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『時は近く、遠く 』
カミユaa2548hero001)&賢木 守凪aa2548

 ───れば、資格なんてないよね?

●時を思う
 遠くから、水の音が聞こえる。
 水の音に混じり、低い男の声が何かを紡いでいる。
(帰ってきた、みたいだねぇ)
 カミユ(aa2548hero001)は、何度となく繰り返されるそれを認めた。
 賢木 守凪(aa2548)が、帰宅したのだ。
 今日はカミユを置いて外出していたのだが、カミユの緋色のピアス同様守凪には左耳のカフスにある発信機で父親にずっと監視されており、その行き先が父親の意に反するものであった為、帰るなり、彼はその汚らわしさを洗い流されているのだろう。
(バカだよねぇ)
 どうなるか解っていて、出かけていく。
 そして、自ら囚われに戻ってくる。
 何て愚かさだろうか。
 檻の中で御伽噺を夢見る様は、滑稽で───憎らしい。
 この身を檻に繋ぐ鎖であるが、壊して捨てようとは思わない。
 誓約があるからではなく───いや、誰かがこの感情を語っていいことではない。語らせたいと思わない。
(それでも、そういうボクごと護る選択をするなんて、ね)
 カミユは、実はとても可愛いその人を思い浮かべ、目を閉じる。
 その人の傍にいる人───カミナが大切に想い、同じようにカミナを大切に想っているであろう人。

 ねぇ、いつまでそうしているつもり?
 もう、答え、知っているんでしょ?

 カミユは、扉をじっと見る。
 水滴を纏った衣擦れの音が近づいてきている。
 いつも通り、帰ってきたのだろう。

 しっかりしてよ。
 ボクは───カミナとの共倒れはごめんだよ。
 大切な人に会えなくなる。

 そして、扉が開いた。

●時を夢見る
 守凪は、廊下をゆっくり歩いていた。
 相変わらず息が潜められた屋敷だ。
 自分に声を掛けたらどうなるか、彼らは十分に解っているのだろう。
 それは、本妻と呼ばれる女も例外ではない。
 あの男にとって、それは些細なものでしかない。
(守り切ることは、出来た、な……)
 守凪は杖で突かれた腹をさする。
 今日は、外でチョコレートパフェを食べてきたのだ。
 それも、1人で。
 目的自体は、実はチョコレートパフェではなく、仕事の下見だった。
 そのカフェのテラスの1番奥、そこからよく見える公園にターゲットが散歩に足を運ぶからで、何気ない視察をするにはそのカフェはうってつけだったのだ。
 何も頼まないで居座る訳にはいかない、という名目でコーヒーの後、無言でチョコレートパフェを頼んだが、どのような名目であれ、安っぽい店に足を踏み入れたということで、洗い流されたのである。
(今回のターゲットは……)
 守凪は気が重い、と息を吐く。
 しばしの自由を条件に提示される『仕事』は、父親の意に叶ったもの、いずれ父親の跡を継ぐに相応しい者となる教育を兼ねているのだろう。
 けれど、それは誰かの幸せを奪うものだ。
 今回のターゲットは、父親にとって不利益を齎す慈善活動を行うNPO団体のリーダーで、まだ幼い孫もいる。
 何が間違いで、何が正しいか、など、言うまでもない、けど。
(俺は───)
 手を、じっと見る。
 水に濡れたその手は、拭い切れない紅に染まっている。

 エージェントになってから随分浮ついているようだ。
 だからお前も安っぽい店に入るのだ。
 度々お前を連れ出している者がいるようだな。
 身の程も知らぬ虫が。

(違う。俺が、俺が望んだからだ)
 先程まで罵られた言葉を思い返し、守凪は首を何度も振る。
 その度に髪を濡らす水が飛び散るが、今はその自分にタオルを差し出す者もいない。
 水の冷たさよりも言われた言葉の鋭さが痛い。
 身を引き摺るようにして、守凪は自身の『檻』の扉を開けた。

●時を告げる
 守凪が扉を開けた時、それはいつもと同じ光景だ。
 見目は豪華だが、生活感も情もない部屋にはカミユがいる。
「今、帰った」
 守凪は短く告げ、クローゼットへ歩いていく。
 紅の視線が言葉もなく追ってくるのはいつものこと。
 自分にとって唯一の駒とも言えるカミユはこういう時、何も言わない。どんな表情をしているか見たことはないが、声を発さず、静寂だけがこの空間を支配するのだ。
 だが、この日はいつもと違った。
「ねぇ、カミナ……気づいているでしょ」
 静寂の空間に響いたのは、カミユの声。
 いつもと調子が違う。
 守凪が足を止め振り返ると、カミユはすぐ近くに立っていた。
「20歳になれば、跡目を継ぐ。檻は永遠になる。御伽噺は終わりを告げる。それは、嫌なんでしょ?」
 カミユは問いかける形を取っているが、守凪の答えを確かめるかのように見ている。
「当たり前だ」
 ここは、守凪にとって『檻』でしかないから。
 『檻』の向こうには、外がある。
 そして───

『おいで守凪♪』

 優しく繋いでくれた手。

『守凪と一緒なら『僕』はどこにいても楽しいけど……こうして二人になれたのは何より嬉しいかな』

 優しい声。

『ハピネスランドには申し訳ないけど、この場所は二人だけの秘密にさせてもらおうかな……』

 あの日見た空。
 手を意思を込めてぎゅっと握ったら、同じように握り返してくれた温かい強さ。

 閉ざされた『檻』から手を出そうとしても、鎖が絡め取り、あの人へ届かないだろう。
 それは、嫌だ。
 あの人に会えなくなるのは嫌だ。

 あの日の約束があるからじゃない。
 会いたい時に、会いたい。
 それが今の自分にはどれ程贅沢な願いだと知───

「『檻』から出られる方法はあるよ」
 カミユの声は唐突に漏らされた。
 即座に反応出来なかったのは、カミユの声が一段と冷めたからだ。
 必要であれば平気で嘘を吐き、騙す英雄の表情は何もない。
 普段笑っているだけに、全てが消えた表情は底知れぬものを感じる。
 けれど、その口だけが笑う。

「父親を殺せばいい」

 続いて細められた瞳は、まるで真紅の三日月であった。

●時は───
 目の前の守凪は、時を停めているように見えた。
 きっと、心の奥底では答えに気づいていただろうに、けれど、答えを無意識に殺していた。
 一言で語れる感情を抱いてはいないだろうに、それでも、生かされた感謝も抱いているから、そうして答えを殺せた───とんだ甘ちゃんだ。
「何を、言っているのか……解っているのか?」
「解っているよ? だから、答えを言ってるんだけど」
 カミユが守凪にそう返してやると、守凪はカミユから逃れるように視線を伏せた。
「それは、出来ない……」
「どうして?」
「俺が自由になるのに、殺すなど……」
 カミユがくふふと喉の奥から笑い声を上げた。
「何がおかしい」
「今まで自由になる為に散々人を殺して来たのに?」
 その事実を指摘すると、守凪は言葉に詰まる。
 カミユは守凪の周囲、円を描くように歩を進めていく。
「父親を殺すだけで永遠に自由になれるんだよ? 自分の自由の為に誰かを殺す必要もなく、それを最後に出来る」
 そう言った所で決断出来るような守凪であったら、答えを殺してはいない。
 守凪は『檻』に居続けるには『外』を愛し過ぎた。もう、『檻』の中には染まらない。
 けれど、『檻』がなければ生きていられなかったと思うから、『檻』の破壊に躊躇う。
 その中途半端さには辟易するが、カミユは最後、守凪の耳元で囁くように言うのだ。
「カミナ、よく考えた方がいいよ。『檻』に居続けることは、やがて自分を殺すってこと、大切な人に会えなくなるってこと」
 守凪は、答えない。
 何も言わず、部屋とも言う広さを持つクローゼットの中へ消えていった。

 ねぇ、カミナ。
 ボク達は、何も言葉を交わしていない訳ではないんだよ?

『貴様が駒か。勘違いする前に言っておくが──』
『くふふ、ねぇ、ひとつ、聞いていいかなぁ?』
『貴様にそのような権利など』
『もし、カミナ、守凪が……心の底から『ここから出たい』と思えるようになった時、手にした剣を振り下ろすことが出来なかったら、跡を継ぐ資格なんてないよね?』
『何が言いたい』
『べぇっつにぃ〜ボクは聞いてみたかっただけだしぃ』
『気に食わん輩だ。剣を振り下ろせなかった時は───』

 あの『会話』が有効なら───
 その先は、自分で考えて。
 ボクは、結構本気だよ。

●時を迷う
 逃げるようにしてクローゼットの中へ入った守凪は、カミユの言葉を追いやるように首を振った。
 本当に父親を殺せと言っているのだろうか。
 曲げてはいけないものは曲げず、超えてはいけない一線は超えない……それが、カミユだと思っていた。
 だから、その方法を口にしたのが俄かに信じ難い。
 『檻』にはいたくない。会えなくなるのは嫌だ。でも、殺すことなど出来ない。
 守凪はひどく緩慢な動作で濡れたシャツを脱ぎ捨て、新しいシャツに袖を通す。
 けれど、ボタンを閉じるのはひどく億劫で、膝を抱えるようにして座り込んだ。
「俺は、どうすればいい……」
 今一番会いたくて、そして、一番会えないと思うその人の名を唇だけ動かして呼ぶ。
 それだけなのに胸が締めつけられるように苦しくて、切なくて、けれど、何故かその名を呼べることが幸せで。
 守凪は、もう一度声なき声でその名を呼ぶ。
 その人が隣にいない今、ひどく寒い。
 でも、寒いと言うことは出来ない。
 守凪は舞台に呆然と立ち尽くす役者のように答えの出ない問いを繰り返し、寒さに震える。

 本当に、その時を迎えていいのか?
 答えは、まだ、ない。

 そして───

 名を呼ぶだけで幸せと思うその感情の名をまだ知らない。

 時は、近くて遠く。
 けれど、停まることを許さず、守凪へ確実に近づいている。
 その白き足音が響くのは、もう、間もなくのこと。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【賢木 守凪(aa2548)/男性/18/紡がれし『オリ』】
【カミユ(aa2548hero001)/男性/17/はかりの言の葉】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
守凪さんとカミユさんの時が大きく動く連作の第1回目をお届けします。
シリアスで、とのことでしたので、それぞれの空気を損なわないよう描写を心がけたつもりです。
次はいよいよ『檻』との決着……どのような形であれ、御伽噺が御伽噺で終わりませんよう願いを込めてお届けしたいと思います。
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2016年10月04日

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