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『ひび割れた心 』
世良 霧人aa3803)&世良 杏奈aa3447


『世良 霧人(aa3803)』は目覚めてからという物無気力に日々を過ごした。
 そのため記憶は全てが断片的で、大人になって思い返そうとしてもうまく思い出せないことが多い。
 ただ、妙にはっきりと耳に蘇るのは医者の言葉である

「奇跡的に眼球を貫通していなかったよ。勢いとしては脳に届いていてもおかしくなかったんだがね」

「ただし、眼球の機能としてはもうもとには戻らない、膿む危険性が高かったので摘出をした」

「君の瞳がなぜ赤かったのかについてはわからなかったよ、損壊が激しすぎてね。相当痛かったろう?」

 普通はこんな話、怪我をした当人が聞くことはない。
 傷を負った直後の弱った心に、体の一部を失った話というものは堪えるからだ。
 だが、なぜか霧人は聞かされた。
 それは孤児院の大人たちが職務を全うしなかったからにすぎない。
 つまりは霧人のかわりに話を聞いてくれる人がいないかったのだ。

「背伸びたね」
 そして毎日献身の後、病室に戻されると死んだように過ごした。
 毎日『世良 杏奈(aa3447)』が迎えに来てくれたが、それでも霧人は心の壊れた人形のように感情を取り戻すことがなかった。
「杏奈ちゃん……でも逢わなくなって数か月しかたってないよ」
「それでも大きくなったよ」
 乾いた表情を向ける霧人。杏奈はそれを見る度に思い出す。
 公園で見た彼の表情、驚き、笑い、楽しみ、いつくしむ。
 そんな彼はもうここにいない。杏奈は彼の痛々しさに胸が張り裂けそうになったのを覚えている。
「なんで、泣いてるの?」
 霧人は尋ねた。
「きりにいが、泣かないからだよ」
「そうか」
 霧人は思った。失ってしまった感情が彼女のもとになるのなら、それでもいいか。
 そう考えることをやめた。
 そしてまた、場面は病室に戻る。
 
「君には権利がある」

「右目を器械化できる権利だ」

「最近の技術の進歩は著しい、外観から見ても全く本物と変わらない右目を埋め込むことが出来る」

「いえ。いいです」
 そう霧人は間髪入れず言葉を返した。

「ボクはもう、人と違う物を持ちたくないので」

 だがそんな霧人の心を変えるような転機が訪れる。
 それは杏奈の母『世良 杏子(NPC)』との出会いであった。


「きりにい、入っていい?」
 彼女はある日突然現れた。
 杏奈に手を引かれ、するりと病室に入ってきた彼女。それを見て霧人は目を奪われた。
 美しかった。
 容姿ではない、その存在がと言った方がいいだろうか。
 讃える笑みと、真っ直ぐとした背中に、眼差し。 
 すべてが同時に霧人を引き付けた。
 その全てが霧人にないものだったから。
「君が霧人君だね、杏奈から話は聞いているよ」 
 杏子は杏奈を気遣うように、頭に手を置いた。
 杏奈は不安そうに杏子の服の袖をつかむ。
 これが母親という存在なのか。そう霧人は初めて思った。
「目を失ってしまっては不便だろう」
「いえ、もう片方あるので。それに……」
 霧人は堪えようか数瞬迷った挙句告げた。
「忌まわしい方の目だったので」
 そう言うと、杏子は微笑み。杏奈に告げた。
「お父さんの所においき」
「えー」
「お願い……だよ」
「わかった」
 そう言うと杏奈は病室から出ていく。足跡が遠ざかるのを聞いて、杏子は鋏を取り出した。
「髪の毛がズタズタじゃないか、整えてあげよう」
 ぎらつく刃、霧人は思わず視線をそらす。
「杏奈と仲良くしてくれているそうだね」
 杏子は慣れているようで、手早く霧人の髪を整えていく。
「あの子は社交的だが心を開かないところがある、男勝りで気が強い、そして女の子らしく自分勝手だ。そんなあの子が人になつくのは珍しい」
「そうなんですか?」
「ああ、手を焼いているんだ」
 そして杏子は一呼吸置き、ぽつりと霧人に問いかけた。
「君からは色が見えないね、隠しているわけでもなさそうだ」
「ぼくは……」
 霧人は言葉を飲み込む、何を言っていいか分からなかったからだ。
 そう沈黙を長引かせていると、杏子は言った。
 ほらできた。
 そう鏡を差し出す杏子、映っていたのは顔半分を包帯で覆った霧人、ただ髪型はかなり良くなっていた。
「ありがとうございます」
「やっと、笑ったね」
 杏子が言う。霧人は一瞬目を伏せ、そして尋ねた。
「なぜここまでしてくれるのですか」
「私は息子も欲しくてね。だがいろいろあって断念したんだ」
 いきなりの重たい話に面食らう霧人。だが杏子は構わず言葉を続けた。
「あの子に良くしてくれてありがとう、一目でわかったよ。君はあの子と本当の意味で絆を持っている、今後どうなるかはわからないが、今は兄妹のような絆だね」
「あの子の兄なら、私の息子も同然だ」
 息子。
 その言葉が引き金に様々な思いや言葉が霧人の中を泳ぎまわる。
 母に捨てられたこと、孤児院のこと、誰も彼を愛してくれなかったこと。
 息子だなんて突然言われてどう言葉を返していいか分からない。
 そう、霧人は潤んだ瞳を伏せた。
「何があったか、教えてはくれないかね」
「なにがって?」
「君の全てだ、君の右目を失わせたのが何なのか知りたい」
 そう杏子は霧人の目を見ていった。
 その吸い込まれるような瞳にすべてが見透かされているような気がして、霧人は、思わず最初の悲劇を語ってしまう。
「ボクは、悪魔の子だって言われて生きてきたんです」
 あとは、堰を切ったように勝手に、言葉が溢れた。とめどなく記憶と感情が溢れ出た。 
 彼女はすべてを聞いてくれた、霧人が胸の内に抱えている汚い言葉も、傷ついた痛みも全部。
 気が付けば杏子の膝の上で泣いていた。
 優しい温もり、こんな物を感じたことは今まで一度もなかった。
「いいんだ、君は子供なんだからそれでいい。それでいい」

 後日、『戸森 大吾(NPC)』が見舞いに来た。
 見舞い品もなく、イラついた様子で霧人の病室に向かう、だが、戸森は扉の前に立ちはだかる少女を見て苦笑いを浮かべた。
 杏奈が立っていたのだ。
「なんだ、おまえ」
「お兄ちゃんに近づかないで」
 杏奈は自分より一メートル程度身長の高い男に向けてにらみを利かす。
「なんだ、この餓鬼は」
 そう戸森は少女をどかせて中に入ろうとすると後ろから声が変えられた。
 思わず戸森は振り返る。
「おやおや。あの子は勘が鋭くて困る、私に似たんだね」
「だれだあんた?」
 戸森は無礼な態度を隠そうともせず尋ねた。
 杏子は言う。
「彼を守るものだよ」
 そして杏子は戸森に向き直って言った。
「悪いことは言わない、帰るんだ」
「なに?」
「お前を逢せるわけにはいかないのだよ」
 そう杏子が睨みを利かせると戸森は扉へと伸ばした手を引っ込めた。
 一瞬得体のしれない恐怖が彼の胸に沸き上がったのだ。
「お前のような人間が、よく教師になんてなれたねぇ」
 その言葉に彼は反論もせず病院を後にした。
 そしてすぐに杏子は病室の戸を開いた。
 霧人は鳴いていた。布団を頭からかぶって、震えていた。
「よく頑張った」
 そんな彼に覆いかぶさるように杏子は霧人に寄り添う。
「これからは大人に頼ると言い。何心配する必要はない。私の夫は強い人だ、腕っぷしは、私の方が強いがね。これからは何かあれば、私たちを頼ると言い」
「杏奈も!」
 杏奈は布団にもぐりこみ霧人の涙をぬぐう。
 言葉にならない幸福感とそれが嘘だったらどうしようという恐怖。 
 それが霧人の心を満たした。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『世良 霧人(aa3803)』
『世良 杏奈(aa3447)』
『世良 杏子(NPC)』
『戸森 大吾(NPC)』

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はOMCご注文いただいてありがとうございます。
 鳴海です。
 今回は不幸続きだった霧人さんが救われる会なのかなと思って、今までとは違って優しめに描いてみました。
 いかがでしたでしょう。
 気に入っていただければ幸いです。
 それでは鳴海でした。ありがとうございました。
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2016年09月14日

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