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『 あたりまえで、特別な 』
椿姫・T・ノーチェka1225)&ルキハ・ラスティネイルka2633


 風に乗って、潮の香りと賑やかな声が流れていく。
 海沿いのショッピングエリアは、多くの人でごった返していた。
「随分沢山のお店があるみたいですね。……とりあえずこの辺りでしょうか」
 椿姫・T・ノーチェが案内板を指でたどりながら、半ば独り言のように呟いた。
 横から覗きこんだルキハ・ラスティネイルは、椿姫が指さしている辺りまでの道筋をざっと確かめる。
「そうねぇ。じゃ、取り敢えずそっち行ってみましょ♪」
「素敵なお店があるといいですね」
 ふたりは足取り軽く、目的の方角へと歩き出す。
 すらりとした細身で、眼鏡の似合うハンサムなルキハと、姿勢よくしっかり歩く椿姫は、一見すると似合いのカップルのようだった。
 だが交わす会話は違っている。
 ルキハの女性のような口調が理由ではない。
 ふたりには恋人同士の間に漂う独特の、そして少し甘い距離感はなく、息の合う相棒同士特有の親密さがあった。

「で、椿姫はなにか、お目当てのアイテムでもあるのかしらん?」
 ルキハは僅かに目を細めて、親友のやさしげな横顔に向かって尋ねた。
「そうですね……特にはないのですけれど……」
 考えこむように、椿姫は僅かに首を傾げた。高い位置でまとめた長く美しい黒髪が、さらりと肩を流れていく。
 髪には大切にしている花簪が二本、咲いていた。彼女の名前そのままの赤い花は、大事な人からの贈り物だ。首元にはこれも大事な赤い石の首飾りをつけている。
 オフショルダーの白いトップスはたっぷりとした袖が華やかに広がり、花束を包むレースのようでもある。
 ボトムスは落ちついたカーキ色の、くるぶし丈ストレートのパンツスタイル。折り目がきっちりついた、少しマニッシュにも見えるデザインのものを選んだのは、元軍人の彼女らしくも思える。
 よく似合っている、とルキハは思う。
 思うのだが。
(ショッピングのお誘いってことは、アレよね?)
 今まで二人で出掛けたことは幾度もあるが、思えばショッピングは初めてである。
(椿姫ってば、あたしにコーディネイトして欲しいってことよね♪)
 ――そうなのだろうか?
 とにかく、ルキハはそう思うことにした。
「じゃあ、片っ端から見て回っちゃうわよ♪」

 やたら張り切るルキハを、椿姫はきょとんとした顔で暫し見つめる。
 だがふっと表情を緩め、すぐについていった。
「ルキハさんはいつもおしゃれですよね」
「あらそう? ありがと♪」
 満面の笑みで振り向くルキハ。
 今日はざっくりと編んだレンガ色のサマーニットが、小麦色の肌によく似合う。
 五分袖から伸びた手首には、カラフルなワックスコードを編んで色とりどりのビーズをちりばめた、エスニックなお守りのようなブレスレットをつけていた。
 細身のパンツはオフホワイトのクロップ丈で、皮紐を編んだデザインのサンダルが程良く肩の力が抜けた印象である。
 無造作にかきあげる金の髪までが、ファッションの一部のようだった。

 椿姫はなんとなく、近くに釣られた謎の(どうやって着るのかわからない)ワンピースの裾をつまむ。
「私はいつもあまりかわり映えがしないので……」
 それはある意味仕方のないことかもしれない。
 どうしても、いつも身につけていたい品々がある。
 それが基準になるので冒険は難しい。……と、椿姫は思う。
「あら! じゃあアタシが椿姫の選んでいいの? いいのね!?」
「えっ?」
 ルキハが滑るように店内を移動していき、すぐに戻ってくる。
「これ! ぜったい似合うわよ!!」
「えっ?」
 ぽかんとしている椿姫の腕にバサッと服を預け、ルキハはぐいぐいと背中を押してフィッティングルームへ押し込む。
「い・い・か・ら! 着てみなさいって!!」
「えっ……?」
 シャッ。
 椿姫の背後でカーテンが閉まった。


 鏡張りのショウウィンドウに自分の姿が映る。
 その度に椿姫は少し気恥ずかしい思いで一瞬目をそらしてしまう。
「ん、もう! さっきアタシのセンスがいいって言ったわよねぇ?」
 ルキハがわざと口を尖らせ、それから笑いだす。
「安心なさい、良く似合ってるわ」
「そうでしょうか……」
 ルキハが選んでくれたのは、チュールを重ねた優しい花柄のワンピースだった。髪の花簪と喧嘩しない、赤い大胆な花柄の、けれど上品な印象のロングワンピースに、ニットのボレロを羽織る。
 椿姫には、少し可愛すぎると思えるのだ。
 だが一方で、ふわふわのドレスはちょっと嬉しくもある。
「客観的な意見も尊重しなさい? アタシはこれ、気に入ってるわよ♪」
 そう言いながら、ルキハが首元をいじる。
 椿姫が選んだ、シックなモノトーンのスカーフを巻いているのだ。
「ふふ、そう言ってもらえたら嬉しいです」

 しばらく特に目的もなく、気の向くままに歩いていたが、ある店の前で椿姫が足を止める。
「どうしたの?」
「あっ、ごめんなさい。可愛くてつい……」
 椿姫がわずかに顔を赤らめた。
 ショウウィンドウいっぱいに並んでいたのは、数えきれないほどのぬいぐるみ達だった。
「あらほんと、可愛いコ達ね♪ どうせなら中で見ましょうよ!」
 ルキハは椿姫の腕を引いて店の中へ。
「お人形ってけっこう、顔が違うのよねえ」
「そうなんです……」
 椿姫はずらりと並んだテディべアを覗きこむように眺めている。
「ルキハさんはどちらの子がお好みですか?」
 少し明るい色のテディと、くまさんらしい濃い目の茶色のテディを指差した。
「そうねぇ。どっちも可愛くて迷うわよねぇ」
「……この子にします」
 椿姫は明るい色のテディをそっと抱きあげた。まるで『よろしくね!』と言っているように、つぶらな瞳が椿姫を見ている。
「そう。じゃ、アタシも椿姫と同じのにしたいワ☆」
「あら……!」
 椿姫が意外そうに目を見張った。
「今日の記念ね。首のリボンチョーカーはお揃いの色違いで……ね♪」
 ルキハと椿姫は顔を見合わせて、くすくす笑いあう。


 それからもカフェで落ち着いたり、また元気になって店を見て回ったりして、飽きることなく歩き回るうちに、夏の日も暮れつつあった。
「あら椿姫、見てちょうだい。海の見えるビアガーデンですって! 素敵じゃない?」
 ルキハが受け取ったチラシを見ると、ちょうどいい時間のようである。
「ほんと! 覗いてみましょうか」
 まだ少し早目の時間だったようで、海を望む席に通された。
「素敵ですね。夕日がきれい!」
 椿姫の声がはずんでいる。いつもは落ち着いた印象を与えるタイプだが、ルキハの前では少女のような表情も見せる。
 こうあるべき。そんな思い込みを放り投げてもいいのだと、ルキハと一緒にいると気付かされる。
 だから大事な報告も、相談事も、真っ先に告げるのはルキハなのだ。
 ルキハ自身は色々な葛藤を抱えているのかもしれない。
 それでも吹き抜ける風のように、流れる水のように、飄々として見えるルキハ。
 本当に大事な――。

「さ、椿姫。乾杯しましょ☆」
 細いグラスに入ったビールを掲げ、ルキハがウィンクして見せた。
「今日は有難うございました」
 椿姫も笑顔でグラスを合わせる。
 いつもはワインを好むが、ビールの味を知るのも悪くない。
 ――大事な人の心に、また少し近づけるかもしれないから――。
 そんな想いを、冷たいビールと一緒に飲みこむ。
 笑うように炭酸が弾け、黄金色の液体はほんの少しの苦みを残して消えてゆく。
 不意にルキハが荷物をごそごそと探り始め、椿姫は何事かと手元を覗く。
「んー、やっぱりクマちゃんたちも一緒がいいわねぇ」
 ルキハはそう言って、さっき買ったテディベアを隣の席に座らせた。
「ホラ、椿姫のコも! このほうがなんか楽しそうじゃない?」
 椿姫は迷いながらも、やっぱりルキハの真似をしてみた。
「あら。海際なんて生意気ねぇ?」
 ルキハが軽くテディを睨み、椿姫はころころと笑う。

 窓の外は夜へと移って行く。
 ほぼ満席になったビアガーデンは、電飾と笑い声で賑やかに飾られていた。
 かすかな酔いに火照る頬を、海風が優しく撫でていく。
「たまにはいいですね、こういうのも」
「ホントよ。椿姫と一緒だと時間忘れちゃうわね♪」
 ルキハは素敵な言葉を、素敵なタイミングで言うのだ。
 だから椿姫も、精一杯の言葉を返そうと思う。
「ふふ、嬉しいです。私も今日は凄く楽しかった――」
 椿姫が言いかけた時だった。
 海面が突然明るく輝き、破裂音と人々の歓声が湧き上がる。
 慌てて振り向くと打ち上げ花火だった。
「あら、ずいぶん豪華ねぇ!」
 ルキハが思わず身を乗り出す。
 花火は次々と打ちあがり、空に光の花を咲かせる。
 その音、光。
 椿姫の記憶は遥か彼方へと呼びもどされる。
「地球では年越しに必ず見ていました。懐かしい……」
 ルキハは穏やかな微笑でその言葉を受け止めた。
 家族とも、恋人とも違う、近くて大事な存在。
 椿姫が空の彼方を想うなら、自分は地上で寄り添っていよう。
 地上に戻って来たそのときに、椿姫が寂しさに呑まれないように――。

 遠い椿姫の故郷でもこの世界でも、人々は笑い、花火を楽しみ、大切な人と優しい時間を過ごしている。
 人が人である以上あたりまえで、そして特別な時間を。
 だからこうして生きていけるのだ。

 花火が終わり、皆がテーブルに意識を戻す。
 店内には食器の音がガチャガチャと、さっきより賑やかに響きはじめた。
「花火素敵〜! なんだか得しちゃったワ」
「本当に。花火まで見られるなんて思いませんでした」
 椿姫が少しだけ、しんみりしたときだった。
「……あら、新しいお料理が来たみたい。取って来るわね☆」
 ルキハは声をかける間もなく、さっと立ちあがって行ってしまった。
「ふふ、ルキハさんたら……」
 椿姫はくすくす笑いながら、バッグから一枚の紙片を取り出した。
 テディベアのお店でもらったメッセージカードだ。
 少し考えてから、ペンを走らせる。

 ――素敵なものをたくさん、これからも一緒に見ましょうね

 椿姫はしたためた紙を畳んで、つぶらな瞳で見あげるテディのリボンに託した。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1225 / 椿姫・T・ノーチェ / 女性 / 30 / 人間(RB)/ 疾影士】
【ka2633 / ルキハ・ラスティネイル / 男性 / 25 / 人間(CW)/ 魔術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。仲良しさん同士の休日の光景をお届します。
衣装など自由にとのことでしたので、かなり好きに描写致しましたが、お気に召しましたら幸いです。
このたびのご依頼、誠に有難うございました。
colorパーティノベル -
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ファナティックブラッド
2016年10月07日

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