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『櫻は春を待つてゐる 』
音無 桜狐aa3177

「はぁるよこい」

 小さく愛らしい桜色の唇から、ほんのりと白い息が吐き出される。

 閑散とした境内は、葉の落ちかけた落葉樹が多くどことなく物寂しさを漂わせていて。

「はーぁやくこい」

 赤くなってかじかむ指先に息を吹き吹き、拝殿に膝を抱え込んでしゃがんだ音無 桜狐(aa3177)は、一人木枯らしの吹く庭を見つめていた。

「……寒いのぅ」

 首の後でちょうちょ結びにした身の丈に合わないマフラーに顔を埋めて、呟く。
 聞く者のいない声は、ほんのりと白い呼気と一緒に静謐な空気に解けて消えた。

「……はーるよこい、はーやくこい……」

 小さく小さく呟いて、桜狐はもふりとした狐耳をしょんぼりと伏せるのだ。




「はーるよこい」

 今日も今日とて、境内に吹き溜まった落ち葉をせっせと掃いていく。

「はーやくこい」

 口ずさむ歌の続きを桜狐は知らない。
 小さい頃におとうさんとおかあさんが歌ってくれた気もするが、覚えていない。

 きっと、この続きを知ることはないのだろうな。そんな風に思いながら、一心に境内を掃いていた、その時。

   ぐるるるるる……

「え」

 はじめは、野良犬が迷い込んだのかと思った。
 次いで、身体の芯から這い登ってくる怖気に、それがそんな生易しいものではないと知った。

 他に誰ぞいれば、それが「従魔」というものだと桜狐に教えただろう。
 それは、雲をまとった有角のケモノ。
 極彩色の毛。揺れるたてがみ。質量を持った雲でできた尾。
 かかとに雲をまとわせ、口からゴロゴロと雷鳴を轟かせ、金色の角からはバチバチと雷光を散らせるそれは、突然の事態に放心した桜狐は気付かなかったが、神社に祀った狛犬とよく似た姿をしていた。

「な、に」

 桜色の唇からこぼれた問に答える者はない。
 ぐる、と従魔の喉から雷鳴が漏れる。
 ざり、と石畳を踏みしめる従魔の爪は太く鋭い。

 ああ、アレに裂かれると痛いだろうな、と。あまり良く回らない頭で思う。
 ああ、でももういいかな、と。心の片隅でずっと思っていたことが表面化する。

 だって、だって、もうずっと昔から、桜狐は――……

『僕と契約して魔法少女になってにゃ!』
「は?」

 唐突に降って湧いた他者の声に、諦めに傾いていた桜狐の思考が覚醒する。

「な、なんじゃ……?」
「だから、僕と契約して魔法少女になってほしいにゃ!」

 それは、えらく元気な猫だった。
 いや猫というと語弊がある。えらく元気な猫耳少女だった。

「……遠慮するのじゃ……」

 桜狐はじり、と後退った。
 目の前の猫耳娘は、文字通り「降って湧いた」のだ。
 なにもないところから、急に、湧くように現れたのだ。
 警戒するなという方がどうかしている。

 あまつさえ、「僕と契約して魔法少女になって」などと言い出したときた。
 桜狐は昨今のアニメーションには疎かったが、コレに頷いては行けないと本能が警鐘を鳴らしていた。

 さて、対する猫耳娘はといえば。

「にゃ?! にゃんで断られたにゃ!? こう言えばイチコロだって聞いてたのに!!」

 がってむ! とかにゃんとか言いながら頭を抱えていた。

 その向こうでは、今にも飛びかからんとしていた従魔が、突然の乱入者に警戒してざり、と地を蹴っている。
 何と言うか、ものすごく、場違いだった。

「と、とりあえずなんでもいいから契約してにゃ!」
「……面倒じゃから嫌じゃの……」
「そんな理由?!」

 そんな理由もどんな理由も、急に怪しさ天元突破で現れた輩に契約を迫られて「はい」と言う方がどうかしていると桜狐は思う。
 面倒だから嫌だ、は、桜狐が生きてきた中で最も多用し、最も効力を持つ(と思っている)断り文句だった。

「でもそのままじゃ命も危ないし……え、ええと……」
「命は別にどうでも……」
「それはだめにゃ!!」

 だが猫耳娘は引き下がらない。必死な形相であーでもないこーでもないと頭を悩ませている。
 桜狐は「この隙に拝殿に引きこもって籠城しようかな」などと考えていた。幸い食料はたんとある。ご近所のご老人連中が何故か大量にお供え物をくれるのだ。貰えるものはありがたく貰っておくに限ると桜狐は思っている。

「け、契約してくれたら油揚げ1年分つけるにゃ!!!」
「契約するのじゃ」
「即答?!」

 とてもきれいな手のひら返しだった。
 油揚げは正義。日持ちのしないものなので、貰えるもんはありがたく貰っとくに限るのだ。

「ああでもこの際なんでもいいにゃ!! はい契約成立!! クーリングオフはうけつけないにゃ!!」

 とんだ悪徳商法である。

「ああそうだ誓約!! きつねちゃん、僕に何か誓うことないにゃ?!」
「せいやく……? ないのじゃ」
「そこをなんとか!!」

 とことん胡散臭い猫耳娘である。

 桜狐は知らないが、猫耳娘は「英雄」と呼ばれる存在だ。
 それと「契約」することで、契約者は大きな力を手に入れることができる。が、その代償として「決して違うことのない誓約」を英雄と成す。
 まぁその誓約も、今回のように若干適当さが漂っていても受け入れられるような、受け皿の広いものではあるが。

「……うた」
「うん?」

 ほんの少し、桜狐は悩む素振りを見せて。

「うたの続きを、知りたいのじゃ」
「うた? わかった、じゃあ僕と一緒に知らないうたを探しに行くにゃ! だから、―――……」

 ぽつり、と零された言葉に、猫耳娘はにぱっと笑みを見せて。
 そうして、静かな口調で付け加えられたそれが、彼女と彼女の成約と成る。

 誓約と契約は結晶化し、2人を表すような宝石と成った。
 意識が解けて交じり合うような感覚の中、桜狐はふと、遠い昔に聞いた声を思い出した気がした。



   はーるよこい。
   はーやくこい。

 あら、この子寝ながら笑ってる
 あはは、名前に桜が入ってるからね、春の歌がすきなんじゃないかな
 そうかしらね、そうかもしれないわね

   はーるよこい、はーやくこい。
   あーるきはじめたみいちゃんが、

 いやいや、どうせならこうしよう
 え?

   はーるよこい、はーやくこい。
   あーるきはじめたちびちゃんが、
   あーかい鼻緒のじょじょ持って、
   おんもはいやよと泣いている。

 ふふふ、たしかに、この子ならそうなるわねぇ
 そうだろう?



「……はぁるよこい、はぁやくこい」

 記憶の底に埋もれたそれは、きっと、思い出されることのないうた。
 けれど、桜狐はもう、来ない春を待つことはないのだ。



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2016年09月05日

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