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『Crimson clover 』
ゼノビア オルコットaa0626)&レティシア ブランシェaa0626hero001

   未来を、その胸に灯せ

●やり場のない苛立ち
 レティシア ブランシェ(aa0626hero001)は、窓の外に目をやった。
 窓の外は、まだ実感が湧かないものばかりで構成されているもの。
 この窓の外を知ったのは、1ヶ月前のこと。
 ゼノビア オルコット(aa0626)という小さな子供を助ける為、彼女と誓約を交わしたからだ。
 彼女は愚神に両親を殺されており、この孤児院へ身を寄せていたが、負傷が原因で元々小さく掠れた声しか出すことが出来なくなっていたが、両親の死に自分の行動が重なっていると言う心的要素も重なり、その声は失われている状態である。
(院長の話では、両親殺害時の記憶の一部がないらしいが)
 ゼノビア自身自覚しているかどうかは本人のみが知る所だが、話題が話題だけに踏み込めない。
 ただ、院長の話では自分が声を掛けたことで両親が殺されたこと、逃そうとしてくれたことについて認識しているが、具体性がないらしく、その場にいた生存者がゼノビアしかいない為、自分が声を掛けたことが原因までは確定でも、その先、エージェントが到着するまでの空白は断定が難しいらしい。
 両親が殺されてでも身体を張ってゼノビアを逃そうとしたのか。それとも成す術もなく死んでおり、ゼノビアの無意識の願いがそう記憶させているのか、或いは別の真実があるのか。
(……あのチビ次第なんだろうが)
 思い出せと言うには、厳しい事情だ。
 逃げている、と言うより、自己防衛に近い。
 大の大人ですら耐えられるものではなく、誰もあの小さな子供を笑うことは出来ない。
 けれど───
(……記憶、か)
 レティシアは、心の中で舌打ちをする。
 自分はゼノビアと違う。
 助けてもらったと思ったからか、ゼノビアは何か言いたそうにこちらを見てくる。
 言いたいことがあるなら言え。
 イライラとそう思うが、相手は声を発せない事情がある子供だ。僅かに思い出せる『傭兵団』の仲間なら怒鳴っているだろうが、それは出来ない。
 用があったら声を掛けろと言って追いやるのが精々だ。
 上手くやっていきたい気持ちはあるが、今そこまで思い遣れる余裕がない。
(完全に忘れてたら良かったんだろうが)
 なまじ部分的に思い出せるから苛立つ。
 かつての世界とこの世界は余りにも違い過ぎて、配慮はされているが、環境の変化は確実にストレスになっていると思う。
 何が起こるか判らないことへの苛立ちは誰でも同じだろうが、戦場に身を置く者であるなら、予測出来ない状況は空に投げ出されたのと同じようなものだ。
(死人の夢だとしても趣味が悪い)
 この世界には、異世界からの来訪者が自分以外にもいるらしい。
 自分のように英雄(そんなご大層な存在になった覚えはないが定義的なものらしい)であったり、人を滅ぼす愚神(神を名乗る割に自分で愚かと思ってるのかと思わないでもないがそう呼ばれている連中の意識に興味はない)と呼ばれるらしいことは聞いた。
 どういう原理で来訪しているかなど、誰にも解らない。
 当事者の記憶が自分のようにぽっかり落ちているのだから、真実がどこに転がっているかなど解る訳がない。
 それ故に、レティシアは最後の記憶が自身の死であることより、召喚されたとも死んだ自分自身の夢であるかも本当の意味では断言出来ない。
 どちらでも今の自分にはかつての記憶の多くが失われていることに変更ないなら、どちらでもいい。
(要するに───)
 レティシアは、窓の外を見やる。
 ゼノビアが身を寄せる孤児院の院長が用意してくれたこの部屋からは、手入れの行き届いた庭が見え、『この世界』っぽい色は比較的薄い。レティシアの事情を聞かずとも、記憶がないという1点より配慮してくれたのだ。
(俺もまだ未熟ということだ)
 そうして頭で理屈として判っていても、感情が解っていない。
 レティシアは、今度は本当に舌を打った。

 その時だ。
 部屋のドアが控えめにノックされた。

●踏み出したい願い
 時間を多少前に戻すと。
 ゼノビアは、自分の部屋の中を行ったり来たりしていた。
 レティシアとどうやって仲良くしようか悩んでいるのだ。
 が、レティシアは大人の男の人で、いなくなってしまった父親の方が年齢も近く、どうやって仲良くなればいいのか判らない。きっかけがあればと思うが、父親に近い年齢の男の人と友達として仲良くなる機会がなかったから、何をきっかけにすればいいのか判らない。
 用があったら声を掛けるように言われたけど───
「お手紙とか、どうかな」
 ゼノビアの様子を見かねた同室の子達が声を掛けてくる。
 レティシアと誓約を交わして1ヵ月が経過しようとしているが、あの件もあり、同室の子達がゼノビアに声を掛けてくれるようになった。
 最初、能力者になったからなのかと思い、次にレティシアに興味があるのかと思ったが、徐々にぶっきらぼうなレティシアと仲良くしようと悩む自分を見て、助けになればと気遣ってくれていると気づき、それできっかけに思い至った訳だが。
 お手紙───記した文字での会話、筆談。
 ゼノビアは、その手があったと手を叩く。
 後天的に声を失っているから、ゼノビアは手話に長じていない。必要があれば学ぶ必要はあるかもしれないが、そもそもこの世界の住人ではないレティシアもその手話を学ばない限り意思の疎通は出来ない話で、そうした疎通以前の問題が現状だ。
 声を出せたとしても連続して声を発することが出来るのはごく短い時間だし、クリアな声ではなく、自分が伝えたいことを伝えきれないかもしれない。
 そうした中、今最も的確に自分の意思を伝えられるのはメモの文字だろう。
「院長先生が文字のご本を差し入れてたから、簡単な文字なら大丈夫だと思うの」
 レティシアはこの世界に来た時から会話に関しては何不自由がない。
 院長は、きっと神様がこの世界に独りで来ても大丈夫であるように配慮したのだろうと微笑むが、文字に関してはその限りではないのか、レティシアに図書室を案内したりしているのはゼノビアも知っていた。
 なら、簡単な言葉なら判るかもしれない。
 判らなくとも文字を見せてきっかけになれば。
 ゼノビアは、こくりと頷いた。
 皆に頑張ってと励まされ、メモを手にレティシアの部屋へ歩いていく。
(仲良くなりたいの)
 だって、出会ったから。
(私が弱虫じゃなくなったら、もっと仲良くしてくれるかなって思うけど、でも───)
 これが、きっかけになればいい。
 今よりも、もっともっと頑張るから、だから───

 そして、ゼノビアはレティシアの部屋のドアを叩き、本人からの了承を経て、意を決する。
 ドアを開けたその先のレティシアに、文字でその思いを伝える為。

●共に歩み寄る最初は小さく大きく
 レティシアは、ドアからゼノビアが入ってくるのを見た。
 少し躊躇いがちな様子は性格的な部分が強いのだろうが───
「何か用か」
 尋ねる声は、自覚するレベルで苛立ちが乗っていた。
 ゼノビアが一瞬怯むが、何か決意を固めたような表情でそのまま歩いて来る。
『庭に出よう』
 メモを見せられたレティシアは、まだこの世界の文字に触れたばかりで、庭しか解らなかった。
 ただ、ゼノビアの表情を見る限り、庭に出たいのだと言いたいのだと判る。
「俺がいなくても庭位出ればいいだろう」
 そんなことで呼びに来るなと言い放つが、ゼノビアは退かない。
 文字を一生懸命書き、また、メモを見せた。
『あなたと見たいものがあるから、一緒がいいの』
 やはり、全部は判らず、けれど『あなた』の文字は判ったので、自分と出たいことを重ねてきていると判る。
 この1ヶ月、ゼノビアとまともに話したかと聞かれれば、その記憶はない。
 院長に図書室を案内してもらい、文字の本を幾つか貸して貰った程度でゼノビア以外の者とも殆ど会話を交わしていない。声を掛けられても正直鬱陶しいとさえ思って対応していた。
 ゼノビアも最初に比べて自分への接触を控えているようだったが───
 レティシアは断ろうとし、文字の乱れに気づく。
 メモの筆跡は急いで書いたからというのが原因ではないと判る乱れがあった。
 視線を移すと、ゼノビアの足が少し震えている。
(俺は、何をしていた?)
 こんな子供が、何とか自分と話そうと勇気を出して行動してきている。
 自分が、この1ヶ月したことは何だ。
 こうして苛立つのは未熟だと『分かって』はいた。
 だが、本当に『解って』いたか?
「……何を見たいんだかな」
 レティシアは自身への苛立ちから来る溜め息を吐き出して立ち上がると、仕方ないから付き合うと勘違いしたのかゼノビアはほっとしたように笑った。
 まだまだ互いの理解が足りていない距離がある。
 レティシアはこの小さな子供と誓約した自身の責任を思い出し、彼女に連れられるまま庭へと出た。

 庭は、春の花に彩られていた。
 部屋を用意された当初窓辺に置かれていた鉢植えの花も早春に咲くものであり、この世界での季節は春へ向かっているのだと実感したものだ。
 ゼノビアに案内されるままそこへ足を運ぶと、炎のような鮮やかな紅が目に飛び込んできた。
 更に近づくと、それらはイチゴのような花穂であり、キャンドルを思わせる植物である。
「クリムソンクローバー……って言うんです」
 ゼノビアが声に出して言いたかったのか、小さく掠れた声でそう言った。
「あなたの髪のように、きれいな赤」
 俺の髪は、と言おうとして、ゼノビアが少し咳き込んだ。
 声を出して負担を掛けたのか、そんなに悪いのかと思ったが、ゼノビアが緩く首を振り、メモに文字を走らせた。
『どう言えばいいのかわからなくて、ノックするまでずっと考えてたから』
 ちゃんと話そうと意気込み過ぎてて、空気が変な場所に入った。
 レティシアはそう説明された文字の全てをまだ知らない為に解らなかったが、ゼノビアがやっと言えたと喜んでいるように見え、それで気づく。
 この1ヶ月、ゼノビアは自分に歩み寄る為にずっとずっと考えていた。

 自分を助けてくれたから、それもあるだろう。
 誓約を交わしたから、それもあるだろう。
 両親が殺されて独りだから、それもあるだろう。

 でも、1番の理由はそうじゃない。

 俺の記憶がないこと。
 俺の環境がかつてと全く違うこと。
 かつての世界で死んだこと、受け入れたこと。

 けれど、この世界で、自分達は出会えたこと。

 俺が独りではないということ。
 独りにならないでほしいということ。

 具体的にこのチビは言葉に出来なくとも、そう思ったのだろう。

「こんなチビに教わるとはな」
 レティシアが小さく呟くと、ゼノビアの表情が今までにない方向へ変化した。
 メモの文字は、さっきと違って震えてない。が、少し荒い。怒っている?
『私チビじゃない。ゼノビアって名前がちゃんとあるよ』
 レティシアは、声を上げて笑った。
 何故、文字の本を借りたのか思い出したのだ。
 そうだった、最初に学んだこの世界の文字は、『ゼノビア』だった。
 誓約を交わした小さな子供の名前も読めないようではと、院長に頭を下げて教わった文字だ。
 それを教わるとは思わなかった。

 距離は、まだ近いとは言えない。
 けれど、距離を近づけようと努力することは出来る。
 未来の願いを胸に灯せば、それは必ず成し得ることが出来るだろう。

 これは、運命を開く未来への願いをその胸に灯す2人の最初の歩み寄りの話。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ゼノビア オルコット(aa0626)/女/16/綴る想い】
【レティシア ブランシェ(aa0626hero001)/男/27/灯る未来】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
3連作の第2話、歩み寄りのきっかけの話となります。
誓約を交わして1ヶ月程度後の話ということですので、時間の経過を意識して描写しました。
この世界の住人ではない英雄は意思疎通に関しては、東嵐大規模作戦時のコミュニティでの質問掲示板における質疑応答(Q6)の通り会話は問題ないですが、言語を理解しているのとは別次元になることより、レティシアさん自身が学んでこの世界の言語を理解する必要がある為、文字を学んでいる形を取らせていただいています。
この後日本語も頑張る必要があると思いますが、個人的にはかつて担当したシナリオで気にされていた、『女子力』の『女子』についての説明をきちんと出来たかどうか気になっています(笑)

クリムソンクローバー(ストロベリーキャンドル)の花言葉:胸に灯をともす。
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2016年10月17日

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