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『 風が草原を薙ぎ、草花を奏でて波のような音を立てる。 』
エアルドフリスka1856
 一面の緑に紛れて白の花びらが吹き上がり、無垢な色であるはずのそれは一部赤の斑に染まっていた。
 よせばいいのに、エアルドフリスは引き寄せられる。15才ほどの、不機嫌そうな少年の姿、その視線の先では、血を失い白くなった少女が花畑に抱かれるようにして埋もれていた。

 ――……。

 エアは町の中に紛れ込み、適当な食事処で腰を下ろしていた。
 時折向けられるのは奇異の目線、年若く、見慣れない少年が一人で行動しているからだろう、好奇こそ向けられていたがそれ以上ではなく、微妙な排斥と居心地の悪さを感じながらも、エアはそれを黙殺していた。

 遺体の通報は、していない。それが面倒な事になるとわかる程度の知恵はついていたし、一番怪しく見えるのが自分である事も十分に承知していた。
 エアがしたのは、獣が威嚇したくなるだろう果実を道沿いに置いただけ。早ければ今日中には誰かが気づいてあの少女も発見されるだろう、その後の事は自分の知るところではないとエアは思っていた。

 遺体を目撃しても、こうして普通を装えるくらいにはエアの神経は図太い。……いや、図太くなってしまったと言うべきか、そんな自分に軽い蔑みのようなものを覚えるくらいにはエアにも感傷が残っていて、感傷を覚えてしまうくらいには未熟で、割り切れていなかった。

 食事を終え、長居が許される店のようなので何をするでもなくぼんやりと佇む。
 漏れ聞こえる喧騒は慌ただしさを増していて、遺体が発見されたのだろうなと思っていたら、やはりその通りらしく外の街道を衛兵が駆けていく。
 勘が働いたというべきか、これも長くよそ者であったための経験か、エアは食事の代金を置き、店を後にする。

 『少女が死んでいた花畑で、年若い少年を目撃した奴がいる』。
 そんな話が聞こえて来るのに、そう長くはかからなかった。

 +

 いつ目撃されたのかはわからないが、正直、とばっちりである。
 服装を変え、身なりを多少いじるくらいはしたが、年若さによる体格まではどうにもない。
 たとえ捕まったとしても証拠不十分で有罪になる事はないだろうと思う、しかしそれでもあらぬ疑いをかけられるのはなんとも気分が悪かった。
 仮にこの町の衛兵隊が腐っていたのなら「よそ者の少年が少女に粉をかけ、袖にされた挙句逆上して殺した」あたりの話が捏造されるのだろう。
 反論する材料は、欲しい。『そんな事はしていない』など何の足しにもならないのだ。

 足が向かうのは歓楽街、すぐ横を同年代だろう少女たちが笑い合いながら駆けて行く。
 思わず目で思ってしまい、後悔した。輝きを詰め込んだような、花のような笑顔。自分と彼女たちが触れ合う事など、ない。


 エアが訪れたのは、ある程度年を重ねた女が酒を伴に切り盛りしているような店だった。
 マダムと呼ばれるのだろうその女の下には他に数人の女がいて、平均年齢はやや高めなものの、その分年季によって様々な事を心得ていた。
 彼女たちはそれほど学を持っていなかったが、世間の事に対してはわりかし博識で、職業柄当然のように情報に通じている。何より、彼女たちは身の引きどころや詮索するべきでない事を理解していた。

 相応の対価を払えばエアの素性など問われる事はなく、彼女たちは知りたい事を答えてくれる。
 数枚の銀貨と一杯の酒、そして望まれれば“いくらか”の接触。
 皮肉げに口元を歪め、お互いわかっていて戯れのために心にもない言葉を口にする、茶番だったが、利害だけの関係は同年代より遥かに付き合いやすい。
 最初は嫌悪感もあったが、師の元でそれを押し殺す術も学んだ。女の扱い方は回数を重ねるごとに流暢さを増していくのに、自分への嫌悪感はその回数分だけ募っていく。やっている事に心がついていかない違和感、その内こんな感覚も感じなくなってしまうのだろうか。

 +

 日が暮れる。天蓋を覆う雲は厚く、灰色に覆われて空は見えない。
 残り火のような太陽が世界を照らすが、その内宵闇に飲まれることだろう。

 水商売の女から得た情報は、似たような殺人はエアがこの街に来る前からあったという話だった。
 彼女たちは共に、一人の少年と親しかったらしい。そいつの事を訪ねると、女は笑って「あんな男に引っかかるようじゃまだまだだネェ」と言っていた。
 見目はいいのだろう、人を惹きつける才もある、ただ、絶望的に人との付き合い方が幼い。本人に自覚症状はないのだろう、幼さとはそういうものだ。誰彼構わず愛嬌を振りまいて、それが単純に善い事だと信じている。

 痴情のもつれか? ……違う、そうじゃない。
 エアが目撃した遺体に争いの跡はなかったし、エアがよく知る別の痕跡が刻まれていた。だから、これはもっと理不尽で、“誰かと繋がりを持っていた”から降り掛かった悲劇的な何かだ。
 心当たりはある、だが直接確かめた方がいいだろう。
 恐らく、終末は近い。

 +

 少女の遺体があった花園、その先にある郊外の更に森の奥。そこには木造の、打ち捨てられた廃教会があった。
 普通の人なら遠慮と良識から入ろうとも思わない場所、しかし大人になりきってない子供なら好奇心が勝る事もあるかもしれない。
 傾いた扉を押し、エアは半ば蹴るようにして入り口を開け放つ。どこかカビ臭い埃の匂いが嗅覚をつき、足の折れた長椅子、蜘蛛の巣を被った講壇があって―――講壇の前にエアより小さくて頼りない、蹲る少年の背中があった。

 …………ああ、やっぱり。

「二人目の女が殺された時に目撃された少年。それは俺じゃなくて、お前だな」
 口ぶりは淡々と、しかし隠しきれない苦渋を滲ませながらエアが語る。振り返った少年の顔は、恐慌を通り越して絶望に踏み入っていた。
 そう、そもそも最初からおかしかった、目撃者がいたのに、それを自分が全く察知していない、そもそも目撃されたのが別人だとすれば話が通る。
 入り口から歩みを進める、長椅子の残骸を越えれば、講壇近くにあったものが顕になった。

 見目麗しい、少女の姿を模した禍々しい“ソレ”。
 歪虚―――雑魔の中でも相当弱い部類だろう、足を畳んで地面に座り込む姿は余りにも無害なようで、だからこそエアにとっては苦々しさだけが募る。
 歪虚の足元からはマテリアルのような闇色の触手が伸び、幼児が母親にねだるようにして少年に絡みついている。それはどこか親愛の情を思わせるほどで、一方少年の方には反応する気力もないのか、泣きはらした顔でうなだれている。
 今は一目で歪虚だとわかるが、少年がこれを発見した時はそうじゃなかったのだろう、この世界には人でない存在が実在し、少年はこの存在を正確に理解しなかった。
 理解せず、ただ弱っているという表面だけを見て、天真爛漫のままになんとかしようとした。

 食料を持ってきたのかもしれない、或いは誰かに相談したか。
 歪虚は彼が食べ物をくれるものだと理解し、しかし一方で彼は歪虚の食事の意味を理解しなかった。
 歪虚は彼が持ち込んだ食事に手をつけず、少年は困り果てて一旦引き上げたが、歪虚は何らかの方法で彼についていった。
 そして、彼とともにいた少女――もしかしたら相談相手だったのかもしれない――を“食事”だと認識して、一件目の被害が起きた。

 彼はここで事の重大さを理解したはずだ、手を差し伸べるべきだと思っていたソレはとんでもない災厄で、知らなかったとは言え少年はソレを見つけ、手を貸してしまった事になる。
 ソレに対する恐怖よりも、自分がしでかした事と、その責任を取らされる恐怖の方が上回った。
 きっと責められる、皆が自分を軽蔑し、遠巻きにし、陰口を叩きながら責め続けるのだろう。
 最早自分の周囲に笑顔が戻る事はない、愛情に生きてきた少年にとって、不特定多数から悪意を向けられる未来はとても耐えられるものじゃなかった。
 彼に出来る事などない、せいぜいがこれ以上被害を増やさないように逃げ回る事で、しかし彼の周囲は彼が振りまいた愛情の分だけ彼を気にかけていて、その中でもおせっかいというべき少女が彼を追いかけてきてしまった。
 それがエアの目撃した二件目の被害、この時の少女の遺体は、エアが知るようにマテリアルを抜き取られていた。

 エアにとっては理解出来ない価値観だらけだったが、ある程度汲み取る程度の見識は身についていた。
 だが、やはり理解出来ない。きっと自分が遠巻きにされる側だったからだろう、気にかけてもらえる事に対する羨望があり、自分が手にする事は出来ないという諦観があり、彼らのそれがこういう形で収束してしまった憐憫がある。
 全てを振り払うような息をつき、エアは杖を片手に歩みを進めた。

「く、来るな」
「……別に、お前には何もしねーよ」
 だが言われた通りに足を止める、その数秒程度では何も変わりはしない。
「お前はもう死んでいる」
 え、という少年の驚きと共に、彼のカタチが崩れた。
 歪虚の触手が絡みついていた場所からだ、マテリアルを奪われ、緩やかに崩壊していく。
 崩れた後には何も残らない、ただ少年であったモノの残骸のような塵が残るだけ。歪虚に変化する訳でもなく、少女型の歪虚はその塵を手にとって不思議そうに首を傾げている。

 食事をねだろうとしたのか、仲間に引き入れようとしたのか、エアにとっては理解できなかったし理解する気もなかったが、結果として少年もマテリアルを奪われ行き着く所に行き着いてしまった。
 教会に入った時にはもう手遅れであることがわかっていた。少年を助けようとするほどこの時のエアは愛情深い訳ではなく、また、自分と違う世界の住人である少年にどう接したものか持て余してもいた。
 見ている以外の選択肢はなかった、多少の悔いはあったが、何度繰り返しても自分は同じ事をするだろう。

 歪虚に杖を突きつけ、詠唱が終わると同時に魔術弾を放つ。
 元々弱かった歪虚は大した抵抗をする事もなく、魔術弾に穿たれ消滅した。
『う、ぁ』
 歪虚の上げた赤子のような声も、エアに憐憫を思わせる事はない。残されたのは『こんな奴が』と悔恨と嫌悪に顔を歪めるエアだけだった。

 +

 外に出る、分厚い雲はいつの間にかどっか行ったようで、外に広がるのは藍色に澄んだ夜空と、郊外故に一層目立って見える星々だった。
 エアはこの光景が嫌いじゃない、町で宿を取ろうかと思ったが、そんな気分でもなく、空を見上げながら師の元まで歩いて帰る事にした。
 たまには夜の散歩もいい、疲れたらどこかの木にでも背中を預けよう、誰もいない夜の草原はきっと事件に疲れた体を癒やしてくれる。

 ―――『遅かったねェ、フォスファロス』
 そう言うだろう師の声も、今ならそこまで嫌悪感を覚える事ではない気がした。

「…………」
 息を吸う、何か呟こうと思ったが、特に言うべき事は思いつかなかった。
 別世界で起きた話だ、自分に口を挟む余地などあるはずもない。事件は終わった、それが全てだ、世界の天秤は今日も自分の知らないところで均衡を保ち続けるのだろう。
 思うことがあるとすれば――誰かを想った結果、想われる相手から失っていくというのが、今回、なんとも皮肉だった。

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【ka1856 / エアルドフリス / 男性 / 27歳 / 魔術師(マギステル)】
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2016年10月17日

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