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『歩んできた道、歩む先 』
真壁 久朗aa0032)&クレア・マクミランaa1631

●前へ進む為
 エージェントも活動を長く続けていると、所謂コミュニティと呼ぶに相応しい集団を形成していく者もいる。
 無論、全員がそういう訳ではない。
 この辺りは、ここのエージェントの裁量に委ねられるだろう。
 そのコミュニティの形態もコミュニティの名こそ取るが、ひと括りには出来ない。エージェントごとに考えも異なる為、複数に名を連ねる者もいる。
 例外はあるやもしれないが、信用ある者と共にある場合が多いだろう。

 これは、その『コミュニティ』と呼ばれるひとつ、レイヴンのとある日常の話。

 クレア・マクミラン(aa1631)がいただきものを持ってその部屋の前を通過すると、僅かにドアが開いていることに気づいた。
 中を覗くと、真壁 久朗(aa0032)がおり、ファイルを開いているのが見える。
(報告書で気になる点があったのでしょうか)
 クレアは、レイヴンの資料室であるこの部屋の用事の候補を思い浮かべる。
 そう、ここは、レイヴンが拠点にしているマンションの一室だ。
 皆それぞれ家は存在しているが、大規模作戦後の反省会、それから皆で遊びに行く時の打ち合わせ場所が人数的にも店を借り切るのは手狭ということで、万来不動産で紹介を受けて借りたものである。
 尚、このマンションはちょっと素行がよろしくないエージェントが間借りしていた所為で他の住人(一般の人)が逃げてしまった経緯があるが、ある日いちゃもんをつけられた際にクレアが話し合いに赴き、その後止んだ。何があったのか、クレアはグラスを傾けて答えず、先方もクレアの名前を出しただけで逃げたので皆知らない。
「真壁さん」
「クレア、早いな。3番目だ」
 クレアが声をかけると、久朗は顔を上げた。
 1番2番は彼と彼の親密なる宿敵であるようだが、到着が少し早かったそうなので、彼らは3人、近くまで買い出しに出かけたそうだ。
「飲み物がないときついですからね」
「ところで、それは?」
「先日、具合を悪くしたらしい通りすがりの女性を介抱したのですが、そのお礼にいただきました」
 焼菓子の詰め合わせらしく、皆で食べた方がいいと思って持ってきたらしい。
 なるほど、と久朗は彼女らしい理由に納得する。
 クレアは自分のパートナーが注文していた包帯等応急処置の品を取りに寄る為、若干遅れる旨を伝えてから、ファイルを見た。
 ファイルの日付を見ると、去年秋のもので生駒山での大規模作戦の時のものだ。
「反省会をするにしても、過去の大規模作戦が分からないと反省出来ない場所もあると思って」
 視線に気づいた久朗の近くにあるテーブルには、香港に纏わる大規模作戦の報告書ファイルがあった。
 H.O.P.E.においても報告書を纏めているだろうが、エージェント側も個々で纏め、それぞれの今後に生かしている者もいるのだ。
「ひとつとして同じ戦いはないでしょうが、同じミスを繰り返す訳にはいきませんから」
「ああ」
 クレアが久朗の趣旨に理解を示すと、久朗は短く呟く。
 香港に纏わる大規模作戦のファイルの下には、それより派生した広州での戦いのファイルもある。
 広州での戦いにおいて、クレアは親友の言葉に賭けてリンクバーストを行い、最終的にバーストクラッシュを起こしたが、トリブヌス級愚神幻月を追い詰める立役者となった。
 彼の愚神は討伐されたが、重い傷を負った者も少なくなく、レイヴンは多かったと言っても過言ではない。
 クレアは、レイヴンの導となるこの男があの戦いの後恐らく自責しているだろうことには気づいている。
 自責するから、この男はこの男である。
 今を形成するものが何であるか、知らない為はっきりと判る訳ではないが、形成した何かをもった強い芯を持っているように見えると思うからだ。
(だが、私が言って乗り越えられるものではない)
 自身もその一端であるなら、ますます追い詰められる。
 クレアはそれが解るから、敢えて沈黙を選ぶ。
 その思いを知ってか知らずか、久朗は呟くように言った。
「こうして読んでいると、1年の間に3回も大きな戦いを経験しているんだな」
 エージェントになって初めての大きな戦いは生駒山だった。
 その次は香港であり、香港が終わったと思えば、シャーム共和国。
 レイヴンで何度も戦場を駆け抜け、命懸けで自分達がすべきことをした。
 他の小隊と連携し、その背を預け、トリブヌス級愚神らと戦ったこともあれば、その言葉で愚神の思惑を崩したこともある。
 そうして思い返していくと、久朗は自分の未熟さを思い知る。
 エージェントになる前は武器など握ったこともないのだから当たり前と言う者もいるだろうが、敵はこちらが未熟だからと遠慮してくれる親切さを持ち合わせてはいない。
「ええ。1年ありましたからね」
 久朗の言葉を認めるクレアの言葉は静かだ。
 静かで落ち着いている彼女は……そういえば、冷淡だと誤解されると嘆かれていたが、自分はそのようなことを思ったことはない。揺らがぬその姿勢を見事だと思った。
 ……尚、血液検査を拒むその姿に冷静さがあったかどうかについては、脇に置いておく。
「クレアは……」
 久朗は顔を上げ、クレアを見た。
「クレアのルーツは、何かあるのか?」
 日本に生まれ育ったのこともあるのかもしれないが、自身の周囲に軍人は今までなかった。
 軍人であるからそうなのか、彼女自身の気質がそうなのか……久朗にはよく解らないが、ただ、聞いてみたいと思ったのだ。
 自分にも他人にもあまりにも無関心過ぎた久朗の、多くの世界に影響され、己の世界が広がっていったからこそ抱いた思い、1年過ごした軌跡が詰まった問いである。
「そうですね───」
 信頼の置ける戦友なら、普段しない身内話もいいか。
 そう思うクレアが口を開き、己のルーツを語り始めた。

●彼女の軌跡
 クレアは、スコットランド人である。
 当然だが、両親もスコットランド人である。
「母は快活な人でしたが、同時に苛烈な人でもありました」
「苛烈?」
「ええ。スコッツの血に対する思い入れがとても深く、その血や我々の誇りに背くような振る舞いには烈火のような怒りを見せました」
 久朗の問いにクレアは具体例を出して説明する。
 徹底しており、半端を嫌う(という次元で語っていいかどうかは久朗には判断つかないが)人のようだ。
「誇り高い人なんだな」
「スコッツは己の血や文化に誇りを持っています。これは、歴史の違いもあるかと思います」
 久朗の感想にクレアがそう返す。
 日本とスコットランドの歴史が異なることを考えれば、思想のルーツも異なる部分もあるだろう。
 ただし、全てにおいて当て嵌まるかどうかは言い切ることが出来ない為、一般論のひとつに過ぎないだろうが。
「父もまた……スコッツとしての誇りを抱いていると思います」
 そう前置き、クレアは自身の父親について話し始める。
 クレアの父親は、言われると納得出来る部分もあるが、軍人であった。
 多弁ではなく、寡黙で表情をあまり表に出さない。
 本人の元々の性質もあるだろうが、軍人としての本分も承知していた部分もあることより、クレアの知らない人間から誤解を受けるレベルで自分を律する様は、父親からの遺伝かもしれない。
「けれど、誰よりも人を想う優しい人で……だから、両親は私にすら解らない絆を築けたのでしょう」
 クレアは、自分がそう思える話をしてくれた。

 あれは、いつのことだっただろう。
 クレアの父親が久々に1日だけ帰ってくることになった。
 いつも通りの父であったが、夜、クレアがトイレに起き、父の私室の前を通り過ぎると、父は独り、部屋で泣いていたのだ。
 泣き喚くこともせず、静かに涙だけ流す父に声を掛ける言葉が見当たらず、クレアは気づかれないようそっと立ち去り、ベッドの中で戻ったが、その晩は眠ることが出来なかった。
 けれど、翌日、父親はいつも通り部隊へ合流すべく、家を出ようとする。
 クレアは父親を体を張って止めようとした。
「何故?」
  泣く程辛いのに!
 父親はクレアが見てしまったことに気づいていたのだろう。
 驚くことはせず、ただ、微笑んだ。
「行かなかったら誰も守れない」
 目を見開くクレアを抱きしめ、そして母を抱きしめ、父はいつも通り部隊に行った。
 父の背を見ながら、クレアは母から父の入隊時からの戦友が戦死し、父は戦友の遺体を家族に面会させる為に一旦こちらに戻り、その為帰宅していたと教わった。
 守る為に父は戻ったのだ。

「ですが、私の進路に関しては、父には随分反対されました」
 クレアが僅かに苦笑を浮かべる。
 父は、最終的にクレアの背を押し続けた母の説得の言葉に折れたが、最後の最後までクレアが軍人になることを反対し続けた。
 その理由が何であるかは、クレアは自分の理想と現実の狭間で精神を病むまで気づかず、父が反対する言葉を思い出したものである。
「なってからこそ解るというのもあるのでしょう」
「百聞は一見にしかず、ということもあるな」
「日本ではそういう言葉もあるのですね」
 久朗の言葉にクレアは的確な言葉とその言葉を評した。
「何事も為せば成ると笑って背中を押し続けてくれた母がいなければ軍人になれていたかどうか解りませんが、私のルーツはこうした所にあるのだと思います」
「……ありがとう」
 クレアの話の締めくくりを感じ、久朗が短く礼を言う。
 自分が自分であると確信出来る根源があり、それを誇りに思うからこそクレアはクレアなのだろう。
 そう思った時、久朗は自分が自分である根源は何だろうとなる。
 世界が変わりつつあるからか、久朗は今まで自分が見ていなかったそれに直面しているのだ。

 己とは何か。
 自分には何があるか。

 それらを具体的に自覚していない久朗は、それでも、自分の中に確固たるものがない虚ろさの気づき始めているのだが、久朗は気づける自分こそがこの1年の変革であることにまだ気づいていない。
 久朗が実感することに意味があるものだから、誰かに教わるものではないだろう。
「俺はまだ視野が狭く、自分に出来ることをすること位しか」
「ところが、私もそうではありません」
 クレアが、久朗へそう言った。
 久朗が意外そうな顔をすると、クレアは香港に纏わる戦いのひとつの報告書が綴じられるファイルを開く。
 それは、アシッドと呼ばれるヴィランに纏わる任務の報告書だ。
 クレアにとっては、失敗の経験が綴られてある。
「ここではしてやられましたから。最終的に装置は全て回収され、アシッドも確保されましたが、それは挽回いただいたから成されたことです」
 久朗もその挽回に一役買ったが、その一役の前提には彼らへその誇りを示した仲間がいるからで、彼らがいなかったら久朗の行動も上手くいかなかったかもしれない。
 クレアはそれが解るだけに、彼らに感謝すると共に自身を戒める。
「私もまだ未熟でしょう。ですが、そこで私は失敗したからと足を止めようとは思いません。行かなかったら、誰も守れない。……父の言葉は今だからこそ正確に解りますので」
 クレアはそこで久朗を見た。
「真壁さんが誰よりも前で戦おうと思うのは、何故ですか?」
 答えは、久朗自身にある。
 具体的な言葉でなくとも、彼の芯がそれをさせている。
 クレアは少しだけ口元を綻ばせた。
「それが、真壁さんのルーツです」
「俺の?」
 久朗は口の中で反芻するが、クレア程確固たるものを持ち合わせていないのではと自らを思う。
 その時だ。
 玄関が賑やかになった。
 どうやら、何やかんやで途中合流を果たした皆が一気に玄関へやってきたらしい。
 久朗とクレアは顔を見合わせる。
 どうやら、移動した方がいいようだ。
「準備をするか。ファイルは一応持っていった方がいいだろうな」
「そうですね」
 久朗が幾つかのファイルを手にすると、片手にいただきものがあるクレアも半分手伝う。

「……流石に今日は反省会だけで、部屋の中でスイカ割りをしないとは思うが」
「日本って面白い文化が色々ありますよね」
「俺はチョコレートバーすら揚げるスコットランドに驚いたが」
「あれは腕が問われるんですよ」

 そんな会話と共に資料室を出て行った2人は、賑やかの輪に加わる。
 これも、彼らのルーツの1つだろう。

 歩いてきた1年から、歩いてゆく1年が続いていく。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【真壁 久朗(aa0032)/男/24/この双眸は敵のみが知れば良い。誰よりも前に立つのだから】
【クレア・マクミラン(aa1631)/女/27/Wha daur meddle wi Raven.】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
久朗さんとクレアさんがルーツについて話すという今回の話でしたが、確固たるものを持つクレアさんと確固たるものを持っていないと思う久朗さん、互いを見る目を踏まえつつ描写させていただきました。
自己に厳しいという意味においては、このお2人は似ていますが、歩いてきた道が異なるだけあり、全く異なる眼をされているかと思います。
今回はルーツですので、それに相応しい紹介をと思い考案をさせていただいております。
お気に召していただけたら幸いです。
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真名木風由 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年10月24日

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