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『君だけの音を 』
笹山平介aa0342)&賢木 守凪aa2548

●急の雨
「雨が降りそうですね」
「そうだな」
 笹山平介(aa0342)と賢木 守凪(aa2548)が言葉を交わして10分後───

 ざあざあざあ。
 ざあざあざあ。

 まるでバケツの水をひっくり返したかのような雨が降ってきた。
「保つと思ったんですが……」
 平介が空を見上げる横で守凪は心の中だけで溜め息を吐く。
(……これだと、公園の散歩は取り止めだな)
 『檻』から出た守凪の、口には出さないささやかで、そして今まで出来なかった気軽な贅沢。
 それが、今日だったというのに。
 平介と一緒にと思っていたのに水を差された落胆と胸のモヤモヤから解放されるという安堵は天秤に掛けてもどちらかに傾くことはない。
 そうしている内、守凪は雨宿りには不十分な軒先でも濡れていないことに気づいた。
 ……代わりに、平介の上着の片方が濡れている。
 何となく、自分を濡らさないように配慮してくれているのだと思う。
(……俺は、)
「守凪さん」
 守凪の思考は平介の声で遮られた。
 気づくと、平介がこちらを見ている。
「お散歩は難しそうですし、私の家に行きませんか?」
「え、家」
 確か家には互いのパートナーがのんびり茶飲み話している筈で、それもあって、心置きなく散歩という話でもあったのだが。
 それ以上に───
(俺が、平介の私的な空間に足を入れる、のか?)
 嬉しい。苦しい。
 父親から聞かされて気づいた想いは、何気ないことでも胸を締めつけて来る。
 それだけ許されている嬉しさ。
 『御伽噺』の為に『仕事』をしてきた自分などが足を踏み入れてはいけないと思うからこその苦しさ。
 けれど───
「……ここで立ち尽くしているというのも、何だしな」
 汚れている自分がもう会わない方がいい人に抱く、どうにもならない想いは……蓋をしなければいけないと解っているのに、それとは裏腹のことを口走る。
 すると、目元を優しく綻ばせた平介が「では」とどこか楽しそうに自分の上着を守凪の頭に被せた。
「私の家の招待状です♪ 行きましょう!」
 少し弾んだ声と共に守凪の手は取られ、雨の街へ。

 あぁ、俺はどうしたらいい。
 上着に平介の温かさも香りも残っている。
 今俺の顔を見られたくないのに、今平介がどんな顔をしているか気になる。

 走りながら、平介がスマホで連絡を取っている。
 帰宅する旨を簡単に告げて電話が切られると、平介がこちらを振り返った。
「あと少しで着きますから、もうちょっとだけですよ♪」
 平介はどこか嬉しそうな楽しそうな顔で、守凪は思わず「ああ」とだけ返して顔を伏せた。
 俺は、何て自分勝手な奴なんだ。

●君に温もりを
(守凪さんが風邪引かなければいいけど)
 平介がそう思いながらドアを開けると、テーブルの上にはタオルが置いてあった。
 気遣い屋の彼女らしい書き置きで、シャワーの支度が整っていること、風邪を引いたらいけないので着替えること、着替えたら洗濯し乾燥機で乾かすことの他、自分達は幻想蝶の中にいるので、守凪が帰る時に声を掛けてほしいという旨が書かれてある。
「守凪さん、着替え準備しますから、その間にシャワーをどうぞ♪」
「濡れているのは平介だぞ」
「でも、着替えの位置を知っているのは私だけですからね?」
 そう言われては返す言葉もない。
 守凪はタオルを持って、シャワールームへと消えた。
 シャワーが終わる頃、自分には少し大きい着替えが折り畳まれて置いてあり、守凪は袖を通す。
「……っ」
 まるで平介に包まれているかのようだ。
 守凪は、今自分がどんな顔をしているか鏡で確認したくない。
 嬉しいのに苦しい今の自分の顔を見たら、知りたくない自分が暴かれてしまいそうだから。
 落ち着かせるように深呼吸をした後、ドアを開けると、トントン、という包丁の音が聞こえた。

(守凪さんの家のより狭いだろうけど……)
 平介は浴室に消えていった守凪を思う。
 守凪が普通の家に暮らしていないことは知っている。
 2人暮らしにも向く、互いのプライバシーも守れる広さはあるマンションだが、部屋も浴室も守凪の家のものとは比べ物にならない。
(洗濯機で洗うのに向かない素材だったし、手洗いをして使い物にならなくなったら、ね)
 守凪の濡れた衣類は、マンションの近所にあるクリーニング店に急いで出してきたばかりだ。
 素材が素材である為時間が掛かるとのことだが、こればかりは仕方がない。衣類を駄目にしてしまうよりずっといい。
 クリーニング屋に出たついでに近くで急いで買い物を済ませた。
「……君にも、飲んでほしいと思っていたから」
 平介は、小さく呟く。
 だから、ご馳走を振舞う相手が増えること、見逃して。

 トントン トントン
 トントン トントン

 牛乳と生クリームを弱火でコトコト温めていると───
「平介」
 守凪が浴室から出てきた。
 顔色を見る限り、シャワーを浴びて暖まったのだろう。
「平介は入らないのか?」
「これを作り終わってからにしますので、少し待っていてくださいね♪」
 守凪の問いに平介は笑う。
 自分だけと思わせてしまうから、シャワーは浴びないといけない。
 が、その前にこれだけは。
 そう思いながら手際よく、ホイップクリームの上に削ったチョコとマシュマロを飾っていく。
 きっと、守凪の家ではもっと豪華なものなのだろうけど、自分が守凪にと思う特別なご馳走はこのレシピ。
「これを飲んで、待っていてください♪」
「……ああ」
 テーブルの上にコトリと置かれたマグカップを見、守凪は頷いた。
 彼が椅子に腰を掛けたのを見て、平介は浴室へ消える。
 飲んだ瞬間の顔を見てみたかったけれど、見た瞬間の顔だけで満足しておこう。
 だって、彼はその顔を見られたら、恥ずかしがるから。

「美味しい」
 守凪は口をつけて顔を綻ばせ───
「さ、寒かったからだ」
 誰も聞いていないのに言い訳をして顔を真っ赤にさせた。
 けれど、嬉しそうに切なそうにホットチョコレートを味わっていく。

 守凪が飲み終わる頃、浴室のドアが開く。
「お待たせしました」
 シャワーを浴びた平介が戻ってきた。

●重なる───
「……美味しかった」
「良かった」
 守凪が空になったマグカップを指し示すと、平介は嬉しそうに笑った。
 洗いますね、とマグカップに手が伸びてきて、守凪は平介との距離の近さを意識する。
(胸が、苦しい)
 守凪が心の中で吐息をつくのを他所に平介はマグカップを手早く洗い終える。
「雨、止みませんね」
 少ししたら止むかと思ったが、まだ外は雨脚が強い。

 ざあざあ ざあざあ
 ざあざあ ざあざあ

 しん、とした沈黙が下りたのは、本当に数秒のこと。
「そういえば、前から守凪さんに聞きたいと思っていたのですが」
「何をだ」
「誕生日っていつになります?」
 平介の問いに守凪は目を瞬かせた。
「考えてみれば、誕生日を伺ってなかったと思いまして。これは大変なことです。お誕生日会が開けません」
 もっともらしい真顔で言ってくるので、守凪は吹き出しそうになった。
 そんな年齢でもないのに、そう言ってくるのが平介らしい。
「12月14日だ」
「12月14日! クリスマス前ですね。アドベント期間? 私は余り詳しくないですが。あ、でも、韓国にはハグデーとかマネーデーとかがあるそうで……」
 平介がそう言ってから、茶目っ気に聞いてくる。
「つまり、私はお誕生日会がしたいなぁって思ってるんですよ。誰かが生まれてきたのをお祝いするのが好きなんです♪」
 『君』が生まれてこなかったら、『僕』は『君』に出会ってない。
 スタートラインにも立てない。
 そう考えたら、素敵なこと。
「誰か……」
 その中に自分が含まれているのは嬉しい。
 平介に祝って貰えるのも。
 同時に、苦しくもあって……ままならない。
「平介、そんなことを言うが、好きな人が耳にしたら、誤解するぞ」
 口にしてから、守凪はしまったと思うが、もう遅い。
「好きな、人、ですか?」
「好きな相手、は、いるのか? とは前から思ってて、友達としては俺に構ってばかりで心配でだな」
 平介の反芻に重ねるように守凪は言葉を重ねる。
 しん、と部屋が静まり返り、自分の胸が締め付けられる音がこの部屋に響いてしまうのではないかと押さえようとした、その時だった。
「守凪さんは、誤解されるとかそういうことは気にされなくていいですよ」
 穏やかで優しい声が耳に届く。
 思わず顔を上げると、平介が顔を綻ばせた。
「大切な人を大切にするのが私のしたいことですから、何も気にしなくていいですよ」
 それは大切な人全員に向けているのが、自分だけに向けているのか。
 守凪はその問いをうっすらと形にしようとし、思い留まる。
 そんなことをしてはダメだ。
 だって、『仕事』の為に自分は───

 直後、電気が唐突に落ちた。

「っ!」

 驚く声を飲み込んだ直後、守凪は引き寄せられて固まった。
「停電、でしょうか」
 平介の声がすぐ近くで聞こえてくるが、守凪はそれどころではない。
 今、平介の腕の中にいる。
 停電で驚いたのに気づいたのだろう、平介は一瞬で動いた。
(心臓の音が、聞こえる)
 まるで優しい音楽の調べのような音は平介そのもののような気がする。
 平介の生命を紡ぐ音は、どこにも行ってほしくない音だ。
 服よりも優しくて……大切な音。
(どこにも行かないでほしい)
 そう願うのが愚かだとしても。
 守凪は心の中だけで呟く。
 この時間が停められないなら、せめて終わるまで大切にしたい。
 腕の力が強くなるのが嬉しくて苦しい……きっとこれが切ないと言うのだろう。
 それでも、守凪はその温もりが優しくて目を閉じた。

 停電がまだ回復しない。
(今回復されても困るけど)
 平介は自分がどういう表情をしているか、自分でもよく判らない。
 ただ、停電の瞬間に声を呑み込んだと解った時には身体が動いていた。
 腕の中に、約束を守れなかった人がいる。好きだと思う人がいる。
 大切な人、場所は沢山ある。
 けれど、守凪の問いに浮かんだのは目の前の本人だけだ。
 傷つくと辛い。危険な目に遭わないでほしい。
 そう願うのが愚かだとしても願わずにはいられない。
(『僕』は、ずっと『君』の味方だよ)
 もう、約束を破ったりしないから。
 守凪から聞こえる生命の音が守凪のものであるように守り続けるから。
(……しまった)
「すみません、息苦しくなかったですか?」
 知らずと腕の力が強くなっていたことに気づき、緩めようとする。
 けれど、守凪が身を委ねるようにして離れない。
 微かに寝息を立てていることに気づいた。
「……まいったな」
 吐息を漏らすような苦笑と共に停電は回復した。

 誰かが触れてくる。
 包み込むように温かくて優しくて。
 夢なら委ねようと笑みを零す。

「……」
 平介は眠る守凪に優しく笑う。
 今はこの重さが愛しいから、幻想蝶にいる彼らを呼ぶのはもう少しだけ後にしよう。

 約束の人よ。
 君の命の音が素晴らしい音楽。
 どうか、その音を傍で聞かせて。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【笹山平介(aa0342)/男/24/その手を諦めぬ者】
【賢木 守凪(aa2548)/男/18/その音を願う者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
いただいた発注文を基に互いの心情面をと思い、執筆させていただきました。
心情方向が大事である為リンクは今回緩めです。
今後の彼らがどのように想いを紡いでいくのかとても楽しみです。
自分達だけの音を紡げますように。
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2016年10月11日

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