
 大の男が二人微睡む姿は、しかしどこかあどけなくもあり、ふしぎと穏やかな時間になっているのだった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5599 / 瀬陰 / 男性 / 40歳 / 舞刀士】
【ka5722 / センダン / 男性 / 34歳 / 舞刀士】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今回は発注ありがとうございました。
お届けするのが遅くなってしまい、申し訳御座いません。
縁なるは奇なるものとも言いますが、こういうキャラクターの掘り下げるお手伝いができるのは、とても嬉しいことだと思います。
若かりし頃のふたりのやりとりというのも、機会あれば見てみたいものですね。
想像力が膨らみます。
本当なら梅雨時のお話しでしたのに、もう暦の季節は秋になってしまいました。それでも、喜んで頂けましたらさいわいに存じます。
では、改めてありがとうございました。
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ファナティックブラッド
2016年08月26日

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