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『産声を上げた日 』
カミユaa2548hero001)&賢木 守凪aa2548

 suxrwu vuzvro sxru───

●終焉の『時』

 コツン、コツン。

 今日は、やけに廊下を歩く音が響くと思う。
(……本当に、いいのか?)
 賢木 守凪(aa2548)は、心の中で呟く。
 けれど、その呟きに返答はない。
 いつもならば微かに響く笑い声さえもなく、守凪は耳に手を伸ばし、カミユ(aa2548hero001)との共鳴の証を確かめた。
 指先が微かに証に触れ、守凪は自身が共鳴していることに間違いないことを知る。
 この内側にカミユは、確かに存在している。
 何故喋らないのか、と問う必要はない。
 カミユは、『あの時』のように静寂に自分を見ている、それだけだろう。
 『あの時』と違うのは、カミユが自分と共鳴し、この内にいることだけである。
 カミユが描いた2つの真紅の三日月を思い出し、そして、振り払う。
 行く先はひとつ───この屋敷の主、父親の部屋だ。

 コツン、コツン。

 守凪は自身の中に迷いを残しながらも辿り着いた父親の部屋の扉を開けた。
 品良く、そして無駄なく調度品が配置されたその部屋は、どこか守凪の『檻』を思わせ、だが、あらゆる意味で全く異なる支配者の部屋。
 父親が、胡乱げな目を向けてきた。
「夜更けに何の用だ」
 その無視出来得ぬ響きを持った声は、気の弱い者ならそれだけで気後れするだろう。
 だが、守凪もあの頃の小さなカミナリエではない。
 守凪は、1歩前へ踏み出した。
「……俺は、」
 何かを言おうとして、詰まる。喉の奥にある空気が言葉を放つのを阻害しているかのように言葉にならない。
 だが、この部屋に来たのなら……守凪は手にしていた剣を握る力を強くし、ライヴスを集積していく。

 安全に。そう思うなら、烈風波だろう。
 けれど、確実性なら疾風怒濤に軍配を上がる。
 どちらがいい?

 ───烈風波にすべきだろう。
 何か仕掛けてくるかもしれない。
 守凪は判断し、剣を振り翳したその拍子に柄の両端につけられた刃のひとつに自分の顔が映った。

 この剣を振り下ろせば、烈風波は放たれる。
 『檻』は、壊れるだろう。
 『鍵』である、カミユの力を借りて。

 だが───

 この男は、俺に何をした?
 この男がいなければ、俺は自由を得る為の『仕事』をする必要などなかっただろう。
 この男が、いなければ───

『ありがとうございます』

 濃い藍色の石を抱く指輪を大切そうにその手に包み込んだその人は、エージェントにならなければ出会わなかった。
 カミユと誓約を交わさなければ出会わなかった。
 この男の『檻』に入らなければ出会わなかった。

 この男が───

 Mein Schatz───

 歌うような声が響いた気がした。
 心の奥底から響かせたようなその声は、守凪の心を手で優しく包むかのように触れてくる。
 諌めるように、宥めるように。

 決まったかな。

 カミユは、守凪の与り知らぬ場所で呟いた。
 守凪はもう、父親を殺せないだろう。
 ここで殺す意味を。殺して自由になる意味を。
 彼は、もう、否定している。

 予想はついていたけれど。

 殺させるつもりは、なかった。
 それは、あの人の本意ではない。
 あの人が自分と同じようにその心を護ろうとするその人は守凪がそうして得る自由に心を痛めるのを見て、その人に気づかれないよう自身の無力を感じて吐息を零すから。
 だから、カミユがそれをさせるメリットは何もない。
 けれど、自由になるのに、結構本気になる必要があっただけ。
 ───それだけだ。

「振り下ろさないか」

 父親の声が響くと、守凪はそれを認めるかのようにデュアルブレイドを下ろした。
 集積していたライヴスが静かに収まりを見せていく。
 守凪に攻撃の意思がないのは明白であった。

「お前には、失望した」

 感情を感じさせない声。
 元々、情らしい声で情らしいことも言われたこともなかったが、この響きにあるのは無関心。好きも嫌いもなく、どうでもいい……道端の石ころとさして変わらぬ対応の声。

「親も殺せない男に頭は務まらない」

 2度と会えなくなる。
 守凪が剣を下ろさせたのは、宥めるかのような聞き覚えのない響きによってその事実を思い出したから。
 けれど、それこそ、父親にとって、求めていないもの。
 そのような情を抱く者など、必要ないのだ。

「今日限りで勘当だ」

 好きにしろ、と感情的な吐き捨てもない無関心さは、守凪に感情的な対応を迷わせる。
 放り投げられた?
 嬉しいのか、寂しいのか……自分でもよく判らない。

「やはり、全てが、そもそもの誤りだったか」

 守凪は、続く父親の言葉にその時を停めた。

●真実の『時』
 カミユは、じっと動かない守凪を見た。
 家を追い出された守凪は、H.O.P.E.のエージェントとしての立場で借りたビジネスホテルの豪華でも何でもないベッドに腰を下ろしている、
 剣を振り下ろさない選択をした守凪は、まだ多くのことを処理し切れていないのだろう。
 腹を括ったんじゃなかったの、と思わないでもなかったが、そこですっきりしない愚かさをもつのが、守凪であった。
 今、目の前に自分がいようと、守凪は自分の世界に入り込み、その時を自分だけのものにしている。

 守凪には、8歳以前の記憶がない。
 彼が12歳の時に出会い、誓約を交わしているから、カミユも知りようがない。
 8歳以前の記憶がない理由として、守凪は過去誘拐に遭い、それが原因で記憶を失っているのだという。

(跡取り息子が交渉の材料、ねぇ)

 それを聞いても守凪の記憶が蘇ったようには見えなかったが、記憶がない理由を客観的に知った守凪は、自身の事実を受け入れたようだ。
 考えなくとも、守凪の記憶が失われた理由を最も知るのは父親であった。
 だが、父親が語る筈もなく、守凪も父から聞く選択はしなかった。

(産みの母親が死んでいたこと自体は、似てなかったし、想定範囲だけど)

 守凪は6歳の時に母の死をきっかけに賢木家に引き取られることになった。
 死の顛末がどのようなものであるかを父親は語らなかったが、守凪が男であった為に引き取ったと言う。
 本妻との間に男が生まれなかったのが理由としてあるらしい。
 それ以外にも何か理由があるのかもしれないが、それ以上は口にしない以上、全ての理由は父親の胸の中のみだ。
 母親との生活は貧しかったらしい守凪はガリガリに痩せ細り、また、感情的に興奮していた。
 興奮している子供を宥めるのも手間である為、守凪を自身が持つ施設へ入れたそうだ。同じ子供の中に入れることで、落ち着かせよう、と。
 その時、守凪に親身になった年上の少年がおり、その少年のお陰で想定するよりも早く守凪が落ち着いた為、施設での時間は『その日だけ』となった。
 守凪を落ち着かせた功績より、その少年には名を与えた。
 その名は───

(道理でボクは知らない筈だね)

 くふふ、と声なき声で笑う。
 彼は、喪った誰かを重ねて見ていたのではない。
 彼は、過去に見失った面影を見ていた。
 カミユは、父親から聞いたそれで入手しようがなかったパズルのピースを当て嵌めたのだ。

 なるほどね。

 微動だにしない守凪は、カミユの視線にも気づかず、今だ思考しており、己の意識を己の世界にだけ向けていた。

●産声の『時』
(ずっと、気づいていたのか?)
 守凪の心には、今日までの日々が蘇っていた。
 始まりの記憶の更に先、何も思い出せないその時間の中にいてくれたのだ。

 忘れてしまっている自分を、どう思っただろう。
 今も思い出せないでいる自分を、どう思っているだろう。

 守凪はそれが解らず、けれど、知ることが怖いと思った。

『ごめんね』

 何故、あの時謝ったのだろう。
 そして、俺は何故、あの時、そんな顔をしないでほしいと思ったのだろう。
 寧ろ、謝らなければならないのは、俺の筈だ。
 俺は───

 ……ああ。

 守凪は、目を固く閉じた。
 気づいた。気づいてしまった。気づいてはいけないことに気づいてしまった。

 己の、想いに。
 それでも尚、傍にいたいと願う心に。

『suxrwu vuzvro sxru』

 歌うような声が響く。
 あの時、自分を踏み止まらせた声。
 今なら判る。
 この声は、きっと、『おかあさん』だ。
 心の奥底から手が伸び、そっと守凪を抱きしめる。
 銀の髪が揺れ、顔はまだよく見えないのに、自分と同じ色の、彼と同じ優しい色の瞳が笑っている。

「Ich liebe dich……」

 『おかあさん』は、秘密の言葉と言った。
 いつか、好きな人が出来たら、秘密の言葉の意味を解いてね、と。
 uを消し、zをyに変え───

 母は、アトバシュ暗号に隠した愛を守凪に残してくれていた。
 あなたを愛している。
 好きな人に隠された想いが届くようにと自分の宝へ愛を込めていた。

  Ich liebe dich.

 守凪は、唇だけ動かしてその言葉を反芻する。
 欠片でしかないその恋文を知るには───
 そう考え、守凪は首を横に振った。

 今は、傍にいられるだけでいい。
 例え、思い出した恋文を口にすることは出来なくとも、今宵自分はどのような形であれ、『檻』から解き放たれた。
 会いたいと願った時に、会えるようになったのだから。

「おめでとうを言うべきかなぁ」

 見上げると、カミユがくふふと笑っている。
 守凪は、その笑みで気づいた。
 カミユは、自分が父親を殺せるなど露とも思っていなかっただろう。
 それこそが、本人が認める認めない別として、それこそがカミユの自分への『信頼』みたいなものであり、『評価』であり───『救い』だ。

「どうだかな」

 守凪が返すと、カミユは「ケーキでも食べるぅ?」とくふくふ笑う。

「どうしてそうなる」
「だって、カミナ甘いもの好きだしぃ。ボクとしては、近くのコンビニに売ってる新作スイーツがいいなぁ」
「俺にたかるな」
「カミナのけちぃ」
「ケチじゃない!」

 カミユを一喝してから、守凪は立ち上がった。

「だが、一緒には行ってやる」

 守凪が歩き出すと、カミユがくふふと笑いながらついてくる。
 やっと夜が明けたホテルには2人の足音だけしかない。
 夜明けの先は、まだ誰にも解らないが、今日の朝が守凪にとってもカミユにとっても意味が違う朝であることは間違いない。

 賢木 守凪。
 彼は、今日、その心の産声を上げた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【賢木 守凪(aa2548)/男性/18/それでも俺は生きている】
【カミユ(aa2548hero001)/男性/17/己の心さえも】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
守凪さんとカミユさんの時が大きく動く連作の第2回目をお届けします。
ここまで大きな動きを私に委ねていただき、大変光栄に思います。
この人生の転機が、今後の彼らの道を大きく変えることになると思いますが、彼らが彼らである限り夜が来ようとも自分達自身の力で夜明けを見つけることが出来ると信じています。

大切に愛されたように、大切に愛してください。
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真名木風由 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年10月05日

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