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『神様に隠された日々 』
世良 霧人aa3803)&世良 杏奈aa3447



 
『世良 霧人(aa3803) 』は病室が好きだった。
 その神経質なまでの潔癖さと、夜に訪れる孤独の冷たさが心地よかった。
 思えば霧人は視線にさらされない時など無かった。
 孤児院で眠るときは常にそばに誰かがいたし、学校でも、街中でも、トイレにいる時でさえ、人の存在を気にせずにはいられなかった。
 しかし、ここでは孤独だ。
 ドアの向こうをせわしなく歩く音がする。
 けれど、鍵さえかけてしまえばこの孤独は不意に破られることはない、だから雑音は遠く、風景はまるで紙芝居の一ページのように感じられて、自分がまるでどこにもいないような感覚を得られて好きだった。
 けれど、世界は霧人を長くそこにおいておくことを許しはしなかった。
 事故から三か月。数度の手術を重ね。その手術の傷も癒えたころ、彼は退院を命じられた。
 それは枯葉の舞う秋のこと。霧人は荷物をまとめそれを背負う。
 綺麗にたたんだ布団が、もう君の物ではないと主張し始め霧人は目をそらす。
「病室に持ち込んだ僕の荷物が」
 そして最後の独り言をぽつりと。口にする。
「全財産なんて、笑える話だよね」
 そう、霧人は鍵を、ガチャリとひねった。
 その瞬間戻ってくる教室外の喧騒、そしてドアを開けた瞬間腹部を貫いた圧力。
「え?」
 霧人はその衝撃に耐えきれず、よろけてに散歩後ずさる。そのままベットに倒れ込んでしまった。
(ただいま、ベット)
「退院おめでとうきりにい」
 そう元気に告げたのは『世良 杏奈(aa3447) 』、そして霧人の腹部にまとわりついているのも杏奈。
「相変わらず元気がいいなぁ」
 そう霧人は自然な動作で杏奈の頭を撫でると。杏奈以外にも二人病室を覗きこむ人影があるのが見えた。
『世良 杏子(NPC)』と『世良 銀志(NPC)』の夫婦である。
「退院おめでとう」
 杏子が言った。そして何度か見たことあるだけだった銀志もうなづく。
「ありがとうございます」
 そう告げる霧人の表情は暗い。
 めでたくなんてなかったのだ。退院したくなかった。しかし孤児院にこれ以上余計な負担をかけるわけにはいかない、だからこの世界を出て元の日常に戻らないといけない。
「荷物を持つよ、病み上がりが無理をしてはいけない」
 そう銀志は手を差し出した。
「大丈夫です、すごく軽いので」
「きりにい。すごく寂しそうな顔してる?」
 杏奈がそう、霧人の顔を覗き込んだ。
 その動作を見て霧人は思う、杏奈は人の顔を覗き込むのが好きな少女だ。
 いつも誰かを気にしてる、顔色を窺っているわけでは無く、その喜怒哀楽を敏感に感じ取ろうとしている。優しい子だ。
 霧人は何度もこの子に救われた。
 病室に訪れてくれるたびに嬉しかった。
「辛気臭い顔だね」
 杏子が言った。反射的に霧人は杏子の顔を見た。
 彼女も頻繁に病室を訪れてくれた、自分の胸の内を聞いてくれた。
 それも含めて病室が好きだった。
 けど、ここを出てしまえばそんな日は戻らない。
 また学校に通うようになればきっと、頻繁には会えなくなる。だから。
 霧人は思った。昨日の夜枕の上で誓ったのだ。
 ここであったことは忘れよう、過ぎ去った日々を胸の奥にしまって、病室の向こうは戦場だという意識を固める。
 だが、次の瞬間杏子が信じられない言葉を発した。
「さぁ、我が家に帰ろう、今日はごちそうを用意してある」
 霧人は口をあけて、唖然と杏子の顔を見た。
 そして霧人は思い出す。以前一度だけ杏子に、自分の家の子にならないかと尋ねられたことがあった。
 まさかあの問いかけが本当だったとは。
「まずは体力を回復させないとね。病院食はまずかっただろう?」
「ま、待ってください、僕」
「遠慮することはない」
 次いで口を開いたのは銀志だった、彼は特に何の感情も言葉ににじませることなく、普通のことのように言葉を継げる。
「君なら歓迎する、娘がお世話になっているそうだね。家では君のことばかり言うんだ」
「パパ!」
 杏奈が銀志の膝を蹴った。しかし微動だにしない銀志。
「好青年だというのはわかってる」
「そんな、悪いです」
 しかし、はいそうですかと、霧人は頷くことはできない。
 それはそうだろう、霧人は人の悪意に触れることの方が多かった。
 たとえ全幅の信頼を置いている相手でも。
 どうしても思ってしまうのだ。
 そんな想像したくもないのに。
 どうしても考えてしまう。
 なぜ、そんな風に言ってくれるのだろう。絶対迷惑になるはずなのに、何で。
 そんな風に。思ってしまう、そんな自分が大嫌いだった。
「僕は、みなさんの家族にはなれません、そんな資格がない」
 そううつむいて告げると。杏子は息を吸い込んで告げた。
「そうなんだね、それは残念だ」
 霧人は目を見開く。
 その時、実感してしまったのだ。
 自分は、この提案を受け入れたかったのだと、家族にしてほしかったのだと。
 だから、残念だと言われた時、取り返しのつかない過ちをしてしまった気がした。
 けれど。
「私はてっきりまんざらでもない反応だから、家に来るものだと思ってね」
 杏子は言葉を続けた。
「必要な家具はそろえてしまったよ。君が好きそうな本をね杏奈に尋ねて、本棚を埋めたりしたんだ」
 そう言うと、杏奈はやんわりと霧人の手を引いた。
「一度見るだけでも見てみてくれないかな? 気に入ってもらえる自信があるんだ」
 霧人は顔を上げる。涙で滲んでその家族の姿は、見えなかったが。
 だがそれでも霧人には、そこに大切な人がいるんだってことが。わかった。
「君を家族に迎えたいというのは私のわがままなんだ、だがみんな了承してくれた」
「今日から本当のお兄ちゃんになってくれるんだよね」
 杏奈の中ではもう確定事項のようである。そう霧人の顔を覗き込んで笑った。
「これは罠にはまってしまったね。この子は一度言い出したら聞かない、つまりこの子をその気にさせた私の勝ちということだ」
 いたずらっぽく笑って杏子は言った。
「くるといい。私たちのことなんか気にしなくていい、君は幸せになるために足掻いていいんだ」



 そう導かれるままに杏奈の家に向かうと、今まで食べたこともない御馳走が用意してあって。
「こんなにたべられるわけないじゃないか」
 そう銀志が言うと。
「なに、お祝いとは食べきれないほどの料理を並べるものだよ」
 そう言って杏子は笑った。
 杏奈はそんな二人を見て嬉しそうに声だけ上げている。
 トンデモないところに来てしまったと、霧人は思ったものだったが。不思議と後悔はなかった。
 そして次の日。霧人は姓を世良に変えた。


《数日後》

「何とかしてあいつを逮捕できないものかな」
 夜の晩酌は一家の長の楽しみである。夕飯の準備ができる間、銀志は炙ったイカを魚にビールをかっくらっていた。
 そしてここ最近の霧人の仕事は、銀志の晩酌に付き合うこと。
 嫌ではなかった。むしろ銀志にはなぜか気がねしなくていいので、この家にやってきたばかりの霧人にとっては一番ゆったりできる時間だった。
「無理でしょうね、証拠なんて全くない……」
「この傷は?」
 銀志はそう告げてしまった後に、すまないと霧人に謝った。
「だいじょうぶですよ」
「もうすでにこの子が、自分でやったと言ってしまった。しかもそれは本当なんだろう?」
 霧人は頷く。この目は、真っ赤に染まった悪魔の目は。あの時自分で引き裂いた。
 そう霧人はもう一度告げた。
「でも。後悔はありません。むしろすっきりしました。前より人の視線が、何というか楽ですから」
「そうはいってもなぁ」
 納得いかない銀志の背中に杏奈が飛びかかる。
「何の話?」
「難しい話」
「えー!」
 杏奈が抗議の声を上げた。
「最近お父さんとお母さんは、きりにいばっか構ってる」
「その分霧人はお前にべったりじゃないか」
 銀志が杏奈にそう告げると、杏奈はあっさりと納得した。
「それもそうね、だったらそれでいいや」
「親としてはひどく悲しい……」
 そんな銀志を遮って杏子が霧人に声をかけた。
「あんなやつがいる中学にはいかせられない」
 そう杏子が手際よく配膳を済ませていく、そして最後に手を叩いて腹ペコどもをテーブルに呼びつけた。
「しかし、勉強は学生の本分だ」
 実を言うと霧人もそれが気がかりだった。
 学校には行きたくない、あの学校には戻りたくない。
 しかし別の学校に行くと今度は小学時代に自分をいじめていた生徒と絶対一緒になる。
 それもごめんだ。
 しかし勉強はしたい。
 霧人は勉強が好きだった。知らないことを知る。できないことができるようになる。
 それはとても楽しいことだった。
「どれ、では私が勉強を見てやろう」
 ご飯を食べていると
「お母さんずるい!」
「杏奈は学校の授業をまともに受けられるようになってから言うんだ」
「成績が悪いようには思えませんが?」
「自由奔放すぎるんだよ、マット運動の授業で柔道を始めたり。数学の時間にかばんに入れるのがやっとの本を読んでいたり」
「勉強は後からどうにでもなるけどね、落ち着きや規律を守る心は少年少女のうちにしか培われないからね」
 そう言って笑った杏子、その翌日から本当に霧人の授業は彼女が受け持った。
 元高校教師の杏子の授業は厳しくも丁寧な教え方で、霧人はそれをスポンジのように吸収していった。

《数年後》
 時は流れて、杏奈がセーラー服に身を包むようになった。
「きりにい? カワイイ?」
「似合ってるよ」
 そんな気軽なやり取りができるようになったのはごく最近のこと
 霧人は杏子の指導の元、中学卒業相当の学力を身に着けた。
 そしてそのころには新しい両親に対する敬語もとけた
「高校はどこにしたい?」
「え?」
 数学の問題を解きながら霧人は杏子にそう言葉を返した。
「制度的には問題ない、ただ社会のレールに戻る意思があるかどうかだ」
「レール……」
 レールという言葉を杏子はあえて使ったが、結局は霧人を傷つけた社会に戻る気があるかどうかの問いかけ。
 それに対して霧人は生きた目でこう告げた。
「もう一度、やり直してみたいですお母さん。僕にチャンスをください」
 今ならできる気がした。
 もう霧人はかつての自分ではない。
 人の温かさを知った。今でも人は怖いけど。それでも笑いかければ笑いを返してくれるものだと今なら信じられる。
「息子にチャンスをやるのは、親として当然のつとめさね」
「だが、私だけではどうにもしてやれないことがひとつある、それは学力だ」
「その高校を目指すなら、地元の中学でもトップクラスの成績が必要だね。覚悟はできているんだろうね」
 その言葉に霧人は頷くと、それがわかっていたように杏子は真新しい参考書を取り出した。

《そして冬》
「きりにい、いくよ」
 そう坂の中央でうずくまっている霧人を、杏奈は一生懸命引っ張った。
 いつの間にか霧人は大きく成長し、今では腕力だけなら杏奈に勝てるようになっている。
 なので杏奈にとって最近の霧人は言うことをきかすのが一苦労なのだ。
「もう人ごみとか平気でしょ」
「人ごみが苦手なわけじゃない。落ちてたらどうしよう」
 あれだけの授業をつけてもらっておいて、受験に落ちたなどシャレにならない。
「もう!」
 そう地団太を踏むと杏奈はしゃがみこんで霧人の手を取った。
「大丈夫よ、きっと」
 そう穏やかに告げるその声は心に響くように霧人の胸を駆け巡る。
「きりにいなら、大丈夫」
 そしてその笑顔に導かれるように霧人は杏奈の手を取ってその坂を駆けあがった。
 結果から言うと、霧人は合格していた。

「ありがとう、僕は……僕は……」
 
 みんなのおかげでこの世界に戻ってこれた。
 今まで、残酷な現実しか敷いてこなかった現実だけど。
 今霧人は理解したのだ。
 霧人はずっとそこにいたかった、世界の隅っこでもいい、煙たがられてもいい。
 その世界にいたかったのだ。
 そして今その夢が実現した。
 それは誰のおかげでもない。
 自分の家族のおかげだった。
「きりにい」
 杏奈が言った。
「おめでとう」
「ありがとう」
 そう泣きじゃくりながら頼もしい妹を霧人は抱きしめた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『世良 霧人(aa3803) 』
『世良 杏奈(aa3447) 』
『世良 杏子(NPC)』
『世良 銀志(NPC)』


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております鳴海です。
 OMCご注文ありがとうございます。
 今回は、やっと霧人さんが報われる回と言うことで、光影をはっきり書きだせるように頑張ってみました。
 鳴海は鬱々とした文章、実はけっこう好きですが。
 なんと言いますか、杏奈さんや霧人さんには良くお世話になっているので、それを考えるとちょっと胸が痛かったんですね(その割にはノリノリでひどいこと書きましたけど)
 でもこうやって光の袂に出られたよかったなぁと感慨深く思ったり。
 では本編が長めなのでこのあたりで、それでは鳴海でした、ありがとうございました。
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2016年10月24日

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