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『〜 Thank's for your... 〜 』
ラファル A ユーティライネンjb4620

 金髪の少女が、病棟の窓から外を見ている。
 薄緑色の清潔な壁、大きな窓がいくつも開かれ、そよ風に揺れる梢を見渡せる。
「よいしょ」という声を聞いて、少女は室内へ視線を戻す。板張りの床、木の匂い。古い講堂を思わせる内装は、医療施設の冷たさを和らげるために設計されたものだ。かすかに流れるクラシック音楽も同様の理由。
「大丈夫?」
 少女の問いに、より年少の茶色い髪の少女が答えた。
「うん、休憩終わり」
 左右の手をバーに掛け、歩く。ゆっくりと、歩く。
 リハビリとは、気が滅入る作業の反復だ。せめて居心地良い場所でなくては、始めようという気にもなれない。
 あたたかな内装と音楽、それだけでは足りない。
「これで20往復!」
 茶色い髪の少女は、額に汗をにじませて、笑った。
「見てた? ラファル」
 金髪の少女……ラファルも、同じ笑顔になった。
「うん、これなら、もうすぐ歩けるよ」
 ラファルの視線の先、茶色い髪の少女の右足は、義肢だった。
 久遠ヶ原学園の特待生、ラファル A ユーティライネン(jb4620)
 様々な事情の特待生が存在する学園の中で、彼女の事情はその身体にある。
 義肢なのだ。それもラファルの場合は、その範囲が両手両足に留まらず全身にまで及んでいる。神経や内臓部も人の手が加わっている。
 普通、そんな人間はいない。いたとしても寝たきりの生活になるだろう。しかしラファルは健常者と変わらぬ生活を、いやむしろそれ以上に活動的で危険な人生を歩んでいる。
「撃退士やってんだもん、このくらい覚悟してた」
 車椅子に戻り、少女は寂しく笑った。
 リハビリの時間は終わっている。歩行訓練は1日2時間。常人には在り得ない長さだが、彼女には、彼女たちにはできる。ベッドから車椅子に移ることなら、意識が戻ったその日のうちにできてしまった。
 ビルの10階以上の高さから叩きつけられた直後である。
 彼女たち撃退士には、それができる。
 この病棟にいる者全てが、戦闘による怪我で入院している撃退士であり、なおかつ……戦場へ舞い戻ろうとする者達。
 一般生活に戻るだけならアウル義肢など不要だ。けれども欠損した四肢を補い、以前と変わらず、むしろ以前の動きを超えて活躍したいのであれば、この特殊な義肢を身に馴染ませる訓練は必要不可欠だった。
「でもちょっときついな〜」
 少女の呟きに、冷たいヒビが混じっている。そこから壊れそうな、折れてしまいそうな危うさを、ラファルは感じる。
 自分もそうだったから。
「……これが終わっても戦いが待ってる」
 車椅子と並んで歩きながら、ラファルは言う。
 少女の手が止まる。手が止まれば、車は回らない。
 二歩だけ進んで、ラファルも立ち止まった。
「けれど、待っているのは、戦いだけじゃない」
 少女を呼ぶ声がした。
 車椅子から身を乗り出して振り向く少女に向けて、数名の学生が駆けて来るところだった。
 仲間たち。
「……ラファル」
 少女は視線を戻した。「今日もありがとう!」
 笑顔だった。
 ラファルは笑って、身を翻した。

 奥へ行くと、施設は違った様相を見せてゆく。
 無機質なリノリウムの床、白い壁。一切の無駄を省いた、余裕のない内装。
 重傷者の病棟だ。
 ここにいるのはもはや撃退士でも何でもない、ただの患者だった。
 二度と武器を持つこともなく、天魔を追って駆けることもできない……それどころか、立ち上がることさえできない者もいた。
 元、撃退士。
 アウル能力を持つだけの、ただの入院患者。
 激しい損傷のみならず、アウルを狂わせる呪いや、肉体を変成させる術による特殊な傷病もある。通常の患者以上に絶望的な者もいる。
 ラファルが声をかけた患者もそのうちの一人だ。
「食べてないんだって?」
「……」
 ベッドに横たわる妙齢の女性は、ざんばらになった黒髪の合間から左目だけを覗かせている。片足と、片腕がない。
 残った足は特殊な鎖に縛られ、腕もV兵器並に頑丈な拘束衣に封じられている。
 自殺を図るからだ。
 ラファルはその拘束衣を解いた。施設からその権限が与えられている。
 そして、トレーに乗った食事をテーブルに置いた。
 すべて木の食器だ。初日、彼女は金属の食器を捻って潰し刃物にして、自殺を図った。アウル能力者ゆえ、そんなものでは死ねなかったが。
 女性は髪を振り乱し、トレイを払いのけようとした。一瞬早く、ラファルがトレイを持ち上げたので、腕はラファルの腹に当たった。
「……?」
 女性の目に怪訝な色が浮かんだ。
「あ、バレた? やっぱり撃退士だね」
 片手で打たれた場所をさすりながら、ラファルはトレイを戻す。
「この辺まで義肢なんだ。ん? 義肢じゃないね、ここだともう胴体? 義体?」
 あははと笑う。
「アウルの義肢ってあるでしょ? あれの凄いやつ」
「……」
「欲しい?」
 女性は頷きかけて、首を振った。
 彼女の肉体は奇妙な病に侵されていた。呪いなのかもしれない。天魔に切断された傷口に悪性の腫瘍ができるのだ。数週間に一度、手術が必要になる。術後は酷く痛むという。
 それが、この先ずっと続く。
 彼女が自殺を図ることを、誰が責められようか。
 女性は身を起こしたが、しかし食事には手を付けず、俯いたままだった。
「食べなきゃ」
 ラファルはそのやせ細った肩に手をかけ、正面を向かせる。
「アウル義肢でも、解呪の術でも、皆がその手段を探してる。必死に、ほとんど寝ないで考えてる。その結果が出るまで、あなたは生きていなきゃ」
 抱きしめ、ラファルは言った。
「わたしも考える。だからあなたも、自殺なんて考えないで。その手を、凶器で塞がないで」
「……」
 身を離した女性は、静かに食器を手にとって、言った。
「ありがとう」

 ありがとう。
 ラファルはその言葉を繰り返す。
 ありがとう。
 もう日が暮れる。
 昨日、一つの作戦を終わらせた。結果は上々、大成功だ。無傷とはいかないが、撃退士なら一日二日寝れば回復できる程度のものだ。
 それを寝ないでここに来た。
 負傷したパーツの各部は痛みを訴えている。
 ラファルは気にせずこの病棟を慰問に訪れた。 
 ありがとう。
 その言葉を繰り返す。
 今日、何度も聞いた言葉。
 聞くたびに言い返した、同じ言葉。
 ありがとう。
 ありがとうみんな、ありがとう仲間たち。
 わたし達は、欠けてしまったところを、アウルとパーツで補うことを選んだ。
 でも、それはけっきょく仮初のもの。それだけでは足りない、欠けたところは埋まらない。
 心が欠ける痛みは消えない。
だからわたしはそこに触れる。わたしにもあるそのキズアトに。
 あなたのキズは、わたしのキズ……
 だから。
 ……あなたの笑顔は、わたしの笑顔。
 ありがとう。


【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 jb4620 /ラファル A ユーティライネン/ 女 /16歳(外見年齢)/鬼路忍軍(現在のジョブ)
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丸山徹 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年09月14日

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