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『夏空は青く―― 』
(ib8931)

 青空を背景に湧き上がる白い雲、水田が煌きまだ重みの足りない青い稲穂が風に揺れている。
 蝉は今は盛りとばかりに生を謳歌中だ。
 水田を渡る風に目を細め馨は一帯を見渡した。
 もう少し秋が近くなれば赤蜻蛉が我が物顔であちらこちらに飛ぶようになるのだろう。
 田を横切る川で子供たちが遊んでいる。植物の花、潰して色を付けた布を川に晒している少女は機織りの真似だろうか。
 幼い子供たちが浅瀬で遊んでいる横で、
「蜘蛛橋まで競争だ」
「今日こそ、飛び込めよ」
「あそこは危ないって母ちゃんが……」
 元気の良さそうな少年たちが上流目掛けて走っていく。
 蜘蛛橋は少年たちにとって仲間となる通過儀礼を行うための度胸試しの場である――とはいえ、此処での日々は修行に明け暮れた馨は同年代の友人などおらず、当然通過儀礼もやったことはないのだが……。
 師と暮らしていたころと何ら変わらない夏の光景。
「俺も年か、な……」
 零れる苦笑。少年の時分見た光景を懐かしいと思うようになるとは。尤も結婚し子供もいる身なのだ。当然と言えば当然か。
 あぜ道から村の外れ叢の合間に伸びた細い道へと入っていく。水田に囲まれたあぜ道とは異なり馨を迎えるのは噎せ返るような草いきれだ。
 夏草の勢いは強く、道はあって無いようなもの。草を掻き分け、漸く小さな墓地に辿り着く。
 この村に暮らす人々が眠る墓地。
 苔むした墓がいくつも並び、合間、合間から雑草の伸びる砂利に黒々とした影を浮かび上がらせている。陽射しを遮るものがないそこはジワジワと鳴く蝉に墓石すら汗をかきそうなほどだ。
 馨はその中で比較的新しい墓石の前に立った。
 刻まれている名を確かめるよう表面を指でなぞる。
「師匠……」
 此処に眠るのは馨の師とその妻。故郷を出て自暴自棄になっていた馨に一刀で生きる術を教えてくれた人。
 久しぶりです、また来ました――語り掛けたはいいが続く言葉を選べずに
「また   夏が来ました、よ」
 などと当たり前の事を口にした。
 今日は師の命日である。今、頭上に広がる空と同じく夏の陽射しの眩しい日、師は旅立った。
 目を閉じれば庭を照らす陽射しの眩しさと部屋のひっそりとした陰が浮かぶ。
「……俺は、俺の家族は元気です」
 最近自己主張をし始め、動き回るようになった双子からは目が離せないとか、片言ながら話すようになった、とか。子供が話す前は、夫婦でどちらが先に呼ばれるかなどとお互いムキになったことなど。
 家族の――主に子供の日々の成長についてとめどなく話す。
「あぁ、そう先日祭りに行ったんです、一緒に初詣に行った友と妻と。そこで金魚すくいをしました。結果? ――俺の腕は師匠譲りでしたよ」
 こんなところばかり似なくとも、と大袈裟に竦めてみせる肩。
 話は時系列に沿ったものではなく途中行ったり来たりしていたから聞いている方としては分かりにくかったかもしれないが。我ながらよくも話すことは浮かんでくるものだ、と今は亡き師に語り続ける。
 時折墓地を囲む叢を揺らす優しい風が吹く、そのせいか師が耳をじっと傾けてくれているように思えた。
 師は穏やかに、そして自分は丸くなったものだ……勝手な印象だろうか。
「お互い、年を取りましたね」
 村の風景を前に覚えた感慨を再び口にする。

 あぜ道を街道へと戻る途中、あることに気付く。天気の良い昼間だというのに畑仕事に出ている村人の姿を見かけないのだ。
 そういえば遊んでいる子供たちに「手伝いなさいっ」と怒鳴る声も聞こえない。
「……あぁ、祭りか」
 夏祭りの日は皆仕事を休んで土地神様に感謝するというのがこの村の習慣だったと思い出す。
「ねー、ねー夜の盆踊りにも行きたい」
「夜更かししたら母ちゃんに怒られるぞ」
「少しだけ、少しだけ」
 父と兄弟と思われる子供たちが前からやって来る。
 夜も祭りに連れていけ、とせがむ子等が大事そうに握握っているのは――……。

 赤い金魚とべっこう飴の細工。

「祭りに行くぞ」
 師事して二年目かそこらの夏の事だったと思う。
 師に拾われてから一日たりとて生傷の絶えぬ日はなかった。稽古中気を失ったことは数え切れず、殺されるのではないかと思うこともしばしば。
 どうせ殺すつもりならどうしてあの時見捨ててくれなかったんだ、と胃の中のもの全て吐き出しながら何度も思ったどころか師に憎しみに近い感情すら向けていた時もある。
 その日はとうとう積もり積もったものが爆発して、稽古をさぼり河原でぼんやりしていた。
 空は青く、雲は呑気に立ち上がり、俺は何をしてるんだろう、思うのはそんなことばかり。
 何故か師は探しに来ずに、夕方近くになってから漸く姿をみせる。
 河原に仁王立ちする師の姿に、数発殴られる程度で済むかな、と決めた覚悟。だが予想に反して師の口から出たのは前述の言葉。
「祭り……ですか?」
 かなり間の抜けた声で師に問い返したと思う。師は「今日は村の夏祭りだ」と踵を返しさっさと行ってしまう。
 師は職業柄ということもあったが、村人と積極的に交流するほうではなかった。そもそも村人は師の職業を知らなかっただろう。
 きっと世を拗ねた開拓者崩れかなにかだと思っていたはずだ。だが志体持ちとして村に何かあると、例えば大雨で土砂崩れなどがあった時など手を貸していたので祭りに誘われるということもあったのかもしれない。
 東の空が宵闇に染まり始め、ぽつ、ぽつと家々の前に置かれた灯篭に火が灯り、村中淡い灯が揺れ始める。
 神社の鳥居の前には大きな篝火。灯篭の火はこの篝火から分けられる、と師が教えてくれた。
 この小さな村にこれほどの人がいたのか、と驚くほど神社は賑わっている。
 言葉少なに前を歩く師の後ろをついていく。
 不意に聞こえた子供たちの歓声に馨は足を止める。
 飴細工の屋台に集まる子供達の声。
 とろみのある柔らかい光を放つべっこう飴が職人の手で様々な形を得ていく。それはそれは見事な技でつい馨も見入ってしまう。
「どれが良い?」
 祭りに行くといった時と同じ唐突さで師が尋ねた。一瞬何を聞かれたわからずに「へ?」とまたもや間の抜けた返事をすれば、「もふらを二つ」師が職人に告げている。
「俺に……ですか?」
 ぐい、と突き出す勢いに負けて受け取るもふらを象ったべっこう飴。何故か師とお揃い。
「……甘すぎるな」
 もふらを一口舐めた師がむすっとして言うので「飴なのだから当たり前じゃないですか」とつい返してしまった。
 怒られるかと思ったが「そうか」とだけ言って師は再び飴を舐め始める。なんとなく手持無沙汰で馨も師を真似た。
 その夜舐めたべっこう飴はとても甘かったことを今でも覚えている。
 今度は師が足を止めた。
「あれはどうだ?」
 師の視線の先にあるのは金魚すくい。羽衣のような尾をひらひらと優雅に揺らした金魚が提灯の明かりを反射する水の中を泳ぐ様はちょっとした宝物のように見えた。
 一体どういう風の吹き回しかわからないままであったが、断る理由もなく――祭りの雰囲気に少し浮かれていたこともあって――頷くと師と二人、水桶の前に座り込む。
 薄紙の張られたポイを持った師の金魚に向ける眼差しはまるで真剣を手に今から切り込む、そういった類のものだ。
 師は剣術はもとより体術もかなりの腕前だ。今の馨でも全盛期の師と本気でやり合うとなれば勝敗はわからない。
 実のところこの時馨は師があっという間に金魚を取り尽くすのではないか、とかそんな想像をしていた。
 だが結果は――……

 ぱっしゃん

 水の中に戻った金魚があげた水飛沫を師が被る。
 一匹すら捕まえることのできず穴の開いたポイを覗き込む師。
「もう一回」
 新しいポイを受け取り再度金魚に挑む師匠。
 しかし結果は……。
「もう一回」
 だが二度あることは三度ある。とても難しい顔をしてポイを見つめている師の横顔がなんだかおかしくて馨はつい笑ってしまう。
「子供だって二匹、三匹すくっているというのに。師匠ときたら」
 呆れ口調で言えば「やってみろ」と師。
「見ててください」
 そして……。

 ぱっしゃん

 見事に空いた穴。ちらりと横目で見た、師が見たこともない得意そうな笑みを浮かべている。
「わぁい、出目金だー」
 幼い子供の声。
「「もう一回」」
 師と弟子の声が重なる。
 結局、数度挑戦し漸く馨が一匹すくえた。赤い金魚を。
 あの後、金魚をぶらさげて二人で祭りを巡った。その時初めて師に死に別れた妻がいたこと、息子がいたことを聞いた。
 馨も故郷の話をぽつぽつとだが語った。まだ家族の話はできなかったが気に入りの場所があったことなど。
 帰り道、師が「お前も笑えるじゃないか」と独り言のように呟く声が聞こえた。

「……もう、一回――か」
 すれ違う親子連れを見送って、師と共に放った言葉に口元を綻ばせる。
 多分あの夜からだ「師匠」と呼ぶことに抵抗がなくなったのは。

 祭りで賑わう神社の前を通り、街道近くにある茶屋へと立ち寄る。生前師が贔屓にしていた店だ。
 中から白髪の腰の曲がった老人が出てきて、縁台に腰かける馨に茶が差し出す。
「いらっしゃい、何にいたしま――おや、ひょっとして?」
「ご無沙汰です」
 髪の量は少し減ったかのように思えるが老人は馨の記憶の中にあるままの姿だった。
「みたらしにするかい?」
 老人は師がよく頼んでいた団子を言う。甘じょっぱいタレが師のお気に入りだった。
 運ばれてきたみたらし団子の隣には醤油をつけて焼いた団子が並んでいる。
「覚えていたのですか……」
「稽古帰りかの、痣だらけの格好でよぉく食べていたじゃないか」
 心得ているとばかりに頷く老人に馨が少し恥ずかしそうに笑う。
 色々あった馨は同年代の子供たちより少しばかりひねていた。
 故に師と同じ団子を頼むのもどこか癪で――今にして思えば子供の反抗そのものなのだが――敢えて甘くない焼き団子を頼んでいたのだ。
 そんな少年時代のことを持ち出されれば恥ずかしくもある。
 当時の事、最近の事いくつか言葉を交わし老人が新しく来た客の元に向かってから馨は景色を眺めた。
 師と並んで眺めた景色と変わらない。近くにある沼もそのままだ。沼に浮かぶ花。
 未草――未の刻頃に咲くのでそう呼んでいるんですよ、師と団子を食べているときに老人が教えてくれたのを思い出す。
 幾重にも花弁を重ねた真白の花。
 その穢れを知らぬ真白い花弁に妻を思い出した。
 人の世の闇に生きてきた己とは違う妻の……。
 自分は妻によって光の下へと戻ってくることができた。だがそれは仮初にすぎない。自分はやはり闇に生きる者なのだ――。
 望むと望まざるに拘わらず……。師によって導かれ……。
 己の持つ業がいずれ妻や子、自分が愛する者達に悲しみをもたらすかもしれない、そう思う事はある。
 だが……。

「馨……」
 死の床で師が手を差し出す。
 遠く聞こえる蝉の声。陽射しは酷く強く、外は真白に眩しい。
 だというのに部屋の中は静まり返り、影ばかりが濃い。
 もう目もほとんど見えてないのだろう、手が馨を探し彷徨う。
 その手を馨は両手で取った。力強かった手は既に骨と皮ばかり。
「また  独りに  させ……」
 何も言えず師の手に額をこすりつける馨の頭にもう一方の手が乗っかった。
「……ごめんな」
「何を……」
 またいつものように稽古を――言葉を続けようとした馨の頭を弱々しくも師の掌が撫でる。
「……っ」
 温かい師の手。
 それ以上何も言えなくなった。

 ……師に出会い、その道を継いだことを後悔はしていない。人には言えぬ道だが、恥じるべきものだとも思っていない。

「馨」

 己を呼ぶ師匠の声が耳に蘇る。
 その名の由来を知ったのは師の亡き後、見つけた一枚の命名書。文箱の奥底大切にしまわれていたそれは自分のではないことがわかる。
 生まれてすぐに亡くなったという息子の名だろう。
 師は、全てを失い死んだも同然だった自分を拾い、何を想い弟子にし、その名を授けたのか……。

 鼻の奥、少し痛い気がして空を仰ぐ。
 広がる真っ青な空、湧く白い雲。
 夏の空は変わらず頭上に広がっている。

「俺は――……」

 師亡き後も後も一人ではありませんでした、と心の中伝える。
 今ならわかる、子の親となった今ならば……。
 懐に入っている形見の短刀に伸ばす手。お守りとしてずっと傍に置いてきたそれをそっと撫でた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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馨(ib8931)

■ライターより
この度はご依頼頂きありがとうございます、桐崎です。

空の青のなかで夏が一番悲しい印象があります。
そんなイメージと重ねて書かせていただきました。
お師匠さまや村の雰囲気はかなり広げさせてもらっております。大丈夫でしょうか?

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2016年10月05日

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