『共に往く、そは尊き平凡な1日。 』

平野　拾（ia3527）＆平野　譲治（ia5226）

　平野　拾（ia3527）の1日は、朝食を作るところから始まる。
　とんとんとん、と調子よく動かす包丁の奏でる音が厨に響き、火にかけた鍋からは出汁と具材の煮える良い匂いが漂ってくる。そこに混じる、米の炊けた甘い匂いもまた、漂ってくるだけでもいかにも美味しそうだ。
　くぅ、と思わず鳴ってしまうお腹を「まだですよ」と宥めつつ、拾はお新香を刻み、具材の煮え具合を確かめて味噌を溶き、おみおつけを作る。その頃には十分に蒸らし終わったごはんを混ぜ、おひつに移せば朝食の支度は完了だ。
　それは拾が夫、平野　譲治（ia5226）と夫婦になってから始まった、新しい、そしてもうすっかり身に付いた習慣。うん、と満足げに用意した朝食をもう一度見回して、拾は次なる『任務』に取り掛かるべく、厨を出て寝間へと向かい。
　そこに今だ敷かれたままの、布団の膨らみに向かって声をかける。

「じょーじ、起きてください！　朝ですよ！」
「‥‥‥うぬ‥‥起きる‥‥のだ‥‥‥Zzz‥‥‥」

　ゆさゆさゆさと、布団ごと揺すりながら拾がかけた声に、けれどもかけられた譲治はといえばそんな、寝惚けた声を返すばかり。その合間にも漏れ聞こえてくるのは、すぴー、と気持ち良さそうな寝息だ。
　そんな夫を見下ろして、むぅ、と拾は困り顔になった。昨夜は夜更かしでもしたのだろうか、どうやら今日の譲治はちょっとだけ、お寝坊さんらしい。
　かと言って、起こさないわけにはいかない、と拾はゆさゆさ夫の身体を揺すり続ける。外はもうすっかり朝日ものぼって明るいし、何より、せっかく作った朝御飯が冷めてしまうし。
　ゆさゆさ。
　ゆさゆさゆさゆさゆさ‥‥‥

　――‥‥‥バサァッ！！
「起きてください、じょーじ！！」
「‥‥あぅッ！？」

　ついに実力行使とばかり、思い切り元気よく譲治の布団を剥ぎ取った拾に、剥ぎ取られた譲治はさすがにたまらず飛び起きた。が、いかんせんまだ意識は夢の中、いったい何が起こったのか分からない様子で、譲治はきょろきょろ辺りを見回す。
　そんな夫に思わず吹き出すと、うにゅん？　と眼差しが拾に向けられた。そうして笑っている妻と、その手に握られた掛布団にやっと事態を悟り、情けないような、何とも言えない顔になる。
　それにまた、笑った。笑って、朝御飯が出来ていると告げ寝間を出て厨に戻り、すぐに身支度を整えて来るだろう夫のために、朝御飯を御膳に整え始める――それはとても、穏やかな日常。
　好きな人と共に過ごす、当たり前の出来事がただ当たり前に繰り返されるだけの日々。離れて暮らしている父と妹も、たまに文の遣り取りをしているけれども、元気に過ごしているようで。
　それはきっと、多くの人にとっては当たり前に過ぎない出来事。けれども拾はその事を思うたび、なんて贅沢な、幸せなことなのだろうと思うのだ。
　鼻先をくすぐるおみおつけの香り。椀に盛って並べた頃合いに、すっかり目の覚めた譲治がぱたぱた走ってきて、並んだ朝御飯に目を輝かせる。

「拾、おはようなのだ！」
「おはようございます、じょーじ」

　交わした挨拶もまた何の代わり映えのない、当たり前のもの。それが嬉しくてにこにこする拾に、譲治もまた嬉しそうににっこりする。
　――これ以上に望むことなど何もないと、その度彼女は幸いを噛み締めるのだ。


●


　朝御飯を食べ終えて、後片付けも済ませたら、仕事に備えて鍛錬を行うのが平野夫婦の日課である。正確には譲治の行っている鍛錬を、手伝いながら拾もそれなりには鍛えている、という形だ。
　いつもの鍛錬場に着くと、まずは準備運動から。いきなり激しい鍛錬を行っては、いかに卓越した身体能力を持つ者が多い開拓者と言えど、身体を壊してしまいかねない。
　だから最初は軽く、身体がほぐれるような運動を。それから筋肉を鍛えるための運動をして、次に2人並んで辺りをぐるりと走り込み。
　最後は軽い柔軟で、互いに背中を押し合いながら身体をしっかりと解していく。ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ、と交代で背中を押したり、足を押さえたり、相手の動きに合わせて腕を引っ張ったり。
　そんな風にいつもの鍛錬を賑やかに楽しくこなしたら、もうそろそろお昼も近い。かいた汗をすっかり拭い、拾が用意してくれた飲み物で水分補給も終えたなら、次は開拓者ギルドへ足を向けるのも、平野夫婦の習慣だ。

「今日は良い依頼があるなりかね？」
「一緒に受けられる依頼があれば良いですね！」

　そんなことを話しながら、のんびり歩く通い慣れた道の先、開拓者ギルドは今日もあちらこちらからの依頼が目白押しだった。荒くれ者の退治や迷いびと探し、畑仕事の手伝いに、遠い旅路の護衛など。
　それらの張り紙を1つ1つ見て行って、あれこれと相談していくうちに、これは良さそうだ、という依頼が見つかった。ギルド職員に尋ねてみれば、急ぎの依頼ではないので数日後に受付締切らしく、募集人数にもまだ余裕があるという。
　ならばと参加手続をして、今日のところはギルドをあとにした。それから2人が足を向けたのは、家に帰る途上にある市場。
　あちらこちらの店を覗いて、足りなくなってきていた調味料や、日用品などを買い揃える。その荷物を持つのはもちろん譲治の役目だ――拾が持たせている訳ではなく、譲治が率先して荷物を抱えてしまうのだけれど。
　時にはぶらりと店先を冷やかしながら、今日のご飯を何にするかおしゃべりし、必要な材料もまた買い揃え。その道すがら、ふと通りがかった装飾品店の前で、あ！　と譲治が声を上げた。
　何だろう、と拾が夫を振り返れば、彼の視線は店の中にまっすぐ注がれている。きょとん、とその眼差しの先を追ってみたけれど、果たして何を見ているものか、拾にはちょっと見当がつかない。

「じょーじ、どうしたのです‥‥？」
「あ、んとんと！　その‥‥拾！　ちょっとだけ待ってて欲しいのだ！」
「‥‥‥？　はい、じょーじ」

　ゆえに問いかけた拾を振り返り、手をぱたぱたさせながらそう言った譲治に、言われた拾は目を瞬かせながらもこっくり頷いた。それににぱっと礼を言い、手に持っていた荷物を邪魔にならない道の脇に置くと、「すぐ戻るなりよ！」と装飾品店に駆け込んでいく。
　荷物と一緒に譲治を待ちながら、何か欲しいものでもあったのでしょうか？　とのんびり首を傾げる拾である。と、すぐにぱたぱた戻ってきた譲治がにこにこ嬉しそうに、「拾、拾。はい、これ！」と手に持っていた小さな包み紙を拾の手の中にころんと落とす。
　はた、と今度は不思議そうな顔になって、拾は手渡された小さな包み紙をじっと見つめた。ひょいと譲治に視線を戻し、にこにこ笑顔をじっと見る。

「じょーじ、これは‥‥？」
「あげるのだ。いつもありがとなりねっ♪」
「えッ！　ひろいにくれるのですか！？」

　そんな拾に、まるでとっておきの悪戯を告白する人のように告げた譲治は、ぱぁぁぁ‥‥ッ、と顔を輝かせた拾ににっこり頷いた。うわぁ、といかにも嬉しそうな笑顔の彼女に、見ている彼も嬉しくなってしまう。
　開けてみるなり、とわくわくした気持ちで促すと、こくこく頷いた拾が包紙を丁寧に剥がしていく。そうすると中から出てきたのは、いかにも可愛らしい猫の帯留め。
　この可愛い帯留めを拾にあげたら喜んでくれるだろうかと、考えたら居ても立ってもいられなくなって、ついつい買い求めてしまった譲治である。そんな彼の想像通り、否、想像以上に嬉しそうな笑顔を浮かべた拾は、帯留めをぎゅっと大切に胸に抱いた。

「嬉しいです‥‥！」
「うむ！　喜んでもらえて良かったなりよ！」
「えへへ‥‥‥あ、そうです！　じょーじ、ちょっと待っててもらえますか？」
「む？　構わないなりが‥‥」

　どうしたなり？　と聞く前に拾はぱたぱたと、ついさっき譲治が帯留めを買い求めた装飾品店に駆け込んで行く。そんな背中を見送って、どうしたなりかね？　と首を傾げながらも譲治はおとなしく、荷物と一緒に拾を待ち。
　さほど待たず、装飾品店から出て来た拾を、いげ、おおッ♪　と顔を輝かせた。そんな譲治にはにかみ笑顔を浮かべる拾の、帯を飾っているのは先ほど譲治が贈った、可愛らしい猫の帯留め。
　ととと、と側まで戻ってきて、拾がひょいと恥ずかしそうに首を傾げる。

「どうでしょう？」
「うむ！　よく似合ってるなりよ！」

　そう満面の笑みで大きく頷き、嬉しそうな顔になる譲治に、拾もふぅわり笑顔になった。知らず、弾むような足取りになってしまったのはきっと、仕方のないことだろう。
　だって拾は何だって、大好きな夫が買ってくれたものなら嬉しくて仕方ないのだから。



●


　晩御飯を食べ終えたら、そろそろ1日が終わる頃合いだ。今日も美味しい拾のご飯をお腹いっぱい食べて、譲治はご機嫌に立ち上がり、厨で後片付けをしている拾の背に声をかけた。

「お風呂の準備をしてくるのだ」
「はい、お願いしますね、じょーじ」

　食器を洗いながら顔だけ向けてそう言った、拾に任せろと胸を叩いて、譲治はぱたぱた風呂場へと向かう。そうして「おっふろ〜♪　おっふろ〜♪」と鼻歌を歌いながら楽しげに浴槽を磨き、床を磨き。
　水を張っている途中で、そういえば、と手を止めた。

（確か夫婦というのは一緒にお風呂を入るものだったはず‥‥）

　もちろん、すべての夫婦が必ずそうというわけではないが、少なくとも譲治にとって夫婦とはそういうものである。翻って、自分たち夫婦を振り返ってみれば今だに、一緒にお風呂に入ったことはなく。
　ふぅむ、と譲治は浴槽に水を張る手は動かしながら、考えを巡らせた。一緒に入ったことがないのなら、これから一緒に入れば良いわけで。
　ならばいま思い出したのも何かの天啓、今日いっしょに入れば良いのではないか‥‥？
　そう、閃いたとたん譲治はなんだかそれが、とっておきの素晴らしい思いつきのような気持ちになった。そうしたらとてもワクワクして来て、すぐにでも拾にその思い付きを伝えたくなってくる。
　だから、すぐにでも駆けて行って聞いてみたい気持ちを一生懸命ガマンしながら、譲治は可能な限りの最大速度でお風呂の準備を整えた。そうして整え終わるや否や、ぱたぱたと拾の元へ駆け戻って、楽しそうな笑顔でこう尋ねる。

「拾、拾！　お風呂の準備が出来たのだ！　一緒に入るのだ？」
「いっしょに‥‥お風呂、はいるのです‥‥‥？」

　そんな譲治の笑顔に、だが拾は最初、びっくりしたように目を丸くした。それから

「‥‥‥拾は、嫌、なりか？」
「ち、違うのです、じょーじ！　いやじゃなくて‥‥その‥‥‥いい、のです‥‥‥！」

　だんだんしょんぼりとしてしまった譲治に、拾が慌ててぶんぶん首を振った。だが、次第に顔が真っ赤になり、声も消え入りそうに小さくなっていく。
　そんな拾の反応に、本当なのだろうかと譲治は心配そうな顔になった。それにますます慌てたように、本当なのだと拾は真っ赤な顔で強調する。
　本当の本当に、拾は譲治とお風呂に入るのが嫌だという訳ではなくて。――ただ、こういった『夫婦らしい』やり取りというか、行動というか、言動というか、そういうものにまだまだ慣れていない、のだ。
　だから、嬉しいとか楽しいとか幸せだとか、そんな感情よりも先に恥ずかしさが立ってしまう。そうしてそんな自分に――或いはそんな幸いに、戸惑ってしまう。
　だから嫌じゃないのだと、いかにも照れた様子で恥ずかしそうに、だが一生懸命告げる拾に、聞いている譲治もなんだか照れくさいような気持ちになった。だがそれ以上に大きく胸を占めるのは、どんなに言葉を尽くしても到底言い表すことが出来ない、この上ない喜び。
　大好きで大切な拾に、同じくらい大好きに大切にされている事。それがまっすぐに伝わってきた、そんな気がしたから。
　ん、と手を差し出したら、はい、と恥ずかしそうに頷き手が取られた。そうして間近で眼差しを合わせ、はにかむようにふふ、と笑い合い。
　そのまま2人手をつなぎ、一緒にお風呂場へと歩き出す。今日もこんな風に穏やかに、少しづつ降り積もる新しい幸せとともに、1日は過ぎて行くのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　　ＰＣ名　　／　性別　／　年齢　／　職　業　】
　ia5226　　／　平野　譲治　／　男　　／　15　　／　陰陽師
　ia3527　　／　平野　拾　　／　女　　／　19　　／　志士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
大変お待たせしてしまい、本当に申し訳ございません。

ご夫婦のとある1日の物語、如何でしたでしょうか。
お任せ頂いてしまいましたので、あれこれと模索しながら楽しく書かせて頂きました。
ちなみに冒頭の場面で、かまど派か囲炉裏派かで悩んだ結果、あんな感じにさせて頂いたのは全力で秘密です（←たぶん1番どうでも良い部分
もしイメージと違うなどあられましたら、いつでもお気軽にリテイクをお申し付けくださいませ（土下座

ご夫婦のイメージ通りの、いつか繋がる未来へ続く当たり前の日々のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します（深々と

■ＷＴアナザーストーリーノベル（特別編）■

蓮華・水無月

舵天照 -DTS-

2016年09月01日