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『Imitations 』
ニノマエ・−8848)&ウィスラー・C・オーリエ(8811)
 今時めずらしいほどに無骨な面相のセダンカーが街を行く。
 コツコツコツ。防弾仕様のドアウィンドウをノックし、ウィスラー・C・オーリエは貴公子然とした顔を大げさにしかめた。
「もう少し厚みが欲しいところだね。これでは今時の対戦車兵器は止められないだろう」
 ウィスラー・Cの左右を固める護衛が助手席に座る秘書のうなじを見る。ブルネットの後れ毛に飾られた彼女のうなじは実に麗しかったが、護衛は自分の目にご褒美をくれてやるためにそうしたのではない。単純に、オーリエ財閥のトップであるウィスラー・Cへ直接言葉を返せる立場の人間が、車内に彼女しかいなかったからだ。
「むしろボスをお守りするのにそれが必要でしょうか?」
 秘書の淡々とした返答に、ウィスラー・Cは端正な顔を笑みで歪め。
「私は確かに運はいいが、だからといって無敵のヒーローではないよ」
 悪魔的な幸運。それがウィスラー・Cのもっともたる能力だ。
 狙う弾は偶然に逸れるものだし、凶刃は居合わせた誰かの自己犠牲によって止められる。彼は鋼の肉体を備えてなどいないが、その幸運は他のどんな超能力よりも確実に彼の命を守るのだ。
 だからこそ秘書は、答えるでもなく言葉を次いだ。
「装甲車を使用しているのは周囲への配慮です。襲撃を恐れているふりをしておけば、敵の目はこちらに向くでしょうから」
 情ではない。当然だ。彼女が人の命を気にすることなどあるものか。そしてそれは、ウィスラー・Cもだ。
「なるほど、被害者に賠償金をばらまく手間を省きたいわけだ」
 ウィスラー・Cはウィンドウの向こうに広がる世界最高位の治安を実現した平和都市、東京を見やる。
 なんともすばらしいことだ。たとえ彼が車から飛び降り、その身を晒すだけで容易く打ち砕かれる程度の平和なれど。
「……お望みの状況すぐに訪れます。ボス、あなたの仕事は笑みとサインを刻むだけのものではないのですから」
 言い聞かせられたウィスラー・Cは両眼を閉じ、シートへ背を押しつけた。
「手早くすませてトウキョウ観光を満喫したかったが――表でも裏でも働き続けるのが我が身の宿命というやつか」
 まあ、来るというなら待てばいい。
 あとはせいぜい、“お望みの状況”の運び手が美しいオイランであることを祈ろう。



 常の警備服からダークスーツに着替えさせられたニノマエは、首を締めつけるネクタイをゆるめたり締めなおしたり、所帯なさげに突っ立っていた。
 いる場所が東京というだけでなんとも居心地が悪いのに、今日は彼が所属する研究所の本社で「お客様」をエスコートしなければならないのだ。

 話の始まりは、世界規模で多数の事業を展開するオーリエ財閥が、欧州諸国をターゲットにした軍事産業の拡大を図ったことにある。
 オーリエ財閥はエレクトロニクスに強いかわりメカニクスに弱い。繊細で高性能だが耐久力、適応性の低いその兵器は、市場において伸び悩んでいた。
 その弱点を補い、市場での信頼を高める。実現のためには新たな部署を立ち上げて研究を重ねるしかないが、その時間が惜しい。そこでメカニクスに強くエレクトロニクスに弱い、それでいて実績のある研究所との提携を、財閥は決めたのだ。
 ――研究所と正規の契約を結ぶため、財閥のトップが自ら本社へ来る。
 その報を受けた研究所は、“実績”のあるホムンクルスをSPとしてつけ、メカニクスばかりではない自組織の技術力をアピールすることにしたわけだが。
『ニノマエを推薦しておいた』
 いや、猛烈な勢いで辞退はしたのだ。自分は山奥の研究所の警備員で、SPなどできやしないと。だがしかし。
『君も一端の警備員だ。そろそろ研究所だけじゃなくて、対象が人でも警備できるかを試しておくところだろうさ』
 ニノマエと縁の深い研究者はそう言い、彼を輸送ヘリに押し込んだ。
 果たして彼は本社ビル屋上のヘリポートに投げ落とされることになったのだった。

 なんだってんだよ。どうしたらいいってんだよ。
 まわりはスーツ姿の人間ばかり。見慣れたバケモノは一匹だっていやしない。
 ニノマエは自らが生み出した異様な緊張感に苛まれ、どうしようもなくなって待機していた応接室から抜け出した。そして落ち着いたのは、正面玄関の前――警備員の定位置である右隅だったのだ。
 ――こんなとこにまで来といてこれかよ。どんだけ警備員根性染みついてんだよ、俺。
 当然、本物の警備員が怪訝そうな目を向けてくるわけだが……必死で気づかないふり。目の前を横切っていく人々も、スーツに着られた若造が眉間に皺を寄せて警備員立ちしている様をちらちら見るが……これにも気づかないふり。
 ――約束の時間、まだかよ。早く来いよお偉いさん!
 こんなときに限って時間はまるで過ぎ去ってくれず、警備員とニノマエの間に微妙な空気がみっしり押し詰まって、息苦しくなったころ。
 正面玄関の前に黒塗りのセダンが停車。助手席から女が、後部座席から黒スーツの巨漢が降り、そのまま開け放した後部ドアを挟むように立った。
 ニノマエにセオリーはわからなかったが、女と巨漢の眼の配りかたと眼光の鋭さで、なにが降りてくるのかは知れた。
 ――お客様のご到着か。
 迎えに行くべきかと思ったが、やめた。
 どう見てもただの人間ではないものが護衛についているのだ。下手に近づけば、それだけでぶち殺されないとも限らない。単純な強さは、悩むまでもなく巨漢のほうがニノマエよりも上だ。そして……護衛より、あの女のほうがやばい。
 ニノマエは目線を巡らせる。あの車を狙撃できる場所はどこだ? 道を行く車が突っ込んではこないか? 敵意を隠して近づいてくる奴はいないか?
「出迎えご苦労」
 もうひとりの巨漢が車道側で警戒にあたる中、ようやく降車したのは純白のスーツでその身を固めた白皙の青年だった。
「ウィスラー・C・オーリエだ。今日はよろしく頼むよ」
 歩き出したウィスラー・Cの左と背後を巨漢ふたりが、右を女がフォローする。空いている前がニノマエの担当ということらしい。
 ぎこちなく青年を迎えるニノマエに、ウィスラー・Cは笑みを投げた。
「ふん、少しは使える者を手配してくれたようだ」
 護衛の眼に障らないよう控えていたことへの評価であろうその言葉に、ニノマエはぼそぼそと返した。
「……いえ、俺はただの警備員ですから。その、大変なお役目を仰せつかって光栄です」
 棒読みで垂れ流す。ここで頭を下げなかったのは、彼のまわりにいる三人から目線を切りたくなかったからだ。
 と。
「警備員君」
 ニノマエの三白眼が、ウィスラー・Cを見た。――見ようとしたわけではない。勝手に吸い寄せられたのだ。
「君はまだ“狭い”。発展途上でいられるのは生きている間だけだと心得るんだね」
 今度こそ意図がつかめず、言葉に詰まったニノマエを置き去り、ウィスラー・Cは本社へと踏み入っていく。
 あわてて後を追ったニノマエだったが、青年の背は護衛のそれに隠され、垣間見えすらしなかった。



 契約は問題なく結ばれた。
 となれば、次に待っているのは当然、「おもてなし」だ。
 環状線の中央部とは思えない、趣のある坂の半ばに門を構える料亭で、若い芸者から酒をつがれたウィスラー・Cは興味深げにうなずいた。
「なるほど。オイランとゲイシャは異なる存在なのですね」
 ちなみに末席で、熟し過ぎた芸者の接待を受けていたニノマエもまた、花魁と芸者を同じものだと思っていたクチだ。帰ったらアニキに教えてやらねぇと。
 巨漢ふたりは席につくことなく、庭と廊下でそれぞれ警備の任にあたっているようだが……ウィスラー・Cの片脇、優美なしぐさで刺身を口に運んでいた女――秘書がふと口を開いた。
「ボス。芸者の方々に、花代はいかほど支払われているのでしょうか?」
 あまりにも唐突な言葉に、芸者たちが一斉に顔を上げる。
「さあね。ただ、彼女らの命に釣り合うほどの額でないことは確かだろうさ」
 この言葉に煽られたように、芸者たちが剣呑な光を目に閃かせ、懐から扇子を抜き出した。
 ――鉄扇でもない普通の扇子? まさかあれでウィスラー・Cを殴ろうってのか? ってか、どう見ても素人の女がヒットマン?
 机を上に並べられた料理ごと芸者たちへ蹴りつけ、立ち上がったウィスラー・Cは、笑みを浮かべたままニノマエに語った。
「ペン型のライトセーバーだよ。十秒も振り回せばエンプティになる非実用的な兵器だが、点ではなく面の攻撃ができる分、素人には使いやすい」
 いつの間にか、接待の担当だった本社の部長が消えていた。
 このような状況に放り込まれるのは初めてだが、さすがにわかる。あの部長は敵側のスパイだったわけだ。
 芸者たちが扇子の先から伸び出した光線剣を突きだし、ウィスラー・Cに殺到する。
 即座に割って入ったニノマエは左腕で、剣を握った芸者たちの手首を上に払った。光刃に触れたスーツのウールが焦げ、内に隠されていた皮を焼くが、かまわずに腕を振り切る。
 着物の裾に阻まれ、脚を開くことのできない芸者はそれだけで大きく体勢を崩し、そして。
「誰かを殺そうという者は、誰に殺されたとて文句は言えないものです」
 秘書の指先から伸び出した爪に首を薙がれ、丸髷に結い上げた頭を畳の上で弾ませた。
「ジャクリーン・ザ・リッパー。それが彼女の銘だよ」
 涼しい顔で解説するウィスラー・C。
 ジャクリーンとはジャックの女性名だから、つまりは切り裂きジャックの女性形として造られた人型兵器ということになる。
「……人型兵器の技術力を財閥に見せつけるはずじゃねぇのかよ」
 逆に見せつけられる形になって、ニノマエは苦い顔で独り言ちた。
 そこへ巨漢がふたり、廊下と庭から戻ってきた。爬虫類特有の確執の鱗に覆われた手に、力任せに引きちぎったらしい人間の残骸をぶら下げている。残骸の元が何人分で、それぞれが誰なのかは推察するしかない有様だが、内のひとつは部長なのだろう。
「で、俺は帰っていいんですかね?」
 すっかりやる気をなくしたニノマエがウィスラー・Cを振り向いた、そのとき。
 芸者たちの骸が動き出した。正確に言うなら、その腹が。
「それにはまだ早いようだね」
 芸者の腹を突き破り、這い出してきたのは金属の蛇だ。
 蛇は互いに身を寄せ合い、縒り合い、繋がりあって――安っぽい銀光を映す骨標本となった。
「ベリリウム合金、でしょうか。砂漠で開発が進められているとの報は入っていましたが」
 秘書の言葉にウィスラー・Cは苦笑を返し。
「だとすれば、敵もまた新たな人型を投入してきたわけだ。ゲイシャに飲み込ませて運び込ませることのできる、日出ずる国特化型組み立て式兵器を」
 標本がギチギチと動きだし、墜ちている芸者の骸を拾い上げては骨を引き抜き、肉を“着始めた”。
「攻撃をかけます」
「待て、能力が見たい。記録映像を残しておいてくれ」
 秘書はかるく肩をすくめ、大きく退いてスマホのカメラを構えた。
 その間に、巨漢ふたりが不格好な女と化した標本へ襲いかかる。
「ゲェェッ!」
 巨漢の能力はリザードマン化である。先の秘書もそうだが、財閥の人型兵器は遺伝子情報の書き換えによる変身、変形がメインのようだ。
 文字通りのハンマーパンチが標本を吹き飛ばした――
「肉を着たのは対衝撃用か」
 着たばかりの肉は爆ぜ飛んだが、標本はその場から動かなかった。それどころか、ギチギチと前へ。リザードマンの拳の皮に自分の指先を突き込み、そして。
「アガギギギギゲゲ!!」
 リザードマンの内へ、一匹の蛇となって潜り込み、“着た”。
「こちらが本来の能力か。標的の体内へ潜り込み、骨に成り代わって乗っ取る。もう少し賢くできれば、要人のすり替えにも使えそうだ」
 口から持ち主の骨を吐き出したリザードマンが、同僚だったもう一匹の首筋に食らいつき、噛み裂いた。
「さあ警備員君、見せてもらおうか。研究所が誇るホムンクルスの不死身を」
 元どおりに起こした机に腰かけて脚を組み、ウィスラー・Cが端正な笑顔を傾ける。
 ずっと最前列特等席にいるくせに、襲われるどころか巻き込まれることすらない。異様な幸運というよりないが、気にくわないのは本人がそれを自覚し、身を守ることもなく見物に興じていることだ。
「……護衛が死んだぜ。せめて逃げるくらいの誠意があってもいいんじゃねぇのか」
 ネクタイという軛を自ら投げ捨て、不機嫌に言い放つニノマエ。
「せっかくの新型との交戦データだよ。私の見解を添えたレポートは財閥と研究所の今後に役立つ。そのために私が逃げられないし、部下を見殺す必要があったのさ。それにね」
 ウィスラー・Cは芸者だった肉片を親指の先で指し。
「彼女らがどんな理由でここに来たのかは知らないが、人の命の価値ですらこの程度だ。人のふりをしたイミテーションの命の価値が、彼女らのそれより重いとでも?」
 ニノマエには答えられなかった。
 芸者たちは敵の兵器を分割して運び、最初の攻撃から兵器を守るためだけに死んだ。金に目が眩んだのか脅されたのか、理由はどうでもいい。ただ、彼女たちが誰かの都合に容易く動かされ、死にに来たのだという現実は変わらない。
 そもそも人型兵器とは、戦うためだけに造られた偽りの生命だ。次の戦いに役立つなら、その死にはそれなり以上の意義がある。
 そうだ、意義はあるのだろう。
 だとしても。
 いや。
 だからこそ。
「俺は。誰かのお役に立って死なせていただきますなんて、死んでも言わねぇ」
 リザードマンがウィスラー・Cへ襲いかかった。
「ちっ!」
 固い皮に鎧われた拳をニノマエは掌で受け止めたが、その瞬間に手はおろか腕、肩の骨までもが衝撃で砕け、瞬時に再生してまた砕けた。
「ぐああっ!!」
 再生される、まさに塊のごとき鈍痛にニノマエはわめき、畳に倒れ込んだ。剣――は、銃刀法の縛りで持ち込むことをゆるされなかった。ならば代わりを。なんでもいい。
 立ち上がったニノマエの手に握られたものは、芸者たちの扇子だった。残された稼働時間は一本につき五、六秒といったところか。先ほど食らった感じでは、斬れ味にも期待はできない。
「それでも素手よりはマシだぜ」
 ニノマエがリザードマンの頭にしがみつき、目から脳までを光刃で貫いた。
 痛みを感じていないのか、リザードマンはギチギチと体を鳴らし、ぶるりと震える。
「が――げ――ぇ」
 それだけで畳に落ちたニノマエが、体を引きつらせて激しく吐いた。
「“骨”から肉体へ強い電気信号を送り込み、超振動させた」
 ウィスラー・Cの解説が耳鳴りを越え、ニノマエに届く。
 体格も攻撃力も上で、痛みも感じず、さらには振動でこちらを痛めつける……。なんだよそれ、そんなんアリかよ!
 リザードマンが損傷した目の玉ごと、傷ついた自らの一部を掘り出し、引きちぎって捨てた。
「“本体”もナシかよ……」
 考えてみれば当然だ。もともとが多数の蛇型機械の寄せ集め。一部を壊したところで、簡単に切り離せる。
 どうすればアレをまとめてスクラップにできる!?
 必死で立ち上がったニノマエは、再び飛んできたパンチで顎を打ち抜かれ、また畳に這ったが。
 顎の骨はきっちり折られたが、砕けてはいなかった。
 勢いは先ほどと同じ。なのに威力が下がった。と、いうことはつまり。
 ニノマエは顎の骨が接着するまで待たず、リザードマンにもたれかかった。
 すぐさま彼を抱きかかえるリザードマン。いいぜ、もう少しかっこよく行きたかったとこだけどよ、それでいい。
 果たして超振動がニノマエを襲う。
「が――が――」
 リミッターの外れたな低周波治療器さながら、ニノマエの肉を、内臓を、脳を揺する振動。
 ニノマエは破裂した毛細血管からあふれ出る血で皮を赤く染め、それでも揺らされ続けていたが。
「――こ――れで――どうだ――よ!」
 左手に束ねて握り込んでいた扇子から光刃を伸ばし、リザードマンの右腕の手首に押しつけて無理矢理焼き斬った。
 おそろしい勢いで血肉のゲルを噴く腕をそのままに、リザードマンが残る左拳でニノマエを打つ。
 ぶっ飛ぶニノマエだが、その体についた傷はただの打撲痕だった。
「そんだけてめぇの体振動させたらそうなんだろ!」
 強制的に微細振動させられた肉が崩壊し、皮の中でミンチになっていたのだ。硬さを失った拳は当然威力を大きく減じることとなる。
 出口が開いた以上、中身は外へ流れ出るのみ。見る間にやせ細っていくリザードマンに、ニノマエが青ざめた笑みを投げる。
「よぉ、俺の体でも使ってみるか? いけすかねぇお坊ちゃまくらいぶっ殺せるかもしんねぇぜ?」
 リザードマン、いや、骨格標本もどきに頭脳があるのかはわからない。が、標本はニノマエの誘いに乗った。
 蛇となった標本は、ニノマエが自らの体に空けた穴から彼の体へ潜り込み、骨に巻きついてこれに成り代わる――
「いいぜ、そのまま……まとめてぶっ壊れろよ!!」
 骨から生肉を引き剥がされる絶望的な痛みを噛み殺し、ニノマエは体内にあふれた血をすべて刃に変えた。



「まさか自分の体内に引き込むとはね。まさに不死身でなければ思いつかない手だ」
 秘書が運転するセダンの後部座席で、ウィスラー・Cは楽しそうに手を叩いた。
「……できることがあれしかなかった。それだけだ」
 しかめ面で彼の横に座ったニノマエがむっつりと返す。数百の切れ端と化したスーツは、まとめてコンビニの袋に突っ込んである。
 そんなニノマエを見やりながら、ウィスラー・Cは小さくため息をつき。
「謝罪するよ。つまらないパフォーマンスに付き合わせてしまったね」
 疑問符を飛ばしたニノマエに、彼は説明を重ねた。
「砂漠はどうやら我が財閥と手を組みたいらしい。あれは“素体”の売り込みさ。うちの技術が提供されれば、あの兵器は変わる」
 確かにそうだろう。財閥のエレクトロニクスによる電子脳が搭載されれば、あの兵器は暗殺機械としての完成度を飛躍的に高める。
 研究所としては当然、ウィスラー・Cの発言を見過ごしてはならないのだが……。
「勝手にしろよ。駆け引きがしてぇんだったら、人間様相手に好きなだけこねくりまわしたらいい」
 ニノマエは人型兵器だ。たとえ同じ型を与えられていたとしても、ホムンクルスはけして人にはなれないのだから。
「人型の分をわきまえ、その上で人を敬わず――すばらしいね」
「は?」
 顔を上げたニノマエに、ウィスラー・Cは相変わらずの笑顔で手を伸べた。
「私の部下にならないか? 私が力を与えよう。何者にも侵されず、君が君でいられる力をだ。どうだろうね、ニノマエ君」
「――あんた、なにしようってんだ?」
「創造主への造反かな」
 ざわり。ウィスラー・Cの白い皮の下で、硬く鋭いものが形を成そうと蠢き騒ぐ。
 こいつ、人間じゃねぇのか!
“質”がちがいすぎて気がつかなかったが……この男は、やばい。死んだ巨漢どもはもちろん、あの兵器よりも秘書よりも。
 身構えたニノマエにウィスラー・Cがささやく。
「ニノマエ君に私の秘密を打ち明けよう。ウィスラー・CのCは――」
 しかし。
「黙って息だけしてろ。俺の仕事の邪魔すんじゃねぇ」
 ニノマエが顔をそむけ、吐き捨てた。
 ウィスラー・Cの正体がどうあれ、知る気はないし立場を違える気もない。
 あまりにも拙い拒絶に、ウィスラー・Cは思わず苦笑を漏らし。
「なるほど、ホムンクルスの矜持とは思いの外一途なのだね。見習いたいものだ。見習えはしないがね」

 それはひとつの邂逅。
 人ならぬ警備員と人ならぬ御曹司の一瞬の交錯だった。
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2016年10月03日

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