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『ロンギング・リユニオン 』
川内日菜子jb7813

 その日は雨も降り、あまり爽やかとは呼べない天気だった。
 数十どころか数百という撃退士が1つの戦場を駆けまわり、撃退士と同数いるのではないかというディアボロがひしめき合い、蠢いている。
 その戦場で地面に炎の軌跡を描きながら駆ける、川内日菜子の脱方があった。
 馬に跨った騎士を馬の頭部ごとまとめて拳で貫き、炎の虎を蹴り飛ばして怯ませて拳が眉間をかち割る。燈籠を抱いた狼が集団で跳びかかろうが、顎を打ち上げて口を塞ぎ、爪は前足の関節にまで腕を潜りこませ払うと、蹴り1つで吹っ飛ばしていた。
 まわりでは苦戦を強いられている撃退士に注目されていたが、日菜子はそんな視線を気にもかけず、ただひたすら敵を倒していく。
 だがこれだけの活躍を魅せても、日菜子の眉間には皺が寄ったままであった。
(こんな事を続けていて、ヒーローと呼ばれる日が来るだろうか……?)
 サーバントも無視できるような存在でもなく、一般人にとっては脅威の対象ではある。だがそれでも今の日菜子にとっては、言ってしまえば雑魚の分類である。
 雑魚を倒す事も人を助けることになるのはよくわかってはいるが、だからといって自分が描くヒーローになれる気がしない。
 誰かのピンチに颯爽と駆けつけ、あっさりと倒して人々を救う、強くて優しいヒーロー。だが自分の拳で救えなかった人が、たくさんいる。
「ヒーローを名乗るのは、おこがましいか――!」
 気配を察知して右を向くが、そこにいたのはこの戦場ではいないと思っていた蛇のような中型のサーバントだった。そいつが口を開けてこっちに跳びかかってきたのは見えていたのだが、かつての恐怖を思い出し、日菜子の身体は強張ってしまった。
 その蛇の口が、上から槍で貫かれて地面に縫いつけられる。
 地面に縫いつけられた蛇の頭を、日菜子は足の裏で踏み抜いた。
「強い嬢ちゃん、油断は禁物だぜぇ」
「すまない、助かった――?」
 礼を述べる日菜子だが、槍を握りしめるその人物を見るなり、恐怖の記憶とは別の記憶が呼び戻された。
 幼いころに見たあの笑顔よりも遥かに歳を食っているが、記憶の中に擦りこまれるほど何度も思い返した人物のものと、そっくりであった。
 そしてあの時に見たもう1人を思い出して、やっとつながった。
「あんたは……昔、幼い私を助けてくれたあの人の、親父さんか」
 その壮年の撃退士は「おんあ?」と、間抜けな声を発しては眉根を寄せて日菜子の赤いベストや指貫のグローブをまじまじと見てから今度は顔を見ていたが、皺の深くなった目は徐々に大きくなり、口も大きく開けて「ああ!」と叫ぶようにして頷いた。
「お嬢ちゃん、蛇に呑まれた所を助け出されたあの時の嬢ちゃんか!」
 それには日菜子の方が驚き、目を丸くさせてしまった。
「覚えているのか、私を」
「ああ。嬢ちゃんはせがれが助けた、最後の子だからな」
「最後?」
 尋ね返しながらも日菜子は跳躍し、綺麗に回転すると蹴りで馬ごと騎士を地面にめり込ませると跳躍して離れ、着地と同時に騎士と馬は爆発に飲み込まれていく。
 後に残るのは、焼け焦げてはいないが動かなくなった馬と騎士だった。
「……強くなったなぁ、嬢ちゃん」
「最後とは、どういうことだ」
 突進してきた炎の虎を正面から正拳突きで撃ちかえし、よろめいたところを駆け上がって空高くへ跳躍すると、空の女騎士の首に脚をめり込ませ、地面へ投げるように叩き落す。
 そして踵を虎の頭部に落して沈黙させると振り返り、起き上がった女騎士が振り下ろしてきた剣を手刀で叩き折って、後ろ回し蹴りで女騎士の頭をありえない角度に曲げるのだった。
 出番すらない壮年の撃退士は目の皺を深め、声を絞り出す。
「せがれはな――嬢ちゃんを助けて間もなく、死んじまったよ……詳しい話が聞きたきゃ、この作戦が終わってからウチに来な」




 作戦終了後、黙って歩く壮年の男の後ろを、尋ねそうになる口を何度も閉じて日菜子がついていく。長い沈黙がいつまでも続くかと思われたが、壮年の男の家は作戦区域から日菜子が驚くほど近かった。
 誰の気配も感じない静かな家に通され、居間で正座して待っていると、その男が茶を持ってきて日菜子の前に置く。
「ありがとう――こんなに近いのだな。まだ警戒期間だが、ここに住んでいるのか?」
「ああ。女房こそは避難させたがよ、俺ぁ残ったさ。そうでなきゃ、誰がせがれに線香あげるって話よ」
 線香という言葉に日菜子の顔が曇り、それに気づいた男が茶で唇を湿らせた。
「……嬢ちゃんを助けて数日後だったか。その日は朝から、なんとなく嫌な気がするとか言いながら、なんてこたぁない依頼に6人で向かってよ。それなりに手強いサーバントだったみたいだが、それでもつつがなく終わりそうだったみてぇだったんだ。
 そんで終わって帰ろうかって時に、そいつに出くわしちまったんだと」
「そいつ、とは……?」
「天使か悪魔かはわからんが、とにかく人型の敵だったっつー話だ。
 満身創痍ってほどでもなかったみてーだが、それでもやりあえるほどの余力もなかったが、それでも敵さんはやる気満々で襲ってきたんだと。傷つき、仲間が倒れ、その仲間を助けた仲間も倒れなんてひどい状況だったもんで、逃げるのを決めこんだが、敵さんがしつこかった。
 だからせがれは、残った。仲間を逃すためにな……」
 もう一度茶をすすり、再び訪れる沈黙。そこまで聞けばどうなったかなど聞くまでもなく、日菜子の目も沈んでいた。
 命がけの殿で、命を落とす――言い方は悪いがよくある話だし、自分にもありえない話というわけでもない。どんな言葉をかければいいのか日菜子は知らないが、今するべき事は決まった。
「――線香を、あげさせてもらってもいいだろうか」


(本当に、死んでしまっていたのだな)
 こうして仏壇の前に座り遺影を眺めると、その事実をはっきりと認識させられる。自分も死ねば、こんな風に並べられてしまうのだろうかとも思ったが、家を捨てたような自分に逸れはないかと、頭を振った。
 ポケットの中からずいぶんと汚れた包帯を取り出すと、それをお供えの前に置く。
「直接返せなかったのは残念だが、あんたがくれたコレを、返す。
 あの時は本当に、ありがとう。あんたのおかげで、私は今を生きている――あんたみたいなヒーローを目指しながら、な」
 ろうそくに火を点け、線香をあげる。
 お鈴を2回鳴らしてから手を合わせた。
(私は果たして追いつけただろうか――)
 心の中でその問いかけをした時、ろうそくの火が強く燃えあがり、風もないのに激しく揺れた。
 そこで一瞬、日菜子の意識が途切れたが、すぐに現実へと帰ってくる。
 ろうそくの火も戻っていて、ゆらゆらと優しく揺れていた。
「白昼夢、か……? 任せたぜ、ヒーローか……」
 短くも長い、一瞬の交錯があったような気もしたが、気のせいだったのかもしれない。
 だがヒーローとしての意思を受け取ったような気がした。
 後ろで黙っていた男は日菜子の様子には気づいていない様子で、口を開く。
「嬢ちゃん。ヒーローをやってんならなぁ……死ぬんじゃない。せがれの死に方はヒーローに恥じねえとは思うけどよ、死んじまったらもう人は救えねぇんだ。
 だからよ――どんな時でも、死に抗うヒーローになりな」




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7813 / 川内 日菜子 / 女 / 18 / 意志を継げ、ヒーロー】
【日菜子が憧れたヒーローの父 / 53 / オリジナルNPC】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今回はしんみり系のはずが、戦闘の方が長くなってしまいましたが、ご満足いただけたでしょうか?また、白昼夢に関してはおまけと合わせる事でお楽しみください。
この度のご発注、ありがとうございました。またのご依頼、お待ちしております。
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年09月14日

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