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『●ゆっくり大事な一歩を 』
ヒース・R・ウォーカーka0145)&南條 真水ka2377

 麦わら帽子のツバを両手でつまみあげ、つばが作り上げる影から見上げて何度も瞬きするが、暑い日差しは変わらない。そして波打ち際で遊んでいる人の多さに、少しくらりときた。
(――ちょっとどころじゃなく、この日差しと人混み、ボクには厳しいな)
 つばから右手を放し、水色のワンピース水着を隠すTシャツの裾を目一杯下に伸ばして、少しでも日差しを防ごうとしている南條 真水はチラリと、隣にいる黒と灰色の迷彩柄サーフパンツに赤色のパーカーを着用したヒース・R・ウォーカーを見上げた。
 いつも通り気だるげで涼しい顔をしており、なんだか悔しくなって下を向き、『うっかりわざと』サンダルでヒースの素足を踏む。
「ん――大丈夫かい、真水」
 痛がったり怒ったりするそぶりも見せず、ヒースの第一声は真水がよろけたのかと思っての気遣いだった。
(これだもん……ずるいよ)
 日差しで熱くなったのだと言い聞かせ、再びツバを両手でつまんで麦わら帽子を深く被りなおす。
 真水が帽子を深く被りなおしたのには気づいたヒースだが、それの意味までは分からないでいた。というよりは小さな変化に気づけるだけの余裕まではない。
 涼しい顔を崩してはいないが、普段ほど余裕があるわけではない自分に少し戸惑っていた。
(おかしいねぇ。普段歩くのと代わらないはずなんだけど)
 こんな仕事ではあるが、恋人同士なのだから普段、一緒する事は多いわりに、今日という日は妙に照れるし緊張もしている。そんな態度は年上の見栄というか、男としてのプライドというか、とにかくそんな自分にあるとは思っていなかったモノのおかげで保つ事ができていた。
 今、真水がどんな顔をしているかまでは気が回らないけれども。
 一言も発する事がなくなってしまった真水と、そんな真水の言葉を待つヒース。波の音と誰かの楽しそうな声が、2人の間を通り抜けている。
 頬が少しばかり風のおかげで冷やされた真水が、楽しそうな声のする方へ目を向けると、きっとお互いだけにしか向けていない笑みを浮かべている男女が目についた。
(落ち着いているのは、慣れているからなんだろな)
 男の方にヒースを重ねてしまい、知らない誰かとああやって楽しそうにしていたヒースがいたのかと思うと、胸がチクリとしてシャツを握りしめてしまう。
 そして、知りたくないのに知りたいと、思ってしまった。
「……ヒースさんはこういう所、よく来てた?」
 やっと真水の口から出たセリフに口を半開きにして首を傾げてしまったが、あまり考える必要もなくその回答はすらっと出てきた。
「仕事以外で海に来た事もあるけど、恋人と一緒に来るのは初めてでねぇ。特別で大切な思い出が作れるといいね、真水」
 真水の目が少し大きく開かれ、頬が緩むのを抑えきれない。シャツを握る手の力は抜け、だらりと垂れ下げながらその空いた手をぶらぶらとさせる。
 ヒースの言葉を口の中で復唱してから、ヒースを見上げる真水の嬉しそうな目は眼鏡でわからないが、隠される事のない口元は笑っていた。
「ここに来ただけでも特別で大切だよ。だから――特別で大切で、楽しい日にしよう」
 それに「そうだねぇ」と、真水と視線を絡めながらも答えてくれる。
 目を絡ませてどれくらいの時が経っているかわからないが、真水はある事に気づいてほしくて、空いた手をさらに大きくぶらぶら動かしていた。
 でもなかなか、伝わらない。
 口に出してしまいたいが、それでも真水の余計な自制心がそれをさせず、せめてと、心の中で叫んでいた。
(南條さんの左手が、空いてますよ! お留守なんですよ!)
 我ながら甘え下手だとわかっているが、自分なんかに甘えられても困らせてしまうだけだと思っているだけに、言えない。
 だが心の叫びが届いたのか、ヒースはとうとう真水の手を握りしめた。
 手から伝わるヒースの体温が熱いと感じるのは自分が熱くなっているからだろうと、自分の頬に右手を当てて確かめ、それが事実なのだと分かるとさらに熱くなるのを感じた。
 しかし実のところ、ヒース自身も握った手から中心に熱くなっていたのだと、真水は知る由もない。
 諜報する時以上に全神経を集中させて、平静を装うヒースは手を引っ張った。
「行こうかぁ。楽しい日を作りに」


 拠点とする場所を決めてからも、なかなかシャツを脱ごうとしない真水だった。
だがヒースがパーカーを脱いで体をほぐし始めたのを見てやっと決心がついたようで、一気にシャツを脱いでワンピース姿を露わにすると、逃げるように海へ向かって走り始め――そして、転ぶ。
「大丈夫かぁ、真水」
 砂浜の上でペタンと座り直す真水はヒースが近づく前に立ち上がり、身体の砂を払いきらずに再び海へと走り出す。
 今度こそ波打ち際へと到着して――派手な水飛沫を上げて盛大に転んだ。
眼鏡が外れないように気をつけたため、倒れる身体を片手で支えようとして失敗し、無残にも頭から海の中へ。
 なんとか腕で上半身を起こし、ゆっくり、のろのろと立ち上がろうとする真水だが、なかなか両膝をついた状態から立ち上がれない。
(水着見せてがっかりされるの嫌だから、海で身体隠そうとして盛大に恥かいた……)
 物理的な怪我よりも重い怪我に、真水は顔を上げる事すらままならないが、そんな真水の前に誰かがしゃがみこんだ。
「真水、怪我でもしたかい?」
 頭を振るしかない真水へ、ヒースは両手を差し出す。差し出したはいいが、真水はその手をなかなか握ろうとしないし、顔も上げてくれない。
「……ちょっと、色々恥ずかしい――水着の事とか……」
 真水の絞り出すような声にしばらく悩むヒースだが、どうすればいいのかはわからないので、とりあえず今思っている事を伝えようとして、こっそりと深呼吸。
 それから、照れと緊張で早まる鼓動が聞こえないように願いながら、伝えた。
「真水の水着姿、可愛いよぉ」
「全然、可愛くなんかない。南條さんは知ってるよ」
「真水がどう思っていても、ボクは可愛いと思っているんだけどねぇ」
「それはフィルターという奴です」
「でもこれが、ボクにとっての事実だよぉ? それでもダメかい」
 2人そろって、耳が赤いのは日に焼けたからだと言い聞かせ、しばらくはまた沈黙があったが、とうとう真水がヒースの手を取った。
「……ダメじゃ、ない」
 波にさらわれてしまいそうな声で囁き、ヒースに手を引っ張られて立ち上がる真水は握られている両手を見て、うつむいてしまうのであった。


 真水の膝よりちょっと上くらいしかない浅い所を選び、さらに人混みを避けて少し沖の方まで歩いてから、目を閉じて潮風を鼻で感じたり、足で流れる砂の感触を楽しんだり、座り込んで身体で波の動きを感じながら喋ってみたりと、あまり動くのが得意ではない真水に合わせて海を楽しんでいた。
 ふと、真水の腕に何かが当たった。
「こんなところに、浮き輪……誰かのが流された?」
「そうだろうねぇ。向こうまで届けるかい?」
 何気ない提案に真水も何となく頷き、立ち上がろうとしてよろけてしまい、また浅瀬へ座り込んでしまった。
 もう一度立ち上がってみると、何とか立てはしたが、波の動きに合わせて身体がよろめいてしまう。
「慣れない海に南條さんの体力は、だいぶ削られてしまったみたい」
「なら、これに乗りなよォ。ボクが押して運んであげるからさぁ」
「……うん、まあ……採用、かな」
 ふらふらと少し青い顔をしながら、真水は浮き輪へ座るようにすっぽりと収まる。
今ひとつ乗り気ではない真水を不思議に思いながらも立ち上がったヒースは少し緊張した面持ちで真水の肩に手を置き、押し始めた――


「大丈夫、じゃなさそうだねぇ。飲み物、買ってこようかぁ?」
「……お願いしておく」
 浮き輪で酔ってしまった真水は日陰で横になっていて、気を使ってヒースが飲み物を買いに行ってくれた――が、帰ってこないうちに真水の酔いもだいぶマシになってしまった。
「……迎えに行こうかな」
 ヒースを捜しに歩き始めたが、見つけるなりその顔は不機嫌そのものへと変わっていく。
 飲み物を持たないヒースの前には、ヒースよりもちょっとだけ年上で、ただ立っているだけでも色気が溢れている女性数名がいた。
「悪いけどもう相手がいるんでね、ボクには」
「えー、どんな子? 君と釣りあうような子ならまだいいけどぉ、あたしのが絶対いいと思うなぁ」
 そんなやり取りを耳にしながらも、わざわざヒースに気づかれないよう後ろへ回り込み、そして背後から「わーさすがヒースさんモテモテですねー」と棒読みで告げた。
「ん、南條さんよりもそっちの人の方が楽しそうだよ。だから、うん、そういうことで」
 そんな事を言って踵を返し、その場を足早に去っていく。
 すぐにヒースが追いかけようとすると、その手が掴まれる。
「彼女さんもああ言ってくれたんなら、あたし達と――」
「いや、ゴメンね。あんたらみたいなのに、興味ないんだよぉ。それに……」
 冷ややかな目を向け、手を振りほどく。
「こう見えてボクは一途なんだよ」


「……真水?」
 岩場まで逃げてきた真水の背に恐る恐る声をかけるが、振り返りもしない。
「あっちは美人さんぞろいだったのに、なんでこっち来たの」
「ボクには真水がいるからさぁ――どうしたのかなぁ、真水」
「別に。ちょっぴり嫉妬してたりなんてしませんよーだ」
 拗ねているのが背中でもわかってしまったヒースは、これこそどうしたものかと思っていたが、どうしようもできないでいた。
「ヒースさんはカッコイイわけで、可愛くない南條さんなんかよりも――!」
 足元でかさりと蠢く海の定番である脚の長い生き物に真水は飛び跳ね、慌てて逃げた拍子にヒースに抱きついてしまっていた。
 抱きついてしまってから一瞬だけ冷静に戻った真水だったが、頭の血が瞬間沸騰されて目がぐるぐると回ってしまう。
「ボ、ボ、ボクは昆虫が、嫌い、で……!」
 あまりにも混乱しすぎて素に戻り、まわした腕を緩める事すら忘れてしまっている真水。
 ヒースは足で真水を怖がらせているソレを追い払い、さっき以上に緊張で震える手で真水を抱き――しめず、両肩に置いた。
「追い払ったから、安心しなよぉ」
「それは、もう、いいって言うか……」
 拗ねていたのも忘れ、縮こまっている真水が可愛くて、ヒースは抱きしめたい衝動に駆られるが、抑えつけてしまう。
そして惜しい惜しいと思いながらも、年上の余裕を見せて優しく真水を引き離した。
「特別で大切で、楽しい日は、まだ終わってないよ。だから、もどろうかぁ」
「……ん」
 頷く真水の手を引き、歩こうとするヒースだが、足を止めて振り返った。
「真水には、ボクがずっとついてるから。これからもねぇ」
「ん……よろしくね、ヒースさん」
 まだ少しぎこちないが、はにかむ2人。そして2人はゆっくりとだが、一緒に一歩を踏み出すのであった。
 特別で、大切な一歩を――




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0145 / ヒース・R・ウォーカー / 男 / 23 / 隠れヘタレ】
【ka2377 / 南條 真水 / 女 / 18 / とっても可愛い】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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まずは期限ぎりぎりまでかかってしまい、すみません。この度のご発注、ありがとうございました。
Fに関わっていない自分への発注が不思議でしたが、元CのMSとしてPCさんの名前にピンと来るものはありました。それが正解かはわかりませんので、この話はこれまでにしておきます。
ちょっと見栄を張る年上彼氏に、自分に自信がない彼女のカップルは色々思いつくので書いているうちに文字数が結構超過したのですが、それでもまだ書き足りないくらいでした。そのため最後がちょっと物足りない感で終わってしまい、申し訳ありません。こちらで満足頂けたら、嬉しい限りです。
それではまたのご発注、お待ちしております。
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
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2016年09月20日

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