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『鬼と狂犬 』
猪川 來鬼ja7445)&甲斐 銀仁朗jc1862


 ごす。がす。どす。

 夜の繁華街は、実に雑多で猥雑な空気に満ちている。
 酒と煙草、汗と香水。妖艶なネオンは舞う蝶々を彩り、誘蛾の如く男達はふらふらと酔いしれる。

 がん。がん。がん。

 昼間のフォーマルな空気は一掃され、夜の街は何もかもが自己責任だ。
 快楽も悦楽も享楽も、求めるのであれば相応の節度を持ちましょう。
 有り体に言えば『自分の言動には責任を持ちましょう』というヤツである。
 別に良い子ちゃんぶるのが正義というわけではない。単純に、

 ごん。ぐちゃ。ぬちゃ。

 おイタが過ぎれば血の制裁が待っているからである。
 警察とか裁判とかそういうまだるっこしいことは後回し。何よりも自衛のために、何事も程々にという話だ。



 とある地方都市で、ちょっとした不祥事が発生した。
 帳簿を改めていたらどうにも計算が合わなくなってきたため、ちょっと調べてみたらあらびっくり、売上を掠め取っている不埒者がいたのである。
 これを受けて行われた諸々の協議の結果、公的機関及び報道機関の方々にはお休みしていただいて、とある有力議員の個人的な友人知人のみによる解決を行うことになった。
 たかだか個別包装の白いお粉程度の問題だ。そんなことのために清い市民の税金を使うことも、公共の電波に乗せることも忍びないというオトナの配慮である。

 要するにローを盛大にアウトしたドラッグ絡みであり、秘密裏に私刑にしなければ筋が通らぬという仁義の問題ということだ。

 そしてその執行人に選ばれたのが、当時の猪川來鬼であった。


 オフィスビルの一室、件の議員の事務所。
 白い壁紙、黒い革張りのソファ、主張しすぎない程度のインテリア類。
 一見して清い雰囲気の事務所は、しかしどうにもキナ臭い空気に包まれていた。

「というわけで、ここまで揃った。何か問題は?」
 警察への手回し、報道規制、現場付近の人払い、興信所から集まった(明らかに法に触れそうな)資料の数々。
 訂正しよう。全力で犯罪の臭いしかしないのであった。

「ありません。お気遣い感謝します」
 お膳立ては済んでいる。來鬼に任されたのは、最後の殴り込みを掛けるだけの簡単なお仕事だ。
 楽と言えば楽である。落とし前は別途請求ということで殺しはNGを言い渡されたが、まあそこはアドリブでなんとかなるだろう。
 決行は今晩。余計なことを考えず暴れるだけでいい。簡単で楽しいお仕事だと來鬼は笑顔を作り、

「ああ、そうそう。コイツも連れていけ。やりすぎないよう、目付役だ」
「來ちゃん、今晩はよろしくねぇ?」
 ぼさぼさ頭の甲斐銀仁朗の乱入により、一気にケチな仕事へと成り下がった。

 ――なんでこんなクソ犬を連れていかなくちゃなんねえんだよ!

 そんな心からの叫びは、しかし建前の笑顔でなんとか押し込める。
 銀仁朗は議員に仕える忠犬であり、ここまで根回しを済ませてくれたクライアントの要望を断るわけにはいかない。
 ニヤニヤ笑う銀仁朗の顔面を今すぐ叩き割りたい衝動を堪えながら、來鬼はとりあえず現場の下調べをすることにした。



 來鬼にとって、銀仁朗とはただのクソ犬野郎以外の何物でもない。

 定職に就かず、裏稼業で誰かに尻尾を振り、いつもヘラヘラしている。
 そのくせ馴れ馴れしく來鬼をおちょくってくるのだ。まるで自分は兄貴だぞとでも言わんばかりの態度なのである。
 何様のつもりだ。業腹とはこのことだ。クソ犬とは我ながら言い得て妙な呼び方だと思うが、そんな皮肉も柳に風でよりいっそう腹立たしい。

 奇妙な腐れ縁。まさしく『腐った』縁であり、さっさと断ち切りたいと來鬼は常々思っていた。
 『仕事』の拍子にあっさり逝ってくれないかなあ、そうしたら後腐れもないし。それは偽らざる本音であった。

 だがまあ、それはそれとして。

「おう、使いのもんだ。入るぜ?」
 銀仁朗は勝手知ったると言わんばかりに、問題の事務所に乗り込んでいく。
 少し寂れたオフィスビルの一室。外はそろそろ日が傾いて、夕暮れ色に染まっていく。
 昼間の規則正しい空気は霧散して、夜の甘ったるい匂いが流れ出す。

 今現在、このビルに他の人間は一人もいない。
 他のテナントは軒並み無人で、皆様一様に仕事を切り上げたのであった。
 つまり今からこの扉の向こうで何があろうと、誰にも見咎められることはない。

 銀仁朗の手回しであった。
 この街の特性上、テナントの人間は理解が早い。業務内容にかかわらず、『その筋』に対しての耐性が出来ている。
 銀仁朗は先んじて他のテナントに事情を説明。電気工事だとか色々言っていた気はするが、細かい内容はどうでもいい。ああ、今からヤバいことが起こるんだなということを理解してもらえれば十分なのだ。

 ……こういう変な有能さも、また來鬼の癇に障るのだが。
 ともあれ、後顧の憂いはない。
 公私はきちんと切り分けて。私情はとりあえず犬に食わせて、お仕事をきちんと完遂しましょう。

「ところでよ? 確か最近、どっかの誰かが売上をちょろまかしたって話が上がっててな?」
 不意に、事務所の中から銀仁朗のドスの効いた声が聞こえた。
「お前さん、色々不勉強だなあ。この世界じゃ、証拠は金とコネで作るんだぜ?」
 來鬼はニィと口の端を吊り上げた。

「どーも、集金屋さんでぇーす♪」
 粗末な鉄の扉を蹴り飛ばす。
 さあ、楽しい愉しいパーティータイムの始まり始まり。



 ぶぉん。
 さながら野球のフルスイング。
 この場合のボールとは取引先のお兄ちゃんであり、この場合のバットとは、

 ごしゃ。

 シンプルイズベスト。無骨な鉄パイプである。
 まあ金棒なんて贅沢品はそうそう手に入るものでもないし、これでも十分恐ろしいからよしとしましょう。

「來ちゃん、殺しはするなよぉ?」
 銀仁朗は銀仁朗でサスペンスドラマ仕立てである。凶器はいかにも高級そうな拵えの灰皿で、若者の顔面がボコボコになっていく。

 びゅん、ごす、がす、ぶしゃ、がん、ごん、びしゃ、ごきん。
 鼻歌交じりの血の宴。
 謝ってももう遅いし、逆ギレしてもやっぱり遅い。若造の分際で舐めたことをしてくれたツケは、鬼と狂犬による殺戮ショーとして支払うことになるのであった。
 あ、いや。殺しは駄目なので蹂躙ショーと訂正しよう。

「來ちゃーん、そーれっ」
 何のつもりか。不意に銀仁朗は灰皿を來鬼に向けて振るってきた。
「よーし今日こそブッ殺ーす♪」
 來鬼は難なくそれを捌くと、鉄パイプと灰皿による剣戟ショーが始まった。

 來鬼は銀仁朗といい加減縁を切りたい。
 銀仁朗は來鬼をいじって遊びたい。そして死のスリルは銀仁朗にとって何よりのクスリである。
 双方の利害は一致した。
 一分足らずで全滅した火遊びお兄ちゃん達は放っておいて、二人は気の済むまで打ち合ったのであった。



 どうしてそんな昔の話を思い出したかは定かではない。思い出というものは唐突にフラッシュバックするものだ。

 結局、学園に入ってしばらくした現在でも、來鬼と銀仁朗の縁は切れていない。
 天魔というのは暴力団よりタチが悪いはずなのに。ちょっと期待していたのに、やっぱりこの腐りきった縁がなかなか切れてくれない。
 まあいいや、そんなつまらないことをを考えていたら、この楽しい散歩の時間が無駄になる。
 來鬼は手近な木を一発殴りつけると、気分と鼻歌を切り替えて、学園の中をそぞろ歩く。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7445 / 猪川 來鬼 / 女 / 24 / 阿修羅】
【jc1862 / 甲斐 銀仁朗 / 男 / 32 / ディバインナイト】
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エリュシオン
2016年10月05日

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