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『やがて月の花 』
ガルー・A・Aaa0076hero001)&オリヴィエ・オドランaa0068hero001

 きっかけは、夕飯の食材を買うついでに立ち寄った、商店街の一角の事。
 真っ赤な回転抽選器――俗にガラポンなどとも呼ばれる八角形の木箱が、がらんがらんとくるくると、何度も何度も回る、回る。
 やがてごとりと、妙に重たげな音を立てて受け皿に落ちたのは。
『おお?』
 黄金色をした、小さな球だった。
 ガルー・A・Aがそれをつまみ上げ、髪に隠れていない方の目でしげしげと眺めていると。
「お――大当たりー!!」
『へ?』
 ぽかんとするガルーの目の前で、商工会の男性がろろんろろんと鐘を鳴らす。
 なんでも、“一泊温泉旅行ペアご招待”が当たったのだという。
『へぇ、こいつは儲けたな』
 言ってみれば、鮮魚店だかで釣りと一緒に貰った紙切れが、旅行券に化けたわけだ。
 ちょうど仕事も入れていなかったし、骨休めをするにはいい機会かも知れない。
 早速相棒に――気を好くして親指で弾いた月にも似た黄金はしかし夕日に染まり、俄かに金木犀の色となった。
『……いや、せっかくだ』
 だから、ガルーは赤く照らされたままのそれを、宙で掴み取った。

 * * *

 そうしたわけで、オリヴィエ・オドランは今、露天風呂の湯船に浸かっていた。
『……』
『好い湯だねぇ、ここで一杯やりたくなる』
 無論、隣では彼を誘い出した張本人が、大いにくつろいでいる。
 そこは海に面した日当たりの良い場所で、ちょうど西日が差すものだから二人を取り巻く湯煙までが赤く染まり、ちょっとした異界に迷い込んだみたいだった。
 たまたま入浴時間がずれたのか、他の客はいない。
 半ば貸切状態なのは、オリヴィエにとって幸いな事だ。
 心からゆっくりできるから。
『……昼間』
『んー?』
『なにか……沢山買い込んでたな』
 気が緩むと、ひとは口を動かすもの――らしい。
 すぐ傍でだらんと肘を突くガルーに、それとなく気に留めていた事を切り出してみた。
 だからどうというのでもなく。
『あー、まぁな』
 分かっている。
 こんな時、彼の気前が良いのも、誰へ向けられたものなのかも、全部。
 『お前さんの思ったとおりだぜ、多分なリーヴィ』
『……』
 愛称で呼ばれた事への胸の高鳴り。
 見透かすようにしてうやむやにされた事への微かな苛立ち。
 ふたつがない交ぜになって、オリヴィエは再び押し黙った。
 煙ならぬ湯煙に巻かれた心地だ。
 ――そういえば。
 昼間、観光にとあちこち歩き回った折も、ことあるごとにガルーは“リーヴィ”を連呼した。
 いい加減耳には馴染んだものの、気持ちの上ではそれほどでもない。
 どこかくすぐったくて、でもそれは決して不快なものではなくて。
 そも、この夏に入って以来ずっと呼ばれ続けてはいたが、一日を通じてこれほどの頻度となると珍しいのではないか。
 ――ふたりきりだから、か。
 オリヴィエが知る限りこの世で最も馴れ馴れしい自身のパートナーですら、愛称は用いない。
 もっとも、あちらの場合、名付け親だからという事もあるのか―ー。
『リーヴィ』
 などと口まで湯船に沈めて考えていると、また呼ばれた。
『楽しんでるか?』
 鷹揚で、気安くて、落ち着いていて、きっと親しみのこもった声音で、そう尋ねてきた。
『…………“お前さんの思ったとおりだぜ、多分な”』
 口真似も似せた発音もなく、オリヴィエは、ただ同じ言葉をなぞって返してやった。
 さっきの応えを、少しだけ根に持っていたから。
 本当は色々と見て回るのは面白いし、温泉だって好きだ。
 なにより、今は。
 楽しいに決まっている。
『…………』
『…………』
 オリヴィエは、ちら、と隣を見ようかと思ったが、胡乱な視線を感じ、止した。
『はいはいすいませんでしたぁ』
 その様がふてくされているように見えたのだろうか。
 ガルーは根負けしたようにぞんざいな謝罪を挟んでから、ざばっと勢いよく立ち上がった。
 大きな背中と飛沫と湯気がさ――と斜陽に染まり、オリヴィエは猫のように目を見張った。
 そしてすぐに、振り向かれたらみっともない顔を見られてしまうと思い、俯いた。
 幸いにしてガルーが踵を返す事はなく、程なく背中は脱衣所の方へと遠退いていった。
『なら、いいんだけどよ』
 そう、言い残して。
『…………』

 * * *

 そうとも、楽しめているならいい。
 客室に戻るなりガルーは畳の上に寝転びながら、浴衣姿で窓辺に立つオリヴィエを眺めていた。
 なにせ、こいつは愛想がないわりに、変に付き合いの良いところがある。
 もちろん誰にでもというのでもないのだろうし、それはそれで悪い気はしないが、やはり自分だけ楽しんでいるようでは意味がない。
 この小旅行に誘ったのだって、半分は彼を休ませたいが為だ。
 少なくともガルーは、苦も楽もできるだけ分かち合いたいと思っていた。
 これまでも、友人として、エージェントとして、他の誰よりも、ある意味では互いのパートナー以上に、そうして来たつもりだ。
 知り合ってからの様々な出来事を振り返ると、知らず口元が緩む。
『なにか……面白いの、か』
 どうやら硝子越しにこちらを覗っていたらしい、オリヴィエは振り向きもせずに訊ねた。
『まぁね』
『なにが』
『その格好だとお前さんの後姿がまるでお――』
『――っ』
 皆まで言う寸前、オリヴィエは即座に距離を詰め、ガルーの腹に拳を叩き込む。
『痛い痛いまだ何も言ってないって痛っ』
 二発、三発と小気味好く打たれて情けない声を上げると、ようやく腹パンが止んだ。
『…………』
 そして質す事すらせず、眉間を寄せて一瞥してから、金木犀の少年はそっぽを向いた。
 元々浴衣はガルーが着用を押し通したものだった。
 つくづくからかい甲斐のある。
 そこがいいんだ――ガルーは腹をさすりながら思った。
 何かにつけ彼の反応は飾り気がなくて、あまりにも言葉足らずで、どうしようもなく不器用だ。
 接していると、まるで芽から変容したばかりの若木の世話をしているような気になる。
 水をやりながら、いつか花が咲くのを待っているような。
 この想いををなんというのかは判然としないが、いずれ好意には違いなくて――。
「――失礼します、お食事の支度が整いました」
 おもむろに、襖の向こうから仲居の控えめな声がした。
『おっ、待ってました』
 誰かに食事の用意をして貰うのは久しぶりだ。
 ガルーは思索を中断し、胸が躍るに任せて身を起こした。
                              
 * * *

『あんまりうまくて、あいつらに申し訳なくなるな』
 おつくり、鍋、天ぷら――地魚をふんだんに使った料亭さながらの贅沢な夕餉に、ガルーは舌鼓を打っている。
 “あいつら”とは、もちろん連れて来なかった双方の相棒の事である。
 ――本当に、うまそうに食べる。
 まるでこの世界に生まれ育った者のように、酒を食事をと忙しない。
 心から食を楽しむ友人を、オリヴィエは猫よろしくじぃっと見詰めた。
 自分はほとんど手をつけていないし、そも、配膳されたのはごく少量だ。
 常から食事らしい食事を必要としない為、あらかじめその旨を旅館側に伝えていた。
 どんなご馳走を前にしたところで、餓えもしなければ食べて満たされもしないから。
 とは言え、勧められた茶碗蒸しのあっさりしながらも深い味わいと喉越しは殊の外気に入り、これのみガルーの分も貰った。
 交換したのでもないけど、残りの料理は彼が全て平らげてくれた。

 やがて器を下げられた頃――――どんっ、と重く、どこか切れの良い音が、窓を震わせた。
 次いで、ぱっ――と、何かが散るような拍子に、とりどりの色が差し込む。
『……!』
 窓の外に目を奪われるオリヴィエに気を利かせて、ガルーが室内灯を消した。
 そうしている間にも花火は打ち上げられ、色と形と音色とで様々な表情を次から次へと見せる。
 ガルーはオリヴィエの隣に胡坐をかき、猪口に徳利を傾ける。
 花火が爆ぜるたび違った色に染まる少年の横顔を時折盗み見て、それを肴に酒を飲む。
『綺麗なもんだ』
『そう、だな』
 単に花火の事を指していると思ったのか、隣人の応えは素直だ。
 そして、幻想的な彩りに煌くその瞳は――思い詰めていた。
 ――やれやれ。
 腹の探り合いをするつもりはないが、放って置いても埒が明かない。
 だから、ガルーは仕掛けた。
『リーヴィ、膝枕ー』
『……っ!』
 有無を言わさずオリヴィエの側に倒れこみ、酒臭い頭を揃った両腿に預けた。
『…………。酔ってるのか』
『……?』
 ――抵抗しねぇのか。
 てっきりまた腹パンされると思っていたのに。
 否、やはりと言うべきだろうか。
 酩酊した頭に、それゆえ無駄のこそげ落ちた明晰な思考が浮かぶ。
 それは食事前の思索の続き。
 この年下の友人の様子が近頃おかしいのは、先刻承知だった。
 ガルーは、オリヴィエがこの世界に顕現してそう間もない、金の目をした獣のようだった頃から知っている。
 あれから随分ひとらしくなりはしたが表情は控えめだし、感情表現にも消極的だ。
 そのくせ、慣れていないのだろう、何かを抱え、そのやり場に窮している事はとても分かりやすい。
 ――深刻じゃねぇなら別にいいんだけど。
 だが、心当たりのない段階で、内情まではさすがに分からない。
 そうした中、定石を外されるとこちらとしても調子が狂う。
 物足りない安堵は別の不安を呼ぶ。
 だから、こう言う他なかった。
『悩みがあるなら相談しろよな』
 いつしか花火は終局を迎え、宵闇には矢継ぎ早に沢山の花が咲き、散っていった。

 ――悩み?
 この胸の閉塞感にも似た何かが、果たして“悩み”と呼ぶに足るものなのか。
 ――相談?
 もし、そんな未熟な想いを打ち明けたなら。
 自分よりもずっと年かさで、多くの出来事を見聞きし、また感じてきたこの男に全てをさらけ出したなら。
 結果、彼が何を示したとて、オリヴィエの内面を明瞭にしてくれるのだろう。
 少なくとも、今よりは。
 だからこそ伝えようとは思わない。
 少年にとり、それはガルーとの“今”を失う事に等しいから。
 ガルーと誓約を結んだあの少女と同等に、時にはそれ以上に近しいと思える優越感を。
 ガルーがかつて、一児の父親であったという事実に覚える諦観を。
 併在するそれらに板挟みにされた、自分を。
 何もかもを、一緒くたに拭い去られてしまいそうだから。
 だったら。
『別に』
 このままで、隣にいられるだけで。
『ふぅん』
 と、ガルーが突然オリヴィエの髪を撫でた。
『! な……!?』
『それやる』
『……?』
 大きな手がだらんと畳に投げ出された時、視界が開けている事に気がついた。
 つい今しがた、撫でるついでにヘアピン――彼の相棒向けに土産として買ってあった金木犀の意匠の――を着けられたらしい。
『今日はありがとうな。俺様はお前さんが一番』
 ――一番?
 なんだというんだ。
『一番? 一番……なん、だっけ』
 ひどく心をかき乱されて頭が回らぬオリヴィエと同じ疑問を、ガルーは自ら口にした。
 つんと、立ち上る酒気が鼻につく。
『……酒くさい』
『あー……悪ぃ、酔ってる、わ――――…………』
 その言葉を最後に、程なく彼は寝息を立て始めた。
『…………』
 礼を言うべきは、恐らく自分の方だ。
 いつも、ガルーがガルーなりに気持ちを砕いてくれているのは、知っている。
 この世界に来て以来、二番目に長く公私を共にしているのだから。
 彼を慕うようになったのは、そうした事が重なっているからなのか。
『……』
 胸に詰まった息を少しだけ吐く。
 手近な布団に手を伸ばし、すっかり酔い潰れた男に掛けてやる。
 以前、枕は自分の役目らしい。
 眠らないから別に構わないけど。
 ふと、面を上げると、月が見えた。
 今まで花火に気を取られて意識しなかったが、低い場所にあって仄暗い為だろうか。
 やや赤みを帯びたそれは、金木犀の花に似ていた。
 見上げたまま、膝の上の髪に触れる。
 ひやりとしたのは生乾きだからか、後ろめたいからか。

 でも、月しか見ていないなら。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0076hero001 / ガルー・A・A / 男性 / 31歳 / ただ続く『今』を】
【aa0068hero001 / オリヴィエ・オドラン / 男性 / 10歳 / 仄かに咲く『桂花』】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、藤たくみです。
 長らくお待たせしてしまい申し訳ございません。
 MSとしてお二人の事は最初期から存じているつもりでしたが、いざ着手してみるとメンタル面で変わっている部分とそうでない部分とを発見・確認しながらの執筆となりました。
 そうした面もお楽しみいただけたなら嬉しく思います。
 このたびのご指名まことにありがとうございました。 
colorパーティノベル -
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リンクブレイブ
2016年09月26日

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