『廃旅館にて〜怪奇探偵に呼ばれてみれば 』

来生・十四郎（0883）＆草間・武彦（NPCA001）

　その日。
　来生十四郎は――自分の担当と割り当てられている枠の記事原稿作成に追われていた。
　…いや、わざわざ「その日」、と改まるような話でも無い――つまりは今に始まった事では無い。単にいつも通りの生活を送っていると言うだけの事である――あるが、十四郎にとっては日々生活する中でそれが一番重要な事でもある。政界ゴシップに芸能スキャンダル、風俗にサブカル等々最早ジャンルは不問、下らなくも挑発的、時に猥雑、時に刺激的で――信憑性など何処へやら、売れさえすればすべてよし。そんなある意味「何でもあり」が許される週刊誌の記者と言う仕事は正直天職だと思っている――と言うか、そこで書く事こそが己の存在価値とも信じている。…ジャーナリスト魂なんぞと気取るつもりは毛程も無い。ダニみたいにターゲットに集り付くくらいの慎ましさでうちの雑誌はちょうどいい――と、それはさて置き。

　とにかく、その日。
　…いつも通りに原稿に追われている中、唐突にＳＯＳの電話が掛かって来た。反射的に、ああン？　と恫喝めいた凄む声が電話口での返答第一声になってしまったが――相手が相手だ別に構いやしない。どうせ相手も気にしない――それより、本題。
　電話の相手は探偵の草間武彦。曰く、助けてくれないか、と結構切羽詰まった様子。そんな声を電話口で聞いてしまった時点で十四郎は盛大に舌打ち。…目の前には大事な仕事。だが聞いてしまった以上はこのＳＯＳを無視して記事を書き続けると言う選択肢も十四郎の中には無い――取り敢えず、今何処に居やがる、と探偵が今居る場所を聞く。…場所の名前を聞いた時点で、殆ど自動的に「その場所」の情報は頭の中から引っ張り出せていた。

　わざわざ具体的な所番地まで挙げる気にもならないが――要するに探偵の言うその場所は一応東京都下になる木造の廃旅館。周囲は無人、雰囲気がそれっぽいとかで噂に適当な尾ひれが付いて心霊スポット扱いされている物件になる。
　そんな場所にほいほい行くような輩はまず廃墟マニアか肝試し狙いか三流以下の心霊雑誌系売文家と言ったところだろう。…つまり無節操かつ下世話な情報満載のキワモノ弱小雑誌こと五流雑誌「週刊民衆」の記者兼カメラマンである十四郎も、以前、記事の穴埋めに使えそうな心霊スポットの類を探した事があり――その過程で、掠る程度に上辺だけなら今回探偵が居ると言う「そこ」の事も軽く調べた事はあった。
　が同時に、特に旨味のあるネタは無いとバッサリ切り捨てて終わった場所でもあった――ロケーション的に何かの折に心霊系のネタを捏造して記事に使う事も出来るかとは考えたが、精々でその程度。特に急ぎで使う程のネタは無い場所だった。…むしろその時書こうとしていた記事にはもっと「向き」なネタが別件で幾つか出て来たので、この廃旅館についてはまともに調べる前に完全に却下になっていた――つまり、今となっては普通なら忘却の彼方になっていて当たり前だろうクズ情報でもある。
　だからまぁ、十四郎としては場所の名前を聞いた時点で根掘り葉掘り聞かずとも探偵が何処に居るかが即わかったとも言うのだが。…頭の中から必要な記憶を必要な時に即決引き摺り出せるのは十四郎の得意技である。例えそれがどんなに些細なクズ情報であったとしても、十四郎はまず忘れない。
　ので、わかった今から行く、とだけ返して通話を切り、すぐに出向く事にした。余計な事を話している時間も勿体無い。…助けてくれと言うならとっとと何とか片付けて、早く自分の仕事に戻りたい。

　まぁそんなこんなで、自分の車を出して――ＳＯＳを出して来た草間武彦の元に向かう事自体は、十四郎にとって別に難しい行動では無い。
　無いのだが…果たして何があったのか。そんな場所にほいほい行くような輩として先程は挙げなかったが、怪奇探偵と二つ名が付く探偵の草間武彦もまた「そういった場所」に「行かされる」可能性がある一人ではあるだろう。だがそれで結局外部へと助けを呼ばなければならないような羽目に陥るとは――何か厄介な事に巻き込まれている可能性が高い、と容易く想像も出来る。

　とは言え。

　………………それでわざわざ仕事中の俺を選んで巻き込むってなどういう了見だ？　え？

■

　当の廃旅館への到着時点で、予想以上の「らしい」雰囲気っぷりに軽く感動するが今は結構どうでもいい。

　…何にしても、この「場所」を知っているとは言ってもきちんと調べる前の情報の上でだけだったので、直に現地に来るのは十四郎も初めてになる。だからこそのそんな感想。
　見たところ、広さも部屋数もそこそこの規模。きちんと手入れがされてさえいれば時代物の旅館らしい風情があるいい旅館だったろうが――打ち棄てられている以上当然ながら手入れなどする者も無く、荒れ果てて色々台無しになっているところが却って「らしい」雰囲気を醸し出してしまっている。建物の前にある庭園もまた荒れ果てており、あちこち伸び放題になっているくねる枝葉や枯れ尾花がまた何とも言えない。果てはそこから、先がはっきりしない獣道に続いてさえいる。
　これで幽霊の一人や二人がぼうっと出て来たらむしろ出来過ぎの気さえする。…となるとこれはまた何かの穴埋め記事でも必要になった時にいい心霊記事が捏造し易そうか、と俄かに頭が仕事の方に行き、十四郎の頭の中でクズ情報と分類されていたこの廃旅館の情報の重要度がほんの少しだけ上がる。…と言うかそもそもこの草間のＳＯＳ自体がこの場所に「実は何かある」と言う証左かもしれないが。まぁ今はどうでもいい。仕事の事を考えるならそれより今現在作成中の記事の方が優先だ。

　ともあれ、草間武彦は廃旅館の建物内に居るそうなので、まずは行って合流するのが最優先事項になる。玄関口から中に入って一階ホール――捜すまでも無くすぐに当の草間武彦が何故か座り込んでいるのが見えた。…特段厄介事に巻き込まれている様子も無い。ただ、動かない――少し遅れて、十四郎が来た事に気付いた様子を見せる。十四郎の方ではまだ何も言ってはいないが、草間はそれだけで何故か少し気圧されたような貌になっている――俺の目付きが非常に凶悪なのは元々で草間も重々承知、今更それだけでビビる訳も無い。
　つまり。仕事中の俺をいきなり呼び付けた事に一応は引け目がある訳だ。…本当に緊急なら今この場でそんな引け目を感じる余裕すらまず無いんじゃないかと思うんだが？　思いながらも十四郎はそのまま草間に近付く――それでも草間は立ち上がってこちらを迎えようと言う様子が無い。やや引っ掛かりを覚えるが――来てくれたか、と口でだけはきちんと迎えて来る。
　取り敢えず、十四郎としては返したい言葉はただ一つ。

「説明しろ」

　にこやかに凄んでその一言。…それだけでこちらが今どんな気分かは伝わるだろう。訊きたい事もまたそれで済む合理的な一言でもある。言った時点で、また、草間が気圧されたように口籠る――軽く仰け反ってもいるようだったが、十四郎にしてみればそれでどうと言う事も無い。ただ、暫し間が開く――どうやらこの期に及んで話すのを渋っている、らしい。

「…何だ、聞こえなかったか？」
「…いや、あのな」
「聞こえてんならとっとと説明しろ」
「…。…ああ。言い難いんだが…ちょっとした調査の依頼…があってな。断りたかったんだが…」
「…この廃旅館は心霊スポット扱いされてたな。その噂についてか？」
「そう言えば、知ってたんだったな」
「上っ面だけはな。俺の方ではまともに調べる前に却下になったクズ案件だ」
「ああ、お前のところでもそうなるか。…確かに特に事件があった訳でも無い。三十年前に不景気の為に倒産して廃屋になっただけの物件だからな」
「そこをわざわざ調べるたァ物好きな話だな」
「生活の為だ。誰が好きで心霊話なんぞに首を突っ込むか」
「いちいちそこ拘るな面倒臭え。んなこた怪奇探偵にゃいつものこったろうが。…で、どうした」
「…それがな」

　事の発端は、この廃旅館の――元旅館経営者の親戚、を名乗る男からの依頼だったらしい。旅館再建前に念の為、内密で噂の真偽の調査を頼みたい、との話をされたのだとか。要するにここでも怪奇探偵の二つ名が響いたと言う事らしいのだが――真偽と言われても、当然ながら性能的に一般人な上、その手の趣味嗜好も持ち合わせていない草間単独では「そんな事」の判別を付けるには心許無い。そこで、心霊に詳しい――と言うより本人が幽霊な十四郎の兄に連絡して協力を仰ぐ事にしたのだと言う。
　…その時点で十四郎は軽く引っかかりを覚えはするがまぁ、まだ口は挟まない。ただ取り敢えず今はっきり言える事は、この場に居るのは草間だけで、兄の姿は見えない、と言う事なのだが。

　話の続きを聞く。

　兄の方でも協力を断らなかったらしく、草間は十四郎の兄と二人で現地の廃旅館――つまりここに来た。そして一緒に噂の多い二階を調査していたと言うのだが、調査中に兄の姿を見失い――捜している最中に床が崩落して階下に落下、その際に腰を打ち、動けなくなった、らしい。
　で、そもそも現在管理者不在で立入許可も無い為に救急車も呼べず、また十四郎の声を聞けば兄も出て来るだろうと思い、急遽連絡したと言う。





　…。





　…言いたい事は多々あるが、取り敢えず。

「兄貴やてめぇが何しようと勝手だがよ。仕　事　の　邪　魔　す　ん　な　？」

　つまりは予期せぬ厄介な怪奇現象が起きた訳でも何でも無く、ただの兄貴の「極度の方向音痴」と草間の迂闊さの尻拭いと来た。…何やらこめかみがひくついた気さえする。
　これは怒るなと言う方が無理だ。
　が、それはそれ。十四郎は腰を屈めて草間の腕を取り、自分の肩に回させて何とか立ち上がらせる。その時点で痛みにか草間が軽く息を詰めるのがわかったが、そのくらい我慢しろ、と思い無視。そしてそのまま草間を連れて建物の外へと向かう――向かおうとしたところで。
　おい、と焦ったような草間の声がした。が、それも無視して今度こそ外にまで――乗って来た車にまで連れて行き、草間を助手席に放り込むと十四郎は運転席に回る。
　そうしたら、今度こそ無視するなとでも言いたげに草間からぐいと腕を掴まれた。ついまた、ンっだよ？　と凄んでしまうが――あいつはどうする気なんだとすぐに問われて、ああ、と思う。…兄の事。
　が。…そんな事は言われるまでもない。

「生きてる奴が先だ。旅館の調査は俺と兄貴でやるから、お前は医者への言い訳でも考えとけ。それと、今回の依頼内容と依頼主の男について、男の身元調査の結果も含めて教えてくれ」

　余計な仕事を自分から買って出る事にもなってしまうがここはもう仕方が無い。…また自分本来のやるべき仕事が遅れる。怒りと言うか苛立ちがそのまま運転に出る――草間がちょっと待て落ち着けとか何とか悲鳴混じりに隣で言ってもいるが、そんなどうでもいい話は聞く気は無い。事故らなきゃ問題無えだろ俺の車だお前に気を遣う気は無い――余計な話はいいから、こちらの訊いている事に答えろ。思いながらも一路、病院へと向かう。

　…病院へと向かう車内で草間から聞かされた内容は、随分と胡乱なものだった。直接名刺を手渡され、旅館経営者の親類だと言うその男から直に依頼を受けはしたものの――男の存在それ自体、それと名刺の内容、即ち男が勤めていると言う会社の存在を確かめた以上はまだ特に詳しい調査は行っていないと言う。
　つまりは男の「旅館経営者の親類」と言う話すら真偽不明と言う事で――そもそも旅館再建前に念の為、噂の真偽について調査をと言う時点で、少し話がおかしくもある。そんな話が前提として出ているならば、幾ら内密にとは言え、何かしら他の理屈を付ける形ででも地権者や管理者に話の一つや二つ通してからにするのが筋だろうし、それが出来ない訳も無い。なのに管理者不在で立入許可を取れないまま調査せざるを得ない状況となれば――その時点で話の大元が非常に胡散臭い。
　それは草間も薄々感じてはいたようだが、名刺の内容が確かだった事や払いの良かった報酬の面、味方に本物の幽霊が居ると言うアドバンテージ（？）諸々もあった事で、建前として一通り実地調査をするだけすれば――それで済むだろう、と軽く考えていたようでもある。

　要するに内容として適当に済ませて構わない依頼でもあるらしいが、それでもそれなりの時間はかかる。
　ったく。次は兄貴か。

　…いいかげん、とっととケリ付けて仕事に戻りたいんだが。

PCシチュエーションノベル（シングル）

深海残月

東京怪談

2016年09月21日