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『月見で一杯 花火で一杯 』
雁鉄 静寂jb3365)&望人jb6153)&暗山 影次jb9827

 夏と言えど、夏至を過ぎれば時折秋を感じるようになる。
 今宵の六道久遠寺がまさにそれであった。
 木々を撫ぜ軒先の風鈴を揺らしながら、夜風が廊下と開け放たれた和室を通っていく。

「良い夜ですね」

 葉擦れの音に耳を傾けながら月を仰ぎ見て雁鉄 静寂(jb3365)が微笑む。

「確かに。最近にしちゃ暑くないし、ジメジメもしない。まあ、もう少し暑いくらいならこっちがより進むけどな」

 座布団の上にきちんと背を正し座する雁鉄の隣では縁側に足を投げ出したまま暗山 影次(jb9827)が松葉模様が彫られたガラスを傾けている。
 今飲んでいるのが入っていたのか脇には少し減った日本酒の瓶。

「もう少し早いと蛍なども見れたのですが。たまご味噌です。どうぞ」

 和室の奥から銀の髪を揺らしながら長身の男性が盆を持ってやって来た。
 この寺の持主、望人(jb6153)が新しいツマミを持ってきたのだ。
 そのまま静寂の隣に座り、傍に盆を置くと、ツマミとともに持ってきた銚子を手に取る。

「望人さんは熱燗ですか?あ、お酌させて下さい」

「おや、これはこれは。ありがとうございます」

 お猪口で受けながら微笑む望人を見ながら影次は相変わらず手酌で冷酒を注ぎマイペースに呑んでいる。

「本当に良い呑みっぷりですね」

「だな。見てて気持ちが良いくらいだ」

「ありがとうございます」

 静寂のお酌に嫌がる素振りも見せずも酒を煽る望人にあれよあれよと銚子は軽くなっていく。
 こんな芸当が出来るのは彼らが酒豪である以上に自分の許容量を把握しているからである。
 酒は呑んでも飲まれるな。
 自分の許容量を把握しているからこそ、ペースも量も加減出来る。

「雁鉄さんの手を私ばかり独占してはいけませんね。影次殿のツマミも終わりそうだ。何かまた持ってきましょう」

 先程持ってきた熱燗が切れたところで望人が腰をあげる。

「あ、それならこれを」

 静寂が出したのはマグロの切り身だった。

「これにこれを……」

 そう言いながら酢味噌をかけていく。

「へぇ。『ぬた』か。いいチョイスだな」

 影次が黒濃淡の浴衣をまくり箸を伸ばす。
 立ち上がろうとしていた望人はそれを見て少し向こうに冷やしてあった数本の酒瓶の中から一本を選ぶと座り直す。黒地の浴衣に銀糸で描かれた月が膝の下にきちんと入るところを見るにまだまだいけそうだ。

「どうぞ」

 ぬたに舌鼓を打ちながらグラスに手を伸ばした影次に静寂の声がかかる。
 手には先程まで彼が使っていたグラス。お酌をしようという腹積りの様だ。

「じゃあ、雁鉄もグラス持ってこいよ。されっぱなしじゃ悪い」

「そんなことないです。……でも折角ですから少しだけ」

 なみなみと注いだ後、静寂がグラスを出すと影次もなみなみと注ぐ。

「望人さんもどうぞ?」

「私もいいんですか。では、返杯を」

 結果的に静寂が一番呑んでいるが、彼女の顔色は全くと言っていいほど変わらない。
 朝顔柄の青い浴衣も群青の髪も乱れる気配はなく、影次は内心苦笑しか出ない。

『俺達も散々ザルだのウワバミだの言われるが雁鉄も相当だな』

 酒が回ってくると、顔が赤くならなくても、衣服や髪型が大なり小なり崩れるものだ。
 それは暑さのせいだったり、気の緩みのせいだったり原因は色々あるが、それで、相手がどの位酔っているかある程度図ることも出来る事を影次は経験上知っている。

 酒を煽りながら望人を見ると、目端が朱に染まってきている。
 耳に聞こえる己の心拍数と頬の熱から影次も少しだけ酔いが回ってきているのは自覚している。

「影次殿もどうですか?一献」

「お、いいのか?じゃあチョーさんも」


***


 日本酒、ワイン、焼酎、ウィスキー……色々な国の酒を呑みながらそれぞれに合ったツマミに舌鼓を打つ。
 ワインにはカルパッチョ、焼酎には塩辛、ウィスキーにはオイルサーディン……といった具合だ。

「これ、麦焼酎に合うんですね。知りませんでした」

「本当ですね。私も知らなかったです。意外ですね」

「このワイン、ウィスキーと混ぜると美味いぜ」

「じゃあ、次はそれを作って飲んでみましょうか」

 家飲みの楽しみの一つは、色々試せることだと言う人がいる。
 店では周囲の目や出てくる量や種類の関係で、試せない組み合わせも家飲みなら気兼ねなく出来る。
 楽しそうに酒を酌み交わす姿は数ヶ月前に知り合ったとは到底思えない。ツマミに珍味が多いのも望人と影次の好みを反映しての事だ。

「少しだけ失礼します」

 静寂が席を立ったところで、影次がぽつり口を開いた。

「呼んでくれてありがとな」

「影次殿を呼ばない理由などありませんよ。私達の仲じゃないですか」

 望人と静寂が知り合ったのが数ヶ月前。その後望人が影次に彼女を紹介したのだ。
 男性陣2人は旧知の仲であり、大規模作戦で毎回共闘する程度には仲がいい。

「……そうだな」

 そう言いながら合わせる視線は穏やかだ。
 色恋が絡まない純粋な友情によって結ばれた関係だからこそ出来る穏やかなこの酒宴を2人は心から楽しんでいた。

「さて、ツマミも底をつきましたし、新しいものを持ってきましょう」

 かなり呑んだとはいえ、まだ3人とも自分の近くに酒瓶を数本置いている。

「あんまり呑むと後々辛いぞ」

「折角こんなに楽しい呑み会です。呑まない方が辛い。そうでしょう?」

 からかい半分に発した言葉には穏やかな笑顔が返ってくる。確かに。そう頷いて影次は望人が奥に下がるのを見送った。


 ***


 とはいえ、そろそろ宴もたけなわといったところである。
 空で煌々と輝いていた月も落ち、辺りは闇に包まれている。
 流石に、夜遅くに女性1人では歩かせられない。
 そろそろお開きにするのが綺麗な終わり方だろう、と男性2人は思っていた。

「あれ?望人さんは……」

 入れ違いに戻ってきた静寂が少しだけ首を傾げる。

「すぐ戻ってくるさ。あ、介抱にはお茶や水よりスポーツドリンクがいいぜ」

 嘘である。スポーツドリンクはアルコールの吸収を早め、余計に酔わせてしまう。酔った相手の介抱にはお茶や水が最適だ。

「そうですか。じゃあどうぞ」

 そう言って目の前に出されたのはスポーツドリンクのペットボトル。

「………………俺はまだ酔ってないから気持ちだけもらうな」

 不思議そうに首を傾げる静寂が口を開いた瞬間、腹に響く低い破裂音とともに空が急に明るくなった。

「あっ……」

「おっ……」

「おや?」

 3人が驚いている間にも夜空には刹那の華が咲き散っていく。

「そういえば近くの海岸で花火大会があると言っていましたね。今日でしたか」

 ツマミの乗った盆を持ったまま、暫く見とれていた望人が2人の元にやってきてそう言った。

「そういえば、ポスターを見た気がします」

 うっとりとした表情で空を眺めたまま静寂がそう言ったが、視線は空に釘付けだ。

 月のない漆黒の空に色とりどりの色が舞うのを見ながら手酌でちびりちびりと酒を呑む影次の視線も空へと向けられている。

「最近の花火はいろんなのがあるんだな」

「そうですね」

 赤、青、金、緑だけでなく水色やオレンジも見える。
 色だけではない。
 中にはグラデーションの様に色が途中から変わるもの、ハートや猫の形に見えるものもある。

 ズドンという音の合間、軒先の風鈴がチリチリと音を立てる。
 夏の終わりを感じさせる少しだけ涼しい風が火照った3人の頬を撫ぜ酒気を少しづつ攫っていく。

 視界の端に映る友人達は何を思うのだろう。思いを馳せながら、3人がそれぞれそんな事を思った。
 だが、誰1人その疑問を口にはしない。
 それを訊くのは野暮だとそれぞれの横顔が言っていた。

 一際大きな華が咲き、辺りは静かになった。

「あ。掛け声を忘れてしまいました」

 空が漆黒に戻ってから静寂が思い出した様に声を出す。

「たまや。かぎや。っていうあれですか?」

「はい。花火を見る度言おうと思うんですが、夢中になってしまって忘れてしまうんです」

 静寂は2人にお酌しながら望人の言葉に頷く。

「花火はまたあるだろう。今度一緒に見る事があったら忘れない様に教えてるよ。な、チョーさん」

「勿論です」

「言いましたね。忘れませんよ?」

 真面目な顔で念を押すように言う静寂に、望人は穏やかに微笑み、影次の鉄仮面に覆われていない右側がおう、と笑う。

「……次はこれなんてどうでしょう」

 望人が1本の酒瓶を2人に見せる。

「お、旨そうだな」

 お開きになりそうな雰囲気が思わぬサプライズでどこかへ吹き飛んでしまった。
 新しい瓶を開けながら、望人は寺内にある酒の残りを考えていた。
 しかし、すぐに思考を止める。一晩で呑み尽くせない程の酒はある。
 中には秘蔵の酒も幾つかあるが、飲み干してしまったらまた手に入れればいいこと。
 この時間がもう少しだけ続く方がきっと価値がある。

 この酒宴が終わるのはまだまだ先。
 誰が、酒に飲まれたのか、はたまた誰も飲まれなかったのか。
 それは軒先でずっと揺れていた風鈴だけが知っている。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb3365 / 雁鉄 静寂 / 女性 / 19歳(外見) / 朝顔に藍 】

【jb6153 / 望人 / 男性 / 20歳(外見) / 銀髪に月 】

【jb9827 / 暗山 影次 / 男性 / 18歳(外見) / 松に氷 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 初めまして。今回はご依頼ありがとございました。
 浴衣で花火を観ながらの酒宴ということで、夏らしいひと時を書かせて頂き大変光栄です。
 穏やかな酒宴が行われますようにと、今後も密かな勝負の行方はあえてぼかさせて頂きました。
 
 お気に召しましたら幸いですが、もしリテイク等ありましたらお気軽にお申し付けください。

 今回は素敵なご縁を頂きありがとうございました。
 また何かありましたらお気軽にご指名下さい。
colorパーティノベル -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年09月12日

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