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『家族のカタチ 』
不知火藤忠jc2194)&不知火あけびjc1857


「お兄さん悲しいの?」
 あの時、彼女は真っ直ぐに俺の瞳を覗き込み、そう言った。
 俺は怒っていたのに。
 怒っていた、はずだったのに。

 わかってる。
 本当は悲しくて、寂しくて、悔しくて……それを誤魔化すために怒鳴りつけたことが情けなくて。
 でも、見破られるはずがないと思っていた。
 何の悩みもなく幸せそうで、無邪気に笑ってばかりいる、六つも年下の子供に。

 なのに彼女はいともあっさりと、俺のガードをすり抜けて核心を突いてきた。

 その時からだ。
 俺、不知火藤忠(jc2194)にとって、彼女、不知火あけび(jc1857)の存在が特別なものとなったのは。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 俺には姉が一人いる。
 今は本家筋に嫁いでいるが、一緒に暮らしていた頃はとても仲の良い姉弟だった――というのは、俺が勝手に作り上げた妄想だ。
 いや、俺がまだ幼かった頃は、それは本当のことだったと思う。
 何かが狂い始めたのは、姉が女の子としての自覚を持ち始めた頃だったろうか。
 姉はお姫様に憧れるような、夢見がちな少女だった。
 大抵の男の子がヒーローに憧れるように、それは女の子としてはごく普通の感情だろう。
 そして大抵は、ある程度の年齢になれば自然と卒業していくものだ。
 しかし、彼女のお姫様に対する想いは尋常ではなかった。
 自分の血に繋がる者の中に本物のお姫様が存在し、いつかその姫が現代に生まれ変わってくるなどという話が親戚の間でまことしやかに囁かれていたことも、彼女の思いに拍車をかけたのかもしれない。 
 そしてある日、気付いてしまったのだ。
 自分よりも、弟である俺のほうがお姫様らしく見えるということに。
 その頃の俺は大人しくて引っ込み思案で、いつでも姉の影に隠れてモジモジしているような子供だった。
 元々女顔でもあり、面白がった両親が姉のお下がりを着せることもあったから、そんなイメージがますます増幅されたのだろう。
 俺には自覚がなかったし、そんなふうに見られることに抵抗もあった。
 中身は普通に男なんだから、当然だろう。
 だが本人の思いとは無関係に、俺は姫の再来と呼ばれ、一方の姉はただの娘となった。
 姉の視線から温もりが消え、言葉にはトゲが目立つようになった。
 それでもまだ、家の外では……いや、両親の前でさえ、姉はずっと「優しくて弟思いの良いお姉さん」で通していた。
 あの一件があるまでは。

「好きです、付き合ってください!」
 ある日、俺はそう告白された。
 可愛らしい花束を手に、頬を真っ赤に染めた……男に。
 ここは笑うところじゃない。
 いや、俺としても笑うしかないと言うか、これが笑わずにいられるかという案件なのだが――しかし相手が悪かった。
 その男は、姉の想い人だったのだ。
 そいつがゲイなら、姉もまだ諦めが付いたかもしれない。
 だが、あろうことか俺を女だと信じて疑わなかったというのだから、眼科か精神科か、いや、その両方に診てもらって来いと蹴り飛ばしてやりたい気分だ。
 まあ、実際にそうしたわけだが。
 ちなみに俺は、その頃にはもう姉のお下がりは着なくなっていた。
 学校でも普通に男の格好をしていたし、女に見られることを避けるために男子の集団と常に行動を共にして、言葉遣いもことさら荒っぽくしていたのだ。
 なのに、どうして間違えるか。
 本人が言うには「本当は女の子だということがバレないように無理して男の子っぽく振る舞っている藤ちゃんけなげで可愛い守ってあげたい」だそうだが。
 あんな勘違い野郎と付き合ったところでロクなことにならないのは目に見えている。
 だから姉のためにはそれで良かったのだと、俺はかなり本気で思っているのだが――もちろん、姉はそうは考えない。
 俺を見る目に、はっきりと敵意が現れるようになったのは、その時からだ。

 それはきっと、自分が欲しかったものを全て持っている弟への、劣等感の裏返しだったのだろう。
 俺は自分が恵まれているなどと思ったことはないし、姉が自分に比べて劣っていると思ったこともない。
 しかし姉は、自分で自分を弟よりも劣った存在だという枠に嵌め、自分の不幸は全て弟のせいだと決め付けていた。
 いつかその立場を覆し、見返してやると心に決めていた。

 その時は、ほどなくやって来た。
 本家筋に嫁入りが決まった姉は、幸せの絶頂にいた。
 俺に対する思いもわだかまりも全て忘れたように、その時だけは昔の優しい姉に戻っていた。
 だから俺も、素直にその幸せを喜び、昔の姉を返してくれた相手の男に感謝さえしたものだった。

 だが、暫くして――
 嫁いだ姉から、俺は頻繁に呼び出しを受けるようになった。
「どう? 私は今、こんなに幸せなのよ!」
 会う度にそう言って、夫から贈られたという高価な品々を見せびらかした。
 姉は幸せそうに笑っていた。
 少なくとも表面上は、そう見えた。
 だから俺は、気付かないふりをした――その裏に隠された虚しさや、寂しさに。
 狂気にも似た、歪んだ心に。
 気付かないふりをしたまま、呼ばれるたびに喜んで本家に出向いた。
 ただ、姉の笑顔が見たいという、その一心で。
 いつかその笑顔が本物になると信じて。


 そこで俺は、あの二人に出会った。
 本家の娘であるあけびと、その師匠という触れ込みの「サムライ」に。

 道場から聞こえる元気な掛け声に、ふと足を止めたのが最初だった。
「えい! やあ! とおっ!」
 見ると、女の子が棒きれを振り回していた。
 前に紹介されたことがあるから、顔と名前は知っていた。
 彼女がいずれ本家を継ぐべき立場であることも。
 なのに何故、彼女は棒きれを振り回しているのだろう。
 少々デタラメではあるが、あれはどう見ても剣術の型だ。
 忍の家を継ぐ者が、どうして剣の稽古などしているのか……まあ確かに、忍だからといって忍術だけが出来れば良いというわけではないだろう。
 武芸全般に通じているに越したことはない。
 だが、あけびが「お師匠さま」と呼んでいる、あの男は何だ?
 仮にも当主の座を継ぐ者に稽古を付けるとなれば、その世界で多少は名の知れた者が当たるのが通例だろう。
 そんなことを考えながら見るともなしに眺めていると、手を休めたあけびが声をかけてきた。
「こんにちは! お兄さん……藤忠さん、ですよね!」
 物怖じしない、人懐こい笑顔。
 この子は愛されて、大切にされて、可愛がられることに慣れている……そう感じた。
 姉とは違う、その笑顔は本物だ、と。
「お兄さん、ナギナタが上手なんですよね? 先日インターハイで優勝されたと、父上から聞きました!」
 そう言ったあけびは目をキラキラさせて、鼻の穴をぷくっと膨らませていた。
 感情の起伏がわかりやすい……ものすごく、わかりやすい。
 忍としてそれはどうなんだと思わなくもないが、その時の俺には、その単純明快さが救いだった。
 と、そこに例の「お師匠さま」が割り込んで来た。
「あけび、いんたーはいとは何だ?」
「インターハイっていうのはね、えっと……優勝すると、高校生で一番強いってことなんだよ、仙寿さま!」
 なんという大雑把な説明、しかし間違ってはいない。
 そして仙寿と呼ばれた男もそれで納得したようだ。
「ほう、こいつはそれほどまでに強いのか」
 胡散臭い男が、胡散臭そうに俺を見た。
「あんた、誰だ?」
 その問いにはあけびが答えた。
「あっ、まだ紹介してなかったね!」
 あけびの紹介によれば、男の名は日暮 仙寿之介。
 聞けばあけびの父が自分の補佐役として招いたのだという。
 こんなどこの馬の骨ともわからない男を家に招き入れ、一人娘の世話までさせるとは……この家の危機管理意識は一体どうなっているのか。
「ずいぶんと古めかしい名だ、まるで時代劇だな」
「藤忠も良い勝負だと思うが」
 こいつ、言いにくいことをはっきり言いやがる。
 もっとも、俺も人のことは言えないが。
「藤忠とやら、どうだ、ひとつ手合わせをしないか?」
 仙寿がそう持ちかけてきた。
 もしかしたら、俺も仙寿の使徒候補として試されていたのかもしれない。
 仙寿は木刀、俺は練習用の木製の薙刀。
 リーチの差で、俺のほうが圧倒的に有利――な、はずだった。
 しかし、結果は惨敗。
 それはそうだろう、相手は天使で、その頃の俺はまだアウルに目覚めていなかったのだから、身体能力に差が付くのは当然だ。
 だが、そうとは知らないあけびはますます仙寿に惚れ込み、俺はと言えば悔しさに打ち震え――

 以来、俺は本家に出向くたびに二人と会うようになった。
 目的はもちろん、仙寿と勝負して一本取ること……と、二人にはそう言っていた。
 だが本当は、あの二人と過ごす時間がとても心地良かったから。
 家でも学校でも感じたことがないほど、満ち足りた気分になれたから。
 あけびは仙寿に無垢な信頼を寄せ、仙寿もあけびを大事にしていた。
 血が繋がった俺と姉よりも兄妹らしく、そして本物の家族のようだった。
 三人でいると楽しくて……でも、楽しければ楽しいほど、余計に辛かった。


 どうして、俺と姉はこんなふうになれないんだろう。
 どこで、何を間違えてしまったんだろう。


 あれは、そんな日々が暫く続いた頃だった。
 その日は姉の機嫌が悪く、俺は針のむしろに座らされた気分で、早く二人に会いに行くことだけを考えていた。
 そんな心の内を読まれたのだろうか。
 姉は簪をひとつ抽斗から取り出して、その房飾りを引きちぎり、軸をへし折った。
 これ見よがしに俺の足下に投げられたそれは、誕生日に俺が贈ったものだった。
「こんな安物を贈って寄越すなんて、私も舐められたものね」
 姉はそう言った。
「こんなもの、私はいくらでも買ってもらえるのよ? 私に取り入るつもりなら、もっと高価なものを寄越しなさいな」
 そんなつもりはなかった。
 ただ、喜ぶ顔が見たかっただけだ。
 けれど、その簪は姉の髪を飾ることはなかった――ただの一度も。

 今にして思えば、姉が「夫に買って貰った」と自慢していたものは全て、自分で買っていたのかもしれない。
 自分で言うほど、彼女は幸せではなかったのかもしれない。
 幸せでなかったからこそ、敢えて「幸せな姿」を俺に見せ付けることで、幸せだと思い込もうとしていたのかもしれない。
 だが、その時の俺はそこまで考えが及ばなかった。
 自分の気持ちに向き合うだけで精一杯だった。

 姉の部屋を辞した俺は、まっすぐ玄関に向かった。
 その日は、あの二人には会いたくなかった。
 会える気分ではなかった。
 なのに、廊下の先であけびが待っていた。
「お兄さん、見て見て! これ、仙寿さまにもらったの!」
 嬉しそうにはしゃぐその髪には、あけびの花をモチーフにした可愛らしい簪が揺れていた。
 ああ、この簪はきちんとその目的を果たしたのだ。
 こんなに喜んでもらえるなら、贈ったほうもさぞかし幸せな気分になるのだろう。
 そう思った瞬間、俺は爆発していた。

 何を言ったのか、よく覚えていない。
 強い調子で、ずいぶんと酷いことをわめき散らした気がする。
 だが、そんな俺にあけびは言ったのだ。

「お兄さん悲しいの?」

 そして俺を座らせ、頭を撫でた。
「こうするとね、悲しいことが飛んでっちゃうんだよ? ほら、痛いの痛いの飛んでけーってあるでしょ? あれと同じ」
 学ラン姿の高校生が、小学生の女の子に頭を撫でられている。
 しかも目に涙を溜めて。
 みっともない――そう思ったが、何故か動けなかった。
「前を向いてよ。元気になってよ……そうだ、良いこと考えた!」
 あけびは自分もしゃがみ込むと、俺の目をじっと見つめて言った。
「私がお兄さんのヒーローになってあげる!」
「……は?」
 なんか、間抜けな声が出た。
 しかしあけびは構わず続ける。
「私のヒーローが仙寿さまで、お兄さんのヒーローが私!」
「なんだよ、それ」
 わけがわからない。
 わからないが、嬉しかった。
 気が付けば俺は、あけびを相手に延々と話し込んでいた。
 姉のことや、家族に対する思い――

 俺の家族は、俺が思い描いた理想の家族像とはずいぶんと違っていた。
 よくあるホームドラマのように、家族はみんな仲が良くて、一緒に笑って、一緒に泣いて、たとえ一時的に仲違いしたとしても、最後には互いを思いやって一致団結し、困難に立ち向かうものだと思っていた。
 血の絆は何よりも強く、本気で憎しみあうことなど有り得ないと。
 俺はそんな理想に縛られていたのかもしれない。

「じゃあ私がお兄さんの妹になってあげる!」
 あけびは笑った。
「仙寿さまが一番上のお兄さんで、藤忠お兄さんは仙寿さまの弟……んー、なんか違うな」
 ひとりで勝手に話を進め、勝手に決める。
「うん、やっぱり友達かな! 仙寿さまはお兄さんって感じじゃないし!」
 あけびと俺が兄妹で、仙寿はその共通の友人。
 そういうことに落ち着いたらしい。
「そしたらね、私すっごく楽しいよ! ずっと笑っていられるよ!」
 そうかもしれない。
 俺は素直にそう思った。

 家族は、もっと自由で良いのだ。

 そして、あけびは俺の妹分になった。
 しかし妹ならヒーローというのはナシだろうと思ったのだが。
「ううん、藤忠さんはお兄さんだけど、お姫様だもん!」
「は?」
「だって、お姫様の生まれ変わりなんでしょ? そうだ、今度からお兄さんのこと、姫叔父って呼ぼう!」
「誰が姫だ! 俺は男だ!」
「知ってるよ? でもお姫様の生まれ変わりが男の人でも、ぜんぜんおかしくないと思うな。だって、次に生まれ変わったら逆の性別がいいなって、わりと普通に思うでしょ?」
 そう言われて、うっかり納得しかけた。
 冗談じゃない。
 不思議と嫌な気分ではなかったのも事実だが……いや、認めないぞ。
 断じて認めるものか。

 だが、俺が認めようが認めまいが、あけびは俺を姫叔父と呼んでサムライごっこに付き合わせた。
 俺は俺で、あけびに遠慮なく接して家族ごっこに付き合わせたのだから、そこはおあいこだろう。

 二人とも、そんな時間が永遠に続けば良いと願っていた。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 俺と、あけびと、仙寿。
 俺にとっては本物の家族よりも家族だった。
 三人でまた楽しく暮らしたい。

 俺の家族を取り戻したい。

「三人でいられた時間は短かったけど、中身はすごく濃かったよね」
 あの頃の俺と同じくらいの歳になった、あけびが言った。
「あの時間が、私の生きる上での指針になってるんだ。だから、仙寿様が行ってしまっても、姫叔父と離ればなれになっても、折れずに頑張ってこれたんだよ」
 時を経て再会した俺を、あけびは相変わらず守ると言ってきかなかった。
 だが俺も、仙寿に言われたのだ――「あけびを頼む」と。
 そう言われるくらいには友人だった。
 いや、親友……そう呼んでも良いだろうか。

 おい仙寿。
 いいかげんに帰って来ないと、勝手に親友認定するぞ。
 それが嫌なら……姿を見せろ。

 あけびはお前に手を差し伸べたいと言っている。

 俺は、そんなあけびを守りたい。
 周囲の友人達も守りたい。

 その為に、強くなりたい。
 強くなって、その時は――


「もう、藤姫とは呼ばせないからな……!」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc2194/不知火藤忠/男性/外見年齢17歳(当時)/学ラン高校生】
【jc1857/不知火あけび/女性/外見年齢11歳(当時)/イケメン小学生】

【NPC/日暮 仙寿之介/男性/外見年齢?歳/藤姫の名付け親?】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

せっかくシリアスだったのに、最後オチを付けずにはいられませんでした……!(仕様です(

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エリュシオン
2016年09月16日

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