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『愛おしき箱庭の休日 』
佐倉 樹aa0340

 朝。
 包丁がトントンとリズム良く響く音で目覚める。
 そう言えば、今日は休日。
 きっと、半身が気を利かせて寝かせてくれているのだろう。
 大切な半身───常に傍にいる必要はなくとも、いなくなったら、生きたまま干からびる。生死の境すら自分でも判らなくなるだろう。
 愛おしい半身。

 佐倉 樹(aa0340)にとって、掛け替えのない半身が朝食が出来たと起こしてくれるその瞬間も愛しい。
 これは、休日だからこその贅沢だ。

 朝食が終わると、樹は大学のレポートを作成することにした。
「流石に徹夜はしたくないしね。提出? 明日教授の所に持っていけば問題ないよ」
 提出が明日だと知ると、半身は耳をぴこぴこ呆れさせ、お昼ご飯のリクエストを聞いてから買い物に家を出て行く。
「早く帰ってきてね」
 樹は窓から見える後ろ姿に小さく笑い、パソコンへ打ち込んでいく。
 その後リクエストの食材が整うよう買い物から返ってきた半身が昼食の準備をしてくれているけれど、レポートを書いている最中で判らないことがあり、本棚の本を見るつもりが───
「本棚は魔物」
 うっかり別の本が目につき手に取ったが最後、昼食に呼びに来た半身がレポートそっちのけで別の読書に夢中になっていると教えてくれるまで気づかなかった。

 何を読んでいたかって?

「意外に奥が深いな、納豆……」
 樹が本棚に戻したのは、『日本伝承納豆料理の歴史とレシピ』。
 該当者、今の内に逃げて。

 昼食を食べた後、レポートは集中して終わらせると、折角の休日、まだ過ごす時間はあるから出かけることにした。
「元の野菜の美味しさもあるだろうけど、やっぱり漬けてる本人の腕前だろうなぁ」
 半身は美味しいお漬物が漬かったって昼食後にメールが来て取りに行ってる最中で、お出かけは単独だ。
「だいぶ涼しくなってきたよね」
 風が髪を揺らすと、夏よりも秋の成分が含まれていると思う。
 秋ということは───
「気がつけば、1年か」
 口に出して見るけど、今ひとつ実感が湧かない。
 そんなものかという気もするし、もうそんなにという気もするし。
 ただ、寝る場所ではない帰る場所が出来、箱庭には大切なものが増えた。
 その1年は簡単な言葉で語れるものではないし、感じられるものでもない。
 大事なのは時の長さではない。
 愛おしい箱庭に、君がいて、そこにいていいと思う大切なものがいること。───終わりが来ないよう抗おうと思えること。
「……」
 樹は手を太陽に翳し見た。
 この身の内側は異常であることは知っている。
 好きであることが増えていくからこそ、思うことも増えた。
 目を閉じてから、掌に何かを掴むように拳を握る。
「……ここは、私の、箱庭だ」
 その呟きを意味する者は、樹を別とすれば、彼女の半身だけだろう。
 やがて、ぱたぱたと足音が聞こえ、樹は迎えを察する。
 そういえば、メールで、皆で焼き芋食べないかってお誘いが来たんだった。
「土から作ってるから、きっと美味しいんだろうなぁ」
 自分とは違う作る手を持つ男が収穫したサツマイモの甘さを想像し、樹は笑う。
 きっと、彼はてきぱきと火を熾す準備をしているだろうから、早く行かないといい焼き芋を食べ損なってしまう。
「自分から火に飛び込みそうな層もいるしなぁ。あと修行もしそうだし……何気ない振りをして突き飛ばして阻止しようか」
 冗談とも本気とも判断つかない言葉を小さく呟くと、樹はゆっくり歩き出した。

 その後の焼き芋大会では、『普通』に楽しく焼き芋が食べられた為、
「それはそれで」
 という謎の呟きをしたものの、大事な友人に美味しいねと笑いかけられて満更でもなく笑いを返す樹の姿があったと言う。

 そうして家に帰ってきて、夕飯は軽く食べて。
 樹は、窓の外を見た。
 外は秋の虫が鳴り響いていて、普通の人はそれが風情あると思うのだろうか、とは思う。樹は耳障りとも心地いいともどちらもなく感慨を抱かない。単純に鳴いている程度のものだ。
 でも───
 秋って感じがするねと友達が笑っていて、その友達が大切に思う英雄が彼女をやさしく見守っていてれば、それでいいと思う。
 秋を感じているようなことを天の川を瞳に流した少年が口にして、半身とあの朴念仁が何気ないやり取りをしていれば、それでいいと思う。
 それだけでなく、帰るべき場所にいるあの人達が自分にとっては何でもない音に心を和ませているなら、自分にとって感慨のない音は意味がある。
 それは『異常』だろうが、『普通』でなくてもいい。これが私だ。
 開けた窓から風が入り、髪を揺らす。
 もうこの風に夏の成分はない。
 次の夏の成分を感じるには───
「Que sera sera」
 樹はそのフレーズを口にし、窓を閉める。
 明日のことだって誰にも判りはしないのだ、それでいい。
 先に寝ると言う半身におやすみを言い、樹は本棚に目を映す。
「この前の贈り物の礼をしないとねぇ」
 目はそのままに、口は三日月を描く。
 手にしたのは、昼間夢中になった『日本伝承納豆料理の歴史とレシピ』。
 お礼とは、料理を振舞うことらしい。
「明日は納豆買いに行かないと」
 くくっと喉を鳴らす樹。
 お礼を贈るとは思えない何かに包まれた笑みで、樹が丁寧に礼をしたいと思える誰かは、一体何を贈ったのだろうかと聞きたいけど聞けなくなる何かが漂っている。
 とりあえず、平野に見える内部に火種を無自覚にぽいっと投げたことが予想されるので、料理を差し出されたら、その、素直に頑張れ。
 樹が広げたのは、傘を手にしたウサギが森の上をふわふわ飛んでいる手帳。
 持ち歩くには少し大きなそれは、家でのバックアップにどうぞと贈られたもの。
「データのバックアップは大事だからね」
 持ち歩く手帳にもスマホのメモ帳にもパソコンにもガッツリ保存。
 そうして見上げれば、いい時間。
 明日、任務はないけど、大学の講義はある。
「あと、講義が終わったら、一緒にカフェに行こうって約束してるし」
 いつぞやは一緒に行けなかったお出かけ、その後果たして見つけた美味しいケーキのお店。
 この前、秋の新作ケーキが並んだというのを聞いた。
 だから、一緒に食べに行こうというのは前から約束していたのだ。
「焼き芋が美味しかったから、サツマイモを使ったケーキ以外かな」
 樹はサイトで事前にメニューを軽く見ながら、呟く。
 何にしようか迷うのだって、箱庭にいる大切な人と一緒にやるから意味がある。
「おやすみ」
 樹は、小さく呟き部屋の電気を消した。
 おやすみ、愛おしい我が箱庭よ。

 そして、朝はまたやってくる。

 トントン。
 耳に届く、規則的な包丁の音で、樹は目覚める。
 昨日よりも少し早い時間。
 昨日と違って休日ではない日。
「Que sera sera」
 昨日と同じ日なんて、最早ひとつとして存在しないのだ。
 なら、想いを馳せなくてもいいこと。
 樹は起き上がり、服に袖を通した。
「おはよう」
 声を掛ければ、踏み台の上の半身がいつものようにおはようと笑った。

 おはよう、私の半身。
 おはよう、私の愛おしい箱庭。

 さぁ、今日もひとつとして昨日と同じではない1日を始めようか。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【佐倉 樹(aa0340)/女/19/箱庭を願い続ける欲の魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木です。
この度はご指名ありがとうございます。
大規模期間以外の樹さんの休日であれば好きなように書いて良いとのことでしたので、お言葉に甘えて好きなように書きました。好きに書き過ぎたので、大丈夫か心配な所はありますが。
彼女の愛すべき箱庭が壊れることがないよう願っております。
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2016年10月11日

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