▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 テイブル・スレイト・トラップ 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)


 そこは一見、古ぼけた小さな家のように見える。恐らく西洋文化が日本に入り始めた頃に建てられた小さな洋館を模しているのだろう、洋館と評するには小さく、規模自体は普通の一軒家のようだ。だが外観はレトロな洋館そのもの。だが小さな看板が下げられている。ここは今、店として使われているようだ。
「ひさしぶりね」
「元気にしてた? なんて愚問かしら」
 ドアベルを鳴らしたシリューナ・リュクテイアは、内側から扉を開いた女性と挨拶を交わす。挨拶でくすくすと笑い合う様子を見て、この二人は相当気が合うのだなとファルス・ティレイラは思った。
「あなたがティレイラちゃんね、はじめまして」
「は、はいっ。ファルス・ティレイラです。よろしくお願いします!」
 シリューナの横、一歩後ろに立っていたティレイラを見て女性は柔らかな表情を浮かべた。ふわふわの黒髪に緑の瞳が優しくて、ティレイラは慌てて頭を下げる。
「シリューナから話は聞いていたのよ。会わせてってお願いしてたのだけど、ようやく叶ったわね」
 どうぞ、とふたりを建物内へと招き入れつつ、女性は嬉しそうに語る。
(お姉さまが、私のことを……?)
 何を話したのだろう、ティレイラは前を歩くシリューナの表情を伺うが、彼女は女性と言葉をかわしていて、ティレイラの問いに答えてくれそうはなかった。それに久々の逢瀬に水を指すのも悪いと思い、ティレイラは知りたいという思いを一生懸命抑えた。


「最近はどうなの?」
「そうね……そこそこの掘り出し物はあったわ」
 商談用と思しきソファに腰を掛けてシリューナが問うと、高そうな茶葉を使った紅茶をカップに注ぎつつ、女性はそれに答える。
「遠慮せずに召し上がってね」
「は、はいっ」
 紅茶と色々な焼き菓子の乗った皿を差し出されて、ティレイラは元気よく返事をしていただきます、とカップを手に取った。
(わぁ、素敵なカップ。きっとこれも高いですよね……)
 上品質なカップと精緻な絵柄を見てから一口頂く。喉を通る熱、口の中に広がる香りがとても上品で美味しい。
(お菓子もいただこう)
 シリューナと女性は近況や、最近手に入れた魔法道具や骨董品の掘り出し物の話をしている。交わされる言葉をBGMに、ティレイラはチョコレート色のクッキーへと手をのばす。
「……!」
 口に入れて少し力を入れただけでホロリと崩れるクッキー。チョコレートの味はするが甘すぎずにスッキリとしていて、サクサクホロホロの触感を何度でも味わいたくなる――美味しい。ティレイラは憑かれたようにクッキーへ手を伸ばしては食べて、幸せそうな表情を浮かべる、を繰り返している。
(……くす)
 あまりに夢中になっていて、隣りに座る彼女の様子をチラリと横目で見たシリューナが、くすっと笑ったのにも気が付かなかった。



(はぁ……美味しかった。お腹いっぱいになっちゃった)
 あの後、紅茶のおかわりをいただきつつ、クッキーだけでなくフィナンシェやマカロン、マドレーヌやスコーンまで頂いてしまった。ちょっと食べすぎたかなと思った頃にはもう遅かった。
 ティレイラは息をつきつつ、その場から見える景色を改めて見渡す。その場から見えるだけでも骨董品や魔法道具の類がたくさん展示されていて、ティレイラの見たことがないものもたくさんある。
(……)
 ちらっとシリューナと店主の女性を見たが、よほど気が合うのだろう、ふたりの会話は止まりそうにない。お腹がいっぱいになってしまったティレイラは少し手持ち無沙汰になってしまった。同時に、店内に並べられている品物に対する好奇心がむくむくと湧いてくる。
「……あの……」
「どうしたの?」
 なんとかふたりの会話の切れ目に無理やり言葉を挟み込んだティレイラ。シリューナの方はずっと見つめていなくても隣りにいる彼女の様子はわかっていたのだろう、何かもじもじしていた彼女が口を挟んだことを責める様子はなく、いつもの声色で視線を向けた。
「店内を見せていただいてもいいですか? 色々なものがあって、もっと近くで見てみたくて」
 おずおずと告げたティレイラに反し、女性は柔らかい表情のまま頷く。
「もちろんかまわないわよ。ごめんなさいね、シリューナを取ってしまって。退屈だったでしょう?」
「い、いえ、そ、そんなことはっ……」
 女性の言葉に胸元で慌てて両の手を振るティレイラ。お姉さまを取られた、とまでは思っていなかったが、会話に入れず退屈だと少し思ったことがバレてしまったのだろうか。
「じ、じゃあ見させてもらいます!」
 スカートの裾を翻らせるようにして商談スペースから出ていくティレイラ。その後姿を見たふたりの間で「かわいいわね」「でしょう?」というクスクス笑いを伴った会話がなされていたことを、彼女は知らない。



 商談スペースを飛び出して、店の入口付近まで来たティレイラは息を整えてから顔を上げた。
「うわぁ……綺麗」
 視界に入ったのは、ステンドグラスのように色が組み合わされたランプシェード。店内の明かりにキラキラ輝いて、色々なサイズや色、モザイク画のようなものもティレイラを魅了する。
(でもきっと、全部がただのランプじゃないよね……)
 ここはただの骨董品店ではない。店主は魔女で、シリューナと同じく魔法道具も扱っているはずだ。ティレイラにはどれが普通のランプでどれが魔法道具なのかは区別がつかないので、下手に触らない方がいい。
(すごいいろいろなものがある……)
 入り口そばのランプから順に店内を巡っていくティレイラ。新しいものには新しいものの、そして古いものには古いものの良さがあると再認識させられる。店主の趣味が良いのか、どれも魅力的な品々で。最初に思った「下手に触らない方がいい」という思いは、「せっかくだから直に触って見たい」という好奇心に塗りつぶされていった。
「あれ……」
 ちょうどその時ティレイラが差し掛かったのは、壁にかけられた変わったタペストリーかなにかだと思っていたもののある場所。立ち止まって眼前にしてみれば、それが壁紙やタペストリーなんかでないことははっきりと分かる。
(これ……石でできてる……? 石版、かな?)
 ティレイラの背丈くらいあるその石版は壁に立てかけられている。ただの石の板ではなく、精緻で複雑な模様が刻まれていて。その文様の意味はわからないけれど、なんとなく無意識のうちに惹かれてティレイラは石版に手を伸ばしていた。そして柔肌に触れるように丁寧に、指先で模様をなぞっていく。すると――。
「……!」
 最初はじわりと滲み出るような光だった気がする。けれどもそれはすぐに強さを増して。
 文様が発光するとともに何故か石版の触感が変わった。固く冷たかったそれが、まるで液体のように掴みどころがなくなって。
「きゃぁっ!?」
 ずぶり、指先から手首、そして腕まで石版に飲み込まれて――!?

「お姉さま、お姉さまー!!」

 驚き、そしてパニックになったティレイラが大声で呼んだのはシリューナ。そしてシリューナもなんだか騒がしくなったことに気が付き、慌ててソファから立ち上がった。なんだか嫌な予感がする。
「ティレイラ!」
 声のした方向へと向かったシリューナが目にしたのは、大きな石版に片腕を飲み込まれて涙目のティレイラ。
「ティレイラ、あなた、また余計なことを……」
 その様子を見て状況を分析しようとしたシリューナだったが……。
「お姉さま、助けてください!!」
 今も腕を引かれているのだろう、このままでは石版の中へ飲み込まれてしまうと焦るティレイラは、無事な腕を伸ばし、シリューナの身体に抱きついた。
「っちょっ、ティレイラっ!!」
 不意を突かれたシリューナはぐい、とティレイラと石版に引き寄せられてしまった。ティレイラはすでに片方の肩口まで石版に飲み込まれている。
「なんとかしてほしいのはわかるけれど、こういう時は落ち着いて対処しなさいと毎回言っているでしょう?」
 呆れたように告げるシリューナだったが、ティレイラを振りほどくようなことはしない。じわじわと、石版に引き寄せられているとしても。
「ちょっと、これ、なんとかしてちょうだい」
 シリューナは自分の後を追ってきた女性に助けを求める。だが返ってきた答えは「今は無理ね」の一言。
「これは発動中に止めることは無理なのよ。発動が止まって術が完成した後なら解除できるわ」
 そう告げる女性だが、どこか明らかに楽しげなのは何故だろうか。
(発動中に解除する方法はあるけれど、教える気はないのね)
 シリューナは深く息をついた。彼女の様子から察するにそういうことだろう。ここは諦めるしかない。
「お、おねえさ……」
 ティレイラの言葉が途切れた。引く力が強まり、シリューナも次いで石版の中に取り込まれる。抵抗はしなかった。無駄だと分かっていたから。
「んっ……なに、これ……」
「あっ……や、だめ、です……」
 石版の中は魔力が詰まっていて、その魔力が全身にねっとりとまとわりついてくる。絡め取られるような、くすぐられるような、羞恥と快楽と嫌悪の混ざった不思議な感覚。
「っ……う、んっ……」
「……ゃ、ぁ……ぁん……」
 意志とは裏腹に漏れ出る不本意な声は石版の外まで響いていることを彼女たちは知らない。
 光が弱まり、石版の表面が再び硬化した。するとその石版には、シリューナとティレイラの姿がレリーフのように浮かび上がったのだ。
「あら、とても素敵なレリーフになったわね」
 くすくす、と嗤いながら女性はレリーフのシリューナの頬へと触れる。
「シリューナの造形美も素晴らしいじゃない。素材として優秀よ」
 半ばからかうように女性は触れた指先を胸から腰へ、そして腿へと這わせていく。なめらかな曲線が、シリューナの造形の素晴らしさを示していた。
「大丈夫よ、今回は不完全な封印だから、すぐに戻るから」
 告げて女性は、今のうちとばかりにシリューナとティレイラの身体の線を辿り始めるのだった。





         【了】





■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【3785/シリューナ・リュクテイア様/女性/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】


■         ライター通信          ■

 この度は再びのご依頼ありがとうございました。
 お届けまでにお時間を頂いてしまい、申し訳ありません。
 珍しくシリューナ様も固まってしまわれるということで……この女性の一人勝ちでしたね。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
みゆ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年09月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.