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『花は紫陽花、女は忍(2) 』
水嶋・琴美8036
 薄暗い廊下。丑三つ時のとある小さな会社には、人けも明かりもなかった。
 そんな場所を走る一つの影がある。月明かりしか差し込まぬ暗がりでも分かる程に、美しい影。長い黒髪を持つ彼女は、数日前にもとある会社へと潜入し見事に情報を手にした凄腕のくの一、水嶋・琴美だ。
 警備システムの類は事前に解除してあるため、琴美は悠々とその廊下を駆けて行く。暗がりだというのに、彼女の動きは猫のようにしなやかで迷いがない。上着に巻かれた帯が彼女の走りを追うように揺れている。
 前回とは違い、今回の琴美の衣装はその会社の者達に紛れるための制服ではなかった。ボトムスはミニのプリーツスカートであり、その下に纏っているのは形の良い臀部にぴったりとフィットするスパッツだ。人を魅了する色気を隠しきれぬ肢体にぴったりと寄り添うように密着しているのは、黒のインナー。そして、両袖を半袖程に短く改造した着物を女性らしい魅力に溢れたグラマラスな上半身に羽織っている。今まで数々の敵を倒してきたというのに傷一つついてない美しい手にはグローブがはめられ、仕上げとばかりに少女のすらりと長く伸びた脚を膝まで覆い隠しているのは編上げのロングブーツであった。
 まさにくの一といった感じの、和の美しさに溢れるこの衣装はとある任務の時に彼女が纏う専用の衣装である。
 不意に、パッと廊下の電気が一斉に点いた。眩しさに目を瞬かせる事も突然の事に動揺する事もなく、まるでこうなる事を予測していたとばかりに琴美は至って冷静に足を止め周囲の様子を伺う。そして、自らへと迫る気配に気付くと隠し持っていたクナイを振るった。クナイにより叩き落されたのは銃弾だ。音速を超えた速度で宙を駆けるそれであっても、琴美の体へと無遠慮に触れる事は叶わないのだ。
「先日からこそこそと我々について嗅ぎ回っていたのはお前だな。変装もなしに堂々と潜入場所を歩くだなんて、油断しすぎじゃないか?」
 恐らく隠れていたのだろう。武装した男達が現れ彼女の事を囲む。彼らの手には一挺の銃が握られていた。記憶のどこを探しても今までに見た事がないそれは、非合法に造られたものだろうと琴美は推測する。
 潜入がバレ、敵に囲まれているというのに琴美の顔には依然として焦りはない。ただ、彼女は優しげな笑みを浮かべるのみだ。そして、琴美はその愛らしい唇を開くと彼らに向かい告げる。
「かかりましたわね」
 彼女の澄んだ夜空のように美しい黒色の瞳が、どこか悪戯っぽく細められた。それは、糸に絡んだ蝶を見る蜘蛛のような鋭い瞳。けれど、その姿はどちらかといえば空を舞う蝶のように優雅で可憐であり、男達はしばしの間返すべき言葉を忘れ彼女に見惚れしまう。
 そして、少女がクナイをこちらに投げてきた時に初めて、彼らは自らが罠にかかった事に気付いたのだ。

 今回の琴美の任務は、潜入し情報を掴む事ではなかった。わざと自分が潜入したという事がバレるように潜入し、自らを餌にして敵を誘い込む事こそが彼女の狙いだったのだ。
 前回の潜入の時から、すでに布石は打っていた。本来なら身を隠しながら潜入する事も可能だったというのに、わざわざ変装をし人前に出たのは、逆に潜入者の存在を敵に知らしめ次の潜入の時に誘い出すためだったのだ。琴美が潜入し何を盗んだかまでは分からずとも、会社に登録されていないはずの美女があの時会社を歩いていたという事実に敵は引っかかりを覚えるだろう。
 自分達が利用している会社に、部外者が変装をし侵入していた。何者かが自分達の事を嗅ぎ回っている。その事に気付いた彼らが、まだ琴美が潜入していない会社の見張りを強化し、次に琴美が潜入してきた時に捕らえようと画策するのは琴美の予想の範囲内だ。否、琴美こそが、そうなるように彼らを誘導したのである。
 今日琴美が戦闘服を着てきたのも、こうして戦闘になる事を見越していたからだ。
 女の投げたクナイが、一人の男へと突き刺さる。まだ男達は琴美が発した言葉の意味を完全には理解出来ていないのが、動揺を隠せない様子だ。次の動きに迷っているその隙だらけの彼らと一気に距離を詰め、琴美は長い脚を振るい一人の体へと回し蹴りを叩き込んだ。
 強烈な蹴り技に、男の苦悶の声があがる。その声でハッと我に返った敵達は、自らの獲物を琴美へと向けた。
「ふふ、あれだけヒントを差し上げたのに私が潜入していた事に気付かなかったらどうしようかと思っていましたが、ちゃんと気付いてくださったようで何よりですわ。退屈な潜入任務には、飽き飽きしていたところでしたの」
 しかし、それでも彼女の余裕は崩れない。何の変哲もない廊下であろうと、彼女が立つだけでそこは舞台となる。今宵も彼女は戦場を舞台に変え、武器を手に華麗に舞うのだ。
「さぁ、お喋りはここまでですわ。ここからは、本気でいかせてもらいますわよ!」
 そして、彼女は再びクナイを振るう。その切っ先を、悪しき者達へと向けて。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年10月21日

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