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『きみの隣、あなたの隣 』
点喰 縁ja7176)&杷野 ゆかりja3378


 どこからとなく、甘い花の香りがフワリ香る季節。
 鮮やかな青空には白い雲が花びらの様に少し浮かんでいて、なんとものどかだ。
「い〜い天気だねぇ」
「ほんと。公園で日向ぼっこも良さそうですよねぇ」
「そりゃあいい。映画は別の日にすっかい?」
「だっ、だめです、この映画、今日が最終日なんですからっ」
 のんびりとした声音で点喰 縁が本日のプラン変更を提案すると、恋人である杷野 ゆかりはハッと我に返る。
「ようやく二人の休みが揃ったんですから。観るなら二人でって決めていたんです」
 古い作品のリバイバルで、DVDも出回ってはいるが『映画館ならではの臨場感が絶品』なのだという。
 互いに大学部という比較的時間の融通が利く年頃だが、撃退士という立場上、なかなかどうして共に過ごせる時間は限られる。
 休みの過ごし方も様々で、どちらかの家で過ごすこともあれば目的のない買い物へ出かけることも。
 ちなみに目的のある買い物の場合はこだわりが過ぎて『デート』として成立するのか微妙なところがある。
 今回は、目的のある映画鑑賞。ゆかりイチオシセレクトなのだ。
「わ……、わかった」
 いつにない彼女の覇気に圧される縁の足元に、福々しい三毛猫二匹がすり寄っては追い越して毛づくろい。
(二人で、ね……)
 二匹は縁の飼い猫であるが、なぜデートに同伴しているのか。
 保護者のつもりか、行き先が同じだけなのか……
(まあ、良い風を『招いて』もらいやしょうかね)
 つかず離れず、時折もの言いたげに近寄りながらのオトモたちへ微苦笑しつつ、縁はカバンのポケットを確認した。
 デートを意識して本日はカジュアルながらそれなりにカッチリした洋服で、カバンもそれに合わせて普段とは違う物だからついつい不安になる。
 大丈夫、ちゃんと入っている。
(なんたって、今日は一世一代の大勝負でぇ……)

 彼の緊張を、彼女は知らない。
 選んだ映画を楽しんでもらえるか、そのことでいっぱいのようだ。

 穏やかな初夏の道、恋人たちはそれぞれに胸を高鳴らせて歩く。




「それでね、縁さん……、あれ? あっ、見て見て!」
「うん? どしたい?」
 映画館のある街は徒歩圏内。道筋には目立った建物などなかったはずだが、妙にざわついている。
 正体に気づいたゆかりが、少し先の十字路へ駆け寄って、振り返ると手招きする。

「おお、教会……こんなところで結婚式か。そういや吉日だったなぁ」

 追いついた縁がヒョイと覗いた先の行き止まりには、小さなチャペル。
 フラワーシャワーが注ぐ中、ちょうど扉が開き新郎新婦が姿を見せた。

 高らかに鐘が鳴る。
 蒼天に白や薄紫の花弁が跳ねる。
 祝福を受けて大切な人と腕を組む二人の姿は、幸せにあふれていた。

「わあ……」
 ゆかりは、その光景にただただ見惚れた。
 ――純白のドレス、小花柄のレース、百合のブーケ。
 綺麗だな、と思う一方で、それを自分に重ねてみる。
(私も……いつか、あんな風になるのかしら?)

 真っ白で、少し大人っぽいドレスを着て。綺麗なヴェールに包まれて、みんなに祝福されて歩くの。
 そして、その隣には……

(なぁんて、さすがに縁さんの前ではいえな……)
「そうさねぇ。数は多くなくていい、大切な人たちに囲まれて、祝福されて……。そんな中を歩く、ドレス姿のゆかりは綺麗ぇだろうなぁ」
「え」
「え」
 いつから、どちらが、考えを声に出していたのか……互いに確認などできなくて言葉に詰まる、その沈黙を猫の鳴き声が埋めた。




 猫の鳴き声が空へ届き、その先を白い鳥が飛んでゆく。
 教会の鐘は鳴りやまず、優しい風が向かい合う二人の髪を揺らす。
(ゆかりの髪……伸びたなぁ……)
 出会った頃は肩の上だった栗色の髪は、今は毛先に緩やかなウェーブが掛かり大人っぽくなった。
 対する縁の髪は、スッキリと短くなった。
 願掛けで伸ばしていた髪へ、はさみを入れたのは、ゆかり。
 悔恨を抱えてきた縁の心を融かしてくれたのが、彼女だった。
 時間を掛けて、ふたりでゆっくり、歩いてきた。
 想いを伝えて、受け入れて。弱音を吐いて。勇気をもらって、元気をもらって。

 これまでそうしてきたように、これからも
 きみの隣を、歩けるだろうか?
 あなたの隣に、いられるかしら?

「……実際は、まあ段取りってぇあるもんだけどねぇ」
 照れ隠しに笑い、縁が言葉を口にした。
(渡すなら……『ここ』なんだろ?)
 程よい陽だまりを発見して日向ぼっこモードへ突入したオトモ二匹の姿から、縁は心を決める。
 カバンから取りだしたのは、手のひらサイズの木箱。
 美しい艶と木目の美しさを活かした丁寧な仕上げのそれは、縁の手作りであることがゆかりにもわかった。
「え、っと……」
 受け取ったものの、どうすればいいのだろう。
(もしかして)
 このタイミングで、この大きさ?
 もしかして、なんてあらぬ期待を抱いてしまう。いやいや、まさか。
 でも、まさか……
 戸惑いながら、ゆかりは蓋を開け――
「!!」
 閉じる。
「一緒に、これからも歩いてもらっても、いいか」
 その反応までは、縁も織り込み済み。
 ゆかりの手を取り、もう一度、蓋を開ける。
 木箱の中には柔らかな布が詰められていて、中央には華奢なシルバーリングが輝いていた。
 いわゆるエンゲージリング。

 お付き合いを始めて、三年。
 もうそろそろ、いいんじゃないかな?
 『いつか』の日を、『約束』にして。
 永遠を誓う日を、もっと近くに考えて。

「わ……私で、良いの、かな」
「他に誰が居るっていうんでぇ」
 ゆかりの声が緊張で震えている。
「他の誰も、考えたことなんざねぇよ。……ゆかりは?」
 そんなふうに言われたら、答えなんて決まっちゃう。ねえ?
「私も……ずっと、ずっと……一緒にいたい、です」
「おう」
 ぎゅ。ゆかりが、縁の手を握り返す。茶色がかった深い色の瞳が、まっすぐに縁を見上げる。
 潤んだ眼差しにドキッとしながら、縁は少しだけ身をかがめた。


 初夏の暖かな陽だまりで、猫が大きなあくびを一つ。




 なぁんて事をしている間に、映画の上映時間を過ぎてしまった。
「ほい、ゆかり。そんなに落ち込みなさんなって」
 映画館とは逆方向にある、緑豊かな公園にて。
 噴水傍にあるワゴン販売のクレープを買ってきた縁が、ベンチでショボくれているゆかりへ渡す。
「だって……」
「長い人生、きっとまた上映するさ」
「…………」
 これからも、ずっと一緒なのだから。
「よ、縁さんは……私を甘やかし過ぎですっ」
 ゆかりへ、縁はいつも優しい。だから不安になるのだ。
 頼り過ぎてないかな、負担になってないかな、そんな風に。
 だから今日は、きっととっても喜ぶような映画を! と張り切っていたのに。
 えいっ、と苺とアイスとホイップクリームたっぷりのクレープに噛付いて、ゆかりはむくれる。
「? 甘やかしてくれてんのは、ゆかりだろう? 今日だって、一生懸命考えてくれてたじゃねぇか」

 白黒フィルムだけれど、建築物が美しい映画。
 歴史を感じられる映像は、広いスクリーンだからしっかりと読み取れる。音楽も良い。
 日本の伝統も良いけれど、欧州の技術も刺激になるはず。
 それに、猫がとってもかわいい。
 ――だから、縁さんと一緒に観たいんです

 そういって、彼女は映画館からフライヤーを持ってきたのだ。
「映画に遅れたのは、俺の段取りがその、……悪かった……から。『次』な?」
 クレープをもう一口食べ進めてから、ゆかりはようやく頷いた。
「どっちかがどっちかへもたれかかるんじゃあなくって。ゆかりとだったら、支え合っていけると思うんだ」
 そうやって、歩いていきたい。
 ゆかりの髪先に触れて、縁は言葉を重ねる。
「……病める時も、健やかなる時も?」
「そういうこと」


 そして、どちらからとなく笑いが零れる。
 どうか、この幸せがずっと続きますように。
 自分の隣に、愛しい人がいますように。




【きみの隣、あなたの隣 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7176 / 点喰 縁  / 男 / 20歳 / アーティスト】
【ja3378 /杷野 ゆかり / 女 / 18歳 / ダアト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。お待たせいたしました……!
『お二人』のノベルから、三年が経つのですね。なんと……なんと……。
たいせつな節目を書かせていただきました。
楽しんでいただけましたら幸いです。
白銀のパーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年09月05日

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