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『魔法の盾の物語 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)


(ごめんなさい……本当にごめんなさいね、ティレ)
 隣に座って、きょろきょろと店内を見回している少女に、シリューナ・リュクテイアは心の中で詫びた。
(私、貴女以外にもね……可愛いペットを1匹、飼っているのよ。浮気な飼い主で、ごめんなさいね)
「へええ。ここが、お姉様行きつけの……魔界の喫茶店、ですか?」
 ファルス・ティレイラが、赤い瞳をキラキラと輝かせている。
「もっとオドロオドロしい所かと思ってましたけど、何か可愛らしくてイイ感じですねえ。あっ、ウエイトレスさん猫耳! わあ尻尾もある、あれ本物ですかお姉様」
「当然、本物の獣人族の娘さんよ。ほらほら、指差さないの」
 猫の耳やウサギの耳、羊の角などを生やしたウエイトレスたちが、店内を忙しく動き回って注文を取ったり紅茶やスイーツを運んだりしている。
 彼女らと同じ制服をティレに着せてみるのも悪くない、とシリューナは思った。竜の角と尻尾を生やした、可愛らしい人外ウエイトレスの出来上がりである。
「あれ……あそこの席のお客さん、何か頭に剣刺さってますよ?」
「いいからティレ、指差すのはやめなさい」
 頭に剣の刺さった騎士が、脳漿をどくどくと垂れ流しながらコーヒーを飲み、ケーキを食べ、談笑している。
 談笑の相手は、眼鏡の似合う知的美人のメデューサだ。無数の蛇が、ポニーテールになったり三つ編み盛りになったりしている。
 他の席では、吸血鬼か悪魔族か判然としない青白い紳士が、上品にパスタを食している。
 筋骨たくましいミノタウルスが、特大のケーキをがつがつと平らげている。
 阿修羅族と思われる三面六臂の美少女が、紅茶を飲み、パルフェを食べ、雑誌を読みながらスマートフォンを弄り回している。
 人間の客は1人もいない。
 シリューナをここに呼びつけた相手も、人間ではない。
「大人しく待っていなさいティレ。貴女にスイーツをおごってくれる相手がね、もうすぐ来るから」
「……おごってあげる、なんて言った覚えはないわよ」
 不機嫌そのものの声を発しながら、1人の少女が向かいの席に腰を下ろした。
 真っ白な肌は、美しいは美しいが、不健康の一歩手前だ。ティレの健康的な小麦色の肌と、好対照ではある。
 瞳は、ティレの赤色に対して青色。
 たおやかな細身で、ゴシックロリータ調の白い衣装を着こなした、金髪碧眼の美少女である。年の頃は15、6歳、ティレと同年代といったところだ。少なくとも外見は。
 その人形めいた冷ややかな美貌が、ちらりとティレに向けられる。微笑みが浮かんだ。
「……その子には、おごってあげるわ。何でも好きなもの注文していいわよ」
「わぁい、ありがとうございます!」
 ティレが、可愛らしく喜んでいる。
 このまま宝石の像にでもしてしまいたい、とシリューナは思った。
「あっ私、ファルス・ティレイラって言います」
「聞いているわよ、竜族の可愛いお嬢さん。貴女の事は、このクソ女……こほん。シリューナ・リュクテイア女史から、いろいろとね」
 少女の白い美貌が、にっこりと歪む。
「ねえ、シリューナ女史。この間は、お招きいただきまして……どうもありがとう。秘蔵のお品を、思いっきり自慢して下さって」
「ふふっ。楽しんでいただけたかしら?」
「ええ……とっても、ね」
 少女が、にこにこ笑いながら怒り狂っているのが、シリューナにはわかった。
「……ミダス王の砂金なんて、一体どこで手に入れたのよ。まさか本物だなんて思わないから私、うっかり触っちゃったじゃないの」
「貴女、純金の像に変わっちゃったわねえ。とっても綺麗だったわよ?」
 ティレを宝石像に変えた時と同じときめきを、シリューナは大いに堪能したものだ。
 堪能された少女が、綺麗な歯をキリキリと噛み鳴らしている。
 シリューナと同じような商売をしている娘である。めったに手に入らない商品を時折、見せ合って自慢し合ったりする。
「お姉様ってば、どこででも同じような事してるんですねえ」
 ティレが呆れている。
 生意気なので、後で菓子人形にでも変えてくれようかとシリューナは思った。
「それで、あの……純金の像から、どうやって元に戻ったんですか? 参考までに」
「……王水の、お風呂にね」
 少女は語った。
「身体を1度、全部溶かして再構成するしかなかったの。私ってば、身体の中まで金に変わっちゃってたから……純金製のはらわたがね、ぷかぷか浮かびながら溶けて崩れて」
「な、なるほどよくわかりました。ありがとうございますもういいです」
「まあとにかくね。貴女の隣にいるお姉様のおかげで私、死ぬほど楽しい目に遭っちゃったわけ」
 言いながら少女が、たおやかな片手を軽く掲げた。
 何かが、ふわりと出現して宙に浮いた。
 1枚の、金属製の盾である。
「お礼にね、今日は私の秘蔵品を見せてあげる。ねえシリューナ女史、これが何か、まずは当てて御覧なさいな」
「アイギスの、良く出来た模造品……では、ないようね」
 少女の傍で宙に浮いている金属の盾を、シリューナはじっと観察した。
「……そもそも、盾ではないように思えるのだど。盾に化けた、悪しきもの……ミミックの一種?」
「失礼ねえ、これは盾よ? 守るべきものを、何があっても守り抜く力を持ったもの……矛盾なんて言葉があるわよね。だけど、この盾を貫き通す矛なんて存在しないわ。貴女でも無理よ、シリューナ女史」
「……大きく出たわね」
「試してみる?」
 少し派手めの攻撃魔法をぶっ放したところで、大騒ぎになるような店ではない。
 シリューナは、まずはティレに試させる事にした。
「やって御覧なさい。貴女の炎で、この盾を焼き砕くのよ」
「は、はい」
 ティレが深呼吸をした。
 その可愛らしい唇が窄まり、そして息吹と共に炎を噴く。
 腕を上げた、とシリューナは思った。並大抵の金属であれば、たちどころに溶かしてしまう炎である。
 それが、浮揚する盾を包み込んだ。
 燃え盛る炎の中で、盾はしかし原形を保っている。
「貴女がわざわざ自慢しに来るほどだから、ただの盾ではないと思ったけど……ティレの炎が、全く効かないなんてね」
 感心しつつシリューナは、ティレの艶々とした尻尾を軽く撫でてくすぐった。
 魔力を、注入しながらだ。
「ひゃふうっ!? な、ななななななな」
 尻尾をビクビクッ! と震わせながら、ティレが剽軽な悲鳴を上げる。
 悲鳴に合わせて、炎の息吹がゴオッ! と巨大化した。シリューナの魔力が、新たな燃料として注ぎ込まれたのだ。
 炎などでは動じない店内の魔物たちが、思わず歓声を上げるほどの燃え上がり方である。
 盾が赤熱した。赤い輝きが、炎の中から溢れ出した。
 何かが発動した、とシリューナは感じた。
「ななななな、何ですか一体……」
 ティレが狼狽し、息切れを起こし、炎の息吹を止めてしまう。
 盾は、空中でドロリと溶けていた。赤熱する、液体金属と化していた。
 そしてティレを襲う。迷宮の天井から落ちて来る、スライムのように。
「きゃああああああああああ!」
 悲鳴が、可愛らしく店内に響き渡る。
 竜族の少女であるから、溶けた金属ごときでは火傷も負わない。
 ただ、固められるだけだ。
「何ですか、何なんですかぁこれ! やぁん、お姉様ぁああああ!」
 全身を金属に包まれ、圧迫されながら、ティレがあたふたと珍妙な踊りを披露する。
 その様を面白がるように、少女は言った。
「心配する事はないわ。盾が、貴女を守ろうとしているだけ……防具としての本分を、果たそうとしているだけなのよ」
 ティレを、まるでケーキかドーナツの如くチョコレートでコーティングした事なら、シリューナにもある。
 チョコレートではなく液体金属によって、ティレは今、全身コーティングを施されていた。
 否、もはや液体ではない。
 硬く冷たい輝きを発する、金属製の少女像が、そこに出現していた。
 艶やかな尻尾も、しなやかな手足も、じたばたとした躍動感を保ったまま金属化・硬直している。
 シリューナは、そっと撫でた。
 滑らかな金属の手触りが、心地良かった。
「なるほど……ね。これは、確かに盾」
「守るべきものを包み込んで、あらゆる攻撃を弾き返す。魔法金属製の盾よ」
 得意げに説明しつつ少女が、どこからか凶器を取り出した。禍々しい突起を生やした、大型の鎚矛である。
 たおやかな細腕で、少女はそれを軽々と振るった。
 凶悪な突起を備えた鎚矛が、金属像と化したティレを直撃し、跳ね返った。焦げ臭い火花が散った。
 ティレは、全くの無傷である。硬く冷たく滑らかな金属の肌には、微かな凹みすら見られない。
「どう? 戦車の装甲も打ち破る『魔神の鎚矛』をもってしても、この通り」
「防御の力は素晴らしいけれど、動けなくなってしまうのは減点対象かもね。実用性に若干、再考の余地ありといったところ……とは言え大したものねえ、これは確かに」
 シリューナは、とりあえず感心して見せた。
「ちょっと……私も試してみて、いいかしら?」
「心ゆくまで」
 少女が快諾し、魔神の鎚矛を手渡してくれた。
 シリューナは受け取り、振り上げ、振り下ろした。金属像ではない、生身の少女に向かってだ。
「ねえ貴女……ティレをぶん殴ったら、駄目でしょう?」
 不健康の一歩手前と言える白い肌が、金髪碧眼の人形めいた美貌が、白ゴス衣装の似合う可憐な細身が、破裂した。様々なものが、店の床にぶちまけられる。
 この程度で命を失う少女ではない。30分もすれば、元に戻る。
 シリューナは魔神の鎚矛を放り捨て、ハンカチを取り出した。
 そして様々なものが付着した金属像の表面を、綺麗に拭ってやった。
 そうしながら、語りかける。
「とても綺麗よ、ティレ……悔しいわ。私以外の誰かが、貴女をこんな綺麗なものにしてしまうなんて」
「……あなたも……ね……きれいに、なるのよぉおお」
 30分も必要なかった。ぶちまけられた少女が、早くも原形を取り戻しつつある。
 白い美貌が、どろどろと再構成されながら微笑んでいる。どこか意味ありげな笑顔。
 その意味にシリューナが気付いた時には、すでに遅い。
 先程まで盾を形作っていた液体金属の塊が、半分ほどの大きさになりながらも、空中に浮かび残っている。
 ティレを包み込んだのは、半分の量。
 残る半分の液体金属が、シリューナの全身にまとわりついてくる。
「不覚……!」
 金属の冷たい圧迫感に包まれながら、シリューナは細身をよじらせた。
 ティレのように、いくらか珍妙な動きになってしまったかも知れない。それが、少しだけ気になった。


「うふふふ……とっても綺麗よ、シリューナ女史。それにファルス・ティレイラ」
 2体の、金属製の女人像。
 それらが動き出し、魔法金属による束縛を打ち破る……気配がない事を確認しつつ、少女はずるりと這いずった。身体の再生が、まだ完全ではない。
「美しいものを愛でながら、いい気になる……そんな毎日を送っていたんでしょう? 逆に愛でられる気分はどう? ねえ、どうなのよシリューナ女史」
 問いかけながら少女は、再生途中の臓物を触手のように蠢かせ、シリューナの硬く冷たい全身に絡み付かせていった。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年10月25日

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