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『nature morte 』
ウィンクルムaa1575hero001)&榛名 縁aa1575

 怒号には断末魔を、覇気には恐怖を、蹄には土煙を、鉄には血を、血を、血を――。
 大儀も、理想も、欲動も、情念も、多勢が多勢とぶつかり合う最中、俄かに意味を失う。
 ただ、動ける者が目の前の敵を二度と動けぬように剣を振るい、槍を穿ち、弓を引く。
 前に立つ者ほど、生き残る事よりも殺す事に腐心する。わけも分からずに。
 あるいは――例えば将のような――なまじ正気を保つ者が、何か背負おうものなら。
 その重責に比例して。
「ようやく追い詰めたぞ、――め!」
 より多くの殺意が、浅ましくたかる。
「貴様を討ち取れば次期将軍は固い……!」
 無論、手柄を立てんと躍起になる者も少なくはない。
「――殺せ」
 だが、ほとんどの場合は違う。
「殺せ」
 討ち取る刹那。
「殺せ」
 それ自体にある種の快楽を見出しているように思う。
「殺せェ!」
 実に戦場とは醜く、煩く、臭く、苦く、痛く――辛いばかりの場所に他ならぬ。
 ゆえ、その全てから、己の全てを賭して守ると誓った。
 かの御方を、ただ、守りたかった。
 この命など惜しくは。
 なのに。

「ウィン!」

 悲鳴にも似たそれは、ウィンクルムがこの世で耳にした、かの御方の最後の声だった。
 なぜなら、振り向いたそこに見えた紫色の瞳は、光を失っていたから。
 喉笛を貫かれ項垂れていたものは、既に骸であったから。
「っ……――――」
 目の前が真っ暗になった。
「敵将――、殺ったぞォ!」
 聞こえなかった。
 何が、起こった?
 槍を、落としただろうか。
 衝撃が襲った、膝を突いたか? なぜ。
 分からない。
 天地も、方位も、歓声も、苦渋も、血と汗と鉄と泥の匂いも。
 分からない。
 かの御方は?
 我が名を呼んだのは、槍が穿たれたあれは、一体誰の。
 分からない。

 なにも。

 敵勢の強襲に遭い、包囲されていた。
 味方は次々と倒れ、すぐにウィンクルムと主の二人きりとなった。
 だが、主さえ生き延びればなんとかなる――そう信じて、ウィンクルムは獅子奮迅の働きを見せた。
 かの御方もまた名うての武人。
 二人は時に意気を揃えて多勢を屠り、また時には背中合わせに互いを庇い合い。
 負けじと敵を挫いて血路を切り開き、あと少しのところと突破口を見出した、その時。
 ウィンクルムは突き飛ばされたのだ。
 恐らく、今しも討たれんとしていた騎士を救わんとした、主によって。
 己が全てとする者を失し、然るに自らを喪失して崩れ落ちた騎士を、戦況はたちまち起き去りにした。
 直後、退路から友軍が押し寄せて来たのだが、そんな事さえも気がつかなかった。
 先ほどまで漲っていた人を射抜くほどの殺意は、新手に圧倒された途端に退け越しとなって事実全速力で踵を返した。
 友軍は義憤に任せて追撃し、彼らが駆け抜けた跡は、文字通り血と鉄で切り開かれた。
 喧騒は遠退く。
 これに在るは無数の屍。
 唯一生けるウィンクルムとて、骸同然に凍てつき、微動だにせず。

 まるで――そう、“nature morte(静物画)”のように。

 ――ウィン。
 いつしか西は黄昏て。
 あたかも嵐の去るが如く、朱は紫にその座を譲る。
 千切れ雲こそ遠けれど、胡乱な空は雨を呼び、あまねく、優しく、巷を叩いた。
「――」
 そんな事さえも分からない。
 己を、世界を、全てを失ったウィンクルムには、なにも。
 だから尚更、雫がそそぐ。
 ――ウィン。
 穏やかに騎士の髪を浸し、伝って耳元へと囁く――“生きろ”と。
 こなたへ留まれば、この辛うじて呼気のみ紡ぐ静物はやがて敵兵に討たれ真に静物となり果てよう。
 あるいは不甲斐なき我が身を呪い、主の後を追わんと敵陣に飛び込む事もあろう。
 されど、未だ境にて定めに非ず。
 ――どうか、気付いて。
 あろう事か。
 今、紫の黄昏に宿りしは、この世界は、かの御方の心。
 己が非業を嘆くでなく、忠実なる騎士を、無二の友を想う雨は、涙であった。
 戦に穢れた身を浄め、労うように頬を撫でては伝い、滑り落ちてはまたそそぎ。
 山間に沈む際の斜陽は、ウィンクルムを見事なまでに染め上げて、包み込んだ。
 ――生きて欲しい、私の分まで。
「――」
 だが、そうまでしてなお静物――生物に、想いは響かず。
 哀れな事だ。世界は、かの御方は、これほども貴方を愛していたというのに。

 ならば。

 凪いでいた風がおもむろに地を払う。
 雨と光を伴って、無味なる静物画に流を、彩を、情を齎す。
 取り巻く光は実に多様な輝きを見せ、幾重もの円環を描いて収縮を繰り返す。
 一帯の雨滴に乱反射をして、全てがウィンクルムを包み晦ました。

 自ら歩む事さえ足りぬものと成り果てた友を、かの御方とは異なるかなたへ――異なる地へ。
 きっとその世界もまた、貴方を愛してくれるに違いないから。

 この私のように。

 * * *

『――っ!』
 ウィンクルムは、雑踏の只中にいた。
 我に返る直前、とても懐かしい声を聞いたような気がしたが……。
 辺りには見た事もない風体の者達が、一様に蜘蛛の巣状の布を張った杖を頭上へ掲げている。
 こちらを一瞥しては「英雄?」と物珍しそうに目を丸くしたり、「またか」と呆れたように息をついたりと、向けられる眼差しは様々だ。
『これは……?』
 実に奇妙な光景だった。
 彼らは整然としていながらも足並みは揃わず、さながら巡礼者の行列が市場を占拠しているかのようだ。
 単なる比喩のつもりで浮かんだそれは、あながち的外れでもなかったようで。
 よく見れば幾つもの巨大な建造物に囲まれたそこは、どこかの市中であるらしかった。
 これは祭儀の類か。
 皆が携えている杖は、祭具の類だろうか。
『いや、そうか』
 そうして、気がついた。
 自身がずぶ濡れで、天からはなお微弱ながら雨足が続いている事に。
 ならばあれは雨を凌ぐ携帯品なのだろう。
 だが、そんな事よりも、この状況はなんなのだ。
 呆けている間にどこぞの邪教にでもかどわかされたのか。
 そも、なぜ呆けていた。
『私は、一体』
 なにか、誰か?
『…………』
 何も、思い出せない。
 あるのはもの悲しい喪失感ばかり、じっとしているのが居た堪れないほどに。
 圧倒されるほどの塔、あるいは城砦に囲われて、とても広い空間の筈なのになんだかとても窮屈で。
 酷く居心地の悪い場所だ。
 早く逃れたくて、少しでも楽な場所を見つけたくて、ウィンクルムは立ち上がった。
 掻き分けるようにして彷徨った。
 人垣は止め処なく縦横に流れ、どこまでも果てしない。
 老若男女多様ながら、誰も彼もが雨に色褪せたこの光景においては、皆同じに思えて。
 なんだかそれは胸の虚ろを更に広げ、深く掘り下げていくようだった。
 ほどなく雨は止んだというのに、誰もあの布を張った杖を下ろそうとしない。
 これでは見分けがつかないままだ。
 自分は――――を探さなくてはならないのに。
『……!』
 誰かに突き飛ばされた。
「ふらふらしやがって、気をつけろ!」
 ――前にも?
 捨て台詞に応える事もなく、その出来事に引っかかりを覚えて立ち止まる。
「あ……、止んでる、ね」
 不意に、言葉ですらないざわめきの中に、小さく、澄んだ声が聞きとれた。
 声? そういえばさっきも。
 ウィンクルムは振り返った。
 刹那、杖を下げて閉じた若者の中性的な目鼻立ちが、その紫の瞳が、目に飛び込んだ。

『貴方は――』
「あなたは――?」

 自分を見て立ち尽くす中世の騎士さながらの精悍な男に、若者――榛名縁もまた、すっかり目を奪われていた。

 いつしか暗雲は去り、人々を、街を、世界を、ふたりを――喪失に鎖されたその心を。
 斜陽が美しく染め上げた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1575hero001 / ウィンクルム / 男性 / 28歳 / エージェント】
【aa1575 / 榛名 縁 / 男性 / 20歳 / 水鏡】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 藤たくみです。
 前回に引き続いて、まるで鏡合わせのように、無二の存在の想いの結晶として同じ傷を抱える二人の邂逅まで書き切る機会を得られました事、光栄に思います。
 やはり前回同様にご指定の素晴らしいイメージイラストに恥じぬようにと、できるだけ美しい情景を通じて“かの御方”の意思を顕すつもりで、拙いながら筆を振るわせていただきました。
 お気に召しましたら幸いです。
 このたびのご指名、まことにありがとうございました。
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2016年10月11日

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