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『真夏の夜に響く釣浮草 』
木霊・C・リュカaa0068)&Лайкаaa0008hero001)&aa0027hero001)&邦衛 八宏aa0046)&アーテル・V・ノクスaa0061hero001)&ガルー・A・Aaa0076hero001)&虎噛 千颯aa0123)&aa0273hero001)&レティシア ブランシェaa0626hero001)&メグルaa0657hero001)&防人 正護aa2336)&燕 三郎太aa2480)&天狼心羽紗音流aa3140hero001)&土御門 晴明aa3499)&徒靱aa4277hero001

●始めから賑やかに
 祭の音頭も取り終えたし、手伝いは相棒が細々動いてくれている為、木霊・C・リュカ(aa0068)は早々に飲み放題の会場の一角に腰を下ろしていた。
「もう皆盛り上がってきてるよね。うんうん」
「あれ、盛り上がってるって言うんです?」
 リュカに応じるのは、アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)。
 男性恐怖症の相棒の為に女性口調で話す彼も相棒がいない場合はこの限りではない。
 まずは乾杯用ということでビールを頼んでいるが、酒の好みが辛口だからか、このビールも超辛口という触れ込みのものだ。
 これについてはリュカも同じで、刺子縞のアーテルと違い、かすれ縞であるが、同じ紺の浴衣を着る者同士の嬉しい共通点である。
「大丈夫、盛り上がってる。盛り上がってくれた方がいいしね」
「そうですね。それは俺も思います」
 アーテルとは違うビールを呑むリュカへ微笑を返し、アーテルも『盛り上がってる』方向を見た。
 勿論、その『方向』には、ある意味お決まりの人物達がいる。
「実は財布を忘れてな」
「絶対嘘でーす! 奢りません、奢りませんー!」
「身体検査して確かめてもいいが」
「しなくても判るっての!」
 楓(aa0273hero001)とガルー・A・A(aa0076hero001)が奢る奢らないの壮絶な攻防戦を繰り広げていた。
 女物の浴衣の方が凡夫の財布の紐が緩む。
 それを知る楓は、黒に百花の王牡丹が華々しく咲き誇る浴衣を身に纏っており、一見すると傾国の美女そのものである。
 が、ガルーは中身を知ってるから国を傾けてくれない。
 けれど、楓もタカるのをやめる訳ではなく、ガルーの夜空を模したかのような甚平を掴み、タカる気満々。
「メグルさん、メグルさんからも一言お願いします」
「え」
 ガルーの視界に入ってしまったメグル(aa0657hero001)は唐突に話を振られ、涼冷えされた吟醸酒を呑む手を思わず止めた。
 既に彼女は祭に出てしまい、レイヴンの親しいメンバーもここにはいないので、ゆっくり酒でも呑んで待っていようと思った矢先のことで、流石に唐突過ぎてついていけない方が先に立ってしまう。
「困らせるのは良くないぞ」
「狐は今俺様を困らせてるよな!? メグルさん、助けてください」
 前半の楓に向ける言葉と後半のメグルに向ける言葉が違う。
 それもその筈、女性には紳士的に接するガルー、メグルを女性判定していた。
 今日の浴衣も藍色に白い星が煌くかのような雪花絞りであり、ぱっと見男女兼用に見える(きちんと見れば男性用と判る)為、ガルーはまだ気づいていない。
「その前に八宏さんを助けてはと思いますが」
 メグルは巻き添え回避の為、向かいに座る自分よりいっぱいいっぱいな人を紹介した。
 いっぱいいっぱいなのは、言うまでもなく邦衛 八宏(aa0046)その人である。
 気がついたら、自分のスマホごと相棒がいなくなってしまい、本人発狂寸前だが、表に出して発狂出来る訳でもなく、亀甲柄の紺色の浴衣の夏らしい装いとは裏腹に本人は大変なことになっていた。
「…………おかまい、なく…………」
 搾り出すような声は、喧騒の中でやっと聞き取れるレベルのもの。
 彼は極度のコミュ障なので、ここに腰を下ろしたのも隅の方で隣接する人が少ないし、座っているメグルも任務で一緒になったことがあるから、見知らぬ人よりは絶対安心出来るというものだ。
「あ、大丈夫だそうで」
 隣に座っていた燕 三郎太(aa2480)が八宏の言いたいことを通訳する。
 リュカが方々に声を掛けた面々の1人であるとは言え、三郎太は最初その面々に自己紹介を行った位、周囲との面識に乏しかった。
「今のでよく解ったな」
「愛です★」
 ガルーはそれだけで三郎太が何故今日ここにいるか理解したが、特に指摘することでもないので、自身の相棒の(ガルーにはよく解らない)ネットゲームとやらの知り合いに意思疎通は任せることに──……
「って、違う! そうじゃない、俺様は……あれ」
「先程一旦会場出られましたよ」
 ガルーがいつの間にかいない楓に気づくが、しっかり動きを見ていたメグルに教わり、「あの狐」と口の中でぼやく。
「メグルさん、教えていただきありがとうございます」
「いえ」
 丁寧に礼を言ったガルーがリュカの方へ歩いていくのを見送り、メグルはグラスに改めて口をつけた。
「……」
 フルーティーな香りを楽しませるよう適切に冷やされたその酒は、メグルを満足させるに十分だった。
 目の前では三郎太が八宏の為に甲斐甲斐しく、作ったクリームソーダを持ってきている。
(そういえば、クリームソーダの美味しい食べ方について議論持ちかけられたことありましたね)
 メグルは八宏が先程からずっとそれしか口にしていない所を見ると、気に入ったように見えるから、ついついかつての議論を思い出す。
(最終的に汚くなく、美味しく好きに食べればいい、で終わりましたけど)
 目の前の八宏はアイスをくるくる回して氷につけて、ちょっとシャーベットらしくなったバニラアイスを食べ、それからメロンソーダを飲んでいる。
「他に何か食べられます?」
 まるで本職であるかのように適切なタイミングだ。
 紺に色合い異なる紺の縞が入る浴衣こそ着ているが、ホストとして八宏を持て成していても遜色ないだろう。
「……おかまい、なく……」
 八宏が首を横に振った。
 メグルから見ても三郎太は八宏のことが好きと判るレベルのものだが、八宏は今それどころではないように見える。
 とは言え、適切な言葉も思い浮かばないメグルは今は黙ってグラスを傾けるしかなかった。

●時は呑んで過ぎていき
 さて、八宏同様コミュ障な男がここにいる。
 名を、Лайка(aa0008hero001)と言う。
 夏祭りなのに装い通常営業のこの男は大変寡黙で、リュカの隣の席で黙々と酒を呑み、現在言葉を発していない。
 彼にとって離れている今は少々不安なのだが、寡黙で言葉を発しない上不安が少し険しい顔として現れているので、初心者は怒っているようにしか見えないのだが。
「ライカちゃん、そんな不安そうな顔しなくても」
 そこへ、ガルーが戻ってきて、ライカとはリュカを挟む形で腰を下ろす。
「盛り上がってると思ってましたよ」
「あ、ひっで、助けてくれれば良かったのに」
「俺バイト増やす趣味はないですよ」
 アーテルからビールを注がれ、ガルーは笑っていたが、その時リュカが焼酎のグラスを空にした。
「リュカちゃーん、俺様いない間にどんだけ呑んだの」
「ちょっとしか」
「信用できなぁい、どうせザルなんだからもう水にしたらぁ?」
 わざとらしく裏声作ったガルーがリュカの為に酒を注文してやる。
 と、ライカがグラスから口を離し、呟いた。
「……水しかないと思っていた」
 ライカ的には率直な感想だったが、ガルーが「ありえなぁい」とやっぱり裏声作って却下する。
「まぁ、元は水ですからね」
「上手いこと言うなぁ。おにーさん、今度からその表現使うー」
 アーテルがそう言うと、リュカが上機嫌に笑った。
 よく解らないが、尊敬するリュカの役には立てたみたいなのでいいとライカは結論付け、『水』をもう一杯呑む。
 彼はコミュ障だが、八宏よりは良かった。

「そういや、買い出しに行った面々、遅いな」
 レティシア ブランシェ(aa0626hero001)が、ライカ定義『烏龍茶』を呑む手を止め、飲み放題の会場においてある以外の食べ物を求めて旅立った面々がまだ帰ってこないことに気づく。
 楓が合流していたら、間違いなく、買い出し以外の買い物で財布を軽くさせているのだろうが、そもそも無事に合流出来たのだろうか。
「せやな。ここにはないのがそこまで多いとは思えへんけど」
 徒靱(aa4277hero001)もそう言えばとレティシアに応じる。
「案外神輿や神楽を見てから戻ってくるのかもしれませんよ」
「それはありそうだな。うちのチビも随分期待してた」
 アーテルがスマホの時計を指し示すと、レティシアは納得する。
 と、アーテルをじっと見ていた徒靱が彼へ声を掛けた。
「そういえば、そっちも免許証が身分証明書やったんね」
「持っていた方が都合よくて」
 飲み放題は飲酒出来る場所である為、未成年飲酒を阻む為に入り口で身分証明書の提出が義務付けられている。
 楓と違い、判り易くも英雄といった身体的特徴がある訳ではないので、2人とも浴衣を着ているし、見た目成人と判ってもすぐに英雄と気づく者もいないだろう。
 H.O.P.E.のエージェントでもあるので、エージェントのIDカードでも身分証明可能だったが、アーテルと徒靱は共に免許証を提示したのだ。
「確かに免許持ってた方が都合いいよねー。オレちゃんも免許証派」
 方々のテーブルに顔を出して、仲良しになってお裾分けを貰ったらしい虎噛 千颯(aa0123)がお土産と共に戻ってきた。
 徒靱もエージェントテーブルと化したここへ、「こっちのテーブルでどうやー!」と呼んだりして、たまにエージェント以外の人も混じってることもあるが、千颯は「来て貰ったからオレちゃんも行っちゃう!」とあちこちへ出張していたのである。
「車あった方が便利だしねー」
「任務だと輸送機が多くても、日常生活もあるんや、色々苦労しても持ってた方がええよ」
 徒靱もうんうん頷く。
 色々な苦労の色々を特に能力者の少女に語ることはないだろう。ただし、彼女がその空気に気づかないかどうかは別の問題である。
「それにしても、思ったより普通だった」
「え、何が」
 レティシアが千颯を見ると、千颯は不思議そうな顔をした。
「いや、浴衣。てっきり、前テレビに出てた時に着てたようなの着るのかと」
「ふふーん、オレちゃん上級者だからね!」
 レティシアが言う通り、千颯の浴衣は紺の無地のものだ。
 自分の浴衣が黒に紺の格子が入る浴衣だけにそう思ったのだろう。
 が、その分白い帯が柄で十分お洒落をしており、柄で魅せる分上級者……この辺は、某事務所の某年齢詐欺アイドルや同じオシャンティストの意見を聞きたい所ではあるが。
「柄で……奥が深いんやね」
 白に紺の小さな笹柄とオーソドックスな浴衣の徒靱は、思った以上に深い世界と感心する。
「オレちゃん着付けも出来るしね!」
 ※そうじゃなかったら自在にパージ操れないもんね、の意味。
 千颯、どやぁっとしていたが、ふと、目の前にある瓶のラベルに気づいた。
「がおぅ堂のライバル店って今どうなってんだろ」
「ライバル店?」
 千颯がいきなり言い出したので、レティシアが何だそりゃと言いたげに聞き返すと、千颯はそれを見せた。
 それは、グロリアビール。
 防人 正護(aa2336)の差し入れの品だった。

●会場の外も盛り上がっていて
 正護の店は、大変盛況だった。
 彼の店は仕入れたグロリアビールの他、ケバブとタコスを売っているのだが、グロリアビールがあることで、グロリア社が出店していると勘違いされてしまい、予想以上に売れ行きがいいのだ。
 グロリア社の社章ないし、頭にタオル巻き、服はTシャツとジーンズと汚れてもいいもの、しかもその上にエプロン掛けてる、どう見ても屋台の人スタイルなのに。
「途中で売り切れになる勢いだな」
 雑用や他の店の手伝いとかそういうのを考えている場合じゃない、というより、自分が手伝ってもらわないと拙い位の勢いである。
 結局町内会から人手を貸して貰えることになったが、重要な部分は自分でやらなければならない為、集中して、少し声が掛け難いが、気にしない層は存在していて。
「ねー、おじさん、ここにあるのぜーんぶ、ぐしんとかやっつけられるの?」
「そうだなー、俺としては調理器具でそういうことするのやだなー」
 お喋りではないが口下手という訳でもなく、まして、子供が相手なので、正護は笑って応じた。
 実際はどうなのかと言うと、グロリア社の広報を通した方がいいと思うので、興味がある人は問い合わせるといい。
 そこにやってきたのが、土御門 晴明(aa3499)だ。
「随分盛況だな。ここに来るまで時間掛かった」
「悪いな。どうかしたか、グロリアビール足りなくなったか?」
「折角だから、ケバブもと思ってな」
 正護がグロリアビールの消費早いとかと聞くと、晴明は会場内にも肉はあるが、正護のケバブも欲しいと思ってきたと明かす。
「光栄だな。何にする?」
「一押しはあんのか?」
「そうだな……。牛も鶏もあるが、中東の味を実感したいなら羊」
 正護がそう言うと、晴明は最近シャーム共和国を舞台にした大規模な作戦も終わったことを踏まえ、羊肉のケバブを頼むことにした。
「ソースはどうする? 焼く前に肉を漬け込んであるからソースなしもあるが、ソースも拘ってるぞ」
「ソースなし含め、1種ずつ。皆で分けりゃいいし」
「判った」
 手際よく正護が準備していく最中に町内会からの助けが来て、列の整理やお金のやり取りを請け負ってくれる。
 正護がこれで楽になるだろうと晴明が持ち易いよう紙袋に入れていると、天狼心羽紗音流(aa3140hero001)の大きな声が聞こえてきた。
「パチンコで勝ったみてェでな」
「なるほどな」
 紗音流晴明は神輿と神楽を見てから会場に戻るらしく、正護からケバブが入った紙袋を受け取ると、雑踏の中へ消えていく。
 普段から和装に親しんでいるからか、蒼のかすれ縞の浴衣の裾捌きも苦にせず、下駄も歩き難さを感じさせない──晴明の後姿を見て、そんな感想を抱いた正護だったが、今は呑気にしている場合じゃない。
「俺は俺の仕事をするか」
 ふっと息をついてから、町内会のおばちゃんが取ってくれた注文のタコスを作るべく、材料を揃えた。

「ワシもう10歳若けりゃ最高だったな!」
 楓にそう笑う紗音流は、楓のことなどお見通しだった。
 声を掛けられるなり、パチンコ買ったから奢るとその黒の浴衣に描かれる虎のように豪快に笑い、楓の買い物に付き合っている。
「あとちょっとしたら神輿と神楽らしいよ」
「神楽……飛び入りは出来るのか?」
「もう始まる前だし、無理なんじゃない?」
 楓が飛び入り参加して皆を虜するのも一興かと思うも、ガルーとの攻防戦が長引いたからか、飛び入り参加するのも厳しい時間帯らしい。
「我の舞を妨害したのは、十分に由々しきことだな」
 先に祭を満喫していた紗音流から、一緒に来ていた英雄の飛び入りはあったことを聞いて、ガルーから心の慰謝料(※タカりの口実)を得ることにした。
 紗音流は「いンじゃない?」と軽くノッたので、ガルーは楓が帰ってくる前に逃げた方がいい……なんて忠告する人もここにはいない☆
「折角だから、見てく?」
「そうだな。我には及ばないのは当然としても見るのは吝かではないな」
 楓は紗音流の誘いに薄い笑みを浮かべた。
 と、紗音流が周囲を見回す。
「そういや、鯆ちゃんいないなー。神輿とか喜びそうなのに」
 先程まで鯆(aa0027hero001)がこの周囲ではしゃいでいたのは周知の事実だ。
 が、気づいた時には姿がない。
「案外担ぐか乗ってるかしてるかもしれんぞ」
「あー、鯆ちゃんならありうるね」
 2人はそう笑っていたが───正解だ。

●盛り上がりは高まって
「わっしょい! わっしょい!」
 鯆は、神輿をすんごい楽しそうに担いでいた。
 酒はあまり強くない鯆、あっさり酔いが回り、あっちこっちではしゃぎ、面識関係なしに絡んでいたが、神輿の人手が足りないと聞いて、サイズに合う法被と褌もなく、紺の浴衣の柄が吉原つなぎで法被に見劣りしないこともあり、この格好のまま混ざることになったのだ。
「声しっかり上げて!!」
 担ぎ手のノリが悪いと鯆が注意の声を上げるが、その結果上げて貰った声は鯆の満足する大きさではなく、「声が小さい!!」とダメ出し。まさにそのノリは子供(48)。
 散々神輿担いで楽しんだ鯆は神輿担いでかなり酔いが回ったので、正護の店の裏手で休ませてもらうことにした(無許可)
 ちょうど、神楽の支度が整ったらしく、舞うらしい。
「やー、巫女さんって綺麗だねー、ひらひらーってカンジで、リンリーンってカンジでぇ」
「巫女の神楽に何言ってるんだ」
 一息とばかりに煙草吸っていると、正護の呆れた声が背後から掛けられる。
「ん、店は?」
「完売だ。一応それなりに用意してたんだがな」
 鯆の問いに正護が軽く肩を竦めてみせる。
 がおぅ堂も盛況というのは客から聞いているが、普段仕入れている駄菓子の販売も行っている為、1人で調理接客両方やることを当初考えていた正護より準備しているそうで、こちらはまだ盛況な営業中らしい。
「グロリア社の出店じゃなく、個人出店なんだがなー」
「売れたからいんじゃない?」
 正護は周囲の反応とは裏腹にグロリア社に迷惑掛からないかを少し心配しているが、鯆は案外何とかなるとけらけら笑う。
(グロリアビールで酔ったらしいが)
 正護は本当に酒に弱いのかと鯆を見る。
 英雄はこの世界とは異なる存在である為、風邪などこの世界の病とは無関係の存在だ。
 が、この世界に来るまでに病に罹っていれば病人であるし、精神的なものから来る疲労感や病の類はあるらしい。
 寝食不要でもあるから、酔うというのも、この世界の酒に含まれているアルコールに酔う、というより、『酒を呑んだ』という事実から酔ったようになるのが真相かもしれないが、正護は英雄ではないし、英雄もこれらのメカニズムを正確に答えられる者はいないだろう。
 そんな小難しい話より、今は楽しいかどうかが大事であるし。
「あ、鯆ちゃん、発見」
 紗音流がひょこっと店の裏手へやってきた。
「お店完売って言うから、もしかしてと思って……ワシ来ちゃった」
「我も来てやった」
 紗音流の隣で楓が通常運行。
 楓的には披露された神楽は人を虜にするものではないので、自分とジャンルが違うらしいが、国を傾けずとも、自分程ではなくとも(楓の主張)、満足いくものだったらしい。
「次は我が虜にすればいいだけのこと」
「そろそろ会場に戻るけど、鯆ちゃんどうする?」
「戻る戻る!」
 鯆が咥え煙草のまま立ち上がった。
「先戻っててくれ、完売したから、手短に纏めておくだけにするが、少し整えて俺も行く」
「早く来ないと、ワシ呑み尽くすからね」
 正護に紗音流が笑うと、鯆と楓と共に会場の方へ歩いていく。
 そういえば、と正護は思った。
「会場って今無事なのか?」
 さっき、パージの声が上がって、正護の店の前を真っ白い弾丸が走っていったのだが。
 その後、「またつまらぬもの晒しおって、この痴れ者が!」って怒声が聞こえて、「オレちゃんの息子はビック・マグナム、つまらなくな」までは聞こえたけど、その先悲鳴っぽくなった。
 パトカーや救急車とか来てないし、一般の人が割と普通に過ごしてたから、正護も店を置いて、会場へ走ることはしなかったのだが。
 あの場で何が起き、どういう結末が───
「……静かになったし、いいか」
 深く考えないことにし、正護は祭の後すぐ本格的に片付けられるよう支度を整え始めた。

●酒は楽しく
「俺も日本酒は好きだな。焼酎も呑むが。芋に麦……胡麻は香りが少し独特だったな」
「僕は胡麻焼酎には馴染みがないですね」
 メグルは晴明も日本酒を好むことから、そちら方面の話をしていた。
 ライカは皆の側で呑んでいたので目立っていなかったが、自分と八宏が沈黙していたし、三郎太が八宏を世話する声が聞こえるのみでは、晴明が気を遣ってこちらへ来るのも無理はない。
 適度に距離を保っている所を見ると、お節介と世話好きの分別がつく世話好きなのだろうと思うが。
 そこへ、徒靱がやってきた。
「お祭りの差し入れどやっ!」
 ばんっと置かれたのは、焼き鳥だ。
 タレとしお、両方あるが、パックは別々だ。
「串で食べるのも何だし、割り箸でバラすか」
「…………おかま、い、なく…………」
「? そういえば、さっきから顔色おかしくねェか?」
 晴明が八宏の様子が少し変だと首を傾げる。
 発狂寸前の八宏、いっぱいいっぱい過ぎて、お構いなくしか繰り返せなくなっていたが、その言葉が途切れ途切れだし、顔色もさっきと違う気がする。
「先程からクリームソーダしか飲まれてなかったと思いますが」
 メグルがまさかと思い、三郎太を見る。
 その目は、ちょっと温度が下がっていた。
 三郎太は目だけ温度が下がっているメグルを見、慌て出す。
「クリームソーダに何も入れてな……あ」
 思い当たるのが、1個あった。
 メロンソーダ……メロンソーダサワーもこの飲み放題会場にあった。
 缶の色も近いし、ちょうど、粛清(笑)で会場内バタバタしてたし……ちらっと確認すると、やっぱりメロンソーダサワーが空いてた! デスヨネー!!
「わざとじゃねェだろうが、具合悪くなる奴もいるから、気をつけろよ」
「故意であったら、共鳴に呼ぶ所でした」
 言い含める晴明と違い、メグルの声に温度全くない。
 共鳴に呼ぶって──まさかのサンダーランスフラグ。
 止めてくれるだろうし、実際にやらないとは思うが、周囲の体感温度を下げた。
「……僕、は……」
 酒に免疫なくて、簡単に潰れた。
 そう判る声色で八宏が呟く。
 晴明が素早く水と差し替えたので、八宏はこれ以上メロンソーダサワーフロートを呑むことなく、水を飲む。
「……帰り、たい、です……」
 その先から続く、ここへ来た経緯。
 曰く、英雄だけを行かせたら何か問題を起こすのではと心配だった、とか、けれど気づいたら本人自分のスマホ持って祭りに行ってしまうし、追いかけるのは混雑怖くて出来ない、でもここで独りでいるのは怖い。帰りたい。
「……静かな、自分の部屋……に、帰りたい、です……」
「あと少しで迎えが来るから、それまで水を飲んでゆっくりしねェとな?」
 長身の身体を所在無さげに丸めて言うから、晴明は酔い潰れる寸前の相手を宥めるように優しく声を掛ける。
 が、八宏は聞こえているのか聞こえていないのかよく判らない。
「こんなに弱いとは、ちょっと思ってなかったというか。帰りは責任持って運び……ます」
 三郎太が途中敬語に切り替わったのは、晴明とメグルが三郎太をメッチャ見たからだ。
 このままお持ち帰りなんて許されない。
 彼らの抗議がなくても三郎太は案外ヘタレに出来てるし、八宏のスマホを現在お預かりしている彼が許すことはないので、実は安心なのだが。
「──くんがいないと、僕は……」
 八宏が、こてんと落ちた。
 誰の名を言っていたのかは小さ過ぎて聞こえなかったが、三郎太が八宏の背をあやすように撫でた後、何事か囁く。
 八宏の耳にその囁きが届いたかどうかは、八宏だけが知っている。

「人手が足りないならって言ったんだけど、着替えもしたんだ…・・・」
「でも声が小さかったんだよねー」
 リュカは鯆から神輿の顛末を聞いていた。
 そのダメ出しには苦笑するしかないが、かつては手負いの獣のように手がつけられない様であったのに、困惑しながらも着替えて神輿担いで、大きな声でなくともわっしょいを言っていたなど、本当に驚くばかりだ。
「そういえば、ガルーはどこだ? さっきまでいたと思ったんだが」
 楓が舞で虜に出来なかった責任(理不尽)を取らせようと首を巡らせるが、先程までいたガルーの姿が見えない。
「ガルーは今お手伝い中」
「手伝い?」
 何か笑いを噛み殺した様子のレティシアがガルーの不在理由を告げるが、楓には意味が判らない。
「何か手伝う仕事でもあったっけ」
「我も解らん」
 鯆と楓が手伝いとは何だとレティシアを見ると、レティシアはちょっと人が悪い笑みを浮かべた。
「見てからのお楽しみ」
「俺は悪い予感がする」
 だいぶ酔いが回ったからか、口調が砕けているアーテルがぼそっと呟く。
 アーテルの目はどことなく外れていて、話したくない何かを知っているように見え、鯆と楓が追求しようとするが。
「……聞くな」
 ライカがするりと制止の声を上げた。
 その表情はやっぱり動いていないし、汗の一滴も流れ落ちていないのだが、やはりライカも知っていて、それ故に制止しているのいうのは解る。
「何、なに、ナンナノ!」
「我に教える気にさせればいいのか?」
 鯆と楓がライカにじりじりと迫っていく。
「や、周囲、気づかへん? さっきから他にも人が減ってるやろ?」
「それに、普通に今聞こえてるよな」
 徒靱の言う通り、いないのはガルーだけではない。
 店の片付けに目処をつけてからこちらに来る正護はカウントしないでいいだろうが、ガルーの他に千颯と紗音流がいない。
 そして───

「別嬪さんじゃないけど、今からでも女になっていいよ!? ワシが女にしてやるよ!? 流行りのチークで彩ってやるよ!?」
「オレちゃん女にならないよ!? オレちゃんには紗代ちゃんがいてね!?」
「大人になれよ、千颯」

 ……。
 …………。
 ………………。

「先程千颯が会場内でパージした。当然駆けつけられて、粛清された」
「会場内、喜ばれたが、町内会の女性もいるだろう? だから、脱いで恥ずかしくないなら、着込んだら恥ずかしいんじゃってガルーが提案した」
 事実だけをライカが述べ、アーテルがその先を淡々と語る。
「それで、今、戻ってきた紗音流がそれを知って、女性の立場に立つ意味で女装という流れになった」
 それで今外で戦ってるらしい。
 話を聞けば、納得するが、でも、会話だけ聞くと何か妙に怪しい。
「っていうか、ガルーちゃんパージしてた時囃してたよね!」
「提案して安全圏離脱やな」
 リュカへ徒靱がこっくり頷く。
 まぁ、結局楽しいから止めなかったんだが。
「それでも、当初は女装ではなかった」
「紗音流にガルーがリークした上、千颯の退路は」
「逃げるなんて面白くないだろ」
 アーテルとライカの先にいたレティシア(ガルーの共犯)は人の悪い笑みで犯行を認めた。

「オレちゃんのパージ力、舐めんなよ! ここで服を着ても、祭でパージは許される! オレちゃんが1番パージを上手くこなせる。今はプリンスでも、いつかパージ王に」
「いいからいいから」
「じゃ、チーク引くか! ガルーちゃん、押さえてー」
「甘い!」

 よく解らないけど、高度な戦いが繰り広げられている。
 が、多勢に無勢らしく、千颯不利っぽい。
「キャータスケテー!」
 千颯が裏声で助けを呼んだ。
 誰か来るのかよ。
 会場内でそんなツッコミが出た直後。
「助けを求める声はここか!」
 正護が来たので、リュカが笑い転げた。

●真夏の夜に響く釣浮草
「オレちゃんの勝ち♪」
「……に見える顔じゃないな」
 千颯がドヤ決めている所に正護がツッコミ入れる。
 カオスバトル勃発かと思いきや、人様に迷惑を掛けていると察知された為、天然王が乱入して千颯に容赦ないびんた食らわせ、帰るまで共鳴して治癒はしないと通告された為、現在ボコボコの顔になってしまったが、その代わり化粧は厳しい為女装はなくなったのだ。
「何だかんだでオレちゃんを助けちゃうなんて」
「だから粘土の像作っては壊されるんだろう」
「ソレハイワナイデ」
 かつての依頼の件を持ち出したアーテルのツッコミに千颯撃沈。
 飲み放題の会場も八宏だけでなく、酔っ払い以上になっている者も珍しくはない。エージェント組は残っている者も多いが、酔っていない訳ではない(代表格鯆)
「残念だったなー、まーちーちゃん別嬪ではないからいいけどネ!」
 紗音流は豪快に笑って、芋焼酎ぐびぐび。
 正護も合流したてとあり、まだ余力あるからペース早い。
 それに対抗するように鯆が「ズルイ呑む!」と呑もうとしたのをライカが手を掴んで止めた。
「え、どったの」
「呑み過ぎだ」
「まだ呑み足」
 言葉は最後まで言えなかった。
 ライカは鯆を肩に担ぎ上げ、会場の隅へ歩いていく。
 気づいた晴明とメグルが少し場所を開けて、2人の為のスペースを作った。
「わっ」
 強制休養(ライカ膝枕)の図。
 ライカはとても真面目に無理にでも休ませないと大変、椅子しかないから横たわれないと考えた結果である。
「寝ておけ」
 そう言われた訳ではないが、子供のようにはしゃいでいた鯆、横になった為に眠りに落ちた。

「あっちの隅で呑むか」
「そうしましょうか」
 賑やかに呑むのがあまり得意ではないとメグルから聞いていた晴明が酒を手にすると、メグルもつまみを持ち、別の隅へ移動する。
 そこへアーテルとレティシアがやってきた。
「だいぶ盛り上がってるようだから」
「俺は少し酔いが回ったから、ハイペースで呑むのがきつくてな」
 見ると、あちらはだいぶ盛り上がっているようだ。
 所謂ザル、ワクが多いが、雰囲気に酔っているのか、エージェントではない皆さんも入れて大いに賑やかである。
「一般的な『水』だ」
 アーテルがデカンタから水を注ぎ、レティシアへ渡す。
 チェイサーも必要だとアーテルは自身の席に置いていたのだが、今回に関してはチェイサーとしての用途ではない。
「ああ。一般的な『水』でいい」
 レティシアが軽く笑って水を受け取り、口につける。
 その間に晴明がつまみにと持ってきていた一口サイズの茄子田楽をアーテルとレティシアへ渡す。
「これ、近所の人の持ち寄りだけど、美味くてな」
「こういう物の方が俺はいい。肉は苦手で」
 晴明へアーテルが最後声を落として苦笑すると、晴明は肉料理がほぼのあちらのテーブルを見て、なるほどと納得した。
「日本酒にも合いますからね」
「それが1番だな」
 メグルがクリームチーズと梅肉を合えたものも合うと言えば、レティシアが簡単そうなそのつまみに興味を示して口に運ぶ。
「すっぱい! 馴染みない味だな。ウメボシ?」
「ええ。日本以外だと馴染みがないかもしれませんね」
 メグルはそう言うと、レティシアは「イギリスに偏ってる訳じゃないが、並ばないな」と軽く頷く。
「それ以外にも食べきれるかどうかも大事だろう」
「あ、それはあるな。よほどじゃねェと、大家族でもない限り厳しいだろ」
 アーテルが食卓に並ばない理由に触れると、晴明が大いにありうると続く。
 そこで、皆気づいた。
 晴明は居候がいるし、狼やら犬猫やら家族も多いが、残る3人、パートナーと2人暮らしだ。しかも全員年頃の女の子である。
「今日まで勘違いしていたようで……申し訳ないです」
「いや、いい。メグルも勘違いされていたようだし」
 メグルは自分の能力者がアーテルの能力者の性別を間違えていたと白状し、謝罪すると、アーテルはそう言い、軽く笑った。
「年頃、なぁ。年齢離れてると、警察から職質受けることもあってな」
「俺は親子だな。誘拐犯の時もあるが」
「そっちもあるのか」
 レティシアのぼやきに晴明が同調し、2人で「本人が悪い訳じゃないからな」と深い溜め息。
 そういえば、そういうことなかったと思い返し、アーテルとメグルは顔を見合わせた。
 やっぱり、差はあれど、どこも大変らしい。

「あと、そろそろかな」
 リュカがふと漏らした。
 今はかなり盛り上がっているが、そろそろ花火が上がる時間の筈だ。
「そうか。完売して早く店を仕舞ったから、その感覚が少し薄れていた」
「うちも店仕舞ったって、さっき教えてもらったわー。もうそろそろじゃない?」
 正護がリュカの呟きを耳に拾い、思ったより早い会場到着だった為に時間の感覚がズレていたと改めて時刻を確認した。
 すると、町内会のおじさんに言付けを受け取った千颯もがおぅ堂も店仕舞い完了で花火の絶好スポットに移動するらしい未成年組へ合流することを聞いていたので、時間経過を見、間もなく花火の時間だと空を見上げる。
「ここからも見えたりするん?」
「見えるんじゃないかな。そういう風にお願いしたからね」
 徒靱が見られるのかと聞くと、リュカがお囃子は音だけになったが、実は場所によっては神輿も神楽も見られる場所であり、上は花火もきちんと見られるようにと設営時に依頼していたのだという。
 頼まれて幹部を請け負ったのもあるだろうが、多分それだけでもない。
「何かあった時に動き易い場所だな」
 正護はここにエージェントがいることで、祭など人が集まる所によく出てくるお祭りの邪魔者への牽制の意味があることに気づいた。
 リュカがここにずっといるのも、呑兵衛したかったのもあるだろうが、護衛的な常駐もあっただろう。
「無粋な奴はどこにでもおるってことやな。祭壊すなんて許されへんよ」
「そういう奴こそ、可憐な女の子にしちゃっていいんじゃないかな、紗音流さん!」
 徒靱に便乗するように千颯が見ると、おばあさん相手に70年時を戻す魔法があればと笑って喋っていた紗音流が会話に気づく。
「えー、ワシ可愛くない子嫌い」
「ちょっと待って。その原理で行くと、オレちゃん可愛いってことにならない!?」
「実は可愛いと思ってた、きゃっ言っちゃった、なーんて、嘘! 特別にやっただけ!」
 あ、千颯ショック受けて固まった。
 それを見た紗音流がますます笑って千颯の背をばしばし叩き、リュカが笑い過ぎて沈没する。
 正護はその光景を見ていたが、視界の端に映ってるそれが気になり、徒靱に話を振った。
「ところで、あっちの攻防は助けなくていいのか?」
「こっちの世界では、ああいうのは、触らぬ神に祟りなしって言うんやなかったの?」
 会話は聞いているが顔は向けないようにしているらしい徒靱が正護へ主張する。
 数秒、正護が静かになった。
「……なら、いいか」
 特にヒーロー的介入が必要な訳でもない案件なので、正護はあと少しという花火に思いを馳せることにした。

「我は飛び入りで舞えなかった……。飛び入りも受け入れていたと言うのに。これは貴様の原因である」
「いやいやいや! 俺様関係ないでしょ。タカろうとした狐がどう考えても悪いし。俺様は悪くないでーす」
 さっきからこの攻防戦は平行線だが、楓はその容姿を生かして何も知らないおじさんおじいさんを味方につけ、ガルーに仕掛けてくる。
 ガルーも譲らず、「俺様悪くないし!」と譲らない。
 一定の仲がなければ、こういう攻防も発生しないので、彼らなりのコミュニケーションとも言うが、財布の紐が関わってくるので、ガルーも必死だ。
「素直に己の非を認め、我に馳走すればまだ可愛げがあるものを。紗音流を見よ。我へ素直に振舞ったぞ」
 尊大に言い放つ楓、自分のパートナーのお土産以外で自腹など笑止千万なのだ。
 相変わらず財布を持っていることを認めないが、認めないだけで、財布持ってきていることはガルーも経験則で知っている。
 女物の浴衣を着ている為、身体検査などをやれば立場が悪くなるのはこちらだ。
 だが、俺様は奢らない。奢らないったら奢らない。

 その時だ。

 どぉん。

 最初の花火が、打ち上がった。
 飲み放題の会場も花火に沸き返り、一気に花火へ話題が変わる。
「空気が震えてるね」
 リュカの呟きを聞いた徒靱が、リュカは共鳴をしなければ一般的な視力を得ることは叶わないという話を思い出す。
「光の華みたいやから、今度見せてもらうとええよ」
「ありがとう。徒靱ちゃんも見せて上げてね」
 徒靱が声を掛けると、リュカが静かに笑う。
 それが意味する全てを理解し、徒靱も笑った。
「勿論や」

 どぉん。

 また、花火が上がった。

●描かれる光華を思う
 大規模な花火大会ではない為、花火はそこまで大きなものはない。
 けれど、夜空に光華が描かれ、空気が震えれば、それだけで人の心に夏の余韻を残す。
「夢の中で同じ花火を見れてるといいんだけどね」
 三郎太が起きない八宏を見る。
 もしかしたら、音で眠りが浅くなっているかもしれないが、無理に起こそうとは思わなかった。
 今日、八宏は彼がスマホを持ち去ってしまった為、本当にいっぱいいっぱいで、自分を見る目は助けを求めているように見え、それだけで実は背中がゾクリとしていたのだ。
 けれど、周囲に人はおり、そのゾクリとした感覚からの行動をすることは出来なかった。
「……」
 八宏の唇が少し動くが、何を言ったかは聞き取れなかった。
(努力はしてたみたいだけど)
 また、頼ってくれるなら。縋ってくれるなら。
 三郎太は手を伸ばし、ほんの少しだけ八宏の背を労うように撫でた。
 いつか、彼から触れてくれるよう温もりを込めて。

 どぉん。

 ライカはそのやり取りを見ていたが、鯆が身じろぎしたのでそちらへ顔を向けた。
「寝てた?」
「呑み過ぎだ」
 鯆が身を起こすと、ライカは止めるまでもなく、鯆を窘める。
 伸びをすることもなく、花火を見上げ、即座に「たーまやー!」と子供みたいな顔ではしゃいで笑っている。
 ライカはそれを見、先程池のほとりで皆と花火を見るというメールを送ってきた能力者の少年を思う。
 きっと、今頃無邪気に喜んでいるだろう。
 彼が近くにおらず、近くにいるのが鯆というのも。
「……日頃の行いだな」
「は?」
 鯆がライカの呟きを耳に拾い、思わず素っ頓狂な声を出した。
「日頃の行いってどういうことかなー」
「そのままの意味だ」
 ぞんざいな対応は、心を許している証。と思いたい。
 後で鯆がそう思ったかどうかは判らないが、とりあえず、また花火が打ち上がったので、鯆の意識はそちらに流れた。
 尚、はしゃいで微笑ましいと思うか思わないかの基準が日頃の行いと思われるが、鯆は知らなくてもいいだろう。

 どぉん。

 鯆に負けじとはしゃいでいるのは、こちらのテーブルも同じだ。
「やっぱ花火はいいね! 夏だって感じするよなー」
「海外だとニューイヤーが多いぞ? な、リュカ」
「欧米なんかはそうみたいだね」
 千颯がジョッキのビールを呷りながら言うと、正護が意外と海外はそうではないと言い、リュカを見ると、リュカも日本育ちなので夏が馴染み深いとしながらも正護の言葉を認めた。
「冬は冬で盛り上がりそうだけど、オレちゃんはやっぱり夏かなー。浴衣とかあるし」
「そういえば、家族で見にいったりした?」
「近所のに行ったぜ? 人が多かったけど、紗代ちゃんもちよちゃんも地上の奇跡で……」
 リュカが千颯に聞いてみれば、この反応。ブレない。
「くっつくとそういうものかもな」
 正護は自身の英雄が入籍を強行したという経緯がある為、その辺りは色々複雑なようだ。
「男親みたい」
「それとも何か違う気がするが、合っている気もする。よく判らない」
 リュカと千颯が込める感情は異なっても同じことを言うと、正護は難しい顔でうんうん唸りながらも、花火を見上げていた。

 どぉん。

「やっぱり祭はこれがええんや」
「判る、ワシもこういうの楽しくて。それでリュカちゃんのお誘いに乗ったクチだし!」
 徒靱の弾む声以上に紗音流の声が弾んでいる。
 花火の音に負けない声の大きさは、大きいのに耳障りではないのが不思議だ。
「今日はホント楽しんだわー。皆おもろすぎ」
「もー、ワシこういう楽しいお誘いなら大歓迎だし」
「我も舞えなかった以外は十分楽しめた」
 徒靱がそう笑って次の掛け声の準備をすると、紗音流も豪快に笑って待機。
 楓は掛け声などしないが、自らと違う刹那の虜にはご満悦の様子である。
「今日の貴様は大儀だったな」
「楓ちゃん、最初から奢らせるつもりだったのにー! ま、パチンコで勝ってたし、楽しかったから、いいよ!」
 紗音流は楓へ豪快に笑う。
「この位の器量が欲しいものだ」
「俺様ちゃん女性ならともかく、狐に貢ぎませーん」
 ガルーがしれっと返すが、楓も答えが解っていて聞いている部分がある。
 寛大な器を示すのも、国を傾けるのに重要と言った所なのだろう。
 と、ガルーは楓の足元の紙袋に鳥のぬいぐるみが入っていることに気づいた。
「それ、土産」
「バイトで来られなかったからな。この位はな」
 楓が暗に認めた。
 ガルーは胡散臭い位輝いた笑顔を浮かべる。
「……そのぬいぐるみ、どこの屋台で手に入れた?」
「技を覚えたか」
 自腹で射的して落としたことを見抜いたガルーに楓がぼそっと呟いたが、紗音流のたまやにかき消された。

「もうそろそろ花火も終わりみてぇだな」
「花火に主眼を置いた祭ではないですからね」
 晴明がそう言うと、アーテルはアルコールが抜けたらしく、その口調は丁寧なものへ戻っていた。
 が、花火が終われば夏祭りは終わり、合流して家に帰るだろうから、その時には彼女を気遣った口調となるのだろう。
「連れて来れば良かったな。迷子になったら迷惑掛かると思って、居候と留守番するように言ったんだが」
「今度連れて来ればいいと思いますよ。俺達に時間がある限り、機会は訪れるでしょうから」
「それもそうだな」
 アーテルへのんびりと言った晴明は、自由気儘といった表情で花火を見る。
 同じようにアーテルも花火を見、家に帰るまでの話題はこれかな、と笑みを零した。
 その彼らを横目で見たレティシアは、メグルへ気づかれない程度に視線を動かす。
(酒が入ると、少し話し易くなるな)
 メグルは自然に壁を作るタイプのようだが、酒が入るとぽやっとするらしく、話にもだいぶ応じてくれた。
 酒が入るまでは割と静かに呑んでいたから、レティシアもそうなのだと気づいたレベルだ。
(軽く屋台も巡ったみたいだしな)
 パージ事件の時、メグルは晴明と一緒に屋台に行っていた。
 つまみの補充で持ち手が欲しい、というものであったが、メグルは普通に応じていたが、呑み始めの時には断っていたのではと思う。
(始めは)
 レティシアは何気なく思い浮かべたその言葉に、別の出来事を思い出した。
 始めに起因する出来事は色々あるが、エージェント活動を始め、迎えた初休日は職員から無料の券を貰って皆と遊園地に行ったものだ。
 ああいう場所に行ったのは初めてで新鮮だった。
 最後は観覧車に乗って、花火を見たものだ。
 あの時の会話もはっきり思い出せる。
(あっちも憶えてそうだけどな)
 レティシアは話を振ったら、忘れてる訳ないという返答を予想して笑った。
 あれから成長をしているだろうが、まだまだだろう。
 死んで欲しくないあの少女へ、さて、明日からどんな訓練メニューを組もうか。

 そうした笑みもなく、メグルは静謐に花火を見上げていた。
 今頃、どんな想いでこの花火を見上げているのだろう。
 綺麗だったよ、と笑うことは解っているけれど、でも。
「同じ花火をいつまで、見ていられるのでしょうか」
 時折、それが不安になる。
 向き合えない為に抱く不安は、行き場がない。
 楽しいと思うからこそ、怖い。
 ……そう話した時、何かは変わるのだろうか。
 綺麗な花火が余韻を残しつつも一瞬で消える様は、何故かそのことを知らしめた。
「メグル?」
 レティシアから声を掛けられるまで、メグルは花火が終わったことも気づかなかった。

●祭の終わり
「これで普段以上。完売だったのは意外だが、無事に終わった」
 業者が慌しく後片付けする中、正護も同じように片付け終えていた。
 撤去だけでなく、ごみを分別して捨て、駐車場に停めてあるトラックへ運び出す準備。
 使わせて貰った以上、それ以上で帰らなければ。
「お、終わりってことで良さそうか?」
 正護がふぅと息をついた所でガルーがやってきた。
 どうやら今日はリュカの家に宿泊する為、ガルーも撤収の手伝いをしているらしい。
「あぁ。俺は完了だ。完売したのも早かったし、後片付けが終わるように整えていたからな」
「それは大事だな。あぁ、そうそう、後でソースのレシピ教えてくれ。俺様も再現してみたい」
「じゃ、今度メールする」
 お疲れさん、と言うガルーに別れを告げ、正護は無事に祭を終えた。

 ライカは比較的早めに会場を後にした口だ。
 というのも、パートナーの両親が迎えにきてくれると連絡を受けたからである。
 お土産を沢山買っておいたと笑う能力者の少年の傍にいると、やはり安心する。
 ライカは綿飴の味を思い出し、今度は彼と一緒に食べられたらいいと思った。

「リュカちゃん、今日はホントお誘いあんがとねン! 祭で飲み放題とか超楽しかったから! ワシ何度も行っていいから! 鯨ちゃんも一緒だぜって言ってたの! あ! 鯆だったわ!」
 紗音流が、あっけらかんと笑う。
「楽しんでくれて良かったー。呑む人沢山いるからお酒沢山手配しちゃったから、寧ろ大歓迎だったし」
「もー、リュカちゃん上手って、そろそろタクシーが来るみたいだから、ワシ行くね」
「うん。またね」
 紗音流は鯆、楓、徒靱とタクシーで帰るらしく、花火が終わってすぐに呼んだらしい。
 正確には徒靱が早く帰る為に呼んだそうだが、それならと3人が途中まで乗ることにしたとか。
 リュカは、徒靱が夏祭りを誰に話すか思い描き、小さく笑った。

 その紗音流がタクシーへ乗り込むと、既に乗っていた徒靱、鯆、楓の大所帯となった。
 紗音流にタカる楓は窮屈なのを好む訳もないので、当然の顔で助手席である。
「もー、今日は沢山楽しんだわー。神輿も担げたし、お酒美味しいし」
「花火もお囃子も綺麗で、祭りって感じもええと思ったわ」
「ワシは神楽も良かったがな」
 後ろで盛り上がる3人へ楓が振り返りもせず、不遜に言い放つ。
「我の舞で虜にならなかった一点を除いては良かった」
「それは今度見たいもんやな」
「我が傾国の狐と知るといい」
 楓の舞がどれ程魅了されるものかは、後日語られることになるだろう。
 タクシーの運転手がエージェントはやっぱり違うと思いながらも口に出さず運転していたが、実は飲み放題の会場でその手の話題に困らなかった為、エージェントも同じようなことを思っていたりする。
「今日は楽しかったー笑ったー」
 でも、鯆のこの言葉で全て表せてしまうから、世の中って不思議。

 三郎太は隣の非難の言葉を聞きつつ、八宏を家まで送っていた。
 隣の存在がいなくともお持ち帰りなど考えてもいなかったが、わざとではないとは言え、免疫がない酒を呑ませたのだから、そう解釈されても文句は言えない。
 自分は、この人が好きで好きで好きで仕方ないのだし。
 出来れば自分以外映して欲しくないレベルだが、それは出来ないだろう。
 だからこそ、願わずにはいられないのかもしれない。
 家に着き、布団を敷いて貰った三郎太は、八宏を布団へ寝かせた。
 その拍子にやっと目が覚めたのか、ぼんやりと目が開く。
「……今日は、ありがとう、ございました……」
 消え入りそうな感謝の声は、三郎太を絡めて離さない。
 けれど、寝かせたなら、帰れと言われれば、帰るしかない関係なのだけど。

「あら、新しい家族が増えたのね」
 アーテルは、その存在にすぐに気づいた。
 射的の景品だったらしいそれは、レティシアの相棒のお陰で取ることが出来たそうだ。
(後で、お礼を言っておこう)
 皆が傍にいたとは言え、混雑していたから、男性が近くにいることもあっただろうに。
 アーテルはそう思うと、彼女がちゃんと己に克つべく進む努力をしていると実感する。
 手を伸ばし、新しい家族を撫でてやると、ぬいぐるみ特有の優しい感触が伝わってきた。
「名前、つけてあげないとね?」
 アーテルが見た先には、勿論自分の相棒がいる。

 アーテルがそうして新しい家族の名前の提案をしている頃、レティシアは丁寧に書かれたメモ帳の長文を読んでいた。
 随分楽しんだらしいその様は、文字が少し弾んでいるように見える。
 手書きの文字の方が温かみがあるから、とその手間を惜しまずに書かれた文字は、確かにメールでは出せないものだろう。
『いつも一緒に頑張ってくれてありがとう』
 最後に書かれた言葉で、レティシアはやはり同じことを思い出していたことに気づいた。
 手を伸ばし、頭を撫でる少女は───まだ可能性がある少女。

「……夜長そうだなー」
 晴明は帰り際の千颯を思い返し、小さく笑う。
 パージ事件もあり、千颯は奥襟掴まれ、ずるずる引き摺られていた。
 花火の名残もない空に轟いていたのは、どう考えても千颯の死刑宣告だったし。

 ─オレちゃんの志がそれで折れると思ったら大きな間違いだぜ!

 まぁ、それを受けてもこう言える千颯もかなりのものだろう。
 かなりのものと言えば、それを見ていたライカだろうか。
 自身の能力者の教育に問題が起きないよう微妙に立ち位置変えていた。
 あの格好で汗も流さず、顔の表情も全く動いてなかったから、その内心を推し量ることは出来ないが、綿飴を貰って食べていたので、意外に可愛い所があるかもしれない。
 そんなことを思っていたら、家に着いた。
「ただいま」
 その先には、留守番させた英雄と居候の姿がある。

 メグルは夜が更けた部屋で夜空を見つめた。
 静寂の夜空は、花火が咲き誇ったことなど嘘であるかのようだ。
 先程まで祭りの楽しい話を聞いていたが、今は静かなものだ。
 お土産、と渡された駄菓子をひとつ齧ってみる。
「……甘い、ですね」
 その言葉は、静寂の部屋に静かに響いた。

 けれど、夜が静寂とは決まっていない。
 虎噛家、現在大変なことになっている。
 正座させられ、戦慄のダブル説教。
 特に妻である紗代には頭が上がらない千颯は紗代には謝っている。
(けど、オレちゃんは、パージ王になる!)
 千颯の眼差しは解き放たれた自由を知る者が目指す高みを見ている。
 ……まぁ、この後、千颯の高みへの眼差し関係なく、ぶちのめされては共鳴、治癒のループコースが待っているのだろうけど。

「楽しかった?」
 リュカは投げかけた問いを寝る前にもう一度反芻した。
 きっと楽しかったと答えてくれるだろう。
 物語を見つけに行く、世界で最も近い相棒。
「おやすみ」
 もう部屋から去った相棒へ言うように呟き、リュカは灯りを落とした。

 夏祭りの夜は賑やかに、それぞれの想いと共に更けていく。
 いつか、きっと。
 それが蘇る日が来るだろう。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【木霊・C・リュカ(aa0068)/男/28/綴る物語は煌く】
【Лайка(aa0008hero001)/男/27/静謐の忠犬】
【鯆(aa0027hero001)/男/47/紫煙燻らす造り手】
【邦衛 八宏(aa0046)/男/28/停滞の送り人】
【アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)/男/22/朝を待つ彼岸花】
【ガルー・A・A(aa0076hero001)/男/31/希望ゆえの恐怖抱く薬屋】
【虎噛 千颯(aa0123)/男/23/全裸王千颯】
【楓(aa0273hero001)/?/23/国を狂わす紅の麗狐】
【レティシア ブランシェ(aa0626hero001)/男/27/知るが故に手を出さない導の男】
【メグル(aa0657hero001)/?/22/水底より見上げるは───】
【防人 正護(aa2336)/男/20/ヒーローは誰かが君に太陽を見ると説く】
【燕 三郎太(aa2480)/男/29/彼の全てがご褒美です】
【天狼心羽紗音流(aa3140hero001)/男/45/この世を愉しむかつての…殿様?】
【土御門 晴明(aa3499)/男/27/自身の輝きこそベニトアイト】
【徒靱(aa4277hero001)/男/28/境に名響かすしなやかなりし守護】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
真名木です。
この度はご指名ありがとうございます。
夏祭りのリンクシナリオでしたので、場所の違いもあることより、緩やかではありますが、リンクさせていただいています。
皆さんにとって良い夏の思い出になれば幸いです。

釣浮草の花言葉:交友。
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真名木風由 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年09月26日

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