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『無情の戦の果ての果て。 』
ヘスティア・V・D(ib0161)

 チッ、と盛大な舌打ちが漏れたのを、ヘスティア・V・D(ib0161)は――否、ヘスティア・ヴォルフは隠そうとしなかった。

「さぁッて‥‥どうすっかね‥‥‥」

 それでも辛うじて口元に浮かぶ笑みからは、だがいつもの大胆不敵さは鳴りを潜めている。軽薄を装って呟いた言葉も、恐らくは同様だろう。
 だがそれも仕方のない事だと、焦りながらも頭のどこかでは常に冷静な自分が、置かれている状況を見据え囁いた。そうなんだけどな、と相槌を打つ自分は、この事態を打開する有効な一手を探しながらもどこか、他人事だ。
 戦局を眺め渡す。敵の配置を確認する。こちらの手勢を、その心理状態も含めて把握する。その上で、どう動くのが最善なのかを模索する。
 それはヘスティアの身に嫌というほど染み付いた、もはや意識せずとも自然に行なってしまう思考だ。まして今の自分はかつての『彼』と同じ、部下を率いてその命を預かる、隊長という立場にあるのだから――

(こりゃァ‥‥ここで死ぬかな?)

 そんな自分の冷静な部分が弾き出した、最前にして最悪の結末に、ヘスティアは自嘲にも似た笑みを深めた。傍から見ればその笑みは、だが風に嬲られ揺れる赤髪と相まって、酷く凄惨に見える。
 彼女の前を埋め尽くさんばかりに居並ぶ敵が、その笑みに殺気立ったのが解った。解ったのに、なお笑んだ。
 ――グッと、魔剣の柄を握り締める。





 ヘスティアが『ヘスティア・ヴォルフ』に戻り、4人の子供を連れて古巣たる黒獅子傭兵団に戻ったのは、もちろん、伊達や酔狂からくる話ではない。未だくたばらずに残っていた古馴染には、戦いが忘れられなかったかと揶揄われはしたけれど。
 そんな連中は昔ながらの鉄拳で黙らせて、初顔合わせの面々には実力で捻じ伏せて、彼女は傭兵団の一員となった。そうしてあっという間に、と言うと語弊はあるかも知れないけれど、あっという間に団長補佐の立場と、特攻隊長の身分を手に入れて。
 一体誰が言い出したのか、ばっさりと短く切った赤髪を靡かせて、ほのかに刀身が赤く光るシャムシールの魔剣を操り、戦場を駆ける彼女は今や『赤い狂狼』と呼ばれている。命知らずの特攻を繰り返し、1度喰らい付いたら相手が死ぬまで放さない――その姿が、身に纏う黒い鎧と相まって狼のように見えるらしいと、ヘスティアに笑ったのは隊長だったか。
 それはヘスティアにとって、悪くない二つ名だった。血に飢え狂える狼とは、如何にも今の自分に相応しいじゃないか。
 ゆえに、敵には畏怖の響きで呼ばれ、味方からはそこに信頼と敬意が混ざる、その二つ名を彼女は受け入れた。時には自ら名乗り、意図してそのように振る舞ってみせた。
 そんな日々は――割と、楽しくて。部下達と馬鹿話をしたり、訓練と称して暴れ回ったり――そんな風に過ごすのも、悪くはなくて。
 ただ、時々心の片隅に、頭の片隅にふと浮かぶ、想いはきっと消えはしない。捨てて来た夫、自ら切り捨てて来たハーレム、それは永遠にヘスティアの中から拭い去れはしない。
 自分がちゃんと必要とされるのなら、それは決して居心地の悪い場所ではなかった。全員が対等に、平等に――かつてはきっと確かにそう在ったからこそ、あの場所はヘスティアの居場所たり得た。
 ――なのに。

『片方に偏るなら‥‥最後まで一緒にいて欲しいのは俺じゃなかったみたいだし‥‥んじゃ俺はお役御免だろ?』

 だから俺は出て行くと、告げた時の自分は冷静だったはずだ。そんなヘスティアの言葉を聞いた、恐らくは微かな笑みすら浮かべていただろう表情をじっと見つめた、夫の反応も今だって鮮明に覚えている――と思う。
 比翼連理、天に在りては願わくは比翼の鳥と作り、地に在りては願わくは連理の枝と為らんとする、その想いは一方通行では成り立たない。他方の翼が共に羽ばたくのを辞めたなら、それに付き合う義理はヘスティアにない。

『だから、さ。自ら片羽を切り落とした鳥ってのもいるんだよ』

 自嘲気味に呟いた、彼女を止める者は誰も居ないまま、彼女は片翼を捨てて羽ばたく鳥となった。その、ヘスティアの想いを4人の子供達が理解してくれて居たのは、ただ幸いなことだろう。
 だから今のヘスティアは、かつて暮らした黒獅子傭兵団に身を置いて、4人の子供とともに戦いの日々を送っていて。これからもそんな日々が続いていく、そのはずだった。





 一言で表せば、戦局は最悪だった。
 仕事を受けた時にははっきり言って、さして珍しくもない、どちらかと言えば容易い仕事だと拍子抜けしたものだ。何しろ、本拠地から離れた街道に現れる兇賊狩りといえば、このご時世に在っては驚くにも値しない依頼だ。
 何より、いかな兇賊と言えど黒獅子傭兵団に、ましてその特攻隊長にして『赤い狂狼』ヘスティアに叶う敵など、この頃はとんと見当たらない。だから今回の仕事だって成功を疑ってもおらず――もちろん、いつものように最善を尽くし、万全の準備を整えてはいたけれども、それでもヘスティア達にはこの仕事が終わったらどうするかと、他愛のない軽口を叩く余裕があって。
 それが油断ではなかったかと言えば、きっと油断だったのだろう。或いは魔が刺したのだろう。
 依頼されたポイントで、見つけた敵は予想通りに手ごたえがなく、あっという間に逃げの一手に転じた。それを逃がすまいと後を追う部下を、「油断すんなよー」と窘めながらヘスティアもまた、共に後を追って。
 それが、罠だったことを知る。兇賊どもが劣勢で逃げ出したのではないのだと、誘い込まれていたのだと、獲物は黒獅子傭兵団の方だったのだと、思い知らされる。

「隊長‥‥‥ッ!!」
「ああ」

 眼前に待ち構えていた敵に、焦燥の声を上げた部下に言葉短かにヘスティアは頷いた。彼女達は剣を取ったばかりのひよっこではない、自分達の置かれた状況は嫌というほど解っている。
 ざっくり見積もって、傭兵団の数倍――否、十倍は居ようかという兇賊ども。こういう時の定石は、と来た道を振り返ってみればもちろん、そちらにも回り込んだ兇賊ども。
 装備などを見ればそれが、近隣で暴れまわっていた兇賊どもが手を組んだ結果なのだと容易に知れた。――本来なら共闘などあり得ない兇賊どもが、あえて手を結んで罠を仕掛けて潰しにかかる位、黒獅子傭兵団は奴らにとって目障りな存在だったという事だ。
 はん、と嘲笑が零れた。状況は軽く見積もって絶体絶命、それでも嗤わずにはいられない。

(高く見積もってくれたもんだ)

 黒獅子傭兵団の――ヘスティアの命。これだけの人数をかけて刈り取るに相応しいと、こんなクソどもであっても認められたのは僥倖なのだろうか。
 戯言のように考えて、結論を出す前に思考を放棄した。考えても意味はないし、そもそも、考えるのは得手ではない。
 ならばヘスティアの得意とする所――このシャムシールの刃でもって、この状況を力づくでも打破するのみ――!!

「散開! マトモにやり合うんじゃねぇぞ、逃げ切りゃ勝ちだ!!」
「おぅ‥‥ッ!」
「させるかッ!!!」

 駆け出しながら咆哮したヘスティアに、敵味方から同時に怒号のような声が返った。だがヘスティアは聞いていない、振り向きはしない。
 狙うは背後、もっとも壁の薄い場所。刀身の赤い輝きが彗星のように尾を引いて、シャムシールの魔剣が兇賊の群れに切り込んでいく。

 ――ギィ‥‥ンッ!

 辛うじて受け止めた兇賊の大剣が、鈍く重い音を立てた。それを力押しにすると見せかけて、ふいに身を引いたヘスティアは相手の胴に思い切り膝蹴りを叩き込む。
 これも辛うじて受け止めた、兇賊がけれどもさすがにバランスを崩して身体を揺らす。そこをシャムシールで叩き潰す間もなく、次々と兇賊が得物を構えて飛びかかって来る。
 矢が。
 手斧が。
 銃が。
 鎌が。
 ――寄せ集め、と言っては憚られようが、それでも確かに寄せ集めの兇賊集団の、あらゆる武器がヘスティア達に向けられた。万全の体制ならばさほどの脅威にならないそれは、けれども圧倒的な数の勇利を取られた今となっては、確かに傭兵団にとっての脅威となる。
 それを。

「幾らでもかかって来いよ! 『赤い狂狼』ヘスティア・ヴォルフはここだぜ!」

 大声で自らの存在を誇示しながら、ヘスティアは敏捷な力技でシャムシールを振り回し、こちらに来いと喧伝する。まさしく狂狼、狂気のような笑みを浮かべて、敵を挑発して回る。
 その胸にあるのはかつて、ヘスティアを守って命を落とした『あの人』。部下を助けるのに理由はいらないと言って死んでいった、今なお忘れ難い人。
 ああそうだな、と胸の中の面影にヘスティアは笑ってみせる。部下を助けるのに理由なんざいらない。奴らを守るのは隊長である俺の義務で、権利で‥‥そして‥‥

「グ‥‥ッ!?」
「隊長ッ!!」
「うるせぇッ!! さっさと逃げて援軍呼んで来い馬鹿!!」

 腕に突き刺さった鈍い矢じりに、たまらず剣を落としたヘスティアに悲鳴を上げた部下を叱咤して、シャムシールを強引に拾い上げた。さすがに力が入らないが、握れるのなら何とかなると荒縄でその手ごとしっかり括りつける。
 手の1本や2本が何だというのだ。その程度で、この狂える狼を止められると思ったのならチャンチャラ甘い。
 腕が振るえるのなら、腕に武器を括りつければ事足りる。腕がもがれてしまったなら、口に咥えて突っ込めば良い。それすら出来なくなったとしても、この足がまだ残っている。

「狼を舐めんなよ‥‥ッ!!」

 己の血か返り血か、血まみれの顔で凄惨に歯を剥き出し嗤ったヘスティアに、間近に居た兇賊が顔を引きつらせた。それが油断だと、嗤いながら魔剣ごと腕を振るって喉笛を切り裂き、良いから行けと部下を再度叱咤する。
 まさしく、狂気。狂人。狂える赤き狼、その二つ名を凌駕せんばかりの戦いぶりは、圧倒的な数の優位に立って居たはずの兇賊たちに、恐怖の二文字を刻み込む。
 ならば、そこが敵の隙。ダンッ! と血を蹴り肉薄すれば、敵の表情が恐怖に歪む。

「それが‥‥甘いッてんだ‥‥ッ!!」

 ザシュッ!
 肉を切り裂く鈍い音と感覚は、すでにこの身に馴染んだもの。間近で吹き上がる返り血とて、何を厭うことがあるだろう。
 ただ、この身が動く限り。戦える限り。戦って、戦って、戦って――絶対に、部下を逃がし切る。
 その、狂気を孕んだ執念のような決意は確かに、『赤い狂狼』を打ち取らんと俄かな同盟を組んだ兇賊たちの意志を、圧倒的に凌駕した。人と人との戦いはすでに、どこか遠くへ消え去った。
 そこに居たのはただ、獲物を狩る狂狼と狩られる獲物。魔剣という牙を自在に操り、我が身を一切顧みず突っ込んでくるヘスティアに、兇賊たちは命がけの防戦を余儀なくされ。
 ――果たしてどれほど戦ったものか、もはやヘスティアには解らなかった。目の前の敵を切って切って切りまくって、気付けば自分以外に動くものが居なくなって。
 ついに、ヘスティアの気力も、尽きる。ぐらり、世界が揺れたと思った次の瞬間には、血塗れの大地が目の前にあった。

(ぁー‥‥こりゃ、死ぬな‥‥‥)

 ドスッ、と力なく倒れ伏し、もはや指の1本どころか瞬きすら出来ぬまま、急速に意識が遠のいていくのが自分でも判る。それはなぜか、酷く心地良い。
 遠くで、誰かが自分を呼んでいるのが聞こえた気がした。うるせぇ、と唇だけで呟いたつもりだけれど、実際に音に出てはいない。
 ぐいと、誰かに抱き起された。その動作すら厭わしかったが、伏せる事すら出来ず見開いていた視界いっぱいに映った黒獅子傭兵団の面々に、そうか、と悟る。
 無事に、彼女が隊長としての役目を果たせた事を。部下を、1人残さず逃がせた事を。――援軍がやって来た事を。
 はは、と笑ったら喉の奥から血の味がした。どんどん視界が暗くなり、自分を呼ぶ声が遠くなった。
 死ぬのだと、解ってヘスティアはなぜだか、安堵したように笑う。――なぜなんだか、もう考えることも出来ない。

「‥‥‥わりぃ‥‥ガキどものこと頼むわ‥‥‥」

 ゆえに、最後の力を振り絞って彼女が呟いたのは、今日は別の仕事に向かった子供たちの事。それに目の前の誰かが何かを言い返していたが、もはや聞き取れはしない。
 なぁ、と胸の中で問いかけた。

(――俺は誇れるかな、参謀んとこに行っても‥‥)

 褒めてくれるかい、と面影に問いかける。けれどもその応えを見届ける前に、ヘスティアの意識は永遠に途切れたのだった。





 ――『赤い狂狼』の二つ名は、それからしばらく兇賊の間で畏怖をもって唱えられた。
 曰く、圧倒的な不利を力でねじ伏せた狂人。曰く、狂狼の目の前に立つ者は、決して生き残る事は出来ない。
 だが、その死は決して知られることは、ない。あの戦場を生き延びた者は誰もなく、黒獅子傭兵団はその死を語らず――そして何より。
 時折戦場に現れる、赤き短髪を風に靡かせ、黒き鎧を身に纏い、赤き刀身をもって戦場を駆ける姿。ヘスティアによく似た娘が、母の姿を模して動き回り、母の影を自ら演じてくれるから、その死は知られることがない。
 それを――ヘスティアの夫はいまだ、知らない。知らせねばならないなどと、子供たちも思いもしない。
 ヘスティアは、ただヘスティアとして誇り高く生き、死んだ。それは父には何ら関係のない事で、彼に知らせる義務も義理も意志もない。
 それが、子供たちの決断。そして、亡き母の望み。
 そう、知っているからヘスティアの子供達は、母の死を黙して語らず、母に成り替わって今日も戦う。黒獅子傭兵団もまた、その死を沈黙のうちに押し隠す。


 ――ただ、それだけの話だ。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 / 職 業 】
 ib0161  / ヘスティア・V・D / 女  / 21  / 騎士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご指名頂きましてありがとうございました。
大変お待たせしてしまい、本当に申し訳ございません。

お嬢様の最期の戦いの物語、如何でしたでしょうか。
色々と参照させて頂きながら紡がせて頂いたのですが、齟齬等ありましたら本当に申し訳ありません……
もしイメージと違うなどあられましたら、いつでもお気軽にリテイクをお申し付けくださいませ(土下座

お嬢様のイメージ通りの、戦いに命燃やし尽くすノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2016年09月05日

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