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『●夏花火 』
aa3404hero001)&柳生 楓aa3403

 浴衣姿の濤(aa3404hero001)は腕を組んで空を見上げていた。時折、懐からメモ帳を出すと真剣なまなざしでそれを見る、そんなことを繰り返しながらずいぶんと長いことそこに居た。
 もう、三十分以上も。
 濤は意中の相手、柳生 楓(aa3403)とハピネスランドで企画された夏祭りを回る約束をしたのである。
 とは言え、彼がずっと独りでここに立っているのは、別に楓に振られたからではない。彼は彼の信念の下、待ち合わせ時間の一時間前から待っているのである。
 ────女性と待ち合わせをする男というものはこれでいいはずだ!
 ただ、祭りに行く前に少し疲れたような気がしないでもない。
「濤さん」
 遠慮がちなその声に、彼の心臓が跳ね上がる。
 目の前に現れた待ち人────楓は、白詰草の四つ葉が白く入った柄の天色(あまいろ)の浴衣を着ており、青い髪とどこか透き通った雰囲気を持つ彼女は一層美しく見えた。
「か、楓さん! お、お美しいですね!?」
「えっ、あ、ありがとうございます。濤さんも、素敵です……」
 突然のことに、濤の口からはするりと思っていたことが飛び出してしまい、楓もそれに釣られるように言葉を零してしまった。
 濤が着ていた黒い浴衣も細身でアジア系の顔立ちの彼に似合っていた。
 互いに偽ることのない素直な気持ちだったが、それだけに余計、恥じらいで目を合わせられなくなる。
「あの、待ち合わせの時間はまだですよね……?」
「そういえば、たしかまだのはず────」
 あれ、と濤は思った。待ち合わせの時間まで二十分ほどあるはずだ。
「……私、楽しみでつい早く来てしまって────なのに、まさかもう濤さんが」
「い、いいいいいえ、いえ! 女性との待ち合わせに早く来るのは男子の務め! 気になさらないでください!! なんなら、時間まで待ちましょう! 一緒に!」
 赤い顔を片手で隠しながらそんなことを言う濤に、楓が不思議そうに首を傾げた。
「その、お祭りはもう始まっているので中へ入りませんか」
「そ、そうですね、そうでした!! さあ、楓さん、一緒に入りましょう!」
 照れ隠しに楓の手を引いてゲートへと向かおうとした濤の指先が、はっとして空中で握りしめられた。差し出しかけた楓の指先も同時に軽く握られる。
「行きましょう、楓さん!」
「はい」
 ゲートを指さした濤のすぐ後ろを楓がついて行く形で、ふたりは夏祭り仕様となったハピネスランドへと入っていった。


 ウェルカムエリアに入ると、濤は事前に自分にデート指導をしてくれた友人たち、特に『先生』の言葉を思い出す。
 夏祭り仕様のそこは以前来た時とは雰囲気が全く違ったが。
「まずは、か、顔出しでしたね────」
 うろうろと以前それがあった場所を歩くが目的のモノは見当たらない。
「あっ、顔出しパネルっすか? 今日は夏祭り仕様なんで無いっすよ」
 驚いて振り返ると、見覚えのあるスタッフがたくさんの団扇を抱えて立っていた。
「いつぞやは! 今日は楽しんでいってくださいね!」
 スタッフはにこやかに団扇をふたりに渡した。

 陽の落ちた園内は吊り下げられた提灯や屋台の灯りで祭り特有の心が騒ぐ景色へと変わっていた。
 パンパンに膨らんだカラフルなビニール袋が並ぶ。ブーンという発電機の音とともに忙しそうにおじさんが綿あめを作っていた。
「楓さん、せっかくなので買いませんか?」
 心くすぐる甘い匂いに惹かれて濤が楓に声をかける。彼を見つめていた楓がはっと我に返って、こくりと頷く。
 ────やはり、女性は甘いものが好きなんですね。
「中国の花式綿花糖は色とりどりで綺麗ですが、さすがにそれはここには無いようですね」
 そんなことを呟きながら、濤は綿あめをひとつ買うと楓に渡した。
「あ、私が────ありがとうございます」
 財布を出していた楓が一瞬戸惑ってから綿あめを受け取る。その顔を見て濤は内心動揺する。
 ────そういえば、私は楓さんと二人で祭りに来ていたんでした!
 目先のことに気を取られていたせいで緊張せずにスムーズに渡すことが出来たのだが、我に返った途端、動揺がじわじわと来る。
「楓さん、次へ参りましょう!!」
「あ、濤さんの」
 ぎこちなく歩き出そうとする濤を追って、店主から受け取ったもう一本の綿あめを抱えた楓も歩き出した。

「楓さん! あれをやりましょう」
 デート指導での『共同作業』を思い出した濤は、金魚すくいの屋台を見つけて俄然張り切る。
「私がこちらから金魚を追い立てます。なので、楓さんはそちらで!」
「お兄ちゃん、やり過ぎないでね」
 注意されてしょぼんとする濤を励ましながら、ふたりで金魚を追う。
「濤さん、取れました!」
 さっとすくい上げた楓が顔を輝かせて笑う。
 無邪気に笑う楓の姿に、濤は目を奪われた。
 ────楓さんは、素敵な方だ…………。
 見た目は自分より十歳ほども年下だ。それでも、守るべき時には邪悪な愚神の前にさえ立ちはだかる勇気と気高い心を持った人だ。
 そんな彼女の無邪気に喜ぶ笑顔は濤の視線と心を捕らえ、彼の内面を言いようのない幸せな気持ちで満たしてくれた。
「濤さん……?」
 座っても自分より少し背の高い、濤の顔を楓は見上げた。
 じっと自分を見つめる濤と目が合う。
 …………楓は自分を映す、濤の黒い瞳がとても美しいと思った。
 頬を少し赤らめながら自分に微笑む楓の姿に、濤は慌てて顔を反らす。けれども、濤の耳までが真っ赤に染まっているのが見えて楓も密かに顔を赤くした。

 きょろきょろと濤が辺りを見回す。
 ────歩き回ったあとは軽食を誘わなくては! 女性から言わせては駄目だったはず────。
「濤さん、りんご飴買いませんか?」
「ああああああ……」
「濤さん?」
「いえ! なんでもありません。りんご飴行ってみましょう!」
「さっきから甘い物ばかりで…………もし、濤さんが何か食べたいものがあったら」
「ありません、まったく! 楓さんが食べたいものを、さあ、行きましょう!」
「そうですか……」
 張り切った濤はりんご飴を目指して歩き出す。楓に歩調を合わせてはくれているが────楓は伸ばした指で濤の袖をやわく掴んだ。
「か、楓さん?」
「人が、多くなって来たので。……駄目ですか?」
「いえ! そ、そんなことはありませんが!」
 動揺しながら濤が掌を差し出すとそれを楓が掴む。
「い、行きましょうか!」
「はい」
 りんご飴を手に、しばらく互いにどこか上の空な会話を交わした後、濤がまた別な屋台を指した。
「あれをやりませんか」
 射的の屋台で銃を構えると濤の心は僅かに穏やかになった。
 ────射的は自信があります。ここで楓さんに何か……。
 ジャックポットである濤にとって祭りの射的などまさに遊びである。
「楓さん、欲しいものはありますか?」
「では……あれを」
 楓は少し身を乗り出して、濤を挟んで向こう側の大きめのぬいぐるみを指した。
 その瞬間、浴衣の袖が触れ合ってほんのりと爽やかな香りを感じた気がして。
 軽快な音を立てて、濤の銃弾はソフトビニール製の古い怪獣人形を弾いた。
「────いえ、結構です……」
 無言で怪獣人形を差し出す店主に、濤は悲しく首を振った。
 その後も、隣の楓を意識し過ぎて濤の射的の戦績は散々だった。
 力なく歩く濤の手をしっかりと繋いでいた楓の手が遠慮がちに濤の腕を引いた。
「たこ焼き、食べませんか?」
 目の前にはふっくらと美味しそうなたこ焼きが並ぶ屋台があった。香ばしい香りに空腹に気付く。楓は二人分のたこ焼きを買って、濤をベンチへと招いた。
「濤さん、私に気遣ってばかりでほとんど食べていませんよね」
「いえ、私は────」
「濤さんとここへ来れて、とても楽しかったです」
 園内の時計の針は、そろそろこの祭りが終わりであると示していた。
 ひゅうと細い音がして、次の瞬間、辺りが昼のように明るく照らされた。
「花火!」
 あちこちで歓声が上がり、空には色とりどりの光の花が咲く。
「私も、楓さんと居て」
 言いかけた言葉を飲み込んで、濤は。
 ────勇気を……出さねば……。
 女性との接し方を忘れてしまった濤にはここへ楓を誘うのも大変なことだった。それが叶ったのは友人たちの後押し、そして、彼女と居たいという濤の想いの力だった。
「楓さん」
 大切に、彼女の掌を取る。そして、それを乗せた。
「これを、あなたに渡したくて」
 それは、濤をからかいながらも一緒に考えてくれた友人たちと選んだ、楓へのプレゼント。
 濤の手首にあるものと僅かに模様の違う、けれども、お揃いのブレスレットだった。
「私が選んだ、と言いたいのですが、友人たちと一緒に選びました。どうか受け取ってください」
 楓は大きく目を見開いて、それから、頬を染めた顔でふんわりと嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます────」
 スターマインの激しい音。鮮やかで美しい花火が夏の夜空を彩った。


 祭りの後の帰り道はやたら静かで────寂しく思えた。
 揃いのブレスレットを着けたふたりはしっかりと手を繋いで夜道を歩いていた。
 手のひらから溶け合う体温もすでに自分の一部のようで放しがたく。けれども、別れの時は近づいていた。
 目を合わせる勇気の無いまま、けれども、もう赤く染まった顔を隠さずに、濤は楓に尋ねた。
「また……一緒に来てくださいませんか……」
 小さく、楓が何かを言ったような気がした。
「え?」
 足を止めた濤がその言葉を拾おうと身を屈めた。
 ────少しだけ、近づいてくれませんか────。
 楓がそう言ったのだと、理解したその時に濤の頬に柔らかな感触があった。
「今はこれが精一杯ですけど……私でよければ……」
 濤に負けずに真っ赤な顔をした楓が、そう言った。


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa3404hero001/濤/男性/27歳/ジャックポット】
【aa3403/柳生 楓/女性/17歳/生命適性】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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大切なデートのひとときを書かせて頂き、ありがとうございます!
ハピネスランドにてとあったので、ハピネスランドでの夏祭りとして描きましたが如何でしたでしょうか。
『まだ告白する勇気のない』濤さんと『少し想いを伝えたい』楓さん。
そんな楓さんの勇気をきちんと届けたくて悩んで書きました。
イメージ通りに描けていたら幸いです。
おふたりがいつまでも仲良く幸せでありますように。
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2016年09月06日

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