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『 予測できない未来へ 』
ミシェル・ヴァンハイム(ic0084)

 天儀歴一〇一四年七月末日、賞金首・楠通弐死去。
 それより二十数年の月日が過ぎた今日も、彼女の墓前には白く小さな花が供えられていた。
「……今日も、来たのね」
 いつからだろう。ここに足を運ぶようになったのは。
 黒髪の少女は、額に浮かぶ汗を手の甲で拭うと、いっそ冷たいと感じるほどの視線を墓に注いだ。
 毎日、毎日、よく飽きもせずに来れるものだと思う。
「あなたは良いわね……寝ているだけで、あの人の心を縛れるんだもの……私はいつもそばにいるのに。何故、あなただけ……」
 死んだ人間とどれだけ競おうと勝つことはできない。
 それは物心ついた時からわかっていた。
 神楽の都でも指折りの貴族である自身の家へ毎日顔を出す男は、自分の所へ来るよりも先にここを訪れる。
 つまりその行動は、この墓の人物が1番で、自分は2番だと言外に告げていることに他ならない。
「……、……また来るわ」
 あの人が――ミシェル・ヴァンハイム(ic0084)が来ている間は来ようと思う。
 これがせめてもの抵抗だった。
 例えそれが無意味なことでも、彼女は足を向けないわけにはいかなかった。

   ***

 暗い、暗い、闇の中。
 ただ1つの光を探して走り続ける。
 息を切らせ、汗を滴らせ、それでも足を止めることなく走り続けて探す。
 どれだけ手を伸ばしても届かず、どれだけ手を伸ばしても見つからない。
(通弐! どこだ、通弐!!)
 響いているのかもわからない声を上げて手を伸ばす。
(何故いない! 何故見つからない! 何故――)
――……ミシェル。
 不意に声が聞こえた。
 遠くに僅かな明かりが見える。
(そこか!? そこなのか!?)
 必死に走って向かう内に、光がどんどん大きくなる。
 そうして千切れんばかりに手を伸ばすと、ようやく捕まえた。
「通弐――」
 振り返った懐かしい顔。亡くなる直前に見た綺麗な微笑みが自分の事を見つめている。
 そのことに感極まって声を詰まらせると、彼女の口が囁いた。
「……違うんだけど」
「へ?」
「変なところで寝てるから起こしに来たんだけど……また通弐」
 吐き捨てるように呟いて立ち上がった少女が手を解く。
 不機嫌そうに寄せられた眉と、額に浮かぶ汗を見て合点いく。
「……すまない。寝ぼけてたみたいだ」
 夏になるといつもこうだ。
 いなくなった存在を探して走り回る夢を見るのだが、だいたいはどれだけ探しても見つからず、ただの悪夢となって目を覚ます。
 これが繰り返されると寝不足になって、今のようにどこでも寝てしまうのだが、今回は少し違った
「笑ってたな、通弐……」
 久しく見た顔を思い出して微笑む。
 偶然であれ何であれ、夢の中で彼女に会えたのは嬉しい。
 そんな彼に一瞥を加え、少女は小さなため息と共に歩き出した。
「稽古なら付き合うぞ」
「……いらない。稽古はもう終わりだから」
 スタスタと歩く彼女の顔は見えない。
 楠通弐の再来と言われる彼女はいつもどこか不機嫌そうだ。その理由が自分にあることをまったく自覚していないミシェルは、「それなら」と立ち上がって彼女の手を取った。
「な、なによ……」
「墓参りに付き合わないか?」
「はあ?」
「今日はまだ行ってないんだ。だから一緒に行かないか?」
「行ってないって……だって、花――」
 しまった。そう口を押さえて視線を外す。
 ミシェルは毎日彼女が通弐の墓へ行っていることを知らない。もし知られれば理由を尋ねられるかもしれない。
 そうなったらいろいろとまずい。そう思ったのだが、
「花がどうしたんだ? ああ、今日は道中の花を摘んで行こうと思って持ってないんだ。一緒に摘んでくれるだろ?」
「…………」
 たまに思うが、何故こんなにも鈍感なのだろう。
 もし目の前にいるのが通弐だったら、彼の反応も違ったのだろうか。
 いや、もしかしたら通弐が目の前にいても変わらないかもしれない。
「……たまに、自分がかわいそうになるわ」
 少女はそう呟くと、盛大にため息を落として歩き始めた。
 ミシェルの言うお花摘みと、墓参りに行くために――。

   ***

 墓前に供えられた2種類の花。
 それを無表情に見つめながら、少女はなんとも行き場のない気持ちでその場に立っていた。
(まさか他の人が供えた花だったなんて……)
 全然関係ない人の花を見て嫉妬していたなど恥ずかしいにもほどがある。それでも顔に見せないのは、彼女の言う「クール」のためだ。
 生前、楠通弐は表情が見えなかったという。
 それは彼女自身に人間としての感情がなかったからなのだが、少女はそのことを知らない。単純に弓術師としてその方が優れているという勝手な思い込みがあり、それ故に真似ている部分がある。
 勿論、それ以外にもミシェルの気を惹こうという思惑もあるのだが、そこは惨敗中なので触れたくない。
「……おじ様」
「ん?」
 狙ったように視線が返ってきてハッとする。
 慌てて視線を墓に向けると、なんとなく自分でも口角が下がっているのが分かった。
「……皆が、私は楠通弐の再来だと言うわ。私はそんなに似ているの?」
「似てる、かな」
 そうして俯く顔も、普段弓を弾く姿も。どれでも彼女と似ていて心がざわつく。
 でも最近思うことがある。否、最近思い知ったことがある。
「お前と通弐を重ねて、俺は生きてきた」
 やはり。そんな言葉が少女の中に落ちる。
 わかってはいても実際にその言葉を聞くと悲しくなるのは仕方がない。それほどまでに彼女の中でミシェルの存在は大きいものなのだ。
(彼女の代わりは嫌……私は通弐じゃない……)
 握り締めた手が白く色を失う。それを空虚な瞳で見つめる少女に気付き、ミシェルはフッと視線を墓に戻した。
 そして静かに語りだす。
「ごめんな。本当……誰かに似てるとか、そんなの嬉しいはずがない。この間の大会を見て思ったんだ。そうじゃない、って」
 天儀一武道大会・弐の部。その時に闘った彼女を見て思った。
 何時も懐に入れている薄汚れた魂。これは自分が見つけに行かなければいけないものなのだと。
 誰かを代わりとして見て、それで見つけた気になっていてはいけないのだと。
 自分の時はまだ……。
「おじ様?」
 不意に取られた手に視線が上がる。
「お前はお前だよ。俺の自慢で、眩しい星さ。今まで、悪かったな」
 少女の瞳が見開かれ、何かを問おうと光が行き来する。
 それでも言葉を口に出来ずにいると、ミシェルの大きな手が彼女の頭に触れた。
「お前は通弐を目指さなくて良い。お前はお前らしく生きるんだ」
「……でも、そしたらおじ様は……」
 通弐似た自分がいるから足を運んでくれるのではないか。
 もし通弐と似ても似つかない存在になったら彼は、
「いなくならない」
 しっかりとした声で告げる。
 その声に再び少女の瞳が広がった。
 大粒の涙が頬を伝い、今まで抑えていた感情が堰を切ったようにあふれ出す。
 次から次へと零れる涙をそのままに、少女は初めて感情を声に乗せた。
「私、おじ様が好き! おじ様が通弐が好きなのが嫌! 私を通弐として見るのも嫌! 全部嫌だけどおじ様が好きッ!!」
「ふぁ?!」
 予想外の告白に今度はミシェルが目を見開く番だった。
 ただ彼女を見守って生きる。そのけじめをつけるために言った言葉が、まさかこんな言葉になって返ってくるとは思ってもみなかった。
「もう、逃げたらダメよ! 私、通弐のように穏やかじゃないの! 今まで抑えてた分、いっぱい、いーっぱいおじ様に言うんだから!」
 覚悟しておいて! 少女はそう叫ぶと、強い光を瞳に乗せて勝ち誇った笑みを浮かべたのだった。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ic0084 / ミシェル・ヴァンハイム / 男 / 38 / 人間 / 吟遊詩人 】
【 iz0195 / 楠通弐 / 女 / 22 / エルフ / 弓術師 】

ゲスト出演:少女(楠通弐の再来と言われる人物)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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舵天照 -DTS-
2016年09月16日

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