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『 日差し和らぎ、世界が緋色に染まり始めるころ。 』
猪川 來鬼ja7445
 猪川 來鬼(ja7445)は、学園の敷地内の比較的人通りがまばらな道をまったりと歩いていた。
 緑があり、花も風に揺れる。白い壁の建物や研究棟がちらほらとあるだけのこの区域は、人がちらほらといるだけで散歩にはそこそこうってつけのコースだった。景色も歩きやすさも申し分ない。
 機嫌よく歩いていた來鬼だが、その周囲にいる人間たちは平和を壊されたような恐怖の表情を浮かべて彼女を遠巻きにする。中には小さな悲鳴を上げる者さえいた。

――人殺し。
――犯罪者。
――逮捕されたんだってよ。
――なんでそんな子が学園にいるの?
――怖いなぁ。こっち見ないでほしい。

 ひそひそと辛うじて聞えるだけのものもあれば、あえて聞こえるように言葉を投げる者もいた。
 來鬼にとってはそれは日常茶飯事のこと。虚構でもなんでもない、事実だけの言葉に気に留めることもなく気ままに歩みを進めている。
 気丈に気にしないようにしている。そんな強がりだと笑う者もいるが、來鬼にとってはわりと本気でどうでもよかった。面と向かって言えない臆病者どもの言葉など、取り合う必要もないからだ。
 だが、そんな中、肩を掴んで來鬼の歩みを止める者がいた。

「犯罪者でもなれるんだな?」

 にやにやと笑いながら声をかけてきた男は見知らぬ他人だった。
 明らかに來鬼より力のあるように見える体格をした男は、周囲に取り巻きを連れている。悪目立ちしている來鬼が気に喰わなかったのか、それともただの玩具が欲しかったのか、真意は知る必要がない。
 ただ、來鬼は面と向かって絡んできた男に、歪んだ笑みを向けるだけだ。

「何? 犯罪者が此処に居ちゃいけないと言う訳?」
「開き直ってんなぁ? 犯罪者がこんな平和なところにいたら、一般人が怖がるだろ?」

 どっと、周囲が笑う。
 どうやら見世物が欲しかっただけか。退屈しのぎなら、來鬼にとってやぶさかではない。
 自然と、くくっ……と押し殺した笑いが漏れる。

「そんなこと、私の知ったことではないかな」

 怖がるなら近寄らなければいい話だ。別にこちらから手出しするつもりは毛頭ない。しかし――手を出されたら話は別だ。 
 瞬間、男の体がくの字に曲がって後方に飛んだ。
 巨大な体は、取り巻きを巻き込んで地面に倒れ伏す。

「よっわ……」

 腹への拳の一撃で飛んでしまった男に対して落胆の呟き。一瞬の沈黙と取り巻きの怒号が飛んだ。
 飛びかかってきた取り巻きの一人の横っ面に拳を振り抜けば、なまぬるい肉の柔らかさを挟んで、硬い骨と骨が当たる振動が來鬼の拳に伝わる。自分の腕に伝わってきた痛みと音から、歯は一本くらい飛んだかなと攻撃の結果を冷静に分析する。
 飛びかかってきた男も、あえなく沈黙。頬には青い痣が一つ。
 動かなくなってしまった男に近づくと、來鬼は何のためらいもなくその腹をつま先で蹴り飛ばした。

「あはは♪ 絡んでくるならもっと抵抗して欲しいぉ」

 そして最初に殴り飛ばした男の上に蹴り上げて着地させた。決定打は与えない。致命傷を与えぬよう、しかし、男二人の痛みと傷だけを確実に与えていく場所を、殴っては蹴り飛ばす。
 腹を、背を、足を、腕を。
 何処か折ってしまったとしても、血を吐いたとしてもお構いなし。死にさえしなければそれでいいと言わんばかりの嬲り方だ。
 男たちは脳震盪でも起こしてしまったのか、ただ白目を剥いてされるままに嬲られていた。
 その様子は、ただボールで遊んでいるようにも見える。手で叩いて持ち上げて、足で蹴って宙に放る。軽々と、女の力とは思えないほどに。
 來鬼の拳もつま先も頬も、嬲られた者たちも夕日の光より真っ赤になっていた。
 広場に最早声を上げるものは來鬼以外におらず、彼女の笑い声と生々しい暴力の音だけが周囲に響く。

「これが見たかったんでしょお? 人殺しの遊びってやつをさぁ?」

 周囲で成り行きを見守っていた者たちの大半はすでに逃亡している。
 仲間を助けなければと周囲に留まっていた取り巻き達は、來鬼の強さと残虐さにただ立ちすくむだけでなにも出来ず。ただ仲間が嬲られる様子を振るえて見ているだけ。
 嬲られている二人の顔面が腫れ上がって、元の面影が無くなったところでぴたりと殴る手を止めた。まるでボール遊びに唐突に興味を失くしたかのように。

「……薬が効きにくくて止めるの大変なんだ。まだ足りないんだけど」

 來鬼は細く息を吐く。自分を落ち着けるための呼吸か、ため息か、見ているものには判別できなかった。
 絡んできた者たちは知らない。來鬼の脳に異常があることも、それが薬で抑えられていることも、それが聞きにくいことも。
 理性で抑え込んでいる「破壊衝動」が、理由さえあればすぐに牙をむいて肉を喰い千切ってしまうことも。

「ねぇ、次は誰が相手してくれるの?」

 こてんと首を傾げた來鬼の黒い髪から一滴、誰のものかわからない血が落ちた。
 歪んだ微笑みは夕日の逆光で見えにくい。
 しかし、夕日の紅より、血の赤より、黒の瞳の光彩の方が赤い狂気を宿してぎらぎらと輝いている。歪んだ笑みは三日月の如く完璧な曲線を描いていた。
 その姿はまさしく鬼だろう。
 來鬼の真正面にいた取り巻きが逃げ出したのを皮切りに、他の取り巻き達も一斉に逃げていく。倒れた仲間のことなんかお構いなしに見捨てて。

「なぁんだ、面白くねぇの」

 逃げていく背を、興ざめしたように呟いて冷たい目で見送る。
 絡んでくるぐらいだから、もっと骨があるものだとばかり思っていたのに、期待外れもいい所だ。
 しかし、殴っている間は……衝動に身を任せている間は、とても心地よかった。これだからやめられないのかもしれない。
 ふと、両親を殺してしまった出来事を思い返す。
 あの時はどんな気持ちだっただろうか?
 
「堕ちると止められなくなるんだよね……あはは」

 独りごちで耐え切れない笑いを零し、周囲を見渡す。
 先程まで自分の陰口を言っていた者たちも、嫌味がましく言葉の暴力を振りかざしていた者たちも、皆一様に遠巻きにして震えているだけだ。
 來鬼と目が合えば、悲鳴を上げて震えるばかり。
 絡んでこようとはしない以上、壊す理由もない。ツマラナイ。
 口先だけの奴らのなんと多いことか! 気に喰わないなら力で追い出せばいい、捻じ伏せればいい、それをする度胸も力もない者たちが投げてくる言葉の礫は痛覚にすら響かない。

「――言うんなら面と向かってね? 相手するから」

 そう言われ、口を開く者たちはこの場にいないだろう。
 身体に付いた血はそのままに來鬼は踵を返して歩き出す。それを止めるものはもちろん誰もいない。
 不気味な笑い声を残した彼女が立ち去った道、悪夢のような一時は現実だと思いたくない者たちもいただろう。
 けれど、ぼろ雑巾のように打ち捨てられている男たちも、彼女の残した血の跡も、夕日に煌々と照らされたまま、今の悪夢が現実だと知らしめていた。


赤を塗り重ねて
(鬼に抱かれた女は、今日も溢れそうな破壊衝動を解き放つ理由を探している) 



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7445 / 猪川 來鬼 / 女 / 24 / 悪魔殺し】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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狂気のアカを纏う少女の行く末は――。

 水無瀬紫織
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エリュシオン
2016年09月05日

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