▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『星月夜 』
紅 鬼姫ja0444


 姫のように美しく。
 鬼のように恐ろしく。
 紅の血に染まり続ける。



 首狩り、というのが一族の名前だった。
 歴史の、社会の、文明の裏側で脈々と受け継がれてきた暗殺者の血脈である。
 道徳を、倫理を、常識を。人間に備わっている社会性という機能を殺し、ただ人殺しに特化し続ける。
 それが当然であり、それが誇りであり、それが役割である。
 そういう風に、続いてきた。

 けれども、現代に入って人間は加速度的に発展していく。
 人間の加速は等しく訪れ、毎日のようにどこかで何かがブレイクスルー。
 それは歴史の裏側も例外ではなく。
 それは世界の裏側からもたらされた。


 ――妊婦が悪魔に拐かされた。
 進歩していくオカルトの概念に、血塗られた運命もまた飲み込まれる。



 妊婦は無事に取り戻された。しかし単身立ち向かった夫が犠牲になり、しかも悲劇はそれで終わらない。

 産み落とされた子供は、どういう影響を受けたのか、半分が悪魔で出来ていた。
 闇の一族は血脈を尊ぶ。故に半妖などただの汚点である。
 さらに都合の悪いことに、双子で生まれた弟は病弱であった。これもまた使いものにならない。

 しかし、間引くには少々余裕がなさ過ぎた。
 後継者の不足、実力者の衰退。俗な言葉で言えば過疎である。
 一族は、折衷案を採らざるを得なかった。

 当主の影として、使い捨ての駒として。こんなものは一族ではなく、ただの道具に過ぎないと認識をすり替える。
 駒は、鬼姫と名付けられた。
 だからどうということもなかった。



 殺す。殺す。殺す。
 呼吸をするように殺す。
 駒に殺人以外の知識は必要無く、駒に愛情を注ぐような酔狂はいない。
 一切の疑問を差し挟む余地はなく、駒は人を殺し続ける。
 従順に、冷徹に、あるいは機械的に。
 人間性を殺し続ける。

 だからといって、身体の成長だけはどうしようもなかった。

 駒は女の身体を持っていた。当主は男性であり、育てば育つほどに影としての機能を亡くしていく。
 駒はそれはもう華やかな女性として肉体が出来上がってしまい、いよいよもって矯正不可能となる。
 そうして目を逸らすのにも限界が来た頃に。

 致命的な破滅が、またも悪魔からもたらされた。



 まんてんのほしぞら。
 しろくきらめくほしのうみ。
 ここからはほしがよくみえる。
 ききにはただのこまだけど、どうしてだかむねがざわめく。

 ばさり。

 まんてんのほしぞらが、ちょっとかけた。

「なんだお前。そんなところで寝ていたら、悪魔に喰われて死んじまうぞ」
 くろいつばさのナニカがそこにいた。



 駒が、狂った。



 駒は、駒であることを放棄し始めた。
 自身の身なりを気にするようになった。
 自身の趣味趣向を模索し始めた。
 自身を鬼姫と呼ぶようになった。

 鬼姫に、自我が芽生えてしまった。
 けれども十数年もの間、機械仕掛けとして抑圧されてきた精神である。人間性を急速に注いだら、器に揺り返しが来るのは当然である。
 脱水症状に無理矢理水を飲ませたら中毒するように。
 ちぐはぐな精神性が、肉体にもフィードバックされる。
 焼け付くような腹部の痛みに、鬼姫は殺人を失敗した。臓器の機能不全へ至るのはそう遠くない先の話である。
 けれども、その痛みすら愛おしかった。
 狂いそうなくらいに。



 満天の星空。

 いつまで経っても名乗らない悪魔を、鬼姫は黒羽と呼ぶことにした。
 理由は単純で、彼の黒い翼があまりにも印象的だったから。
 鬼姫だって鬼のような姫なのだから、似たようなものだろう。

 月も隠れてしまって、空は星の海で溢れている。
「なんていうか、掴めそうだな。星」
 とても無邪気な笑顔で、彼が笑った。

 それが鬼姫の原風景。
 生まれて初めて愛をもらった、心に焼き付いて離れない記憶。



 最後の夜の話。

 鬼姫の母と呼ばれる人物は、鬼姫の目を見つめて言った。
 お前は一族の駒なのよ。お前はアレに誑かされているだけ。悪魔の呪いを断ち切って、あるべき姿へ戻りなさい。

 身体に染みついた一族の宿命が、黒羽を殺しに向かっていく。
 精神に生まれた人の心が、それは嫌だとわめき立てる。

 もうどうにもならなくて、鬼姫は黒羽に懇願した。
 もう嫌だ。もう終わりにしてほしい。こんな役立たずは、あなたの手で廃棄して欲しい。

 答える代わりに、黒羽は、その象徴である羽をはためかせた。


 真円の月が輝く夜だった。
 赤く染まった月が、赤い血だまりを照らし出す。

 何のことはない。
 所詮はただの人間に、悪魔は絶対に倒せないというだけのこと。
 積み重ねた歴史も技術も、その前提条件の前には無力だということ。
 たったそれだけの、残酷な現実。

 どうして、と鬼姫は呟いた。
「言わせるなよ」と黒羽は答えた。
 そして悪魔の殺意が、鬼姫を貫いた。

 染みついた反射が、両腕を振るわせる。
 その首を刈り取らんと教え込まれた肉体に、未熟な精神が間に合わなかった。
 それを、黒羽は受け止めた。

「それが、お前の愛なんだろ」
 黒羽の身体が散っていく。黒い羽となって散っていく。
「これで、俺の再愛は、お前のもんだ」
 とても幸せそうに、笑いながら、消えていく。

 消える前に、その唇に口づける。これしか知らない、今の鬼姫に出来る、唯一の真っ当な愛情表現。
 はらはら、はらはら。
 流れる涙と共に、彼は夜空に散っていった。



 紅に手を染め続け。
 鬼として育った身体を引きずり。
 姫のようにありたいと願った。

 そんな、恋物語。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja0444 / 紅 鬼姫 / 女 / 16 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 ご発注ありがとうございました。
 色々試行錯誤した末の紅さんのラブストーリーです。やはり恋愛系は難しいですね。
 またご縁がありましたらよろしくお願い致します。
WTシングルノベル この商品を注文する
むらさきぐりこ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年09月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.