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『剣戟三つと蝉時雨 』
銀 真白ka4128)&クレール・ディンセルフka0586)&本多 七葵ka4740

 リゼリオ、それは海辺の町。
 夏ともなれば眩い青に包まれる。天高く輝く真っ白い太陽、雲が大きく背伸びする青い青い青い空、それらを映すエメラルドグリーンの海。どれもこれもが夏に煌いていた。

 灼熱の昼間、流石に町にひとけはない。暑すぎてやってられない。
 だがそんな町の、とある道場にて。その目に活気を宿した三人。

「いつぞやの試合は楽しかった故。また手合わせの機会があればと思ってな」
 武人めいた厳しい口調とは裏腹に、その言葉を発したのは小柄な少女だった。声の主、銀 真白(ka4128)が振り返ったそこには二人の人物。
「先日の試合はとても良いものだった。こうして再び手合わせをできる機会に感謝する」
 二人の内の片方、七葵(ka4740)が変化に乏しい仏頂面のままそう言い放った。一見してぶっきらぼうではある、だがその目には確かにこの場を快とした色と、相対する者への敬意があった。
「ずっと、昂りが抜けなくて……本日は、術も含めた私の全てでお相手します!」
 わくわくとしながら二人へ礼をしたのは三人目、クレール・ディンセルフ(ka0586)だ。昨夜は寝付くのに苦労したほど、今日という日を待ちわびていた。

 ――今日という日のキッカケは、先日行ったとある模擬戦。その縁から、鍛錬がてら手合わせをしないか、と真白が二人を誘ったのだ。
 このリゼリオの町の道場は元々、「体が怠けないように」と真白が時折出稽古に訪れていた場所である。今日は道場の稽古が休みだったので、師範代に頼み込んで一日貸して貰ったのだ。

「では、準備体操を行おうか。号令は私がかけよう」
 体操のために適宜広がりつつ。一歩踏み出せば、真白は足裏に床の冷たさを感じた。まだ体操もしていないのに夏の暑さは汗を誘う。空気を少し吸い込んだ。

「一、二、三、四――」

 広い道場に凛とした少女の声が響く。
 開け放たれた戸、窓、四角く見えるのは青い空ばかり。時折そよぐ風は海を帯びていた。蝉の声が、道場の庭に植えられている木から、町のそこかしこから。

「――五、六、七、八」

 号令に答えつつ、七葵は静かに今日のキッカケとなった模擬戦を思い返す。
 決勝リーグでの完敗――あの時の悔しさは忘れていない。忘れるなかれ。それをバネに鍛錬を怠るなかれ。

 準備体操が終わる。
 各自が、各武具を身に着けていく。武器を手に取る。
 蝉の声と武装のカチャカチャという音だけ――張り詰めているのは緊迫感、されど高揚。逸る気持ち。心臓が今か今かと待ちかねている。

 ルールは乱戦。一対一対一。二対一になろうとも上等。
 時間制限はなし。それこそ、「気の済むまで」。

(よし……)
 クレールは深呼吸を一つ。頬をパチと両手で叩いて気合注入。向き合う。剣を構えた真白と七葵へ。凄まじいプレッシャーだ。睨んだり凄んだりしていないのに。剣士とは――剣を構えるだけで完成された武器と化すのだろう。美しさに感動すら覚える。
(私の本分、誇り、生きる道は鍛冶師――剣では、剣士のお二人に及ばない)
 それでも、そんな己に声をかけてくれた感謝。それから少しの羨望。熱い想いを胸に秘め――

「……紋章剣士、クレール・ディンセルフ! 行きますっ!」

 ざん。躊躇も遠慮もこの場では無用。一気呵成に踏み込む先には真白。
「――いざ」
 重心を低く、刃を構える真白。

 視線がかち合う。

(かっこいいなぁ……)
 凛と向けられる真白の瞳は冬空に抜き放たれた刃。クレールはそれに憧憬を尊敬を覚える。同性の武人。七葵と彼女の手合わせを見てから戦ってみたいと常々思っていたのだ。
(叶って、嬉しい!)
 想いを『熱く』。握り締める魔導機械。その機導術媒介に赤く浮かび上がったのは、クレールの左掌に輝く赤竜の紋章――紋章剣「火竜」。
(真白さんは、速い。生半可な攻撃じゃ遅すぎる!)
 現れる炎の刃は火竜の吐息。クレールが得意とする剣術『紋章剣』に、母のハンマーの火竜の意匠を取り入れたもの。受け継がれた技術。
(なら、退路もろとも――焼き潰せば!)

 灼熱の一閃。
 猛る竜の如く眼前の一切を焼き払う。

 どうだ――

「鍛冶師でありながら武芸もいけるとは凄い事だ」
「っ!」
 クレールの一撃の先に真白はおらず。声は上から。弾かれたように見上げたクレールの視界に、空中の真白。踏込の脚力で炎の一撃を回避したのだ。いや、完全回避とはいかなかったようだ。直撃こそ免れたものの。
 だからこそ、真白は素直に驚嘆している。クレールとの付き合いはまだ浅い、だが剣を合わせれば人となりは解る。
「真っ直ぐな剣――私は好きだ」
 ひたむき、実直、好ましい。『紋章剣』、刀とまた違う剣技を見るのも心が躍る。
「参る」
 今度はこちらがしかける番。大上段に振り被った刃。体躯ゆえに己の一撃が軽いことを真白は熟知している。ゆえに重力と速度で、一撃の火力を倍増させる。燃えつ落ちる隕石の如く。

 硬い音が響いた。

 クレールは咄嗟に防御の姿勢をとった。だが真白の全重量が乗った一撃は流石に重い、押しやられてたたらを踏む。
 真剣勝負、加減はしない――真白はそこへ一気に間合いを詰めようとして、
「!」
 攻撃ではなく防御へと刃を転じた。
 刃同士がぶつかり合う音。
「……ほう」
 真白が眼前で受け止めたのは、七葵の刃だった。あと寸の間防御が遅れていたら、一撃を貰っていた。

「見えていたか」

 流石だ。そう呟いた七葵の唇には――笑み。
 攻勢の時にこそ最大の隙ができると、そこを蜂の一刺しの如く狙ったのだが。防がれた。見切られていたか。だからこそ、面白い。何事も思惑通りではつまらない。
 拮抗する刃を七葵はスルリと離した。無駄に鍔迫り合いをして体力を消耗するのは合理的でない。
「……なんと鋭い」
 構え直しつつ、真白。彼の刃、以前よりも益々その鋭さが増している――それだけ七葵が鍛錬を積み重ねてきたということだろう。
「前回は引き分けたが……真白殿。今回はそうはいかない」
「同じ言葉を返そう、七葵殿」
 二人は同じ小隊の仲間同士にして、同じ東方由来の剣術使い。話の合う武人仲間。であるからこその尊敬に似た対抗心。特に先の手合わせでは引き分けた間柄だ。
 しかし真白は「引き分けたとはいえ負けは負け」と断じ、それを片時も忘れていない。
(真の敗北とは心が折れる事……)
 少女の表情は研ぎ澄まされたままではある。しかし顔に出ないだけで、真白は武人の例に漏れず物凄い負けず嫌いだった。
 性差もあるが力強い剣。それが真白には少し羨ましい。同時に、筋力のつかない自分の体が悔しい。だからこそだ。負けたくない。力が伸びにくい点を動きで補うため、速度と体力と持久力を重点的に鍛錬してきたのだ。
(真白殿は俺よりも継戦向きの戦闘型――)
 一方で七葵もあくまで勝利を目指していた。彼は真白の剣を評価している、それは警戒と同義である。己は耐久性には自信はない。ゆえに先の先、柔の動きで短期決戦を。

「「参るッ」」

 踏み込みは同時。
 二振りの刃が乱れ躍る。剣戟の音、蝉時雨。
 両者一歩も譲らない。真白も七葵も速さを活かした技巧の剣。目まぐるしいほどの動き。
(凄い……)
 磨き抜かれた技の攻防。寸の間とはいえ、クレールは見とれていた。

「でも――私だってッ!」

 最高の機会に最適な技を全力で撃つ。それだけに集中する。煌くのは右の掌に輝く青い月の紋章。父のハンマー「月雫」の意匠を取り入れた『紋章剣』、その名は『月雫』。
 青く輝く三日月の刃三つ。美しい軌跡を描くそれが、真白と七葵を同時に襲う。
「「!」」
 確かに二人を捉えた一撃。
 だがそれは同時に、二人の攻撃目標がクレールへと転じることも意味していた。

 反攻の刃。

「かわせないなら、受け止めるまで!」
 クレールは両足を踏ん張り、重ねられる疾風の如き剣を受け止める。凄まじい集中力だ。今、彼女には二人の剣筋しか見えていないほど。

 が、その間隙。

「そこだ」
 針穴に糸を通すが如く。
 クレールの防御動作を先回りして、七葵の一撃が叩き込まれる。盲点を的確に貫くような――しかしクレールは迫る刃へニッと口角を吊ったのだ。
「……なに、」
 七葵は訝しみ、そして――しまった、と脳内で舌打った。彼の視線の先、クレールの額に白く輝く太陽の紋章。その手の魔導機械に形成される光のレイピア。

「紋章剣――『太陽』ッ!」

 鮮やかなカウンター。圧倒的な光に吹き飛ばされ、七葵の体が宙を舞う。
「ぐっ……」
 漏れた呻き声。だが七葵は昂揚感を覚えていた。体を縛る光を振り払い、宙で一回転。着地。
「――良い剣だ」
 己の剣とは大分と毛色が違う。だが素晴らしい。魔法だけでない、剣術自体もだ。そしてクレールの熱量。素晴らしい。賞賛に値する。尊敬を覚える。であるからこそ。

「負けるわけにはいかないな」

 地を滑るように、一瞬でクレールの懐へと。超低姿勢からその脚を強かに峰打ちで薙ぎ払う。ここまで低ければ防御の手も届くまい。
(やっぱり七葵さん……強い!)
 足を掬われ今度はクレールが地面から見放される番だった。なんて強い人なんだろう。でも、こんなに強い人と手合わせできるなんて、なんて幸せなんだろう!

 クレールが見上げる視点、そこには七葵と――彼へ高速の強襲をしかける真白。体勢を崩す七葵。優勢な状況になった瞬間に不利になるこの混沌の乱戦。

 剣戟の音、踏み込む音が道場から響き続ける。
 窓から見える入道雲はその高さを増していた。
 熱気、それから互いのぶつけ合い。それはまだまだ続きそうだ――。







 いつしか蝉の声だけになっていた。

 だだっ広い道場に、三人が仰向けになっている。
 全員が全員ボロッボロだ。酷い様相。鼻血が出た痕があったり、痣だらけだったり。それから汗でベトベト。疲労困憊で剣を持つどころか指先一つ動かせない。
「……」
「……」
「……」
 悲しいことに全員が「まだやる気」だった。なんだか負けな気がして、なによりも折角の機会なのに勿体無くて、「そろそろやめようか」と誰も言い出せないでいた。だってまだ昼だ。太陽が出ている。勝敗も決まっていない。なので剣を取って立ち上がりたいところだが、もう動けなくて、無限ループ。


 そこに道場の師範代が様子を見に来て、三人ともズタボロでひっくり返っているものだから、「水分取れ!」「休憩しろ!」「『まだやる』って? ド阿呆!」とこっぴどく怒られてしまいましたとさ。


「……ふう」
 道場の縁側。水で濡らした冷たい手ぬぐいで顔を拭い、真白は大きく息を吐いた。
「お疲れ様……」
 その傍らには冷たい麦茶を飲んでいるクレールが疲労感の浮かんだ笑みを。既に全身が痛い。これは明日、筋肉痛で動けなくなりそうだ。
「手合わせ感謝する。……また手合わせ出来れば僥倖だ」
 七葵はそんな二人を順に見て、礼を述べた。それから二人の健闘を称え、その剣について素直に認める意を示す。「また戦いたいほどに良い剣だ」と。
「こちらこそ、感謝する」
 真白は謙虚に礼を返した。空を見上げる。昼下がり特有のジワジワとした地面から照り返す暑さ。目を細める。雲まで眩しい。そして気付いた。このまま目を細めていると目蓋がくっつきそうなことに――眠いことに。
 なぜ眠いのか。くたくたに疲れたからだ。だが心地良い疲労感。眠気と疲労に身を委ね、真白はころんと後ろに倒れこんだ。
「良い天気だ――」
「本当、真っ青な空……」
 クレールもそれに続いて、縁側に横になった。
「夕立が降らないと良いのだがな」
 ならばと七葵もそれに倣う。

 しばし三人は空を眺めていた。時折吹く風が海を知らせる。どこかの家から風鈴の音。知らぬ間に目を閉じていた。蝉に紛れて波の音が聞こえた気がする。水浴びの代わりに少し海へ足を伸ばすのも良いかもしれない。いや、今日たっぷりこしらえた生傷に沁みるか――疲労しきった体は眠りに落ちるのに秒とかからなかった。

 しばしのまどろみへ。



『了』




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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銀 真白(ka4128)/女/16歳/闘狩人
クレール・ディンセルフ(ka0586)/女/20歳/機導師
七葵(ka4740)/男/17歳/舞刀士
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2016年09月09日

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