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『受け入れし存在(もの) 』
会津 灯影aa0273

 朝起きると、ふたつの声とシャランとなる錫杖の音によって目が覚めた。
 めったに聞くことのないその声に灯影はふとんから飛び出して、道場へ向かった。
「母さん! 父さん!」
 扉が開かれている道場のなかへ寝巻きのまま入ると、「灯影!」と笑顔をこちらに向けた灯影の父親の体が広い道場の隅まで吹き飛ばされた。
「稽古中に油断しない!」
 そう注意した灯影の母親にその場に正座をした父親は頭を下げた。
 ここは山奥にある古い寺だ。本堂の横に道場と灯影と祖母が生活している母屋がある。寺ではあるが、普通の寺とは違い、特定の檀家はいない。その変わり、よく遠くから辛気臭い顔をした人々が訪ねてくる。そして、灯影の両親はたいていの場合はそういう人たちと出かけて何日も、場合によっては何ヶ月も戻ってこない。
 そんな灯影の両親が家にいる時には、毎朝必ずこうして長い錫杖を打ち合って稽古するのだ。
 両親と一緒に過ごせる短い数日間、灯影は、朝は母親と一緒に経を読み、夜は父親と一緒にふとんを寄せ合い眠る。
 灯影は幼い頃から何度も同じ夢を見る。
 そこは妖が日常のなかに溶け込む世界、その世界で若き陰陽師は多くの妖を殺し、その度に泣いた。人が悪としたそれらにはそれらの霊魂の営みがあったはずなのだ。しかし、殺し続けていくなかで、涙の響きは小さくなっていった。心のなかに、涙の音を飲み込む虚無が広がり始めていた。
 そんな時、見たこともない美しい妖に出会った。紅葉した楓の葉のように美しい色を持つ妖は、涙の音を知っていた。それは、心を知り始めていることの合図だった。
 だから、逃した。
 封印したふりをして、その妖を異界へと落とした。彼が、ひとりでは力を扱えぬ世界へと。
 そんな夢を見て、灯影は目を覚ます。涙を流して。
「灯影、また夢を見たのか?」
 父親の優しい眼差しにほっと胸を撫で下ろしながら、灯影は頷いた。
「またあの妖の夢か?」
 再び頷く。妖を逃したことは秘密だ。
「まだ、妖の幸せを願うのか?」
 灯影はただ頷く。
 その翌日、灯影の両親はまたどこかへ出かけてしまった。
 祖母との慣れた二人暮らし、寂しくはあったが、すぐに寂しくなくなることも灯影は知っていた。
「ばあちゃん、お経読もうか?」
 灯影は寂しさを紛らわすために母親との習慣を一人で行おうとしたこともあった。しかし、大抵は祖母にとぼけた返答を返される。
「今日は森のくまさんの歌がいいねぇ」
 そんなふうに返された日には灯影はとりあえず歌う。「かえるの歌がいいね」や「赤とんぼがいいね」と言われることもあった。
 ある日、またあの美しい妖の夢を見た。
「ひかげ」
 今度は灯影が涙を流して起きる前に、体を揺さぶられた。
 灯影の代わりに目を開けると、目の前には灯影の父親の姿があった。
「ひかげ。あの妖の夢か?」
 頷く。
「お前は、あの妖の幸せを願うのか?」
 頷く。
「その妖は俺の仇なのに?」
 ただ黙って頷く。
 すると、父親の優しい眼差しを持たぬその男は灯影の細い首に両手を添えて、そっと指に力を入れた。
「なぜ、父をたぶらかし、俺の恋人の心にひびを入れた妖の幸せなど……」
 男は泣いていた。妖を追い、何千、何万という時空を越えてこの異界まで迷い込んだ魂は涙を流す。
「……」
 私が、この体の持ち主ならば、この命をこの男にくれてやっても惜しくはない。
 けれど、これは異界から飛ばした私の霊魂をその優しさと曖昧さからうっかり受け入れてしまった灯影の体だ。
 そう易々とくれてやるわけにはいかない。
 しかし、灯影はまだ六つという小さな体だ。大人の男を突き飛ばす力はない。
 さて、どうしたものかと考えていると、廊下を走る足音がし、襖が勢い良く開かれ、あっと思う間に灯影の父親の体は部屋の隅に吹き飛んだ。
「灯影! 大丈夫か!?」
 それは灯影の母親だった。
 しかし、灯影の代わりに私が返事をする前に母親は部屋の外、廊下を通り越して庭まで弾き飛ばされていた。男がその霊力により弾き飛ばしたのだ。
 そして、男は再び灯影の首に手をかける。
「……っう」
 眠らせている灯影の意識が目覚めかける。
「灯影!」
 母親は手にしていた金の錫杖を私に向かって投げた。
 私はそれを受け取り、そこに封じ込めていた私と灯影の霊力を解放する。
 金色の光が屋敷中に広がる。
 そして、すっかり黒くなってしまっていた男の霊魂は消滅した。
「……」
 何も知らず、眠っているはずの灯影が涙を流す。ただただ消えた魂のために涙を流す。
 灯影の父親の体はその場に崩れ落ち、灯影の母親も意識を失ったようだ。
 灯影の祖母が部屋に入ってきて、私を真っ直ぐに見つめる。
「……貴方様は、誰なのですか? なぜ、娘のお腹から生まれたのですか?」
「私は、その娘の腹から生まれたのではない」
 私は灯影の口を借りて答える。
「しかし、貴方様が娘のお腹にいる時に寄ってきた悪霊の量は異常なものでした。それゆえ、強すぎる貴方様の霊力を錫杖に封印するしかなかったのです」
「確かに、あれは私の霊力に反応して寄ってきたものだ。しかし、私はその娘の子供ではない。その娘の子……灯影の魂が受け入れてくれた居候みたいなものだ」
「灯影が…… では、貴方様はどこから来たのですか?」
「それは言えぬが……いましばらく、私と灯影の霊力はこの錫杖に封じたままにしておいてほしい」
「何故ですか?」
「いつか、出会いたい者がいるのだ。その者と会う時に強い力を持っていては、相手は警戒してしまう……一人で戦える力は不要……邪魔にしかならぬのだ」
「その者に出会って、どうされるのですか?」
「……できることなら、共に戦ってみたい」
 私は、あの涙を知る美しい妖を思い浮かべる。
「それがたとえ、ただの神の真似事だったとしても」
 灯影ならきっと、あの妖のことも丸ごと受け止めてしまうのだと思う。

 俺の小さな頃の記憶は実に曖昧だ。しかし、特にそれで困ったこともない。
 両親とはしばらく会っていない。両親の職業が退魔師と呼ばれるものだということは知っているが、どういうことをしているのか未だによくわかっていない。
 父さんはある時から修行に異常に熱を入れるようになった。鍛錬が足りない! と、いつも自分に鞭打ちように山に出かけていく。
 母さんはすこし過保護になったように感じる時期もあったけれど、その状況はしばらくすると戻った。
 祖母は変わらずに、とぼけた返答ばかりする。未だに、森のくまさんを歌わされることがある。
 歌を聞いた後、「少年は、怖くてもくまを受け入れたんだね」といつも一人納得している。「女の子の話だよ」と教えてやるのは忘れない。
「今日も暑いな」
 派手な同居人が扇風機を独占する。
「暦の上ではもう秋だけどな」
「紅葉狩りに行くか」
「それはまだ早いよ」
「でも……」と、俺は九つある贅沢な尻尾に包まれる。
「俺は毎日紅葉狩りしているみたいなもんだな」
「おまえ、綺麗だもんな」と褒めれば、いつもの得意げな笑みを見ることになる。
 それでも、つい褒めてしまうのだ。
 お前と逢えてよかったと、そう思うから。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0273 / 会津 灯影 / 男性 / 22 / 回避適正】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
こんなに早く再会できるとは……感激に打ち震えております。
前回のお話、気に入っていただけたようで、大変嬉しく思います。
今回は最初三人称に見せかけた、実は一人称という、すこし変わった感じで書かせていただきました。今後も、灯影の活躍を楽しみにしています♪
私自身の思い入れもあり、このような内容となりましたが、ご期待に添えていましたら幸いです。
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2016年09月12日

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