▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 約束がため 』
泉 杏樹aa0045)&宮ヶ匁 蛍丸aa2951


 鹿威しの音が響く。
 マヨヒガ、と呼ばれる旧い日本家屋の道場で、黒金 蛍丸(aa2951)は泉 杏樹(aa0045)を相手に訓練用として道場に備わっている格闘具を振るっていた。
 片や運動音痴の少女。片や古武術流派「九十九」の若き継承者 。その時点で、訓練とは言え、結果は見えているようなものだが、杏樹は可憐な容貌に汗を玉と散らしながら、見掛けによらぬ根気を以て扇で槍を受け止める。日本舞踊さながらの、そのものの護り手に、しかし蛍丸が見惚れてしまう事はない。これは舞いの稽古ではない。戦いの訓練。遊びでもない。訓練とは言え双方その面立ちは真剣だ。雅やかな舞を柄の側面で受け止めて、蛍丸は普段の優し気な相貌には見合わぬ鋭さで撃を飛ばす。無垢板を叩く二人の足音の間を縫って、再び鹿威しの音が鳴り響く。


「どなたか僕と戦闘訓練していただけませんか?」
 蛍丸の放った声は存外大きく響いた気がした。蛍丸としてはそれ程声を張ったつもりはないのだが、その後に続いた静寂があまりにシンと耳に痛かったからかもしれない。人見知りで優しすぎ。遠慮して気を使いすぎ。気弱な……そんな性格の少年が、仲間達の会話を止めてしまった事に耐えきれるはずもない。「あの、やっぱり、いいです……」と視線を床に落とした瞬間、おっとりとした少女の声が蛍丸の耳を打った。
「杏樹で、よければ、お役立ち、する、です」
 蛍丸は顔を上げ、自分を見つめる気弱そうな少女の紫の瞳を見た。その瞳がじっと自分を見つめている、と意識した瞬間、蛍丸の顔が一気にぼっと朱に染まった。杏樹とはもう付き合いが長い。どころか田舎から出てきて初めて同年代で仲良くなった少女でもある。それでもまだ敬語も抜けず、こうして上がってしまう事があるのは、蛍丸の生来の性質と、
 それと
「すみません、杏樹さん。ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
 蛍丸はそっと感情を殺し、杏樹へぺこりと頭を下げた。そして仲間達の元を離れ、二人で古い杉板を蹴って訓練に精を出している。蛍丸から申し出て、杏樹が受けてくれたとは言え、武芸の腕は蛍丸が上。故に杏樹が怪我をしないようにと、初めは防御しやすい組み手から行い徐々に難度を上げている。蛍丸が得物を繰り出せば杏樹が扇で受け止める。杏樹が一手を差し出せば、蛍丸はわずかな動作でするりとそれを受け流す。と、蛍丸の黒い瞳に杏樹の女性の膨らみが映り、鋭かった眦が一瞬にして丸みを帯びた。決してわざとなどではない。むしろ胸が大きいのが悩みだと以前より杏樹より聞かされていて、失礼になるといけないと気を付けていたぐらいなのだ。しかしそこは年頃の男子。蛍丸は一度気を落ち着けるためにと床を蹴って距離を取り、そこで杏樹の肩が大きく上下している事に気が付いた。その目はまだ蛍丸の一挙一投足を捉えているが、顔も赤い。息も荒い。汗の量も少なくない。蛍丸は訓練具を下ろし、内心の動揺を抑えた後杏樹へと口を開く。
「杏樹さん、ちょっと、休みましょうか」
「え、でも」
「休息を取るのも訓練には大事なことですから。僕も少し喉が渇きましたので、ね」
 蛍丸が目元を緩めると、杏樹は扇を畳みながらこくりと頷きを返してくれた。可憐な容貌と、お嬢様らしいおっとりとした立ち振る舞いとは裏腹に、杏樹には努力家で頑固という一面がある。以前桁違いの努力と根気の末に過労で倒れた事もあるため、蛍丸が気を配るのは当然の事と言える。とは言っても蛍丸もその優しさと信念故に自分の身を省みず、度々仲間に心労を掛ける事があるのだが。
「訓練に付き合ってくださってありがとうございます」
 杏樹に入れてもらった茶を受け取りながら蛍丸は頭を下げた。自分の湯呑みを白い指に抱えながら、杏樹は他意のない眼差しを蛍丸へと向ける。
「蛍丸さん、杏樹の事、信用して、お誘いくださったのですね。嬉しいの」
 そうにこりと微笑まれ、蛍丸は武人の顔は何処へやらてれてれと頭を掻いた。家柄や背負うものがどうであれ、その姿は16歳の純情な少年のそれである。
「もう少し組み手をしたら今日は終わりにしましょうか。その前に疲れてしまったら遠慮なく言って下さいね」
 お茶、ごちそうさまでしたと蛍丸は湯呑みを盆へと置き、代わりに少し重みの足りぬ槍の柄を握り締めた。杏樹も汗を拭い終え、再び扇を開き構えて蛍丸と対峙する。
「行きますよ!」
 言うや蛍丸は鋭く槍を突き出した。杏樹はそれを扇の面で受け流したが、先程のそれとは速さも重さも増している。技量の劣る自分が怪我をしないように調整してくれていたのだと、その気遣いに杏樹は一撃を以て応える。
(訓練……だから、真剣に……手を抜いたら、だめ、です。
 でも……蛍丸さんを、怪我させたくないの)
 自分を訓練相手に選んでくれた蛍丸の信に応えたい、けれど生来の優しさ故に今一歩が踏み出せない。そんな杏樹を叱咤するように蛍丸の勢いが増す。そのきりりと上がった眉尻が、自分を正面から見据える強く凛とした眼差しが、一瞬杏樹の意識を奪った。元より純粋無垢な杏樹のこと、天然たらしとも称された気質で思わず口を開いてしまう。
「いつも穏やかな、蛍丸さん。闘う顔は、凛々しいですね。素敵なの」
「え?」
 それを耳にした瞬間、引き締まった蛍丸の表情が耳まで朱く染まりきり、さらに次の瞬間には杏樹の前から姿を消した。と思ったのは錯覚で、すぐさまドタンという重い音が道場中に鳴り響く。
「だ、大丈夫……です?」
「すいません……びっくりしてしまって……」
 すっかり普段の調子を戻した蛍丸は困ったように頭を掻いた。不意打ちとは言え動揺して足を滑らすなど……鍛錬が足りないなと立ち上がろうとしたその時、足に痛みが走り思わずその場に膝をつく。
「蛍丸さん、怪我……」
「ちょっと打っただけですよ。心配しなくて大丈夫です」
 泣きそうに顔を歪める杏樹に蛍丸は慌てて両手を振った。万一ここで杏樹に泣かれたらどうすればいいのか分からない。蛍丸は安心させようと懸命に笑みを浮かべ、少しだけ照れを滲ませながら杏樹へと頼みを告げる。
「もし良ければ今日はこの辺にして、またお茶を入れてくれませんか? 僕、杏樹さんの入れてくれたお茶、好きですから……」
 

 蛍丸はかつて杏樹を意識していた事がある。同年代で仲良くなった女の子、初対面から親近感を抱いた友人、以上の存在として。
 しかし杏樹の方では蛍丸の事を「お互い理解し合えて、一緒だと落ち着く」「いつも頑張っていて、男性としてもとても頼もしい」「大切で大好きな、友達」といった風に思っており、蛍丸の方でも契約している英雄が自分に好意を持っていると知りながら、他の女の子に好意を持つのは、と後ろめたさを抱え込んだ。
 以降、二人は似た者同士の、一緒にいて心安らぐ、理解し心から信頼し合う「大切な友達」なのである。
「蛍丸さん、本当にごめんなさい……」
 眉根を下げる杏樹の姿に蛍丸は両手を振った。本当に大した怪我ではないし、そうでなくても女の子に泣きそうな顔をされるのは蛍丸の本意ではない。
「本当にちょっと打っただけなので、大丈夫ですよ。杏樹さんこそお怪我は……」
「杏樹は、大丈夫なの……」
「なら良かったです。……ほら、一緒に庭を見ましょう。今日も変わらず綺麗ですよ」
 蛍丸は気を逸らすように縁側に杏樹と腰掛けた。桜、夏みかん、松、紅葉、金柑などが植えられる庭は、季節折々の美しさを見る者に与えてくれる。
 
 晴天だった。
 青い空に薄紅色のコントラストが美しかった春の日に、蛍丸と杏樹は湯呑みと茶菓子を供にしながら、満開の花見日和を藤の茶室で楽しんでいた。
 遮るものが何もない陽光を浴びながら、しかし二人の未だ幼い胸の内は複雑だった。あと数日の内に大規模な戦いがある。同じ部隊に所属する戦友でもある二人が、共に無事な姿で帰れるという保証はない。
『お互い無事に帰ってきましょう』
 蛍丸はそう言った。先にあるのは危険を孕む戦の舞台だとしても、互いにその約束を胸に必ずここに帰ってこよう。杏樹は頷き、大切な『生還の約束』を果たすためにも二人は武器を振るい続けた。
 二人は無事に帰還した。約束は果たされた。しかし戦いは終わらない。また始まる。まだ続く。そして二人は戦いに赴き手にした武器を振るい続ける。
 『生還の約束』を守るため。
「また、杏樹を、訓練に誘ってください、ね?」
 杏樹の声は蛍丸を桜の日から引き戻した。上目遣いに自分を見上げる大きな紫色の瞳は、見る者に庇護欲を抱かせる愛らしさを秘めている。
 しかし蛍丸は知っている。この少女の芯の強さを。今も抱えている。似た者同士の友人と交わした大切な約束を。優し過ぎる蛍丸は、優し過ぎる友が傷付く姿を見たくないと思いながらも、それでも共に強くなるため、約束を果たし続けるため、花を照らす陽光のような柔らかい笑みで頷いた。
「はい」
 
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【泉 杏樹(aa0045)/ 女 / 16 / 能力者】
【黒金 蛍丸(aa2951)/ 男 / 16 / 能力者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 こんにちは、雪虫です。この度はご指名頂き誠にありがとうございました。
 口調等不備がありましたら、お手数ですがリテイクをお願い致します。
 お二人の今後のご活躍を心より応援致しております。
WTツインノベル この商品を注文する
雪虫 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年09月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.