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『恋愛シミュレーション+α 』
カーディス=キャットフィールドja7927)&ザラーム・シャムス・カダルja7518


 傍にいると安心する。
 でも、胸が苦しい。
 笑った顔を見ていたいけれど、
 視線が交わると、つい逸らしてしまう。

 顔が熱くなって、心臓の早鳴りが止まらなくて、呼吸が苦しくて、
 辛いはずなのに、どうしてか幸せが背中合わせに存在しているの。


 ねえ。これが『恋』なのかしら?




 恋。
 音にしてたった二つのその言葉を唇に乗せ、ザラーム・シャムス・カダルは悩まし気に溜息を吐いた。
 女友達の一人から相談されたものの、まず『恋』自体がどんなものなのかピンと来ないのである。経験が無い。
 しなやかな肢体を張りのある褐色の肌が覆い、整った顔に存在を主張する鮮やかな赤い瞳。闇の深淵を思わせる黒髪は美しく、『恋の悩み』なんて言葉からは縁遠そうな容姿をしていながら。
「……一通り、資料になりそうなものには目を通したが……どうにもピンと来ぬな」
 カラフルな表紙の少女漫画誌を読み散らかし、自室でゴロリと横になる。
 しかし約束は約束、友へ有益なアドバイスをしなくては信頼問題にかかわる。
 文字でわからないなら、後は自分が『試してみる』ことだろうか。
(試す――、ふぅむ)
 協力者が必要だ。
「カーディス。あやつなら手を貸してくれるかも知れぬ」
 パッと脳裏をよぎったのは黒猫着ぐるみを愛用している友人、カーディス=キャットフィールド。
 着ぐるみ姿をしていても、中は人であり中の人のままでいることもある。
(穏やかな物腰で気配り上手、わらわより背も高い。もなかなか適役ではないか?)
 少女漫画には、彼のような男性を理想とするものもあった。
「よし。善は急げじゃ」




 チン!
 シンプルでご機嫌な音をたて、オーブンがケーキの焼き上がりを伝える。
 カーディスは肉球付きのオーブンミトンでスポンジケーキを取り出して、焼き網の上へ。
「ふぅ、綺麗に焼けましたね〜! 猫の焼き型、買って正解でしたよ」
 ピンととがった耳を忠実に再現している、ケーキの焼き型。一目惚れであった。
「黒猫さん、白猫さん、どちらにしましょうね〜〜」
 生地を冷ます間に、クリームの用意を。
 艶やかなチョコレートコーティングも魅力だが、ふわふわホイップクリームも貴婦人の如き姿だろう。
「季節のフルーツもありますし、味の相性ですと白猫さんかしら?」
 黄金色に焼けたケーキが、『にゃん』と返事をしたような気がする。
 カーディスがご機嫌で冷蔵庫に手を伸ばした時――ザラームから着信が入った。
「はいはーい。おや、ザラームさん。 相談? いつでも伺いますよ〜。あっ、今ケーキを作っているんです。良ければ今から私の部屋へ来ませんか?」
 親しい友人が一緒であれば、ティータイムもきっと楽しい。
 相談がどういったものかはわからないが、思いつめるような時こそ甘いものを。




「休みの日だというのに、すまぬのぅ」
「ようこそいらっしゃいですのよ! お菓子とお茶をちょうど用意いたしましたので、どうぞですのよ」
 いつになく弱気なザラームの訪問に、カーディスは少しだけ驚いて、すぐに笑顔に戻る。
 困ったことがあるから、相談に来たのだ。
 不安があるなら、取り除くのが友というもの。


 白い毛並みの貴婦人ケーキを前に、ザラームは赤い瞳を見開く。
「器用じゃのう……。なんと愛らしい猫か」
「そうでしょう、そうでしょう! ……切り分けるのが可哀想というのを忘れていたのですよ……」
「……おぬし」
 しょぼくれる青年の頭をポフポフと撫でながら、ザラームは笑いを誘われる。
「ところで、ザラームさんのお悩みとは?」
「はっ。そうじゃった。それがじゃな。……」
 香りのいい紅茶を一口飲んで、ザラームは押し黙る。
 なかなかに言い出しにくい。

「のう、カーディスや。……恋とはなんじゃ?」

 時間が少々、止まったかのような沈黙。
「こい?」
「こい」
 首をかしげるカーディスへ、ザラームは神妙な面持ちで頷く。
「というのもな、女友達から相談を受けたのじゃ。『好きな異性が出来たが、どう接すればいいのかわからぬ』とな」
「ほほう」
「しかし、わらわには恋愛経験が無い」
「なんと」
「カーディスはわかるか?」
「……難しい質問ですね」
 恋……初恋はいつだったか……あったはずだ、たぶん昔。
 現在の生活が充実していて、忘れてしまっただけ。
「…………そ、その。すまない」
 珍しいことにカーディスの眉間にやたらと深いシワが刻まれて、ザラームはしどろもどろしてしまう。
「わからなければ、試してみればいいのです!」
 ザラームの相談に乗ると言ったのに、逆に心配されてどうする。
 カーディスは猫のようにブルルと首を横に振って、考えを切りかえる。
「『恋人同士』の行動を取ってみれば、なんとなくわかると思うのですよ!」
「恋人……同士」
「学園にはたくさんいますからね、友人知人のカップルさんの様子を思い出せば良いのです」
「……ふむ」
 それは名案かもしれない、とザラームは小さく頷いた。
 『自分の気持ち』は解からなくても、仲睦まじい様子は目にしている。
 まずは形から、ということ。
 そこがわかれば、『どうすれば、そのような関係へ近づけるか』も逆算できるのでは?
 相談相手としてカーディスを思い浮かべた時にも考えたはずだ。
 なかなかの適役だ、と。




 ふわりと、花のような香りがカーディスの鼻孔をくすぐる。
 膝の上に座らせた、ザラームの髪が触れるのだ。
「はい、ザラームさん。あ〜〜ん」
「よ、よせ、ひとりで食べれる…… んん」
 カーディスは、フォークですくった白猫ケーキをザラームの口元へ寄せる。
 恋人ではなく子供扱いではないか? そう言いながら、ザラームは唇を開き甘い甘いケーキを頬張った。
「どうです?」
「甘い……。ん、さすがじゃな。美味なのじゃ」
「よかった」
 至近距離で、カーディスが笑う。
 こんなに近づくのは初めてで、ザラームは少しだけ面食らった。
(見た目より……意外とがっしりしておるの)
 そして、背中越しに感じるカーディスの体温、ザラームの体を支えるべく回された左腕の力強さに気づく。
(おお……、こうしていると心臓の音も聞こえる)
「ザラームさん?」
「あっ、いや。なんだ、カーディスもやはり撃退士なのだと思ってな」
「と言いますと?」
「着ぐるみの下は、きちんと鍛えておる。ふぅむ、こうして触れるは初めてか」
 ザラームは身を捩り、カーディスの胸の辺りをペタペタ触った。
「くすぐったいですよ〜〜。それをいったら、ザラームさんだって」
「わらわが?」
「…………」
 柔らかくて、いい匂いがする。
 するりと出るはずだった言葉が、何故かカーディスの喉につかえた。
「私にも、ケーキを下さい?」
「あっ、そうじゃったな!!」
 目と目が合って、心音が跳ね上がったのはどちらだろう。
「ほれ」
「いただきます。あーーん」
「こら、くすぐったい、あ〜〜〜」
 差し出したフォークをもつザラームの手首を軽く握れば、彼女は肩を揺らす。その拍子にクリームはカーディスの鼻先を掠めた。
「やれやれ、悪戯するからじゃ」
 仕方がないのう。
 ザラームはスイと上体を伸ばし、赤い舌でそれを舐め上げた。

 ――カチリ

 目と目が、これ以上ない至近距離でぶつかり合う。
「ッ!!」
 反射的に、ザラームはカーディスから離れていた。
(な、……なんじゃ?)
 心臓が。
 心臓の、早鳴りが。
 いつにない鼓動に驚いて胸に手を当てるが、キュゥと痛みもある。
(どういうことじゃ?)
 カーディスは……友人で。
 優しくて、話していて楽しい相手で。
 『そんな』目で見たことなんて、考えたことなんてなくて……
「ザラームさん? お顔が真っ赤ですのよ??」
 ケーキにお酒は使っていなかったけれど――
 様子がおかしいと感じたカーディスが、身をかがめて彼女の顔を覗きこもうとする。
「……ッ、カーディス!」
「はーい?」

「す、すきかもしれぬ」

 今度こそ確実に、時間が止まった。




 好きかもしれぬ。
 告げたザラーム本人が、誰より動揺していた。
(まさか、しかし、そうでもなければ説明がつかぬ……)
 今まで、どんな顔をして傍にいたんだろう。
 気持ちを自覚した瞬間に、全身の血が沸騰したかのような感覚に襲われる。
 熱くて、苦しくて、気恥ずかしいのに。
 ――逃げられない。

「……それは、その」
「言わせるな」
 部屋の片隅で、耳の先まで真っ赤にして体を小さく丸めながら、ザラームは掠れた声を出す。
(えーと、だって、そんな、今まで)
 素振りなんてなかった。そもそも『恋がわからない』と言ってきたのはザラームで、
(ですが、これ、は……)
 ああ、心臓の音がうるさくて考えがまとまらない。
 ザラームが、思春期の少女のように戸惑いを見せている。
 何がきっかけかはわからないが、つまりは――そういうことなのだろう。
(私だって、ザラームさんのことは……憎からず思っています、けれど)
 自分の気持ちは、彼女と同じなのだろうか。
 さっきまで、互いに友人と認識していたはずなのに。
 触れて、接近して、酔ったような感覚に落ちて。
 少女のようなザラームを、可愛らしいと思う。
「……ザラームさん」
「よ、寄るな、今はだめじゃ」
「何がだめなのでしょう?」
「変な顔をしておる……見るな」
 近寄るカーディス。逃げるザラーム。
「ザラームさんは……かわいいですよ。ですから、ちゃんとお顔を見せて下さい」
「ななななななな、おぬし、なにを!!」
(……ああ)
 鈍感なカーディスにもわかる。これは。この気持ちは。
 青年が手を伸ばす。女の細い手首を取る。顔を覆うそれを、そっと外す。

「……私も……ザラームさんの事が好きかも……しれない、です」

 止まった時が、動き出す。
 カチコチと時計の音が、2人しかいない部屋に響く。
 これ以上ない赤面をした、若い男女が硬直して見つめ合う。
「か」
「か」
「『かも』とはなんじゃ、はっきりせぬのぅ……!!」
「えぇえええええええ!? これでも私には精いっぱいですよ……!!?」




 そうして、時間は動き出す。
 いつの間にか種が撒かれていた気持ちが、ようやく芽吹く。

 傍にいると安心する。
 でも、胸が苦しい。
 顔が熱くなって、心臓の早鳴りが止まらなくて、呼吸が苦しくて、
 辛いはずなのに、どうしてか幸せが背中合わせに存在している。


 きっと、これが『恋』。
 友にはなんと、アドバイスをしようか。



【恋愛シミュレーション+α 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7927 / カーディス=キャットフィールド / 男 / 20歳 / 鬼道忍軍 】
【ja7518 / ザラーム・シャムス・カダル  / 女 / 20歳 / アストラルヴァンガード 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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楽しんでいただけましたら幸いです。
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2016年09月27日

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