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『Primula malacoides 』
ゼノビア オルコットaa0626)&レティシア ブランシェaa0626hero001

   あなたが、私の運命を開く

●運命が開かれる時
 ゼノビア オルコット(aa0626)は、その場所で膝を抱えて座った。
 壁に沿って配置された本棚のある図書室の奥、左右正面壁に沿って本棚が配置されており、誰かがここへ来ることはない。
 遠く、遠くに聞こえるのは、子供が笑って遊ぶ声。
 けれど、この空間には静寂だけが満たしており、ゼノビアは静かに目を閉じる。


 ここは、誰もいない。
 誰もいないから、ほっとする。


 ダッテコエヲダスヒツヨウガナイモノ


 自分が声を出した『結果』、両親はどうなった?
 あぁ、私が声を出さなければ、こっちだよと声を掛けなければ。
 きっと、愚神には見つからなかった。それが基で殺されることなんてなかった。
 目を見開いた両親が身体をびくびく震わせながらも、逃げてと口を動かした姿が忘れられない。
 声にならない声でゼノビアに自分達を見捨てて逃げるように言った姿が忘れられない。
 自分が声を上げたから悪いのに、両親はそのことを叱りもせず自分へ逃げろと言った。


 ワタシモイッショニツレテイッテ


 動けないでいたゼノビアへ愚神の爪が伸びてきたのを憶えている。
 痛いと言うより熱いと言う感覚で声を上げる暇もなかった。
 でも、一緒に逝けると思い、意識を遠のかせる直前、死ぬ直前の両親が愚神にしがみつき、自分から意識を逸らさせた。
 殺されている間に逃げろとでも言うかのように。


 イッショニツレテイッテクレナイノ


 両親が物言わぬ物体に成り果て、ゼノビアに再度及ぼうとしたその時に、H.O.P.E.ロンドン支部より派遣されたエージェントが到着したのだ。
 ゼノビアが気づいた時には、H.O.P.E.によって手配された病院におり、両親は埋葬されていた。
 最後の別れをするには両親の遺体の状態があまりにも悪かったことも原因としてあったが、ゼノビアの意識不明の状態は長く、両親の遺体が腐敗する恐れがあることより、止むを得ない処置であったと言う。
 ただ、ゼノビアはそれら事情を受け入れるには幼過ぎた。
 同時に、自分の身に何が起こっているかも。
 愚神の爪は、ゼノビアの声帯を損傷させていた。
 声を出しても、小さく掠れたようなものしか出ない。


 あぁ、神様が私に罰を与えたんだ。
 声を出した私がいけないんだと、そう言っているんだ。


 泣き叫ぶことも出来ず、ゼノビアは天井を見て涙を零した。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 私が、声を掛けたからいけないんだ。
 あの時、一緒に助かりたくてそう言ったのに。
 私が、殺した。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


 もう、神様も泣き叫ぶことすら許してくれない。


 あれから、どの位の時間が経過したのか分からない。
 既に祖父母も他界しており、引き取るべき親戚もいなかった為、ゼノビアはH.O.P.E.の手配で孤児院に身を寄せた。
 この孤児院には両親が従魔、愚神に殺された子供もおり、ゼノビアに対して無責任に接する大人も子供もいなかったが、ゼノビアは馴染めず、この図書室の奥にいる時間を増やしている。


 だって、あの子達は私みたいに自分の所為で両親を殺してない。
 神様に声を出したからだって許してくれない子だと知らないもの。


 アイタイ
 シンデモイイカラアイタイ


 ツライ
 コワイ
 サビシイ




──────        ダ       レ       カ       ──────




 ゼノビアが瞼を一層閉ざした直後だった。
「早く逃げろっ!」
 知らない男の人の声が聞こえた。
 さっきまで誰もいなかったのに。
 誰だろう、とゼノビアが目を開けた時には目の前にあった本棚がゼノビアに向かって倒れてきていた。
 今でこそH.O.P.E.と連携している孤児院だが、歴史自体は古く、この本棚も昔に寄贈されていたものであった為、老朽化により棚の一部が破損していたのだ。
 実は朝、図書室の奥の本棚は危ないから近寄ってはいけないと注意喚起がされていたのだが、馴染めない為に閉ざしていた心はその注意喚起を聞き逃していた。
「!!」
 目の前に迫ってくる本棚は奥にやられているだけあり、子供達が興味を示さないもの、簡単に言えば孤児院の歴史や在籍していた子供達の記録のようなもので、絵本などと違って分厚いもの、重量はかなりあり、埋もれてしまえば、見つかるまでに窒息死する可能性すらあるものだ。


 コワイ


 その言葉だけが頭を埋め尽くす。
 このまま埋もれたら死ねるとかそんなことは考えられなかった。


 足が竦んで動けない、逃げられない。どうしよう。


 けれど、1つ目の本棚が破損により倒れることでゼノビアの側面にあった本棚も繋がっていた為に連鎖し、倒れてくる。


「このバカッ!!」


 鋭い叫びと同時にゼノビアの腕が引っ張られた。
 ゼノビアがいた場所には重厚な本が落ちており、直撃していたらと思うとぞっとする。
 けれど、それに意識を振り分けられていたのは数秒にも満たなかった。
 何故なら、自分を怒り、その腕を引っ張った人は透けていたから。
「おい、チビ、死にたいのか?」
 透けているその人は、本気で怒っているように見えた。
 ゼノビアはその問いに答えられず、顔を俯かせる。
 背にしている本棚のお陰で正面と側面の本棚に潰されずに済んでいるが、背面の本棚がずっと支えきれる訳ではないことは分かっている。耳に届く音が時間の問題を告げており、脱出しなければいけないだろう。
「答えられないのか?」
 ゼノビアを見るその金の眼はまるで射るかのようだ。
 怖いと思うのに、その金の眼は逸らすことを許さない。
 赤い髪はあの時見た両親の血ではなく、秘めた炎のような色だと思った。
「答えられないんだったら、お前はまだ死ぬ時期じゃないんだろう。お前は、生きたいと本心で願うから、それを口にしない」
 ゼノビアは、言われたことが信じられなかった。
「生きろ! 生きてその意味を考えろ!」
 ゼノビアの双眸から涙が流れた。
 自分の願いに気づいたのだ。


 私は、あの時何をすれば良かったか分からない。
 会えるなら死んでもいいと思ったけれど……天国に行っても怒られることは、本当は解ってた。
 でも、許せなかった。
 殺した愚神も、殺した私も。


 誰かに、怒ってほしかった。


 この人は、それさえも甘えるなと怒ってる。
 実体もなく、自分こそあやふやなのに。
 私に、甘えるなと、答えを出せと、怒っている。


「……生きたい、です……」


 それは、あまりにも小さく掠れた声。
 けれど、遙か先を踏み出すのに必要な大きな決意だった。


「言えるじゃないか」


 目の前の男の人が少し目元を和らげた瞬間、背面の本棚が正面と側面の本棚を支えきれず、破滅の音を上げた。
 ゼノビアの時間にして、瞬き以下の間に男の人の手が伸びてくる。
「生きたかったら、俺の手を取れ。───『生きることを諦めるな』!」
 ゼノビアは頷く間も惜しむようにその手に手を伸ばす。


 そして、彼らの間に誓約がなされた。


 崩れ落ちる本棚を間一髪で逃れたゼノビアは、さっきまで透けていた男の人を見た。
 今は、透けていない。普通の男の人がいる。
「…………」
 男の人は崩れ落ちた本棚をじっと見ていた。
 横顔を見ただけでは、どのような心情かはゼノビアには推し量ることも出来ない。
 物音を聞きつけた職員が、やってきた。
 どう説明しようと思っていたら、職員が良かったと涙を流しながらゼノビアを抱きしめてくる。
 その声音と腕の強さと温かさが馴染めないでいた自分が、どれだけこの人達を心配させていたか思い知った。
 泣き叫ぶことも出来ない自分を、両親を殺したようなものと思っている自分を、この人達は案じてくれている。
 両親の腕の温かさと強さとは違うけど、でも、ゼノビアはごめんなさいという気持ちを示すように小さく頷いた。
「立ち入り禁止にしとけよ、ここ。このチビ、話聞いてなかったんじゃないのか?」
 男の人の声でゼノビアが我に返る。
 透明だった男の人のこと、どうやって説明───男の人はゼノビアにいつの間にか落としていたそれを掌の上に乗せた。
「レティシア ブランシェ(aa0626hero001)だ。緊急事態だったんで、そのチビと誓約した」
 愚神とは異なる、異世界からの来訪者───英雄。
 自分との誓約を交わして実体を得て、この窮地を救ってくれたのだと、ゼノビアはこの時初めて実感した。
 色々なことが降りかかったからか、ゼノビアはそこで意識を手放した。
 だから、その直後から目覚めるまでの間のやり取りを、ゼノビアは詳しく知らない。
 けれど、目覚めれば、きっと最初の1歩が踏み出せるだろう。
 今は、ゆっくりおやすみなさい。

●運命が開いた時
「恐らく、俺は死んだ瞬間にこの世界に来ている。思い出せない箇所も多いがそれだけは確かだ」
 ゼノビアがベッドに運ばれている間、レティシアは孤児院の院長へ自身のことや誓約当時のことについて事情聴取を受けていた。
(だから、あの様子であの声で、職員達が血相変えて、即事情聴取か)
 彼女は愚神に両親が殺され、両親を殺した原因を自分が作ったと思っている、という説明を受け、レティシアはゼノビアの様子や院長との面会をと言われた理由を察した。
「誓約に躊躇いがなかったかと聞かれれば、嘘になる」
 レティシアは、言葉を噛み締めるようにそれを紡いだ。
「俺と誓約を交わせば、戦いに巻き込むかもしれない。子供が武器を取る必要はない。……理想は、誰もが武器を手にしなくても安定した生活を送れることだが、理想と現実は違う」
 だから、最後の記憶にある少年も庇った。
 戦う覚悟を決めていたとしても、あの仲間はまだ子供と言うに相応しく、未来があるから。
 ゼノビアもまた、未来がある子供だ。
 自分も未来がないと言う程の年齢ではないが、彼らよりはずっと大人である。
「あなたは、ゼノビアを思い遣るが故に躊躇い、けれど、ゼノビアの為に決断してくれたのですね」
 レティシアの倍は確実に生きているだろう院長は、穏やかな笑みを向けた。
 そんなご大層なものではない、とレティシアは言おうとして、その笑みに阻まれる。
 この院長は、『自分などがパートナーでいいのか』という葛藤もひっくるめて、この言葉を言っていると気づいたからだ。
「私達のゼノビアが取り返しのつかないことにならないよう決断してくださったことを、彼女の両親に代わりまして、感謝いたします」
 それよりはマシだと即断したそれに対する感謝は、ゼノビアが生きたいという言葉を言うのを待っていたのだろうと思う。
 彼らはゼノビアよりずっと大人だから、ゼノビアの両親が何を思い、ゼノビアに逃げろと言ったのかを理解し、同時に両親は最初から罪悪感を抱くゼノビアを許していることに気づいている。
 けれど、万の言葉を紡ごうと、ゼノビア自身がそれを乗り越え、実感しなければ何ら意味がないことを知っているから、彼らはゼノビアが最初の一言を言う為の時間を与えていたのだろう。
 ここにも、彼女の歴史は息づいていたのだ。
 だが、自分は───
(……くそ)
 レティシアは自分の中に息づいていた筈の歴史の欠落を実感し、心の中で舌を打った。
「あなたもこの世界に降り立ち、混乱が多いでしょう。身の振り方が少し時間が経過してから考えられてはどうでしょう」
 まるでレティシアの苛立ちを理解しているかのように院長は微笑んだ。
 レティシアに断る術はなく、院長によって準備された部屋へレティシアは移動することになった。
 幻想蝶の中で過ごす英雄もいるが、普通に生活している英雄もいる為、子供達は相室であることもあり、便宜上の部屋も必要だろうということで。
 通された部屋は急ごしらえでも整えられており、異世界の客人を和ませる為か、鉢植えの花が窓辺に置いてある。
「その花には、『運命を開く』という意味があるそうですよ」
 レティシアの視線を察した院長は、そう微笑んだ。
 きっと、そうあってほしいという願いが込められているのだろう。
 院長が去った後、レティシアは花に手を触れる。
 欠如した自分の歴史の中にはない優しい印象を持ったその花は、助ける為とは言え誓約してしまった小さな子供と自分が庇ったまだ小さな仲間を思い出させ、その目を閉じた。

 ゼノビア オルコット。
 レティシア ブランシェ。
 2人の物語はこれより始まり、その運命は多くの人の願いを受け、2人自身によって開かれていく───

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ゼノビア オルコット(aa0626) /女/16/運命と彷徨する少女】
【レティシア ブランシェ(aa0626hero001)/男/27/運命を開いた男】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
3連作の第1話、誓約の話となります。
この世界に召喚されたばかりの英雄は実体を持っておらず、誓約を結べる能力者には見えたり触れたりが可能ですが、通常の物理干渉に関しては厳しいことより、若干希望に副えていない描写箇所がありますが、ご容赦いただければと思います。
その運命を開き、その先に答えを見つけられますように。

プリムラ・マラコイデスの花言葉:運命を開く。
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2016年10月17日

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