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『命の為に 』
メグルaa0657hero001)&クレア・マクミランaa1631

 いつでも冷静たらんと努めている。
 それがメグルのアイデンティティだ。
 何事も心が乱れれば判断を見誤るに違いないから。
 日常のちょっとした事はもちろん、たとえ戦場であっても、正しい選択ができるように。
 御代つくし――十年来のパートナーが少々危うい性質なのも手伝って、その意識はより強まった。
 事実、つくしの危機を幾度も救ってきたのはメグルによるところが少なくない。
 ところが今、メグルはそんな自分自身に危機感を覚え、思い悩んでいた。
 パートナーに相談する気にもなれず、かと言って自分だけでは幾ら考えても全然分からない。
 雲を掴むような思索は自ずと単独行動を促し、いつの間にかメグルはひとりでH.O.P.E.本部内の施設を当て所なく歩き回っていた。
 その最中の事である。
『あれは……』
 ふとガラス張りのレストルームを見遣ると、中で煙草をくゆらせる人物が認められた。
 長椅子に腰掛けていてもなお長身と分かる、体幹のしっかりした姿勢。
 だが、細い面とそこに刻まれた傷痕から、遠目にも知人のスコットランド人女性であると分かった。
『マクミランさん』
 不思議と安堵を覚えてドアを開けると、彼女は青い瞳でこちらを一瞥すると共に逆方向へ紫煙を吐く。
「今日は一人ですか。――失礼」
『お気遣いなく』
 クレア・マクミランが煙草を直ちに灰皿へ葬り去ろうとするのを、メグルはやんわりと止めた。
 わざとらしく気がついたふりをするでもおどけるでもない、彼女の気風を心地好く思いながら。
「助かります。どうにも近頃は肩身が狭くていけない」
『愛煙家も楽ではありません、か』
 どうやらそれが彼女のパートナー、リリアン・レッドフォードについてのささやかな愚痴である事に思い至り、メグルは少しだけ微笑む。
 しかし、クレアもまた何事か察知したようだった。
「また“彼女”と喧嘩でも?」
『いいえ……なぜですか?』
「浮かない顔をしている」
『――』
 咄嗟に言葉が見つからず、ついガラスに映り込む自分の顔を見てしまう。
 一見すると無表情なようで、いかにも余裕なさそうに張り詰めているように思う。
『…………。つくしにも関係がある事なのは、確かです』
 俄かに忘れかけていた悩み事を思い出し、俯き加減に息をつく。
 クレアは仕草のみで着席を勧めると沈黙を以って先を促し、メグルはいずれも従う事にした。
『僕は……僕とつくしはこれまで、H.O.P.E.の一員として何度も戦いに身を投じました。そしてそれは、沢山の人達と触れ合う機会を齎しました。あなたもその一人です』
「お互いに」
『戦いの最中、あなたも、レッドフォードさんも――そう、誰もが。皆それぞれに、それぞれの想いを、信念を宿している。その事が肌に伝わってくるようでした』
「…………」
『でも、“核”あるいは“軸”になるような想いなんて……僕には何も』
「“このままではいけない”と?」
『ええ……』
「なるほど」
 メグルがひとしきり話し終える頃、クレアはもう何本目かも知れない次の煙草を加え、そつなく着火した。
「――気丈なしっかり者」
『え?』
「今、目の前に居る人物の印象です」
 唐突に、しかしさも当然の如く投げかけられた己への人物評に、メグルは面食らった。
『そんな、僕なんて』
「反面、どこか危うい」
『……』
 ――やっぱり。
 自分はやはりそうなのだ。
 ならば、つくしの事をとやかく言えた義理ではない。
 眉間にほんの少し力が加わった。きっと情けない顔をしているに違いない。
 けれど、それを確かめる気にはなれなかった。
「数え切れないほど見てきました、そんな兵士を」
 そんなメグルの顔を見据え、クレアは話を続けた。

「何度も死線を潜り抜けて鍛え抜かれた頼もしい戦友ばかりだった。だが皆、もうどこにも居ない。なぜだか分かりますか?」
『……覚悟が、足りなかったのでしょうか』
 知っている、その思い詰めた顔を。
 既に然るべき強さを得ているにも関わらず、その所在を見失った者の顔だ。
 だから、クレアは話さなくてはならなかった。メグルの命の為に。
「死は、誰もが覚悟していました。一方で胡乱だった、なぜ自分が命を懸けているのか」
 ちょうど実戦経験を積んで新兵を抜け出した頃、それは起こる。
 自分が志願した理由だとか、背負っているものだとか。
 自らを支えるべき確固たる意思と観念であった筈のそれらが、薄れていく。
 ある者は取り戻そうと必死に思い悩み、ある者は考える事さえ止めて、いずれ完全に見失う。
「後に残るのは潰しの利かない、目の前の出来事に対応するだけの“兵士らしきもの”です」
『対、応……』
「そう、前線に立つ者がそれでは常に後手に回る事になる。そしていかに屈強だろうと、一瞬判断が遅れただけで人は簡単に死にます」
『…………』
「戦場で生存率を上げる為には身体はもちろん、心も順応しなくてはならない。対応ではなく、ね」
『でも、それは自分らしさがもっと失われる事になるのではありませんか?』
「いいえ、順応する為に不可欠なのは揺るぎない自分の意思です。信条と言い換えてもいい」
『信条――……分かりません、僕には』
「たとえば――私は衛生兵だ。決断が鈍れば誰かが死ぬ、負傷者を見捨てれば士気が総崩れになる、だから命が最優先事項。この信条こそが私の絶対の掟です」
 掟は自分自身を支配する。
 医療技術の習得も、戦場での一切を支障なくこなす為の訓練も。
 責任感が芽生え、ひとつひとつの能力が磨かれるに比例して強まったのも。
 実際の立ち回りに至るまで、全て掟に従えばこそだと。
「らしくないと思いますか?」
『……いいえ。その、』

 メグルは得心した。
 それは紛れもなくクレア・マクミランという人物のアイデンティティだ。
 しかし、同時に限りない順応を果たしてもいる。
 一方で、彼女が掟を導き出すまで――あるいはその後も、数多の絶望を目の当たりにしてきたのだろう事を思うと、居た堪れなかった。
 ――でも、だからこそ強いのか。
 かねてよりメグルはクレアに対し、ある種の憧憬を抱いていた。
 一度決めたら揺らぐ事のない強さ、即ち自分が求めている“核”を持つ象徴として。
 どうすればそんな風になれるのか、知りたかった。
 当初はぼかしていたが、他でもない彼女にこそ尋ねてみたかった。
 果たして聞き得たわけだが。
『とてもマクミランさんらしいと思います。でも……』
 想像するだに凄絶を極め、到底真似する事などできそうにない。
 当然だ。メグルはメグルであって、衛生兵でもクレアでもないのだから。
 だが、ならばどうすれば良いのだろう。
「簡単だとは言わない。が、そう複雑でもない。自分に従うだけです」
『自分に……?』
「私は衛生兵として戦場に立つと決めた。メグルさんは? どうですか?」
『僕は――』
 答えは、まだない。
『――やっぱり今は分かりません。でも、少しだけ前に進めそうな気がします』
 自分に従い、それを以って順応する――クレアの話はひとつの指標となったように思う。
 どこまでもシンプルで強い彼女の本質、信条に触れる事ができたからなのだろう。
 メグルはなんだか居ても立ってもいられなくなり、席を立った。
『あの――ありがとうございました。次の戦いまで、よく考えてみます。クレアさんに言われた事』
 控えめに一礼を以って心ばかりの謝辞を示し、踵を返す。
「お気をつけて」
 簡素な心配りに背中を押されたような気がして、心強くレストルームを後にした。

「…………」
 クレアは、再びひとりだけとなった室内に細く長めの紫煙を吐いた。
 あの若者は見つけられるだろうか、自分自身を。
 結論を出すには時間を要するかも知れないが、既に相応の場数を積み、多くを見てきている筈だ。
 今度戦場で肩を並べる時には、恐らく何かが変わっている。
 そう予感させた。
「それでこそ信が置ける」
 随分短くなった煙草を揉み消しながら僅かに微笑み、ふとごちた。
 メグルが何を見て、どのような想いで戦いに臨み、結果いかなる目を持つに至るのか。
 自らが信条を貫けばこそ、他者のそれが興味深くもある。
 次に会う日が少し楽しみだった。
「おっと」
 新たな煙草に手を伸ばそうとしたが、残念ながら最後の一本だったようだ。
 クレアは空のパッケージを握り潰てゴミ箱に放り込むと、手早くポケットから次の箱を取り出した。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0657hero001 / メグル / ? / 22歳 / 共に在る『誓い』を抱いて】
【aa1631 / クレア・マクミラン / 女性 / 27歳 / 鴉】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 藤たくみです。長らくお待たせしてしまい申し訳ございません。
 あらゆる職業に当てはまる事ながら、こと命懸けの世界においては目を背けてはならない。
 そんな、至極単純ではあるものの決して容易い事ではない、奥行きのあるテーマと捉えて筆を執らせていただきました。
 お気に召しましたら幸いです。
 このたびのご指名、まことにありがとうございました。
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2016年10月17日

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