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『その音はこころ 』
aa0273hero001

 ぴちゃり……
 そんな音などたてるはずもないのだが、その娘の魂を口にした途端、妖狐は水が滴るような音を聞いた気がした。
 妖狐が飲み下した魂は色白のやつれた貧しい町娘のものだった。
 この女はひと月ほど前から妖狐が根城にしている廃神社の草取りや掃除などをし、かろうじて建物の形態を残している廃神社が朽ちていくのをなんとか止めようとしていた。きっとすぐに飽きるだろうと思っていたのにほぼ毎日通ってきてせっせと働く娘のことが少し気になり、からかってやるつもりで妖狐は娘の前に姿を現した。
「貴様、背が低すぎて下しか見えぬのか? 天井に蜘蛛の巣は残っておるし、まだまだ埃もあるぞ」
 きっと八つ尾のある妖狐などが姿を現せば、娘はそれこそ天井まで飛び上がって驚き、あっという間に逃げていくだろうと思った。
 しかし、そうはならなかった。
 娘は細い目を妖狐に向けて、「まぁ、綺麗」と口元に笑みを作った。
「……貴様は我が恐くはないのか?」
「恐いです。でも、綺麗な貴方の姿が羨ましくもあります」
「我が美しいことなど知っておるが、そう素直にその言葉を口にした人間は数少ない。貴様、面白いのう……」
 娘に興味を持った妖狐は娘に憑くことにした。
 そうして娘に取り憑いて一週間ほどもすれば、娘の人生が貧しいものであることを知った。娘は年老いた父親と二人で古い長屋に住んでいた。農家の手伝いで得た少しの食べ物や商人に頼まれる手伝いで得た少しのお金で毎日をやりくりしていた。
 娘は時折手伝いを頼まれる問屋の息子に恋心を抱いていた。しかし、その男には恋仲の町娘がいた。
「貴様の人生はつまらんな」
 妖狐が娘にそう言うと、娘は「何故です?」と聞いた。
「美味いものも食えず、綺麗な着物は着れず、好きな男に見向きもされない。生きていてもつまらんだろう?」
「あの人が私に見向きもしないと何故そう言えるんでしょう?」
 娘の言葉に妖狐は笑った。
「まさか、あの男が自分を好いてくれると思っているのか?」
「きっともうすぐです」と娘は言った。
「もうすぐ、あの女は死ぬはずですから」
「……器量好しのあの娘が死ぬ?」
 男の恋人に死相など出ていない。しかし、娘はいつものようににこりと笑った。
「だって、私にはあなたが憑いているんですから。私の願いにより、あの女は死ぬのです」
 妖狐は驚いた。
「貴様……我が取り憑くことによって、我の力を自分のものにできると思っているのか?」
 娘は不思議そうな顔で妖狐を見た。
「最近、妖たちがよく近寄ってくるのはそういう理由だと思っていたのですが……」
 この世界では妖は珍しい存在ではない。妖狐ほどの霊力の強い妖は滅多にいなかったけれど、ちょっとした害虫のような妖を見ることはよくあることであった。
「違うのですか?」と、娘は小首を傾げた。
 妖狐は「馬鹿か。そんなわけなかろう」と言おうとしたが、にんまりと口門をあげて真実を告げるのをやめた。
「いや……貴様の願いを叶えてやろう」
 それは神の真似事。これまでそんなことをしてみようなどと一度も思いはしなかったけれど、考えてみれば妖狐の自分が神の真似事などこんなに面白い遊びはない。
 そうして、娘が妬んでいた町娘は死んだ……娘が好いていた男と一緒に。親に交際を反対された二人は、川に身を投げて心中したのだ。親を操り、二人の心をもろくしたのは妖狐だった。
「満足したか?」と聞いた妖狐に、娘は暗い瞳でつぶやいた。
「……こんなことは望んでいない」
「女の死を願ったのだろう?」
「あの人まで死んでしまうなんて……」
「仕方無かろう。あいつが選んだのだ。あの娘を」
「……違うわ。きっと、あの女が無理やり……あの女があの人を殺したのよ……」
「殺しは罪か?」と聞けば、娘は「当然よ!」と叫んだ。
 娘の言葉に妖狐はにんまりと笑みを作った。
「ならば、我が罰せよう」
「あの女を地獄に堕とすことができるの?」
 そう期待する娘の顔に妖狐は自分の顔を近づけて、娘の胸にその美しい手をまっすぐに突き刺した。
 血が噴き出したわけでもないのに娘は息を飲み、目を開けたままその場に倒れた。
 妖狐の手の中には、青白い魂が残る。よく見ると、その魂の中心が黒いのがわかる。それは、その魂が純真なものではなく、闇を秘める魂であったことを意味していた。
「なかなか楽しめたぞ」
 そう妖狐は笑って、魂を口にした。その時、あの音がした。
 ぴちゃり……
「……やはり、まずいな」
 味はすこぶるまずい魂ではあったけれど、その黒き魂に宿るエネルギーは強力なものだったようで、妖狐の身体中を黒き稲妻が走るのを感じた。そして、八つであった尾は九つになっていた。
 それからも妖狐は人に取り憑き、その魂を喰らい続けた。妖狐の美しさに惹かれた王族が妖狐のために国を滅ぼしたこともあったが、その男の魂もやはり美味くはなかった。
 幾千年と生き、その間、何度となく魂を喰らったが、時にあのぴちゃりという音を聞いた。妖狐はすでにあの娘のことなど覚えてはいなかったけれど、その音を聞くたびに嫌に耳につく音だと思った。
 美味い魂を求めて幾つもの国を滅ぼし、幾つもの年代を超えて、妖狐は一人の陰陽師に出会った。見目も美しく、その凜とした眼差しからもその魂の美しさが見えるようだった。
「貴様の魂なら、美味いのだろうな」
 妖狐は白き魂に手を伸ばす。しかし、呪文を唱える陰陽師に触れることも近づくこともできずに、妖狐の体は明るい紅の炎に包まれてじりじりと焼かれていく。
 その時、妖狐はやけに近くであの音を聞いた。
 ぴちゃり……
 次の瞬間、紅の炎が火柱のようになり、妖狐を包んだ。

「……」
 浮上しかける意識で、ここは極楽か? と、妖狐は考えた。そして、自分の考えにふっと笑ってしまう。
 我が極楽に? そんなまさか。
 目を開ければ、そこはきっと真っ黒な世界のはずだと思った。魑魅魍魎が跋扈する世界。人などという弱い生き物のいない世界だ。
 そんなことを考えながら目を開けると、妖狐の目の前には赤があった。明るい紅の炎のような赤だ。
「……」
 なぜ、炎のようだと思ったのか、妖狐は不思議に思った。そして、過去の記憶が曖昧であることに気がついた。
 しばし呆然とする妖狐の顔を目の前の赤が覗き込む。
 大丈夫か? と、いかにもお人好しそうな顔で自分を覗き込む男の姿に、妖狐は自然とその頬が緩むのを感じた。
「美味そうな魂だ」
 小さく漏れた妖狐の声に、男はえ? と聞き返す。
「貴様、あの音の正体を知っているか?」
 いま会ったばかりの男に自由気ままな妖狐は聞いた。
「ぴちゃり……という音だ」
 答えなど知っているわけがないと思いながら聞いたのだが、男はあっさりと答えた。
「それは、涙の音だろう?」
「……なぜ、そう思う?」
「だって、おまえ泣いているもの」
「……な、に?」
 男は妖狐の頬に流れる透明な雫をその指で優しく受け止めた。
「……」
 その白き魂に触れられながら、妖狐は思った。
 いつか、この美味そうな魂を喰いたい……と。


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【aa0273hero001 / 楓 / ? / 23 / ソフィスビショップ】

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この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
いつもシナリオで会っているPCの背景を書かせていただくことができ、本当に嬉しく思っています。
楓、とてもいい味を出しているキャラですよね。今後も、楓の活躍を楽しみにしています♪
私自身の思い入れもあり、このような内容となりましたが、ご期待に添えていましたら幸いです。
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2016年09月02日

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