▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 Step by Step 』
阿波連jc1693)&夜千流jb8810


 長い廊下は、しん、と静まり返っていた。
 昼間というのに薄暗いが、夜千流の目はじっと一隅を見つめている。明かり取りの窓から僅かに漏れる光で、物を見分けるには充分だ。
 静御前と号する旅館はかなり大きな建物で、廊下もまたそれに応じて長く複雑である。
 別名、妖怪旅館といわれるだけのことはあって、有象無象がわだかまる建物は、静かでありながら様々な気配に満ちていて騒がしく思えるほど。
 夜千流自身も例にもれず、色々な経緯を経てこの旅館の一隅に居を構えているのだが。以前より、同居人たちの静かなざわめきとはまた少し異なる、かすかな物音をたてる物がいるのは知っていた。
 今、その音は途絶えている。

 夜千流は足音ひとつ立てることなく廊下をすすむ。
 ひと際暗い廊下の隅を覗きこみ、銀の瞳がきらりと光らせる。
「珍しいことですわね」
 まるで語りかけるように呟きながら座りこむ。『そいつ』は反応することなく、そこにじっとしていた。
 夜千流は手を伸ばし、軽くつついてみる。
 それでも何事も起きないのを確認し、今度は片手で揺すってみた。
「こんなところでどうしましたの?」
 答えはない。
「起きてくださいまし」
 べしっ。
 叱咤激励するかのように叩くが、やはり反応はない。

 べしっ。
 べしっ。

 べしべしべし。

 両手を交互に使って夜千流は『そいつ』を叩き続ける。

「そこで何やってるんだ?」
 夜千流が振り向くと、立ってこちらを見下ろしている阿波連が目に入った。
 腰には愛用のはたきやら雑巾やらを、まるで得物のようにさげている。いつも通りの掃除の最中のようだ。
「機械が止まってしまったのよ、あなたわかるかしら?」
 夜千流が少し脇によけて、阿波連に見えるように『そいつ』を指差した。
 いつも気がつけば、夜千流の視界の端をもぞもぞと動いている、丸いお掃除ロボットである。
 本能的に飛びつきそうになるのを堪え、最近では動きまわるそいつにも慣れていたのだが。今、廊下の隅でじっと動かないままのお掃除ロボットは、どうにも妙な具合だ。まるで具合でも悪いかのように、夜千流に叩かれるままに沈黙を続けている。

 夜千流は機械の扱いが苦手である。
 というか、この旅館に棲む者の大部分は、あまり得意ではないだろう。
 電気やら何やらのエネルギーによって動く機械は、彼らの長い生において、ほんのつい最近のさばって来た馴染みの薄い物なのだ。
 だから「使役されるべき物」という理屈は受け入れられても、トラブルが起きたときの対処法はよく分からない。
 そんなとき夜千流は、とりあえずべしべしと叩いてみることにしていた。
 経験上、それで大部分の機械はちゃんと動きだす……らしい。

 阿波連は屈みこみ、お掃除ロボットを確認する。
「あぁ、こりゃバッテリー切れだな。腹がすいて動けなくなってるんだよ」
「お腹が空いていますの!?」
 夜千流が目を見開いた。
「まぁ、早く言えばそういうことだな。……とりあえず、充電ステーションに……あれ?」
 阿波連がお掃除ロボットを抱えたまま辺りを見回す。
 ついさっきまでそこにいたはずの夜千流が、音もなく消えてしまっていた。



「……どうしたんだ?」
 阿波連は首を傾げながらも、機械に視線を戻した。
「あーあ、他にも色々やらかしてんな。お前、頑張ってたんだな」
 ひっくり返したりあちこちの蓋を開けたりして確認すると、お掃除ロボットは少々くたびれて、かわいそうな状態になっていた。
「この旅館、やたら広いしな……」
 阿波連はその場に座り込んで、ベルトに挟んでいた雑巾を取り出した。
 センサーの部分やタイヤ回りなど、細かいゴミが溜まっている部分を丁寧に掃除し始める。時折手を止めて首を傾ける様は、まるで「ここが気持ち悪いよ」とお掃除ロボットが訴えかけているかのようである。
「まぁこうして元気に働いてるのはいいことだよな」
 阿波連が小さく笑う。
 まるで昔に世話した子供が立派に成長した姿を見たかのようにも思える。
 この広い旅館の中を黙々と走り、廊下を綺麗にし続けてきた功労者だ。偶には機械自身のお掃除も必要だろう。
 溜まった埃を取り除き、本体もきれいに磨き上げると、どことなくくすんでいたお掃除ロボットがしゃんと背筋を伸ばしたようだ。
「とりあえずは、こんな感じか」
 満足げに眺めながら、阿波連が立ちあがる。

 突然、その正面に、夜千流の銀の瞳が飛び込んで来た。
「あのっ……」
 夜千流は息を整えながら、真剣なまなざしを向けてくる。顔が赤らむ程に一生懸命走って来たらしい。
 不意に、片手に握りしめたあんぱんの袋をぐっと突き出してきた。
「これで、お腹はいっぱいになるかしら!?」
「……え?」
 阿波連は咄嗟にその言葉の意味をはかりかねた。
 だがすぐに、さっき自分が言った言葉を思い出す。
「どこから食べるのか、わたくしにはさっぱりわからないのだけど……」
 夜千流はあくまでも大真面目だ。
 お腹が空いたのなら急いで食べ物をと、そう思う気持ちは本物。
 だから阿波連は笑ったりせず、あんぱんの袋を受け取る。
「おう、こりゃ豪勢だな。お心遣いありがとうよ、お嬢さん」
 そう言うと、袋から取り出したパンにかぶりついた。

 今度は夜千流がきょとんとする番だった。
 阿波連はお掃除ロボットを抱えたまま、夜千流について来るように促す。
「こいつの食事はちょっと特別なんでね」
「特別……ですの?」
「こいつは食べ物を直接食べて消化することができないからな、食べ物の代わりに電気を食べる。それを充電っていうんだ」
「充電……?」
 長い廊下を並んで歩く。
 一見すると衝立の蔭にあって見過ごしそうな通路を折れると、阿波連はそこにお掃除ロボットをおろした。
 床に充電器が設置されているのだ。
「ほら、ここでちゃんと調整した電気を食わさないと壊れるから注意な。たぶんこいつは、腹が減ったんでここまで戻ろうとして、途中で行き倒れたんだろう」
 行き倒れの言葉に、夜千流が僅かに息を飲んだ。
「機械はこれで元気になりますの?」
「ここまで連れてくれば大丈夫だ。充分な食事をすませたら、また走りまわりながら掃除してくれるってさ」
「よかった……」
 夜千流の表情が、ようやくゆるんだ。
「あなた物知りなのね」
「どう致しまして」
 阿波連が軽く肩をすくめた。



 夜千流は御礼がてらにと、阿波連をお茶に誘った。
 安心したので、大好きな紅茶をゆっくり飲みたくなったのだ。
 キッチンのテーブルで向かい合って座り、華やかな香りを楽しむ。
 うっとりと眼を細める夜千流に、阿波連が尋ねた。
「あんた、機械は苦手か?」
 夜千流はこくりと頷いた。
「苦手よ。機械はお話してくれないんだもの」
 言葉をかわすことができる相手なら、尋ねれば何が欲しいか、何を望むか答えてくれるだろう。
 夜千流だってそんな相手なら叩かずに済む。
「どう具合が悪いのか教えてくれないんじゃ、わたくしもどうしていいのかわからないわ」
 阿波連は答える夜千流をどこか楽しそうに眺めていた。
 素直で、まっすぐ。
 はたきを使えば、爛々とした目でじっと見つめてくる面白い住人。

 だから更に聞いてみた。
「じゃあ他の機械はどうしてんだ? 例えばそこの換気扇とか、オーブンとか」
「……使わないわ。よく分からないのですもの」
 胡散臭そうに横目で見る夜千流に、阿波連は危うく吹きだしそうになる。
 それをどうにか堪えて、お茶に口をつけた。
 おそらくは夜千流だけではないのだろう。
 古くから生きてきた連中にとって、現代の技術のめまぐるしい変化は受け入れにくい。
 自分の手で、五感だけで、生きてきた時間のほうがはるかに長いのだ。
 そして技術はすぐにうつろい、気がつけば様変わりしていく。
 だから変わらない物のほうを選ぶというのは、わからないでもない。
 ――けれど。
「……うん。なら、この屋敷にある機械の説明してやろうか? 結構色んなものがそろってる割に、使ってるやつが限られるんだよな。勿体ない」
 出番を待ってじっとしている機械達だって、使われるためにこの世に生まれたのだから。
 夜千流はぱっと顔を輝かせた。
「あら! ならお願いできるかしら。わからないものがたくさんあるの!」

 長い時間を生きる存在だから、その気になれば覚える時間もあるはず。
 阿波連は笑顔を見せた。
「お安い御用だ」

 そう、いつかここの機械達だって、彼らの仲間になるかもしれないのだ。
 今から誰かが仲良くしておくのもいいだろう。
 遠まきにせずに近寄れば、きっと仲良くなれるはず。
 一歩ずつ、少しずつ。

「うれしいわ! 約束ね」
 夜千流は指折り、興味のある機械を数え上げるのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jc1693 / 阿波連 / 男 / 13 / 陰陽師 / 声を聞く】
【jb8810 / 夜千流 / 女 / 18 / ナイトウォーカー / 一歩進む】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お待たせいたしました、某有名旅館での一幕をお届します。
一歩ずつ前に進んで、理解を深めていく。このお話がそんなきっかけになりますように。
一部アレンジを入れましたが、ご依頼のイメージから大きく逸れていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
WTツインノベル この商品を注文する
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年10月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.