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『新しい風が生まれる場所 』
ゼロ=シュバイツァーjb7501


 失うだけの戦いってのは、もうええんとちゃうか?




 熱を帯びた夏の風が、下から上へと強く吹き付ける。
 切り立った崖へ、白い波が打ち寄せては弾けている。
 岬の端で風を受けていたゼロ=シュバイツァーは閉じていた目をそっと開き、青い青い空を見上げた。その果てへ去って行った影を追うように。


 数日前、ひとつの別れがあった。
 幾度となく死闘を繰り返した相手が、もとの世界へ還るのだという。
(天界、か……)
 父は天使だが、ゼロ自身は生まれも育ちも魔界だ。
 『天使側との交渉の際、人質として差し出された』――それが、母である。
 彼女は幽閉中に懇意となった天使との間にゼロを授かり、幽閉から解き放たれた後に魔界で産み落とした。
 故に、ゼロは天界を知らない。
 噂に聞くことはあっても、その目で見たことは無かった。

 ――俺も連れてってくれ

 先日別れた天使に対し、ゼロはそんな話を切り出したこともある。
 相手の話を聞き、事情を知れば、打開策が見えるかもしれない。
 殺し殺されるだけが全てではない……そんな考えから口をついた言葉だった。
 結局はにべもなく断られ、最後の日は再会の約束を託すのみで。
 血を引きながら、行ったことのない天界。
 父を恋う。もう一つの郷土。そんな感傷なんて抱いたこともなかったのに、まったく違う切り口から、ゼロは興味を抱くようになっていた。
 ……それは、天界に限った話ではない。
「人界<ココ>かて、もともと長居するつもりはなかったんやけどなぁ」
 苦く笑った声は、強い風に流される。
 黒髪を長い指で梳きながら、ゼロは水平線へと視線を移す。そう遠くなく、浮かぶ島の姿もあった。
 陽光を反射して輝く海面に、これまでの数多くの思い出が浮かんで消えた。

 ワケがあり、人界へ――久遠ヶ原学園へ来たものの。
 そこは存外に居心地が良く、様々な出会いがあった。
 『天魔から、力なき人々を護る』ことが大前提の『撃退士』、それを養成するのが久遠ヶ原。
 つまり、天魔双方の血を引くゼロも、在籍する以上は戦うこともある。
 指先で弾けば吹き飛ぶような下級のディアボロやサーバントはもちろん、名のある天使や悪魔を相手とすることだって。
 悪魔の傀儡とされる人間、なんていうのも居た。
 そうする中で、見えてきたことがある。

 天魔であっても楽しく過ごせる奴がいる。
 人であっても救いようのない、どうしようもない奴もいる。
 そこに敵・味方の境はなく、色々な生き方の形を見てきた。末路を見届けた。
 全てが、己の思うがままには進まない――だからこそ。
「そろそろ、次のステージへ進まなあかんわな」
 動き出さなければ。『自分』が。

 天・魔・人の入り乱れるこの世界で、大人しく変化を待っているだけではどうにもならない。
 巻き込まれるのを待つだけだなんて御免だ。
 いつからそんな、大人しい奴になっちまっていた?




 世界は今、大きく揺れ動いている。
 北海道。関東。京都。四国。そして出雲。
 単純な天界と魔界による人類蹂躙の他に、どうやら天界側でデカイ動きがあったらしい。
 『古くから人界に在る天界勢力』とは別物だと、彼の天使は言っていた。
「……『上』を信頼でけへん、っちうのは何よりもモチベ下げるもんやで」
 古い体制というのは、どうしても風通しが悪くなる。
 対等な関係でさえ信頼を築けなければどうにもならないというのに、強制的な上下関係の場で『そう』ならば――想像するまでもない。
 天使の離脱は、それに起因していた。
 組織をブチ壊して作り直すのも一つだが、それは今すぐにできることではない。
 で、あるのなら。

「大見得きったからにはちゃんとやる事やらんと、な?」

 渡せなかった『企画書』。
 書類だなんてケチな真似は自分には合わない。
 しっかりとカタチに仕上げてプレゼンしてやろうじゃないか。
 困った顔をして笑うしかない、そんな状況を作り上げようじゃないか。

「できるはずや。天使も悪魔も、堕天や『はぐれ』で力を無くさんでも共存できる場所を作ることが。人が、天魔に怯えんでも暮らせる場所を作ることが」

 ひとの命は短い。故に、時を大切に生きる。
 短い時の中で、目覚ましい進化を遂げる。
 『撃退士』のチカラも、そう。
 堕天使・はぐれ悪魔・天魔ハーフなども技術力に支えられ、抑制された力の解放ができるようになっている。
 そうして、天使や悪魔の中には人類の力を認める存在が少なからず現れ始めていた。
(当面の目標は、『別の勢力』を作る事やな)
 考えに賛同し、共に歩める仲間を揃えること。
 動くための『場所』を整えること。
 ゼロは水平線に浮かぶ島――淡路島を、見据える。
 瀬戸内海に浮かぶ最大の島は、関西と四国を結ぶ。
「あの辺りを押さえれば、人天魔のにらみ合いに混じりつつ行けるんちゃうか」
 決して容易なことではないだろう。
 にらみ合いという名の均衡を崩すかもしれないし、あっという間に踏みつぶされるかもしれない。
 住民の理解を得る必要もあるし、何があっても守りきる姿を見せる必要もある。
 不穏だらけの地域へ飛び込むのなら、相応の覚悟も備えも必要だ。

「ええなぁ、この風……ヒリヒリ来るで」

 赤い目を細め、男は笑う。
 目標が困難であるほど、血は興奮にたぎる。
 これくらい派手な生き方が、自分の性に合っている。
 自分を取り戻す――そんな、感覚。
 気の合う仲間と愉しく過ごすのも悪くない。むしろもっと来い。
 けれど、それだけじゃあ足りない。
 魂が焦げ付くほどの力を出し切る、ギリギリのやり取りをする。
 刃の上を裸足で歩くような緊張感。下がることのできない矜持。そういった何か。




 風が吹く。
 ゼロの心の高揚を知るかのように、熱い風が吹く。
 鼻歌交じりに、男は翼を顕現した。勢いよく地を蹴り、海上を飛行する。
 現地視察よろしく島の様子を視界へ入れながら。

(これからは、『失わない為の』戦いや)
 友と思える存在を。
 友になれるかもしれない存在を。
 生き延びる可能性を。
 大切な存在を、信じる心を。
「いくらでも、俺が吹かせたる……新しい風を」
 だから。
「さっさと帰ってこいよ。お前にやらす仕事は山ほど用意しとるんやからな」
 言葉は風に乗り、彼の天使の元へ届くだろうか。

 何に縛られることなく、ゼロは空を飛ぶ。
 己の心へ、真っ直ぐに。信じるままに。



 これから巻き起こそうとする『新しい風』に対し、『もう一つの風』が吹くことを心待ちにしながら。
 願わくば、預けたワインが程よく熟成した頃に。

 


【新しい風が生まれる場所 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7501 / ゼロ=シュバイツァー / 男 / 33歳 / 闇より風を起こす鴉】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、そして企画書ありがとうございました。
時は流れ続け変化は起こり続け、まさに激動の渦の中。
ひとつの決意のエピソード、お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年09月13日

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