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『デビュー 』
麻薙・猛8858)&麻薙・都琶(8859)
 ソプラノ、バリトン、アルト、テノール――降りそそぐ数多の声音が麻薙・猛を震わせた。
「聞こえは悪いが、気分は悪くない。プロレスのデビュー戦を思い出すな」
 ここは、とある多目的ホールの地下に造られた闘技場へ向かう花道。しかし肝心の入口がどこにも見当たらない。なぜなら彼が目ざす闘いの場は、時空を歪めてこじ開けた“隙間”に創られた仮初の世界であるからだ。
 そしてこの歓声は、仮初の世界の創造主によって繋げられたインターネット回戦の向こうにいる、「CGとは思えない完成度を持つCGキャラの格闘戦」を楽しむつもりの視聴者がマイク越しに投げ込んでくる声なのだ。
「ほんとは直に客が入ってくれるほうが盛り上がるんだがな」
 とはいえそれが無理な相談であることを猛は知っている。
 この世界に存在できるのは、創造主たるプロモーターへ、この世界でただひとつのルールを遵守するという誓約をたてた者のみ。
 その誓約とはすなわち――
『闘士ゼルドよ。汝、持てるすべての力を尽くして闘い、敵を討つことを誓うや?』
 どこまでも続く薄暗い廊下のただ中、創造主の虚ろな声音が猛に問うた。
 一歩を踏み出した猛から“力”が噴き上がる。
「俺は」
 パンプアップされた肉体がさらに膨れあがり、青ざめた角質と化す。
「俺を尽くして」
 首筋を牙さながらの剛毛が鎧い、手足の先からは太くありながら刃のように鋭い鉤爪が迫り出した。
「敵を」
 尾てい骨を突き破る勢いで伸び出た尾がこの世のものならざる床を叩き、砕く。
「ぶち殺す!」
 そのまま上体を前へかがめた猛の頭部を外骨格が覆い。
 かがんだまま、面だけを上へ上げる。
 その顔はまさに――悪魔。
『ならば進まれよ……汝にこの夜を永らえる武運あらんことを』
 ゴォォォォォ!!
 猛が低く吠えた。
 客に向けたただのパフォーマンスだ。「セルド」という名も変異後の姿に合わせてつけた。この姿に「猛」では、客が引いてしまう。
 猛のギミックは客の心のど真ん中に突き刺さり、客たちは口々にブーイング。
 そうだ。
 それでいい。
 この俺がおまえらにエンターテイメントを見せてやる。

 創造主により、異世界の切り口にはめ込まれた扉が開かれた。
 内に広がるのは廃墟。なるほど、すでに壊れているだけに遠慮はいらないわけか。
 と。彼方から、同じように扉をくぐってきたのだろう敵が高く叫んだ。
「我が剣にて魔を討ち、この荒廃した世に安息をもたらさん!」
 敵はフルプレートにバスタードソードという、まさに中世の騎士様といった出で立ちだ。
 どっと沸く観客。彼らはみな期待しているのだ。猛という悪魔が聖騎士に退治される瞬間を。
『見事なまでに正義の騎士様ね。でも、ヒールがベビーフェイスを“喰う”のだって、プロレスの醍醐味でしょう?』
 歓声を押し退け、猛の頭の内に響く“セコンド”の声音。
『見せてくれるわよね? あなたの醍醐味を、このデビュー戦で』
「任せろ」
 猛は短く応え、跳んだ。


 ――あるときのこと。
 魔界からこの世界へひとりの錬金術師が落ち延びてきた。
 彼女は深い知識と類い希なる資質を備えていたが、それゆえに孤高であった。
 出る杭は打たれる……それはなにも人界にのみ通じる格言ではない。彼女はやがて同じ錬金の道を行く者たちに疎まれ、敵対し、ついには魔界を追われることとなった。
 心身に大きな傷を負った彼女は、闇に身を潜めて誓う。
 かならず私はそこへ還る。復讐を果たす力を携えて!
 薬剤師として人界に溶け込んだ彼女は、調剤薬局で人々の生活に関わりながら探し続けた。
 復讐を遂げるための、最高の素体を。
 その中で彼女は、人知れず事故死した男の骸と巡り逢う。神経の反応速度と細胞の活性力に恵まれた、戦鬼としての才を備えた肉体とだ。
 持ち帰った骸に対し、魔界から持ち出せた希少な錬金素材、そして識と業(わざ)のすべてに加え、理想までをも注ぎ込んだ。
 果たして誕生した錬金の魔人は、彼女にこう問いかけた。
「俺はなにをすればいい?」
 彼女は迷うことなく答えた。
「私のために闘いなさい。そして強くなるの。私が闘うための力と、あなたを癒やす愛をあげる」
 魔人はうなずき、彼女の豊満な体をかき抱いた。
 そして耳元で低く。
「任せろ」

 魔人に猛という名を与えた錬金術師の名は、麻薙・都琶。
 自らの復讐の道具として魔人を生み出した錬金術師にして、その魔人に身と心とを捧げた妻であった。


『最初にすることはわかっているわね?』
 人界と異世界との狭間にしつらえられ、両者を繋いでいる放送席から、セコンドである都琶が猛に確認した。
「組み合って腕をひねり上げてボディスラムってとこだろうな」
『もう。相手はプロレスみたいにあなたの技を受けてくれないのよ?』
 もともと猛を王道からデスマッチまでなんでもありのインディー団体でプロレスラーデビューさせたのは、闘いとその呼吸を学ばせるためだ。
 しかし素体の質というものなのか、彼は闘いを学ぶ中でエンターテイナーとしての才を開花させてしまっていた。このままでは本当にヒールとしての仕事を全うしてしまいそうで、都琶はつい言葉を重ねてしまう。
『これは試合じゃない。死合なのよ』
 が、当の猛は喉の奥で笑い。
「わかってる。客が見たいのは試合じゃない。それにここへは試しに来た。都琶のくれた力と、俺自身の力を。……忘れてないさ」
 都琶は猛の言葉に安堵し、ようやく笑みを浮かべた。
『闘いを重ねることであなたはもっと強くなる。私がこの手でもっと、強くしてあげる――!』
 狂気の熱を帯びた都琶の声音が、猛という存在の核を甘く刺激し、奮い立たせる。
「愛のほうも頼むぜ!」
 牙を剥いて跳びかかる猛へ、騎士はその手の剣を薙いだ。刃から研ぎ澄まされた衝撃波が飛び、猛を迎え討つ。
「もらうかよ!」
 オーラをまとわせた右腕でそれを打ち払って猛は急降下。そのまま硬質化した肘を打ちつけたが。
「来ることが知れていればその程度!」
騎士のバスタードソードに受け止められ、不発に終わった。
「はっ! 見せてくれよ、正義の騎士の闘いぶりをな!」
 腰を落とし、クラウチングスタイルで構える猛。頭を小刻みに上下させ、組みつくタイミングを図る。
 が、騎士はそれにつきあってくれない。右のつま先を踏み出して剣を突き込み、一度退いてまた突き込むを繰り返す。
「一方的かよ。サービス精神が足りてないぜ」
 オーラで補強した掌で突きをはたき落としつつ猛は左へまわりこみ、そのオーラを握り込んだ拳を騎士へと振り込んだ。
「ふん!」
 柄から離れた騎士の左手に白光が生じ、それが散弾と化して猛を襲った。
「っと!」
 ヘッドスライディングで騎士へ飛び込んだ猛が、そのまま超低空タックルで踝を刈りにかかる。
 読んでいた騎士は狙われた足を上げ、白光をまとわせて猛の頭を強く踏みつけた。
 ゴッ! 鈍い音とともに、地に猛の頭が埋まる。白光の衝撃が猛のみならずまわりの地面までをも大きくへこませ、揺るがせた。
「地に這いつくばって死ぬ。獣にふさわしい末路だな」
 猛の背を切っ先で縫い止めんと、騎士が刃を下に向けたまま剣を振り上げた。
「――まだ始まったばっかだぜ。ほんとにあんた、サービス精神がないんだな」
 猛の体からオーラが噴き上がり、騎士を押し退けた。
 すかさず頭を引き上げた猛は跳躍し、組み合わせた両手を騎士に振り下ろすが。
「獣に我が甲は障らせぬ!」
 騎士の背に甲冑と同じ鋼の翼が開き、彼はまっすぐに空へと飛んだ。
 攻撃をすかされた猛が体勢を崩しながらも地に降りた、その瞬間。騎士の剣が再び衝撃波を放ち、猛の背を打ち据えた。
「ちっ――」
 地に叩きつけられた顔を上げる間もなく、猛が転がる。
 それを追って次々と衝撃波が放たれ、盛大に土埃を噴き上げさせた。
「だったら」
 猛が逆回転。衝撃波の着波点へ体をすべり込ませ、土埃の柱をなぞるように飛ぶ。
 突如眼前に現われた猛に虚をつかれた騎士は「地を這え、獣!」。踵で蹴りつけてきたが、しかし。
「悪いな。俺は羽がなくても飛べるんだよ」
 つかみ取った騎士の足を強引に引っぱり寄せ、猛は左フックを騎士の面頬へ叩きつけた。一、二、三、四。それはもれなく騎士を打ち、面頬をへこませていくが、踏ん張るための足場がないだけに必殺とはなりえない。
『力を使いなさい! ただの打撃では』
 都琶が言い終わらないうちに、騎士が剣の柄の脇に仕込んでいた小刀を抜き放ち。
「離せ!」
 足をつかむ猛の手へそれを突き立てた。
「があっ!」
 思わず手を引く猛。
 観客のブーイングが歓声へと変わり、それに後押しされた騎士がバスタードソードを振りかざして猛へと迫る。
 上段から斬り下ろし、下段から斬り上げ、中段から横に薙ぎ……左右の翼の羽ばたきによるポジショニングと、滑空を利した強襲である。
 自身の体を空に留め置くことにオーラの力を裂かざるを得ない猛は防御すらままならず、ただ押し込まれるよりなかった。
「これはちょっと、厳しいかもな」
『もう少し耐えて! 今、手を考えているからもう少しだけ!』
 都琶は状況を見極めようと目をこらす。
 が、智者とはいえ闘いについて知識以上のものを持たない都琶には、猛を救える手立てがどうしても思いつけない。思考は空回り、焦燥だけが募っていく。
 ――と。
「都琶。俺を信じるか?」
 騎士の斬撃に腕を削がれながら、猛がふと訊いた。
 都琶は息を呑み、それを吐き出し、息を吸い込み、静かに答えた。
『信じるわ。私だけは、あなたの勝利を』
 聞き遂げた猛の腕の守りが、騎士の斬り上げによって弾けた。
 高まる歓声。
 騎士は狙いすまし、白光まとう切っ先を猛の胸へ突き込む。
「待ってたぜ」
 崩れていたはずの猛の体勢が、瞬時に調えられていた。守りを崩したのはフェイク、つまりは演技だったのだ。
 プロレスのヒールであれば、これを見せることでベビーフェイスの必殺技を呼び込み、ベビーフェイスの勝利で試合を終わらせるものだが……生憎とこれは死合。
「掟破り、させてもらうぞ」
 まっすぐに伸ばされた剣をオーラで受け流しながら、猛は前へ。
 小指の爪先を騎士の面頬のブレス(呼吸と視界を確保するための穴)へ引っかけた。
「くっ!」
 騎士が顔を振り、爪を振り払おうとするが、甘い。
「レスラーの小指はな、普通の人間の小指とは鍛えかたがちがうんだよ」
 騎士の顔を一気に自分のほうへ引き寄せ、猛は騎士と抱き合う形になる。
「今度は俺の番だ」
 開かれたその口の内に並ぶ牙を、騎士の首筋に突き立てた。
 ラッパー(喉を守るための甲)ごと首筋を噛みちぎった猛は、呆然と固まる騎士の目の前でその口を開き、鋼と血肉を垂れ流しながら笑んだ。
「がああああああああああ!!」
 思いついたようにわめき、激しくもがく騎士。
 一種のバーチャル空間であるこの闘技場において、闘士たちが命を落とすことはない。異世界に最適化するデータとして置き換えられた体はどれほど傷ついても、元の世界へ戻れば――一時の不調はあれど――無傷で再生されるのだ。
 が。
 刻みつけられた痛みと恐怖の記憶は、そのままに残る。
「どうせ忘れられないんだ。しっかり憶えておけよ、自分が俺になにをされたか。これから俺になにをされるか」
 暴れる騎士の背にまわった猛は翼の根元をつかみ、力任せに引きちぎった。
「――!!」
 痙攣する騎士を宙で逆さまに抱えあげ、彼の頭を自らの股に挟み込む。
「さあ……覚悟はできたか?」
 応えを待たずに急降下。騎士を脳天から地へたたきつけた。地上三十メートルからのパイルドライバーである。
 首を土から抜くことすらできず、弱々しくもがくばかり騎士を見やり、猛はまた空へ飛んだ。
「埋まってたら見えないだろうがな」
 どこから放たれているものか知れない光の粒子、空気に混ぜ込まれた元素、猛と騎士が振りまいた生命、すべてを吸い込んだ猛の体がひと回りも膨れあがり、そして。
 両腕の間に、濃密なエネルギーの玉を吐き出した。
「こいつで終わりだ」
 世界を揺るがせる爆音の内で、騎士は肉片ひとつ残すことなく蒸発し、消えた。


 死合後、あらん限りのブーイングに送られて人界へ還ってきた猛を都琶が出迎えた。
「おかえりなさい、猛」
「まだゼルドって呼んどいたほうがいんじゃないか? ……それにしても、けっこういい死合だったと思うんだがな。ここの客は難しい」
 楽しげに言う猛へ都琶は尖った声をあげた。
「バンプが過ぎるわ。特に最初! あなたならもっとうまくいなせたはずでしょう?」
「意外に緊張してたせいかな。つい体になじんだやりかたで受けちまったのさ」
 頭を掻く猛を小突いておいて、都琶は彼のたくましい体をチェックしていく。
「肉体的なダメージは本当にないのね。次は飛行時のオーラの収縮率を変えて、攻防に割けるようにしないと。調整は家に帰ってからするとして、精神的なダメージのケアを」
 猛は伸ばした小指で都琶の大きくくびれた腰を捕らえ、引き寄せた。
「ちょっと! 今のうちにできるだけのメンテナンスをしないと」
「だって二時間ぶりに逢えたんだぜ? それとも」
 都琶の体を抱き、猛が訊いた。
「俺は都琶の復讐に使われるだけの道具か?」
 その声に含まれるものは恐れ。
 これほど強い男が、たったひとりの女に迷い、打ちのめされ、すがっている。
 たまらない悦びが、都琶の心を突き上げた。
 この男には私が必要。他の誰でもない、この私が。でもそれは私も同じ。
「あなたはなによりも大切な私の夫よ」
 猛の顔が笑みで輝いた。
「俺はもっともっと強くなる。だから」
「その先は言わないで。今は――ただの夫とただの妻でいたいから」
 猛の固い胸へ自らのとろけるようにやわらかい肢体をすり寄せ、都琶はそっと目を閉じた。
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2016年10月07日

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