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『踏み出される─── 』
真壁 久朗aa0032)&佐倉 樹aa0340

 何でここに立っているの?

●鋭き眼の攻防戦
 ヒュッ。
 それが空を裂く矢の音と認識した時にはもう矢が迫っていた。
「くっ!」
 真壁 久朗(aa0032)は攻撃回避は不可能と判断すると、咄嗟に左腕で受け止める。
 鈍い音と共に矢が突き刺さるが、練習用の矢である為、音程の殺傷力はない。
 が、この間に、後衛の佐倉 樹(aa0340)へ敵が到達する!
 久朗は突き刺さった矢をそのままに前衛対応に入るが、矢への反応を見たからか、相手も久朗の左側を徹底的に狙い出す。
 熟練であれば、弱点と思う左側を狙っているから攻撃を読み易いと逆手に取る(心優しさから左側を避けるなら避けた所も狙う)が、エージェントになったばかり、武器の扱い方の研修を経て、やっと実戦訓練に入った久朗にはそうした考えを持つ敵がいることには気づけない。
「……何やってるんだか」
 樹は、小声で小さく呟いた。
 今日は、2人1組の対戦形式の実戦訓練だ。久朗1人でやっている訓練ではない。
 ただし、罠という想定の元、両側面からランダムのタイミング、対象ランダムで対戦相手とは別に教官役のジャックポットが殺傷力のない弓矢を撃っている。
 最少人数ではあるが連携の重要性も学ぶ訓練であるのに、久朗は『見えていない』のか。
「……ともかく、態勢を立て直さないと拙そうってのには賛成」
 共鳴する己の半身の言葉に小さく頷いた樹は、流れるようにその指を久朗が対応している前衛ドレッドノートへ向けた。
 指先からは空を咲くような鮮烈な銀の魔弾<シルバーバレット>。
 久朗に左側から攻撃しようとしたその肩に当たり、樹が尚も追撃の姿勢を見せると、一旦物陰に飛び込んだ。
 あちらのパートナーはシャドウルーカーだった。ジェミニストライク、縫止が使用出来ることは事前資料で知っている。
 久朗がこれ以上『見えていない』状態を続行させるのは芳しいことではない。
 相手が退いたのに合わせ、久朗と樹も矢の攻撃が及ばない安全圏へ退避する。
「困るんだけど」
 久朗がケアレイで傷を癒すのを見ながら、樹は開口一番そう言った。
「単純に2人でどうこうって話じゃないのは説明があったと思うけど? 連携しないからこういうことになる」
 樹の指摘に久朗は無言だ。
 が、樹は理解しているから無言ではないことには気づいている。
 久朗とは、『エージェントになってから出会った訳ではない』からか、それは判ったのだ。
 事実、久朗は樹に応える様子もなく、ケアレイの後、無言で練習用の槍を握って立ち上がり、物陰から出ようとする。
「人の話、聞いてた?」
「お前には関係ないだろ」
 判り易過ぎる一蹴だった。
 樹は、最初に出会った時とは異なる高い背の男を見る。

 旧くから自分を知る男は、本当に『見えていない』のか。
 いや。お前は、どれだけ『見ようとしていない』んだ?

「左。集中的に狙われてるのは、目を隠しているからでしょ。どうしたって反応が鈍くなる。矢も目視出来ていれば違ったでしょ」
 樹は、再会した久朗が左目を隠している事情については知っている。
 彼の英雄にすら見せない、触らせないようにしていることも。
 それだけ、彼がその左目になった経緯は彼にとって大き過ぎる『傷』なのだろうというのは説明されるまでもない。
 本人が最も触れられたくない『傷』であり、『禁忌』なのだ。
 ただし、『理解』したから『看過』しておくということではない。
 実際の戦場に出た場合、それが命取りになることもある。
 自分だけでなく、他人の命にも関わってくるだろう。
 樹は異常だと解っているので普通を装うために口にしないが、自分にとって関心のない人間の人生はそこまで興味のあるものではなく、生きていれば死ぬ、それが今日の話で、その人達にとって本意ではなかっただけと考えて終わりだが……久朗は、その『傷』に重ねるだろう。『自分』と同じ思いの者を生んだかもしれないと自分の無力さを自責する。
 答えが解っていながら迷路をぐるぐる歩いているのを見る程、自分も暇ではない。
 樹がそう考えるのに十分な程の沈黙がこの間にはあった。

「お前には関係ないって言っただろ」

 先程よりも抑えていると言う印象が強い声だ。
「見えない訳じゃないなら、ちゃんと見たら?」
 久朗は樹を一瞥したが何も言うことなく、再び物陰から飛び出していこうとする。
「迷惑だって言ってるのが解んないの?」
 背中から投げられた言葉に久朗は足を止める。
 振り返った先には、桃と橙、上下異なる光彩を持つ不遜な女が自分を鋭い眼差しで見ていた。

●両目で前を、現実を見よ
「聞こえなかった? 今のくろー、凄く迷惑」
「聞こえている。別に俺はお前のパートナーじゃない。嫌なら組まなければいい」
「今のくろーと組める人いるとでも? 独りでどうにか出来る程世の中甘いとでも?」
 樹の言葉に久朗は黙り込む。
 反応することも煩わしいが、樹の物言いは不快だった。
 その反応を見ながら、樹は口を開く。
「周りのことも自分のことも見えてないような奴に隣に立たれたくない」
 その瞬間、久朗は樹の胸倉を掴んでいた。
 けれど、樹の眼は何も怯むこともなく、久朗を真っ向から見据えてくる。
 その眼に映る自分の表情を見、久朗は自分の中に焦燥と苛立ちがあったことに気づいた。
(俺、は……)
 内部から案じるように響く星の声に応じる余裕すらない。
 その表情の動きを見た樹の手が自身の胸倉を掴んだままの久朗の手を掴む。
 ぎり、という音からして、かなり強い力を出しているだろう。
 彼女が自分に向ける手荒さはいっそ懐かしささえ感じるものだが、今はそれを感じることは出来ない。
 放たれるのは、何よりも鋭き言葉。
「格好悪。何でここに立っているの?」
 今度は無視ではなく、反論ではない沈黙が降りる。
 物陰からドレッドノートが出てきており、物陰の間をシャドウルーカーが移動しているのがちらりと見えた。
 戦闘が再開されれば弓矢の攻撃も再開となる。
 沈黙でいられる時間は僅かでしかない。
 だが───

 クロさん。

 久朗は、自分の内より自分に向かって呼びかけてくる星の声に気づいた。
 ずっと声を上げていたであろうその声は、久朗を諌めると同時に案じている。
 余裕がない余り、最も耳を傾けなければならない声に応じていなかった自分がいたことに気づいた。

 左目を見せるのは、嫌だった。
 この異形の目は、俺が守れなかったというひとつの事実を突きつけるから。
 あの自信に輝いた翡翠の眼差しを持つ幼馴染を守れなかった過去を、この目は俺の過去と共に暴くから。

 だが───

 それで、繰り返したら?
 味方は勿論、この身も俺を信じてくれる───

 重なるのは、幼馴染の不遜な笑顔とこの身に宿る優しい微笑。
 自分自身の思いで『また』失われることになったら、という考えが過ぎり、久朗は1度目を閉じ、それから樹の胸倉を掴む手を離す。
 樹も固執していないのだろう、自分を掴んでいた手を離した。
「……戦う間だけだからな」
 樹に背を向けた久朗の手が左目を覆う前髪へ伸び───かき上げた。
 後衛に攻撃は到達させないという気概を背に、久朗は物陰を出る。
「それじゃ───行コうカ」
 樹の声が途中で異なる響きを見せた後、久朗を援護するように鋭き銀の魔弾が空を裂いていく。

●踏み出されるは───?
「そこまで!」
 戦闘教官の声が響き、久朗と樹は大きく息をついた。
 何とか、ではあったが、こちら側の勝利である。
 治癒役に待機していたバトルメディックが駆け寄ってきて、彼ら治療を受けた後、久朗と樹は共鳴を解除した。
(……前髪を上げなかったら、違う結果だった。それは俺にも判る)
 実際、前髪を上げて両目で捕捉出来るようになった後、目視の精度が上がったと思う。
 目で見えるものだけが全てではないが、目の情報が大きいのは事実だ。
 戦闘の間だけでも左目をと髪をかき上げさせたのは、樹の言葉があるからだろう。
 樹の言葉を頭に過ぎらせた後、目を閉じて深呼吸し、治療終えて彼女の半身と言葉を交わしている樹へ振り返る。
「さっきは俺が悪かった」
「何が?」
「胸倉掴んだだろ」
「気にしてないし、別にいいけど」
 久朗の謝罪に素っ気無いとも言える樹の態度。
 樹の場合本心からそう思っているからなのだが、久朗は以前から自分を知る無愛想で可愛げのない目の前の女から背を向け、顎に手を当てる。
「本当に女なのか? 触った感触が全く───」
 それは、小さな呟きだった筈。
 だが、久朗は直後に激痛を感じた。
 見ると、樹が彼女の半身とは異なる種の笑みを浮かべて、自分の足を踏んでいる。
 聞いていた? いや、いつの間に側面に回りこんでた?
 でも、俺は本当に疑問に思っただけで。
 もしかして、誓約の影響とかなんだろうか。
「くろー?」
 樹が久朗を踏んだ足をグリグリさせながら、笑顔で言った。
「聞こえてるから」
 朴念仁の代名詞のような男は、前と現実以外も色々見る必要があるが、とりあえず、魔女に謝った方がいいだろう。
 尚、その際、墓穴を掘ることには注意されたし。

 このやり取りを経て、樹の中で久朗は親密になる1歩を踏み出すと同時に宿敵へ格付される。
 久朗の中で樹が変わらぬ静謐の平野を持つ便宜上女であるのは変わりないものの、前髪を上げる言葉を放ったというひとつの事実が加わる。

 後に彼らは鴉の名の下、信じることが出来る仲間と共に大きな戦いに身を投じることになる。
 その戦場において白きコートをはためかせる導の鴉は仲間の為に誰よりも前で敵を見据え、そして、箱庭を舞う鴉は抗う術を放つ。
 彼らが自分達帰る場所、レイヴンを創るよりも前の話。

 そして、歩き出した彼らの今は───今、この時の彼らを見て欲しい。

 前を見よ。
 時を見よ。
 答えは、己の中にあり。

 恐れず踏み出せ、導の鴉、箱庭の魔女。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【真壁 久朗(aa0032)/男/24/星と共に歩む白き導の鴉】
【佐倉 樹(aa0340)/女/19/天地光彩異なる箱庭の魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
彼らの原点となる大切な瞬間をお任せいただきましてありがとうございます。
時間軸として、エージェントになりたての頃ですので、『Canopus』『死に至る甘き理想の罠』といったターニングポイント前のものとなっています。
同時に、樹さんも。
『騙る者』以前と以後は似て非なるものです。
私自身も時間経過を感じました。
髪をかき上げることをしなければ、今のレイヴンはなかったかも知れず、レイヴンがなければ、帰ってくる場所を見出せない方もいたやも知れません。
そうした意味においても、ここがターニングポイントだったのかもしれないと思います。
少しでも彼らの声が聞こえた形で届けられていることを願ってお届けします。
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2016年10月21日

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